第壱章2 「家臣として主君として・起」
悠馬が金沢城天守閣最上階に入ると既にそこでは数十人の侍たちによる怒号の飛ばしあいが行われていた。
「ゴチャゴチャやかましいんじゃこのシティーボーイ共がぁ!いいからさっさと松根城と朝日山城に5000ずつ兵士よこさんかい!」
「あんなクソちいせえ城にそんなに兵士置いてもぎゅうっぎゅうになっちまうだけなんじゃねえかクソジジイ!!あんな国境境の山は佐々木の生肉どもにあげちまえよお!なぁ?!それより津幡城だ。あのバカでけえ城が取られるた方がやったかいだろうが?脳みそまで筋肉になっちまったんじやねえか?!てめも生肉か?あ?!」
どうやら屈強な髭男を中心とするグループとその男を生肉扱いする腹筋が見えるように穴が開いた甲冑を着ている若者中心のグループが喧嘩になっているようだ。
「お、おい、こいつらっていつもこうなのか?主君が入ってきても誰一人気づいてくれないんだけど」
「あー、あの二人はいつものことですよ悠馬様。あの筋肉隆々の方が越中との県境一体を納める村井長頼。加賀八家と呼ばれる幹部格の一員でもあります。悠馬様はナガと呼んでいらっしゃいましたよ。そしてもう1人の若者が加賀八家筆頭、つまり悠馬様の家臣の中では1番力を持っている本多政長殿。まだまだお若く17歳で気性も荒く少々性格に難はありますが戦の実力は本物ですよ。悠馬様はマサナガと呼んでいました」
「ほほー、まさか18の俺より歳下のあいつが筆頭家臣とはちょっと驚き通り越してドン引きだな。ナガって爺さんも一癖二癖ありそうやしな」
「政長殿は置いといても長頼殿は心配ありません。人情に溢れた方で多くの家臣の信頼も集めてますし、金沢以東は全てあの人に任せっきりの状態ですけど民の支持も集めながらうまく治めてますから」
現実世界で日本史を習っていた悠馬と言えども地方武将の家臣までとなるとほとんどの人を知らない。今のところ聞き覚えがあった単語は加賀八家くらいのものだ。もっともその中身は全く知らないが。
だが知らない怖い人相手だからと言って、3日後に迫った本能寺の変を阻止するために急いでいる悠馬にこの喧嘩を最後まで聞き審判を下す時間はない。無理やりにナガと政長の喧嘩を周りの家臣に止めさすと、ちんと正座した数十人の家臣たちの前で話を始めた。
「みんなはじめまして…?でいいのかな。みんな知ってると思うけど俺の名前は天野悠馬。未来を読みしお前らの主君だ」
突然の預言者宣言に戸惑う家臣だったが前列に座る幹部級の者はみなカズから連絡が行っていたようで特に驚く様子もなく黙って座り続けている。
「んでー、多分みんな信じてくれないと思うんだけど3日後の京都本能寺で信長様が明智光秀の謀反にあい戦死する。今から集めれるだけの兵士を集めてそれを阻止しに京都に急行したいんだけど…」
「信長様が!?」
「明智殿がそんな事するはずないだろう!」
「殿!目を覚ましてくだされ」
「いくら殿といえ大殿にその態度はしつれいですぞ!」
1度は静かになった金沢城天守閣であったが悠馬のこの発言を皮切りに再び怒号に包まれる。悠馬が作り笑いをキープしたまま困った様子でカズの方に視線を向けていると、カズは立ち上がり後ろに振り向きこう言った。
「殿のおっしゃっていることは全て事実である。確かな情報だ。各自今すぐ出陣させられることのできる兵士の数を答えよ」
城内がザワつく…。城内のまとめ役のような仕事もこなしているカズが本当と言い、尚且つその他の加賀八家の大名達が反論しないのであればどれだけそれが突拍子もない予言であっても事実と認めざるを得ないのが侍たちの性である。
その後の話し合いの結論から言ってしまうと、今日中に金沢城に派遣し明日には京都に出発できるフッ軽な兵士など金沢城下の直属護衛軍以外にはいなかった。その数は3000。史実通りに明智家が1万を超える大軍を持って現れればその頭数じゃ為す術はなかった。
「殿、気付いてんだろ?今から俺たちがノコノコ3000の兵士連れて京都に向かっても京都に流れる血が増えるだけってんだよ。すぐに周辺大名に連絡して援軍要請すっぞ」
「ならぬ馬鹿者め。そんなことをすれば信長様に不満を抱く将たちを敵方として立ち上がらせてしまうということも想像つかぬのか、」
「うるっせえ生肉だな!!じゃあ俺様たちは主君が死ぬ事実を知りながら見送れってんのかよクソ野郎」
「そんなことは言っておらぬ。だが…」
ここでも論争を繰り広げるのはナガと政長だ。ナガは続けてこう言う。
「例えばワシら精鋭が先遣隊として3000の兵士をもって京に向かい時間を稼ぐとともに信長様を救出する。その後に明智光秀を打ち倒せるだけの軍勢を集めた第2軍が京に向かえば良かろう?違うか?」
「ちっ…」
どうやら政長も同じことを考えていたようで悔しそうな顔をしたまま黙り込んでしまった。そしてその作戦を思いついていたのは実はこの2人ではなくカズと悠馬もであった。
「うん!その作戦で行くぞ」
沈黙に割って入ったのは悠馬である。記憶喪失である悠馬…、つまり戦術に関してど素人である主君が当然のように決定権を持ち続けている状況は現実世界の感覚なら異常であるように思えるが心配ご無用ここは戦国時代である。
たとえ記憶を失っていようともそう主君が決断した作戦を否定することなど誰にもできない。上司への忠誠のレベルが違うのだ。
そうなると家臣たちが気になるのが第1軍と第2軍の仕分けである。当然死亡率が高いのは第1軍である。妻子を持ち自分の命が自分一人のものでなくなった家臣たちは不安そうに耳を立てる。
「第1軍は俺とカズと政長とナガで行く。ナガとカズは相談しながら適当に家臣もう何人か入れといてくれ。政長は今から俺と城の外に集めている直属護衛軍たちに挨拶。分かった?」
「分かった?じゃありませんよ殿!どうしてあなたが二軍では無いんですか?」
「くだらない事聞くんじゃねえよナガ。俺がいなくてどうして直属護衛軍を全軍動かせるよ。あいつらは俺を守るためにいるんだ。そんなやつらが金沢を出る以上俺もついてくのが上司の務めってやつだ」
主君にそう言われてはこれ以上何も言えないナガだが、顔には不安の色が隠しきれていなかった。一方でナガのように上手く空気を読めない政長は悠馬に食ってかかった。
「あのっなぁ記憶喪失の殿様、第1軍に付いてくってのがどういうことか分かってんのか?死ぬ可能性が高ぇってことだぞ?なあ?!」
「主に無礼な態度をとるな馬鹿者め!」
「んだと?ジジイ!?」
生意気な態度をとる政長にナガが立ち上がり吠え、それに対抗して政長はもっと大きな声で吠えた。
「お二人共、既に悠馬様がお決めになったことです。我らが家臣の務めは主君の決断を全力で支えること。やるべき事をやりしょう。時間がありません」
カズのその言葉を聞いて政長も矛をおさめ悠馬とともに兵士たちの待つ下の階へと舌打ちしながら降りていった。ナガと政長を除いた残る加賀八家の6人もそれぞれ第2軍編成に向けて各地に命令を飛ばし始め、城内は慌ただしい足音と家臣たちの声で大騒ぎとなった…。