愛屋及烏.6
彼女は背にもたれるのをやめ、布で隠された視線をまっすぐ射抜いてきた気がした。
「……なんで、そんなこと」
「私が消したある老人はね、家族に奥さんと一緒に頑張って稼いだお金も家も何もかも取り上げられたの。娘に厄介払いで老人ホームに入れられた」
彼女は一歩一歩、俺に近づいてくる。
ヒールの音が廃墟に静かに響く。
「? だから、なんなんですか」
「その老人は、生きる希望はもうなかった。奥さんも亡くなって、娘が旦那ができた彼に冷たくなって奥さんのお金になる遺留品を彼に黙って全部売ったの。そのお金は全て子供たちの教育費に充てたんだ」
「そ、れは……」
俺は思わず口ごもる。
さすがに、それは娘夫婦は駄目なことをしてるとは思う。
もしやるとしても、それは父親が亡くなってから色々とすべきことで……でも、そんなこと何の関係があるんだ? 俺は、殺してくれさえすればいいんだ。殺されれば、それでいいんだ。
他の人なんて、どうでもいい。
でもとある家庭の祖父と祖母の話を聞かされると、少し心苦しい。
「彼は、私のことを知って、私に消されることを選んだよ。彼はなにも後悔も未練がないと言って私に消された」
「え……? でも娘夫婦は、どうなったんですか?」
「世界の修正力は異常でね、認識をずらすのは簡単なの……私、人脈は広い方だからさ」
「それって――――」
思ったことを口にしようとすると耶衣子さんは、俺の唇に人差し指を当てる。
「そんなことを知る必要性は君にはないはずだよ、今言ったおじいさんもおばあさんも君には全く関係のない別の家庭の話なのだから」
「で、でも……!」
まだ、祖父と祖母が死んだわけではない。
だから余計、心に刺さる。
だってもし、俺が恋人が出来たら、爺ちゃんと婆ちゃんにそういう態度を取ってしまうことも考えられるってわけで……って、恋人なんて、いじめられてる奴にできるわけがないか。何言ってんだ俺。
「君はまだ迷ってる。復讐心に満ちた未練と諦観しようとする他殺願望がね」
「それは……」
「だから、今日は大人しく家に帰りなさい」
「な、なんでですか!?」
「そんな曖昧な気持ちのまま君を殺す行為は、ただの快楽殺人鬼にもできるからだよ。君を襲った彼のようにね」
「そ、それは……」
耶衣子さんは俺から離れ、彼女は最後にこう言った。
「覚えておきなさい。彼らの未練を死で彩り、消失させた魂の人生を永遠に保管する永久保存機、それが私――――終末屋だと」
◇ ◇ ◇
夜だったし、学生服で行ったのに警察に職質されずに家に帰って来た。
どうして、どうしてなんだ。
俺は自室に戻ると持っていた鞄を乱暴に床に投げる。
壁に思いっきり拳で叩く。
「くそ、くそ!!」
俺は怒りに任せて、大声を上げた。
「殺す相手に条件とか付けるなよ!! 死にたいですっていうヤツは、はいわかりました、みたいにすぐに殺せよ!! どっちか迷ってる!? 迷ってるわけねえだろが!!」
苛立ちを隠せない俺は声量だとか、夜だから近所迷惑だ、とか関係なく叫んだ。
「本当は人を殺すのは実は怖いんじゃねえの!? あんな実際に殺した誰かのたとえ話長ったらしく聞かされたって、俺には関係ねえだろうが!! ざっけんじゃねえよ!! 俺は殺してくれ、って言ってんだよ!! それ以上のこともそれ以外のことも何も言ってねえだろうが!!」
俺はポケットに持っておいた、カッターナイフでベットの毛布を切り刻む。
「ざけんじゃねえ!! ふざけんじゃねえよ!! くそがぁ!! ……やっと、やっと死ねるかと思ったのに、アルバイトした金で新宿行った意味なかったじゃねえか、無駄金だった!! 爺ちゃんと婆ちゃんのために、恩返しするためにアルバイトだって始めたのに、くそぉ、くそぉ……!!」
俺は切り刻んだ毛布の上で涙が頬に伝うのを感じた。
もう、心が苦しくて、辛くて、我慢していたものが全部こみ上げてくるようで。
「俺、何にもしてねえじゃん!! お前らの玩具じゃねえんだよ!! 俺は、俺はただ普通に、普通に生きようとしてるだけじゃねえか……っ!」
誰かの悪口なんて、言ったことなんて一つもない。
誰かに暴力なんて、一度も振るったことなんてない。
そんな俺なのに、どうして学校の奴らはみんな俺をいじめるんだ。
顔がぐちゃぐちゃになっても関係なく、俺は一人虚しく自室の中で不満を吐き出し続けた。