第壱章1 「紡がれた希望。見知らぬ親友」
「殿だ!殿がいらっしゃったぞ!みなこっちへ来い!」
この血なまぐさい世界で悠馬が聞いた第一声はいかつい髭を顎いっぱいに生やしたおじさんの図太い声だった。悠馬がきょろきょろ目を動かすと高校の制服を着た自分がいた。悠馬は朦朧とする意識の中で記憶の中の最後の光景を思い出していた。
『そうだ、俺は水谷と傘をさして高校から下校してたんだ。玄関でたまたま会った一年の時のクラスメイトの水谷帆波、好きなような憧れのようなそんな感情が入り乱れる女友達と、心臓が締め付けられるように苦しくなるほどにドキドキしながら、それでも楽しさが勝りながら、神様がくれた15分ほどの奇跡の時間を楽しんでいたんだ。』
ここで悠馬は今一度自身の最新の記憶を確かめる。快晴。澄んだ空気。心地よい涼しさ。視界全面おじさん。悠馬は心の中で叫ぶ。
『俺は幸せの絶頂期だった。それなのになぜ今、目の前に髭男が!?』
叫んせ冷静になった悠馬はかなりのタイムラグを経て目の前の問題に対処し始める。
「ちょっとたんまたんま!だれが殿⁉」
「何おっしゃてるんですか悠馬様、早く金沢城に戻りますよ」
「え、ちょっとま…」
それからかけつけた数十人の甲冑をきた兵士に囲まれ無理やり車に乗せられ連行されるさなかに悠馬は自分の状況を理解した。これは異世界転生なのではないかと。車窓から見えるビル群も洋服を着た人々も開発が続く駅前も今乗っている車もすべて現実世界と同様のものである。それでも歩道を駆ける馬や街じゅうに掲げられた見たことのない家紋の旗がここを自分の知っている日本だと悠馬を理解させてくれなかった。
「殿!あんな僻地でなにをしていたのですか」
「僻地?!高校の帰り道だけど??」
「あのような場所に高校などございません殿、嘘をおっしゃらないでください」
「え?こんだけ街並み一緒なのに高校はないの?!おっもしれえな異世界」
「はぁ…?」
侍たちに殿と呼ばれているせいもあってか悠馬は腰に刀を携えたゴツイ男相手でも不思議とまったく緊張せずに会話を続けられた。それどころか強気に話せてすらいた。
少しの間悠馬の隣に座る甲冑を着込んだ侍?の質問に答えていると侍たちもすぐに悠馬の状況を理解したようで、悠馬を記憶喪失と判定し、なにやら電話で誰かに連絡を始めた。聞きたいことがあるのは悠馬も同じなのに。
10分ほど電話したのちに悠馬の隣の男は悠馬の方に顔の向きを変えこう話し始めた。
「申し遅れました。わたくし天野家直属護衛軍第一師団第三軍の軍長を務めます増永哲明と申します。本部から殿への伝達内容を受けとっていますのでお聞き願えますでしょうか」
「え?本部。いや、ああ頼む。」
相手の敬語と殿という呼ばれ方に慣れてきた悠馬は態度だけは殿っぽくなり始めた。
「あなた様は加賀能登合わせた100万石の大地を支配する天野家の4代目当主天野悠馬。記憶喪失の件は幹部級の家臣らにはすでに共有済みですが民に知られないように外では堂々としていてほしいとのことです。そして殿にはこれから金沢城天守閣最上階で行われている軍評に参加していただきます。」
「え、大丈夫なの。そんな真面目そうな会議…、別に家臣団で勝手に決めてくれていいんだけどそういうの俺なら指示できるよね」
侍の目は先ほどよりも少し大きくなり悠馬を見つめながらため息のような声で言葉を続けた。
「殿…間違ってもそんなこと家臣団の前では口にしないでくださいね…」
「え!?なんであきれてんの??素人の俺が下手に口出すより絶対いいと思うけど」
侍は今度は本物のため息を一度ついたのちに話をつづけた。
「首のない鷲の運命を知っていますか、殿。その鳥はいかに大きく屈強であろうと必ずすぐに飛行姿勢を保てなくなり墜落します。われらとて殿という頭を失えば家臣内での勢力争いは激化し内側から弱体化していきます。そうなれば富山の佐々木家は必ずこの機に上杉家とともにわが領土に攻め込んでくるでしょう。」
上杉…攻め込む…その言葉を聞いて悠馬は少し混乱した。悠馬は周りの景色や自分の置かれた状況を考えて。この世界はせいぜい現代日本に封建制度が残っている程度の世界だと考えていた。富山の『佐々木家』という知らない名前やと隣に座る侍の所属する『師団』という呼称を聞いてその考えは確信に変わっていたが、『上杉家』や『攻め込む』という単語を聞き自分の認識がいかに甘いものあったかを察したのだ。
「上杉家の現当主の名前とかって教えてもらえる…?」
「上杉謙信。軍神と呼ばれ龍を司る男ですが」
「―――」
悠馬の悪い予感は確信に変わる。ここは現代日本を舞台にした戦国時代。それも現実世界の戦国時代の英雄たちが割拠する最悪の世界だ。こんな場所で一国の王などたまったものではない。もしその佐々木家とやらや上杉謙信がこの国に攻め込んでくれば指揮能力0の悠馬が治める国など瞬く間に滅ぼされるだろう。
さらにいえば滅ぼされた国の当主が敵国にどのように処罰されるかは高校で日本史を学んでいる悠馬にとって想像するに難しくないことだった。
「まだ城につくまで少しかかるよな」
「ええ。まだ5分ほど」
「ならその間に可能な限り今に至るまでの天野家の歴史を教えてくれないか」
「もちろん!ただ私も新参者で先代和信公以降の時代しか存じ上げませんが」
「おお…和信。まさか父ちゃんも学生時代異世界転移してたのかな…。なんてな。悪い、続けてくれ」
和信とは現実世界の悠馬の父の名前と同じであった。
「はい。和信公はもともと尾張荒子村を治める土豪でしたが、尾張国内で織田家が力をつける中で現当主信長様にスカウトされ織田家に仕え始めました。1990年のことです。」
「おお、俺ら織田家に仕えてんのね。まあ味方にそんな英雄がいるなら心強いことこの上ないわ」
「なんて無礼な態度…。そして1999年、世紀末に時代は大きく動きます。主君の織田信長が大大名今川義元に戦で勝ってしまったのです。続く2006年には斎藤家に勝利し美濃全域を手中に収めます」
これを聞いて悠馬はまた一つの仮説を思いつく。もしかしてこの世界の歴史は案外現実世界の歴史に準拠しているのではないかというものだ。ちなみに言うなら尾張の土豪出身で信長様にスカウトされ今加賀を治めていると言う事実から、自分を現実世界の前田利家た重ねていた。
「悪い、一つだけ追加で聞きたいんだけど戦って何を武器にしてる?技術的にはマシンガンやミサイルなんかあっても全く不思議じゃないけど」
「ああ。それに関してははるか昔まだ貴族と呼ばれる存在が日本全体を収めていた時代に結ばれたある条約がいまだに効力を持っているので戦の時は刀や弓、それに火縄銃くらいしか使われません」
「その条約ってもしかして大量破壊兵器は作っちゃいけません!みたいな?」
「ほとんどあたりです。正確にはそのような兵器を天皇家以外の勢力が作った場合には残る日本の全勢力でその勢力を滅亡させるというものです。」
「へー。ほんとによくできた異世界だな」
天皇家以外、つまり天皇家は戦車や戦闘機。もっと言えば原爆や水爆を所持している可能性もあるかもしれないと悠馬は思ったがそれについて深く聞くこともできないまま車は大きな城門を通り城の中で停車した。
外からドアを開けた侍たちが悠馬に車から降りるように促した。
「では残る歴史は城内で聞いてください。それでは私はこれで。」
そういうと侍は…いや増永哲明は車の扉を内側から閉めた。乗った時はパニックで車など見もしてなかったが、悠馬が乗っていた黒のBMWが土埃をあげながら城から走り去っていった。どうやらこの世界にも外国という概念や貿易という概念があるようだ。そう悠馬は思った。
さきほどのおひげが立派な侍に変わって城内で悠馬を待っていた侍はうってかわって清潔感にあふれた細身の若い侍だった。
「おかえりなさい悠馬様、いや、初めましてといった方がいいんでしょうかね。」
青年は笑顔を見せながらそう言い、さらに言葉をつづけた。
「私の名前は篠原一考。21歳です。悠馬様と年が近いこともあって側近をやらせていただいています。悠馬様は私のことを普段はカズとおっしゃっていましたよ」
側近、つまり常に自分と一緒にいる可能性のある人物だと感じた悠馬は早速フレンドリーにカズに話しかける。
「んじゃカズ、この天野家の歴史を教えてくれないか。車内で信長さんが美濃攻略したところまでは聞いたんだけど」
カズとしても歴史?!なんで急に?他に聞きたいことあるでしょ‥と突っ込みたかった所だが、主君に忠実なカズはその言葉を飲み込み、美濃攻略以降の歴史を語り始めた。
「分かりました、悠馬様。その続きですと‥美濃攻略の翌年に主君信長様は越前に逃亡中であったかつての京の支配者足利義昭の護衛役として上洛。時の人となります」
ここで悠馬はあることに気づいた。1999年に桶狭間で勝利してから8年後に上洛したというこの年数感覚は現実世界でのそれと重なるのだ。現実世界で1560年に桶狭間を起こした信長はその8年後の1568年に上洛している。それに気づいた悠馬はカズの説明に口をはさんだ。
「じゃあもしかしてなんだけど2009年に同盟国の浅井家と仲悪くなったりした?」
「ええ正解です悠馬様。もしかして記憶戻られたのですか?」
「残念ながら戻ってねーよ、ただの推測クイズだよ。おっけーい多分ここまでの歴史はつかめた。そのあといろいろあって上杉家の領土ぶんどって今に至るだろ?」
「驚きました。おおかたあっています。」
「あ!今って西暦何年?この後起きる戦い予測しときたいな」
「予測…?今は2021年6月18日ですが…」
「2021年ってことは桶狭間から22年。現実世界だと1582年に起きることだから…本能寺の変かな!………いや本能寺の変!?」
「本能寺の変なんて聞いたことない戦いですね、。」
実際に本能寺の変が起きるならば3日後の2021年6月21日。のんびりとしているカズと対照的に悠馬は焦ってこう質問した。
「もしかして今って現在進行形で秀吉さんが毛利家攻めてる?明智さん援軍行こうとしてる??」
「悠馬様どこでそれを!?明智様の出陣が決まったのは数日前。城から飛び出ていたあなたが知れるほど安い情報ではありません。」
「さっきのと同じでただの推測クイズだよ。ところで一つだけ聞きたいことがあるんだが、もしだぞ?もし仮に今織田家が滅びたらうちってどうなる?」
ぶっちゃけた話、悠馬は信長が死ぬなら死ぬでそれでいいと思っていた。現実世界で加賀の前田家はなんやかんや江戸の終わりまで生き延びているからだ。弱い悠馬は多くを望めない。自分の命があればそれでいい、それが本当に悠馬の唯一の願いだった。
だが今加賀を収めているのは名将前田利家ではない。弱い自分だ。隣国に城を構えるのは佐々木家という得体の知らぬ存在だ。そんな不安を抱える悠馬にカズはにっこりと笑ってこう言った。
「100%滅亡ですね。佐々木家が上杉家を巻き込んで攻めてくるでしょう。そうなればおしまいですよ」
カズはブラックジョークの類だと思っているようで笑顔を崩さぬまま驚くほど簡単に悠馬に絶望という名の現状を叩きつけた。
100。その数字が悠馬を奮い立たせた。悠馬はやる後悔よりやらない後悔を選ぶ小心者でもある。それでもやらない=後悔確定となればやらざるを得ない。悠馬は足取りを速めて前を向いたまま大声で命令をするような口調でこう言い放った。
「主要幹部全員集めてくれ!加賀100万石の存続をかけた一戦の軍評を始めるぞ!」
悠馬は口調を変え、一歩前を歩くカズを追い抜かすと城内の急な階段を足速に登っていった。その足取りから悠馬を幼き頃から見てきたカズも何かを感じたのか後ろを歩く侍に何かを命じ悠馬に続いて金沢城の階段を登って行った。
はじめまして旅人と申します!過去に一度違う名前でローファンタジー作品を投稿しており、ありがたいことにローファンタジー部門でランキング入りもさせてもらっていたのですが実生活が忙しく完結を迎えることなく頓挫してしまったのでそのリベンジ作品です。感想アドバイス等なんでも励みになりますので待ってます!