101 エビを求めて、エッヘン村到着
楽しい道中を経て、リーゲン村の分かれ道まで辿り着いた。
エッヘン村に行く前に、リーゲン村に立ち寄る事にする。
理由は、エッヘン村の行き方を教えてもらう事、リーゲン村側の湖の様子を見る事、そして、リンゴの補充である。
リンゴの補充は、エーリカの要望である。暇があればクロたちと一緒にパクパクと食べているので、在庫が少ないそうだ。
ちなみに砂糖大根の砂糖は、ほとんど使っていないので、まだ余裕はある。
私たちは、クロたちから降りてリーゲン村に入ると、すぐに顔見知りの村人が近づいてきて、村長の元まで案内してくれた。
最後にリーゲン村に来たのは、大ミミズの卵探しの依頼の時だ。それから一週間以上が経過しているので、大ミミズが空けた地面の穴はすでに塞がれている。
村長は私たちの姿を見ると、笑顔で出向かえてくれた。
事情を説明し、エッヘン村の行き方と名も無き湖の異変について教えてもらう。
ただ、魚を食べる習慣のないリーゲン村では、湖の異変について特に思い当たる節は無いとの事。
現地を確認をする為、クロたちを村長に預け、リンゴ園を横切り、湖まで向かった。
大ミミズの血肉を洗った湖は、見た限り、以前と変わり映えはしていない。
たゆたゆと揺れる水面に太陽の光が反射し、キラキラと輝いている長閑な風景が広がっていた。
「特に変化はないみたいだね」
湖の中央付近にある小島を眺めながら私は呟く。
「おじ様、小さな魚が泳いでいますよ」
アナが指差す浅瀬を見ると、ウグイのような魚が気持ち良さそうに泳いでいた。
「ここで魚の姿が確認できるとなると、エッヘン村だけの異変かもしれないね」
「魚の捕り過ぎで、一時的にいなくなっただけじゃないのー?」
「それもあるかもしれないね。まぁ、魚が捕れないという話だけど、まったく捕れないのか、普段の半分しか捕れないとかだと、原因も変わってくるよね」
湖を眺めながら色々と意見を交わすが、結局、この場所で分かる事はなかった。
踵を返してエッヘン村に向かおうとした時、クーと聴きなれた音がした。
太陽は真上に昇っている。私たちにとって昼食時間だ。
だが、つい数時間前にクロージク男爵の厨房でハンバーグとフライドポテトを食べたばかりである。
すぐに腹が空くとは、これ如何に?
燃費が悪すぎだろ、とお腹の虫を鳴らしたエーリカを見つめると、お腹に手を当てて「食事の時間です」と当たり前のように伝えてきた。
あれかな? 食事時間になると必ずお腹を空かせて、時間を教えてくれる時計係なのかな? この世界の時計はすぐに狂うけど、エーリカの腹時計は正確無比なので、時計係としては申し分ない。さすが、何とか博士の自動人形だ。時計まで完備しているとは至れり尽くせりである。
まぁ、私とアナはフライドポテトしか間食していないのでお腹は空いている。
景色も良いし、ここで昼食にする事にしよう。
今日の昼食は簡単だ。
クロージク男爵の厨房で作ったハンバーグのタネをペッタンコにしながら焼いて、『カボチャの馬車亭』のパンに挟む。
つまりハンバーガーだ。
簡単に石を組み立てて簡易の竈を作り、収納魔術に入れてある鉄フライパンで焼いていく。真横に切ったパンも温めていき、トマトソースを少し掛けて、ハンバーグを挟んで完了だ。
ハンバーガー専用のバンズでないので、非常に食べづらい。エールで発酵しているのでカチカチではないが、それでも私にとっては顎が疲れるハンバーガーであった。
味はまぁ、そこそこ。
だが、具をパンに挟んで食べる習慣のないアナたちは、楽しそうに食べている。
食後のデザートにリーゲン村のリンゴを食べた事で、本格的に顎が駄目になってしまった。
大人のレベルに達したにも関わらず、私の顎はまだ低レベルのままらしい。
湖畔で昼食を摂った私たちは、リーゲン村の村長に別れの挨拶を済ませてからエッヘン村へ向かった。
リーゲン村からさらに街道を北へ進む。しばらくすると分かれ道が現れ、そこを左へ向かうとエッヘン村である。
エッヘン村に続く小道を進むと、ポツリポツリと畑が見え始めた。
畑には、オレンジの線が入った白いカボチャが育てられている。
「たしか、この辺はカボチャが特産品だったね」
『カボチャの馬車亭』のカボチャは、特産品だから付けたとカリーナから聞いたのを思い出す。
ただ、食事とかであまりカボチャを食べたイメージがなくて、本当に特産品なのか疑問に思ってしまう。
「ダムルブールのカボチャは、食用目的に作っていませんから無理もありません」
ダムルブールのカボチャは、薬の材料や家畜の肥料用に栽培しているらしい。その栽培したカボチャの半分以上を別の街へ出荷しているので、食用店で目に入る事は少ない。
一応、一般家庭の料理にも使用されるが、好んで食べるカボチャではないそうだ。
「収穫祭など年に数回あるお祭りでは、カボチャを使った遊びや屋台が並びますよ。こういう時ぐらいしか、カボチャが特産品だと思い出せないぐらい住民の間でも認知されていませんね」
アナの説明を聞きながら白いカボチャを眺めつつ小道を進んで行くと、ポツリポツリと木製の民家が見え始めた。
さらに奥へ行くと、リーゲン村のような雰囲気の民家が集まった場所に出た。
広場の奥に掘っ立て小屋のような教会があるので、ここが村の中心なのだろう。
見知らぬ私たちが現れたにも関わらず、エッヘン村の人たちは近寄ってこない。誰もが活力のない疲れた雰囲気を漂わしている。
静寂が漂う寂しい村であった。
私は近くにいた細身の男性に声を掛けて、村長の居場所を聞いた。
男性は、窪んだ眼で私たちとクロたちを軽く見てから、無言で教会の真横に建てられている家を指差した。
男性に挨拶を済ませてから、私たちは教会の方へと進む。
村長の家は、他の家と大して変わらず、年季の入った木製の家である。
今にも壊れそうな扉をノックして声を掛けると、のっそりと扉を開けた青年が現れた。
その青年も疲れた顔をしており、覇気を感じられない。
私は、冒険者と名乗り、湖調査の依頼で来た旨を伝えると、青年は「父は腰を痛めて寝込んでいて、自分が代わりに案内をする」と、村長の息子である青年が案内をしてくれる事になった。
「前回の『女神の日』から魚の収穫量が減っていて、今では村人全員に回せる量を捕る事が出来ない状況なんだ」
『女神の日』とは、二十日毎に行われる女神を称える日である。朝一で教会でお祈りをして、その後は、皆で簡単なお祭りをする楽しい日と聞いた事がある。
前回の『女神の日』といえば、私たちがリーゲン村でリンゴの採取をした時だ。
ただ私たちが行った時は、大ミミズの騒動の次の日だったので、教会でお祈りをしただけで終わった。
「どんな魚を捕っていたんです? エビは捕ってました?」
最重要課題のエビについて尋ねてみた。
「エビ? 手の長いエビは罠に掛かった時だけ食べるが、主食として捕った事はないな。沢山、捕れる訳でもないし、体も小さいから……」
とほほ……エビフライ用のエビは無理そうだ。もう、帰ろうかな……。
「自分たちが食べるのは、草や泥に身を隠しているヒゲの生えた魚だ。知っていると思うが、湖の中央には魔物がいるので、湖畔で罠を張って捕る方法しかないんだ」
ヒゲの生えた魚という事はやはりナマズかな?
ナマズは悪食で有名なので適当な餌でも取れる。ヌードリングといって、手を餌に見立てて素手で捕る方法もあるぐらいだ。サイズも大きくなるし、泥を吐かせれば美味しい食材になる。
日本人の私は一度も食べた事がないので食べたいと思わないが、良い機会なので、この依頼が上手くいったら一匹貰おうかな。
「最後に捕れたのは三日前。それも一匹だけ。魚が捕れない時は、カボチャばかり食べているので、村人全員、飽き飽きしているんです」
湖に向けて歩いている青年が、はははっと疲れた笑いを零す。
エッヘン村は、家畜やカボチャ以外の野菜を育てていないので、主食のナマズが捕れないと、美味しくないカボチャを主食にしなければいけないそうだ。
だから、村人がまったく元気が無いのだろう。衣食住というし、食とは本当に大事なんだなと改めて知る事になった。
「隣の村と物々交換をしているが、交換できるのがカボチャしかないので、食事の改善は難しい。元々、お金もないので、商人から買い付ける訳にもいかず困り切っている」
この世界の料理だ。カボチャも焼くかスープに入れるだけの料理なのだろう。不味いカボチャでも上手く調理すれば、美味しくなるのに……。
今回の依頼で湖の異変の原因が解決されず、魚が捕れない状況が続けば、カボチャ料理のレシピでも別依頼で教えても良いかもしれない。まぁ、料金次第だが……。
あばら家のような家が途切れるとすぐに湖畔へ辿り着いた。
リーゲン村の湖畔は細かい砂利場であったが、エッヘン村の湖畔は綺麗な砂地で短い草が生えている。
エメラルドグリーンの湖は、異変が起きているとは思えない程、風光明媚な静かな場所であった。
「綺麗な場所だね。キャンプをすれば楽しそうだ」
暖かい日差し、風で靡く水面、足場の良い砂場。私の世界ならキャンプ場で賑わいそうだ。
「キャンプ? 野営ですか? 魔物がいるので危険です」
エーリカが首を傾げているのを、私は苦笑いで返す。
この世界の外は、魔物もいるし、野盗もいるしで危険がいっぱいだ。
自然の中での野営は危険と隣合わせなので、野営をするなら人通りのある街道沿いと決まっているし、寝る時は、最低一人、不寝番を置かなければいけない。
その為、キャンプという遊びは存在しないのだ。
「でも、おじ様の言いたい事は分かります。とても綺麗な場所ですから星を見ながら、焚き火を囲って食事をすれば楽しいかもしれません」
アナが私の言葉に賛同してくれる。彼女とは美味しいお酒が飲めそうだ。
私、未成年だからお酒は飲めないけど……。
「村の近くだし、魔物がいなければ野営したいぐらいだね。いや、湖だから殺人鬼が現れるかも?」
「えっ、殺人鬼!?」
村長の息子である青年が目を見開く。
湖畔キャンプ場といえば、殺人鬼のテリトリーだ。
リア充とお調子者がターゲットにされてしまう。
つまり、エーリカ、アナ、ティアと一緒にいる傍から見たらリア充のおっさんである私が真っ先に殺されるのだろう。それも気が緩んだ所を一撃で……おお、怖い、怖い。
「えーと、殺人鬼とは一体?」
「いえ、ただの戯言です。それよりも、ここからだと湖の小島が良く見えますね。何か建物が建ってますけど、何かを祭っているんですか?」
心配そうにする青年の疑問を反らし、気になった事を聞いてみた。
湖の中央にある小島。
リーゲン村からは遠くて良く見えなかったが、場所の違うエッヘン村の湖畔からは良く見える。頑張って泳げば辿り着けそうな距離だ。
その小島に木製で組んだ祠のような物が建っている。
「あれは水神様の祠だ。水神様がお怒りにならないよう祭っているんだ。ただ、あの辺は魔物が住み着いているので、雪が降る季節にしか、手入れしたり祈ったりする事は出来ない」
小島があるとはいえ、わざわざ魔物がいる場所に祠を建てなくても……。
危険な場所で祭る事に意味があるのだろうか?
――――― ほ……こ……ら……祈……り…… ――――
「…………」
―――― 祠……い……のり…… ――――
「うーん……」
「ご主人さま?」
エーリカが私の様子に気が付くが、答える事が出来ない。
『啓示』の指示では、あの小島まで行って、祠に祈れという事だろう。
勘弁してよー。
魔物がいるのに行ける訳がない。『啓示』に従いたいが、命を懸けてまで従いたくない。
私は自他共に認める弱っちい駆け出し冒険者だ。どんな魔物がいるのか知らないが、魔物を蹴散らして、小島まで辿り着ける自信はない。
私は、チラリと水面に浮かぶボロ船を見る。
「あの船に乗れば、小島まで行けますかね」
湖畔の岩に縄で繋ぎとめているボロ船を指差すと、青年は目を閉じて首を振る。
「湖の縁を移動する為の船だ。小島までは行けるが、魔物の攻撃には耐えられない」
断言する青年。彼の顔色から察するに、今まで同じ事をして、何人も犠牲者を出したのだろうと感じとれた。
行けなければ行けないで諦めが付くので問題なし。
「おっちゃんの言っていたエビってこれかな?」
アナの胸元から飛び出したティアは、水面ギリギリを飛び回り、水の中を観察していた。
ちなみに、分身体はすでに戻っていて今は一人である。
そんなティアを見た青年は目を見開いて、驚いている。妖精って珍しいからね。
「んー、どれどれ……ああ、エビだ。だけど、小さい……」
ティアが発見したエビは、手の長い小さなエビであった。私の小指ぐらいのサイズで、頭を取ったら、身など無いに等しい。
「髭の生えた魚以外、この辺で捕れる生き物は大体小さい。沢山捕れれば食べても良いが、数匹捕れただけでは、どうにもならない」
小魚とはいえ、底引網漁などで大量に捕れれば、食事生活は変わるのだろうが、魔物のいる湖で大胆に漁をする訳にもいかないのだろう。
「ここに大きな生き物がいるよー。髭の生えた魚かなー?」
水面の上をウロウロと飛び回り、観察を続けるティアからまた報告が届く。
三日ぶりのナマズか!? と皆が一斉にティアの方を振る向くと、なぜかティアの姿は見当たらず、チャポンという音と共に水面に小さな水柱が立っていた。
「あれ、ティアは?」
私はキョロキョロと辺りを見回すと、青い顔をしたアナが水柱で起きた波紋を指差した。
「ティ、ティアさん、ヌメヌメとした触手なようなものに絡み取られ、水の中に引き込まれました」
ティアの状況を見ていたアナが、早口で報告する。
「ええーー!?」
「ティアねえさんは本当に落ち着きがない」
「ど、どうしましょう……」
面倒なと首を振るエーリカ。
あわあわと慌てるアナ。
そんな二人を見ながら、私の背筋に冷たい物が流れ落ちる。
やはり、ただの調査では終わりそうにない。
レナの怒り笑顔が頭に過り、私は大きな溜め息を吐くのであった。
やはり、主人公補正がかかり、何事もなく終わりそうにありません。
頑張れ、アケミおじさん。




