103 エビを求めて、ゼーフロッシュ退治 その2
ゼーフロッシュと呼ばれるサッカーボールサイズのカエルを退治する事になった。
「冒険者さんも手伝ってくだされ。カエル肉をご馳走しますぞ」
そう言うなり、村人の一人が長い棒を手に持ち、ゴリゴリと音を立てながら地面を擦っていく。
「何をしているんですか?」
「こうやって音を出すと大食らいのゼーフロッシュは、餌だと思って近寄ってくるんじゃ」
それってつまり……。
私は唾を飲み込み湖を見つめると、徐々に水面が荒れだし、湖の中から丸々と太った影が現れ出す。
数にして六匹。
デカいカエルが六匹。
サイズが大きいので一回のジャンプ力が強く、ゲコゲコと鳴きながらニ、三回の跳躍で私たちの元まで辿り着く。
村人たちは、「これは大量だ」と嬉しそうに陸地に上がったゼーフロッシュに駆けつけて、各々掴み取り、石で頭を叩き出す。
そして、一匹だけ難を逃れたゼーフロッシュは、私と対面していた。
こいつは私担当らしい。
「ご主人さま、これを使ってください」
トコトコと私の元まできたエーリカは、私にある物を渡すとすぐに離れてしまった。
うーむ、手伝う気はさらさらないみたいだ。
それよりも、懐かしい物を渡してくれた。
エーリカから渡されたのは、黒一色の手斧である。レイピアを手を入れる前に使っていた物だ。魔石が使われていない、ただの日用品の斧である。
武器として使えないが、今の私は魔力を上手く使えないので、石の代わりになる鈍器としては役に立つだろう。
ズシリと重い手斧を振り上げ、ゼーフロッシュに近づく。
一歩、二歩とゆっくり近づいていくと、ゼーフロッシュの口から長細い舌が飛び出し、私の脛当てに絡みついた。
「うわっ!?」
ゼーフロッシュの舌を引っ込める力が強すぎて、足を取られた私はバランスを崩し、後ろへ倒れてしまった。
「ぐはっ!?」
勢いよく地面に倒れ、息が抜ける。
ゼーフロッシュの舌と共に、私の体はズルズルと地面の上を引きずられていく。
地面に生えている草を掴むが、力が強すぎて、すぐに根っ子ごと抜けてしまい抗う事が出来ない。
目と鼻の先まで来た時、ゼーフロッシュが一歩ジャンプをして、私の脛当てをカプリと咥えた。
「…………」
ゼーフロッシュ自身は、そのまま私を丸のみするつもりなのだろうが、さすがに私とゼーフロッシュの体格は違い過ぎて、脛当て部分をカプカプしているだけで終わった。
所詮、カエルか。
私はそのまま、脛当てを噛み続けているゼーフロッシュ目掛けて、手斧を振り落とす。
脛当てを噛んでいたゼーフロッシュが剥がれ、ガツッと手斧と地面の間にゼーフロッシュの頭がぶつかった。
だが、手の感触に手応えは無い。グニャリとゼーフロッシュの頭が手斧の刃の形にへこんだだけで、潰れた感じはしなかった。
「冒険者さん、こいつらの骨は柔らかい。何度も叩いて、潰してくだされ」
私の様子を見ていた村人のおじいちゃんから助言が飛ぶ。
「おら、おら、おらっ!」
おじいちゃんの言う通り、何度も何度も手斧を振り落とすとゼーフロッシュは動かなくなった。
手斧を叩きつけたゼーフロッシュの頭は、ギザギザの形に変形して絶命している。
やり切った私は肩で息をする。
とても疲れた。
相手はカエルとはいえ魔物だ。それもサッカーボールサイズのカエル。危険性は無いに等しいが、見た目があれなので精神的に疲れた。
頭の潰れたゼーフロッシュを見ながら休憩していると、背後からガリガリと地面を擦る音がした。
振り返ると初老の村人が、長い棒で地面を擦っている。
また、誘い出すの!?
別の場所からもゴリゴリと音がする。
村長の息子の青年も楽しそうに棒で地面を擦っていた。
お前もか!
二人の村人が地面をゴリゴリしていると、それに合わせて水面が荒れだし、第二陣のゼーフロッシュの群れが姿を現した。
丸々と太った赤茶色のゼーフロッシュが、続々と水辺から陸へと上がってくる。
その数は十匹。
十匹のサッカーボールサイズのカエルが私たちに向かって、飛び跳ねてくるのだ。
まさに地獄絵図。ホラー映画真っ青である。
遠くにいるアナとティアは、「ひぇー」と情けない悲鳴を上げている。
そんな状況にも関わらず、五人の村人は嬉しい悲鳴を上げながら、ゼーフロッシュの元へ駆けつけ、一人一匹づつ手で掴み、石で叩きだす。
どうにでもなれー! とヤケクソ気味になった私も近くにいた一匹を手で掴み、その場で手斧を振り落とす。
グニグニヌメヌメとした感触に眉をひそめながら、何度も何度もゼーフロッシュの頭目掛けて叩きつけていく。
さすがのアナも青い顔をしながら、ゼーフロッシュ退治に参加しだした。
「風を集え、刃へ変われ……『空刃』! 『空刃』!」
ゼーフロッシュから距離を置きながら風の刃を放つと、二匹のゼーフロッシュの頭の部分だけゴロリと落ちた。
魔力のこもっていない道具では傷をつける事が出来なかったゼーフロッシュの皮膚も魔法で作った刃では簡単に切れていく。
もう、アナ一人だけで任せても良いんじゃないかな?
「一匹づつ始末するのは面倒ですね。まとめて燃やしましょう」
皆の様子を観察していたエーリカは、私の近くにいた二匹のゼーフロッシュに向けて右腕を伸ばす。
「君、炎は駄目だ!」
エーリカの声を聞いた青年が急いでエーリカを止める。だが、すでにエーリカの右手から炎を纏った魔力弾が二匹のゼーフロッシュへ飛んでいってしまった。
食材として残すつもりで放った炎の魔力弾は、とても威力が弱く、二匹のゼーフロッシュの肌を舐めるように炎が纏わりつく。
しかし、弱い炎にも関わらず、ヌメヌメとしたゼーフロッシュの肌は、ブクブクと波打ちながら腫れあがり、そして、風船のように膨れ上がると、血肉や内臓をまき散らしながら破裂した。
私の靴に、肉片と小腸みたいな物がベチャとこびりつく。
「あちゃー、ゼーフロッシュは熱に弱いんだ。ちょっとした火でも爆発するんだ」
今更だけど、ゼーフロッシュって凄く弱くない? 退治するだけなら、松明だけで根絶やしに出来そう。
「大丈夫だ。足の部分は残っている。これなら食べられるぞ」
村人の一人が、破裂したゼーフロッシュの肉片をかき集めていく。余程、カエル肉が食べたいのか、食に対する執念が凄まじい。
「どうやら、問題なさそうですね。次からは綺麗に片づけます」
一ミリも反省をしていないエーリカに向けて、ジロリと睨んでおく。
その後、村人たちの食欲により、第三陣、第四陣のゼーフロッシュの集団を狩り続けた。
次から次へと水辺から現れるゼーフロッシュを、私と村人は捕まえては頭を潰していく。たまにゼーフロッシュの舌が腕や足にくっ付いて引きずられるが、ティアと違い丸呑みにされる心配もないので、さっさと近づいて頭を破壊していく。
アナは、安全圏から風の刃を使って、頭を切断させていく。
エーリカは、ゼーフロッシュの頭の上に手を近づけて、小さな魔力弾で頭を破壊する。
全員、黙々と大量のゼーフロッシュを殺していった。傍から見たら、ゼーフロッシュの大虐殺である。魔物が相手とはいえ、人間とは何て残酷な生き物なんだろうか……などと考えながら、流れ作業のように体を動かすのであった。
ちなみに、ゼーフロッシュに丸のみにされたティアは、トラウマを植え付けられた所為で、アナの胸元から一切出て来る事はなかった。
「沢山狩れたな。五十匹はありそうだ」
村長の息子の青年が、ゼーフロッシュの山を見て、感嘆の溜め息を吐いている。
一匹がサッカーボールサイズのカエルの死骸が五十匹分だ。目を逸らしたくなる光景である。
太陽の下に置いてあるので、徐々に臭いも酷くなっているので、尚更、視界に入れないようにする。
「わしたちは、こいつらを村に運んで、食えるように捌いていく。あんたらも持って帰るか?」
五十匹の内何匹かは私たちが殺したゼーフロッシュだ。持って帰る権利はある。ただ、未だにゼーフロッシュのブヨブヨとした感触が手に残っていて、まったく食べたいとは思えない。
私がうーんと悩んでいると、エーリカとアナが「貰います」と即答で同意した。
「エーリカはともかく、アナは苦手じゃないの、カエル?」
ずっと離れた場所から風魔法で首チョンパしていたアナが、お持ち帰りしたいとは思えなかった。
「え、えーと……見たり触ったりするのは駄目ですが、食べるだけなら好きなんです……はぃ……」
アナの言いたい事は分かる。
私はカエルを見るのは好きだが、触りたいとは思わない。食べる事に関しては、微妙だけど……。
「私たちの分は数匹だけで良いので、残りは村の人たちに分けてください。あと、魔石は全部ください」
弱いゼーフロッシュだ。スライム程度のクズ魔石だと思うが、五十匹分の魔石なので二束三文にはなるだろう。
そう思い、村人の一人に伝えると、「あいよー」と軽く返ってきた。
村人たちは、ゼーフロッシュの死骸を両手で持てるだけ持って、村の方へ行ってしまった。
「ゼーフロッシュが湖の異変の原因ですかね?」
まだゼーフロッシュの死骸が残っている山を見つめていた青年に声を掛けた。
「どうかな? ゼーフロッシュは元々村とは反対の場所で繁殖していた魔物だ。何らかの影響で、ここまで移動したとして、なぜ移動したか分からない」
ゼーフロッシュは、ナマズ以上に悪食で何でも食べる。エッヘン村の主食であるナマズも食べるそうだ。
そんなゼーフロッシュが大移動してきたら、この辺の魚など根こそぎ食べられた事だろう。
魚が捕れなくなった原因は、ゼーフロッシュの可能性が高いが、今までいなかったゼーフロッシュが突如現れた原因を解明しない限り、根本的な解決にはならないだろう。
「ゼーフロッシュは魔物だが、ただのカエルとあまり変わらない。沢山の卵を産むが、卵の時や幼生の時に、普通の魚たちに食べられるので、成体になる個体は多くない」
カエル状態まで成長したゼーフロッシュが、この短い時間で五十匹近くも現れた事自体、異常事態である。
今日の狩りはお終いだが、明日以降も狩り続け、個体数を減らさなければいけない。そうすれば、ナマズも戻ってくるかも。当分、様子見だ。と言い、青年は言葉を終わらせた。
私たちの依頼は、湖の異変調査だ。原因を究明し、解決する事ではない。
本当は湖を一周し、他に異変がないか調べるべきなのだが、依頼を出したのはエッヘン村である。
エッヘン村でゼーフロッシュが大量発生したという報告だけでも、今回の依頼は達成だろう。
あとは別の冒険者に任せれば良いと、私は判断した。
その事をエーリカやアナに言うと、二人も同じ意見であった。
ちなみに、ティアは未だにアナの胸元から出てこない。大きくて柔らかい胸枕で眠っているのかもしれない。
一仕事を終えた私は、大きく息を吐いてから水辺まで向かい、ゼーフロッシュの体液や血液で汚れた部分を洗っていく。
ヌメヌメを水で洗い落とし、ゴシゴシと手を擦って綺麗にするが、カエルの生臭さは取れない。
これは石鹸が必要だと思い、顔を上げた瞬間、首元に何か細長い物が巻き付いた。
えっ? と思った瞬間、首元の紐が引っ張られ、首を締まられた状態で前のめりに倒れる。そして、凄い勢いで水の中へと引きずり込まれてしまった。
カエル退治終了ですが、簡単には終わりそうにありません。




