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泡沫の無葬  作者: 絵之色
第一幕 濡れ鴉の鮮血夢
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愛屋及烏.5

「その、程度って……」

「そんな風に、短くまとめられるような出来事ばかりだったのかなってことだよ……そんな言葉でまとめられるほどの苦痛だったのなら、君を殺す理由にはならない」


 ……その程度、その程度だと?

 頭に血が一気に登っていくのを感じる。

 俺が今まで耐えてきたことなんて知らないくせに。

 こんな人生を過ごすことになったことがどれだけ苦痛なのか、知らないくせに。

 こっちは、ただ頼んでるだけじゃないか。 

 ……もう、うんざりなんだよ。何もかも。


「なんで、ですか」


 俺は拳を強く握る。

 耶衣子さんの前で、泣きそうになってしまうことだけは避けるために唇を強く噛む。


「私は遊びで人を殺さないからだよ、最近多いんだ。死にたいって上辺だけ言ってて本当は殺されるのは怖いっていう人……そういう人には、少しお礼をさせてもらってるけどね」

「……?」


 耶衣子さんは自分の目隠しにそっと手を触れる。

 よくよく思ってたけど、どうして彼女はさっきから目隠しを取らないんだろう。

 ……見せられないような、何かでもあるのか?


「私の目隠し、気になる?」

「当たり前ですよ、はっきり言って初対面の相手に顔を見せないのは違う気がします」

「それはこちらの事情があってね、顔を隠せると言うのは確かにあるけど……話も聞かずに()()()()のは、私の流儀に反するんだ」

「……どういう意味です?」

「……君は、見ただけで誰かを存在ごと世界から抹消する目を持っている人がいたら、君はその人に関わり合いたいと思う?」

「は? なんですかそれ……そんなの」

「やっぱり、こわ――」


 耶衣子さんは少しだけ顔を下に背ける。

 俺は特に気にせず、思った言葉が口から出た。


「……いいじゃないですか、自殺志願者の人にとっては大喜びもんでしょ。それ」


 俺は、本音で彼女に言った。


 ――――それは、俺がそうだからだ。


 一人で死ぬって、とっても怖いことだ。耐えがたいことだ。

 台所で包丁を持って何度自分を刺し殺そうとしたことか、何度お風呂場でドアとタオルを使って首を絞めて死のうとしたこととか、たくさん試した俺が思うんだ。

 一人暮らしを始めたのだって、小学生の時からもいじめられていたけど、爺ちゃんと婆ちゃんの悲しそうな顔を見るのが耐えられなかったから始めたんだ。

 ……いじめられていたことだって隠してた、父さんと母さんみたいに優しくしてくれるあの二人に迷惑をかけたくなかったんだ。

 だからもし、もしもだ。そんな明らかに伝奇物の小説なり漫画やアニメなりみたいな展開があって、この人が俺を殺してくれる、世界から消してくれると言うのなら願ったり叶ったりだ。

 次の日の朝、学校に行ってまたいじめられるようなことがあったならって、そう思った時にそんな人が俺の存在ごと消してくれるなら、爺ちゃんも婆ちゃんも辛い思いしなくてよかったのかなって思う罪悪感も殺せそうで、本当にありがたいことなんだ。

 それに誰かに看取られながら死ぬのって、きっとひとりぼっちって思わなくて済みそうだから。

 なんか、そんな目を持っている誰かがいたら殺してくれよ、って縋りたくなる俺は……きっと倫理的に間違っていると思っていたって、もう俺の心は限界だった。

 だから、目の前の彼女に縋るしかないんだ。


「君、本気? ファンタジー好きか何か?」

「本気も何も、死にたいって俺言ったでしょうが。冗談だったとしてもそんな人がいたら、悪いことに悪用されたりもありそうだけど、それがもし、貴方だって仮定したら……なんか、いいなって思う」


 笑った俺を見た耶衣子さんはなぜか固まっていた。

 俺は少し吹き出してしまったけど、彼女は特に気にしていなくて、なんとなくほっとしたんだ。

 目元は見えないけど、驚いているのだけはわかったからもあったけど。

 だからか、少しだけ溜飲が下がった。


「普通、そんな力ないとか、現実とは関係ないだろって……いうものでしょう」

「だって、自分一人で死のうって頑張ってなかなか死ねなくてもその人がいたら、目を合わせただけで死ねるなら、そんな安楽死みたいな話があるなら……誰だって縋りたいもんでしょ普通」

「……君の言いたいこと、全部言ってよ。ここは、誰も来ないから」

「耶衣子さん……」


 

 それは、おそらく内容によって俺を殺すかどうか、もう一回チャンスをくれるってことか。


「だからこそ、私は君の味わった暴力や暴言の数々を誰かにひけらかすなんてしない、君の味わった傷を馬鹿にしない。だって、一人で死のうと思う決意は簡単にできるものではないもの」


 彼女は壁に背を持たれる。

 ……話せ、って意味で受け取るぞ。

 ずっと立ってるのは疲れるので、俺は床に座ることにした。


「俺は……暴力を振るわれるのは、少しくらいは平気だった。爺ちゃんに怒られた時に頭を殴られたことがあったから、そういうのには多少くらいは平気だったんだ。友達同士の付き合いで、背中を思いっきり叩くとか、色々あるだろうからって……そういうものだと、思うことにしていたんだ」


 俺は淡々と言葉を続ける。

 猫を被っていたわけではないけど敬語をやめて俺の過去を耶衣子さんに話し始める。


「ある日、死んだ父さんにもらった腕時計を友達に取られたことがあったんだ、勝手に取り上げられたから、最初はすぐに返してくれるだろう、ってそう思おうとした。でもヤツは『こんなカッコいいのは馬鹿なお前には似合わねえよ』……って、だから殴ってやったんだ」


 はっきり言って、反省はしたけど後悔はしてない。

 だって、誰だって自分と仲良くしてくれる人だったり、大切な人がくれた物を自分にもらって、そんな他人から言われて腹が立たないのは……人としてどうかと思う。

 正直、もっと上手いやり方はあったと思うけど、幼い俺にはそれしか浮かんでこなかったのだ。


「そこから、かな。クラスメイトや同級生にいじめられるようになった。そいつは、友達が多くてたくさん仲間がいたから……きっと殴られたこと言いふらしてたんだろうなって思う。担任が庇ってくれたこともあったけど、他の奴にとっては逆効果で、もっといじめられるようになって……」

「……どうなったの」

「言いなりにならなかったら、腕時計壊されかけたりしたし爺ちゃんたちの家にゴミを捨てられたり死骸をポストに入れられたりしてしかたなく、従うようになった。爺ちゃんたちを引き合いに出されたら怖くなって……従うしか、なかったんだ」

「……そう」

「あの日から、俺は人のことを信用できなくなった。誰よりも物を大切にしている爺ちゃんみたいな良い人がいるって思って、今までを過ごしてきたから……だから、余計ショックだったのもある。でも」

「でも?」

「あんなふうに笑って生きている奴らが、のうのうと生きてるアイツらを、全員皆殺しにしてやりたい」


 ずっと、ずっといじめられてからそう思わない日々なんてないくらいだ。

 憎しみが、溢れてやまない日々だった。

 無関係な家族に襲撃されるのは、はっきり言って間違ってるに決まってる。

 俺がいじめられるようになってから、婆ちゃんなんて特に精神的に病んで病院にまで駆け込んだことがある。爺ちゃんは、それでも俺に何も言わずに電話でたまに話をする時も、特に気にしてない風にしてる……銃刀法違反がなかったら、まっさきに銃や包丁で殺してやりたいくらいだ。


「……あいつらを皆殺しにしてやりたい。それぐらい、それぐらいアイツらが憎い。俺のことをいじめて笑ってる奴らが、ただ見ていて笑っている奴らも、全員殺してやりたい」


 耶衣子さんは背を持たれるのをやめて俺の前まで歩いて来た。


「君は、殺したいの? それとも、本当に死にたいの?」

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