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泡沫の無葬  作者: 絵之色
第一幕 濡れ鴉の鮮血夢
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愛屋及烏.4

 俺は建物の影から顔を出し女性の方を見る。

 よく見ると、拘束具のような印象も受けるベルトがついたワンピースのような服と、黒い目隠しをしているのが見える。

 ……どうして、目隠しているのにあの大男を倒せたんだろう。


「あ、ありがとうございました……その、殺しちゃった、んですか?」

「殺してないよ、致命傷は避けたからね」

「け、警察とか救急車に、連絡しないと……」


 あんな大男とはいえ、人であることに変わらない。

 致命傷というほどの傷じゃなくても、気絶するほどなのならはやく救急車が来てくれないと死んじゃうかもしれない。目の前で死なれると言うのは、耐えがたいものだ。


「ああ、事前にしてあるから大丈夫だよ、君の携帯の電源は?」


 ――――それはさすがに嘘だろ。


 って、絶対言ったら殺されるか。

 でもこの人が実は本当の殺人鬼だったりするなら、そんな上手い言葉を飾って背を向けた俺を殺すんじゃないのか? ……って、思うけど殺すなら呼びかけなくても、近づいたら殺してるかも、か。

 ……いや、とりあえずこの人に背を向けるのだけは絶対にダメだ。

 殺人鬼に殺されに来たんじゃなく、俺は終末屋に殺されに来たんだから。


「あ、そろそろ切れそうで……」


 申し訳ない気持ちという表面上の感情と恐怖が入れ混じった俺を見て、彼女はそっと微笑む。


「大丈夫だよ、君はどうしてこんな夜道に? ……学生みたいだけど」

「そ、それは…………その」

「もしかして、終末屋の噂を聞いてきた人だったりする? ほら、ネットとか、学校の噂話とかでさ」


 そんな、言い方をするのは噂話を知っている人か、それとも。


「――――――貴方が、終末屋なんですか?」


 目隠しで見えないはずの目が、わずかに揺れたような気がした。

 女性はほんの少しの沈黙をした後、落ち着いた口調で言う。


「……話は廃墟ビルの中で話しましょう。ここだと何かと目立つから」

「は、はい」

「なら先導するね、着いてきて」

「……わかりました。あの、スマホで位置は出ますから別に一人でも行けますけど」

「でも、背を向けるのは嫌でしょう?」


 心でも読めるのか? この人。


「……お願い、します」


 俺はそう呟くと彼女はそこから以降無言で一緒に廃ビルへと向かった。

 二人で廃墟ビルの中に入るまで、とっても静かだった。

 壁に穴が開いてたり、足元が草木が生えていたりするビルの中、夜風が入り込む室内はあまりにも寒々しかった。


「ようこそ、私の砦へ。私は保理耶衣子(ほりやえこ)――――君が探していた終末屋だよ。君の名前は?」

居神(いかみ)居神献世(いかみけんせい)です、地上にいる神は美しい世界を天界に献上するために世の中を作った、って書きます……すみません、長いですよね」

「素敵な名前だね、苗字の言葉も含めてそんな意味に変えてしまうのは、なかなかできないと思うよ」

「……結構、気に入ってるので」

「そっか、それじゃあ君は君の過去を話してくれる? ……全部ぶちまけてよ」

「…………聞いても、笑わないでくださいよ」

「もちろん」

 

 そこから、俺はぽつりぽつりと呟く。

 俺が今まで味わった苦痛も、後悔も、怒りも、涙も、全部まとめて彼女にぶつけるために。

 懺悔なんて呼ぶつもりもないけれど、呼ぶ気もないけれど……でも、俺の赤裸々に隠したい記憶も全部、彼女の前で打ち明けることを決意したのだ。


「俺は、両親が小学三年生で死んで以降、祖父母に育てられました。中学生になった時に独り立ちしてアルバイトをしたりして、なんとか学費を稼いで今の常川高校(つねがわこうこう)に通っています。けど、同級生やクラスメイトからいじめられてるんです」

「どんないじめをされたか、聞いていいかな」


 俺は頷き、言葉を続けた。


「蹴ったり殴るっていう暴力を振るわれたことがあります。他の子たちは俺を助けるなんてことをしないで、ただクスクス笑って……耐えがたい日々でした」


 俺は一度もアイツらをイジメたわけでも悪口や陰口を言った覚えもない。

 何もしていないんだ。何もアイツらの機嫌を損ねる真似なんてしてないんだ。

 それなのに、それなのにこんな日々を送ることになるのはおかしいじゃないか。


「いじめっこたちに俺の教科書を破り捨てられたり、机には悪口が書かれたマジックの痕、アルバイトで稼いだ金を無理矢理盗られるわ、もう、全部うんざりで……っ」


 だんだんと口調が自然と荒くなる献世に、耶衣子は無言で見つめる。


「だ、だから俺のこと、殺してくれますか? 貴方は、死にたがりな奴を殺す終末屋なんでしょう? 今、ここでもいいから、殺してくださいよ!! 俺、もうこんな世界になんて生きていたくなんかないんです……!!」


 俺は涙がこみ上げそうになるのをぐっと堪える。

 今までの頑張ってきたのは、彼女のような人に殺されるためだと。

 ……そう思えば、死なんて怖くない。


「――――――そうだね、嫌かな」


 彼女の言葉は、残酷だった。

 さっきまでの俺の気持ちも、全部無駄だとレッテルを張りつけられた気分だ。


「どうしてですか? 貴方は、死にたがり屋な奴の過去やいじめを言えば、殺してくれるんでしょう!?」

「そうだね確かにそうだ。私はそうしてるし、そうすると決めている。でも、君のそんな面接のために紙切れで必死に練習してきたみたいな口上じゃ私には響かないよ」


 耶衣子さんは俺の頬にそっと触れる。

 撫でるとかそんな風じゃない、ふっと触るような優しい触り方で。

 俺の心の本音を引き出すつもりで触れているような、そんな手で。


「私は君が味わった感情を知りたいんだ、君が(いだ)いて来た激情を知りたいんだ、君が導き出した熱情の全てを、知りたいんだよ――――――献世くん。君の苦痛は、その程度の言葉で表せるような出来事だったの?」

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