愛屋及烏.17
耶衣子は投げナイフで牽制しつつ、鴉殺しと距離を取る。
目隠し越しから覗く鴉殺しの弱点を、一つ一つ確実に特定していく。
鴉殺しは目が悪いのは蜜祈から聞いている。
だが、触覚がないわけでも味覚がないわけでもないのは知っている。
「――君、葬眼を喰らったことがあるね?」
「カッカッカ!! ダッタラ何ダ!?」
「なら、これは同胞への贖罪だ。君を殺すことで私の罪悪感を満たそう――――覚悟はできてるね? 鴉殺し」
「ヤレル物ナラヤッテミロ!! デキルノナラナ!!」
耶衣子の目元の目隠しは材質は薄いが、相手側には見えないようになっているだけで耶衣子自身には顔の認識はできる範囲の代物だ。だからこそ、躍起になっている鴉殺しの動作に疑念を抱く。
鴉のような風貌で、巨体の体でありながら、鉤爪の指先で自分の攻撃を薙ぎ払っていく。
……視力がないにしては、的確だ。
――これは、怪しいな。
「ドウシタ!? モウ怖気ツイタカ!? サッサト喰ワレロ!! 銀魂!!」
「――いいや? 私はあえて泳がせていただけだよ」
「ナニ!?」
耶衣子は鴉殺しの間合いに入り込み、ナイフで鴉殺しの首を狙う。
「――――ッハッハッハ!! ヤレルト思ッタカ!? 銀魂!!」
「……そう上手くはいかないか」
ナイフの切っ先は鴉殺しの鉤爪の指先で薙ぎ払われ、耶衣子は後ろに後退する。
鴉殺しは窓を背後に、興奮気味に高笑いする。
「ハッハッハッハッハ!!策ハコレデ終ワリカァ!? 銀魂!!」
「――――さぁ、フィナーレだ」
指を鳴らす耶衣子の言葉に鴉殺しの額に銃撃が突き刺さる。
鴉殺しの背後に硝子片は飛び散り、彼の赤い血が床に飛び散る。
「ナ、ニ――!?」
「……さぁ、特性の弾丸だ。姿を晒してもらおうか? 偽物くん?」
「ガ、ガァアアアアアアアアアアアア!!」
鴉殺しは頭を抱えると、絶叫する。
絶叫したまま、鴉殺しは溶けていき、黒い液体と成り果てた。
「――あーあ、残念ですねぇ。せっかく完成品間近だったというのに」
「現れたね……本物の化物様?」
「流石終末屋様。貴方の手腕は見事ですっ! 私の名前は、レイヴァルハルトぉ……いっご、お見知りおきを♡」
赤い燕尾服を身に纏い、黒い翼を生やした2メートルはある男が鴉の羽を散らしながら、彼は姿を晒す。細長い手足で男は身振り手振りで耶衣子に愉快気な反応をしつつ、紳士に、同時に茶番を含めた挨拶をする。
「ふざけてる?」
「これは私の性分でしてぇ♡ この結末に至れたのは殺し屋と名乗らずに、自殺志願者を己の手で殺すと言う悪事に染まった人間にしかできない所業ぉ……そそられますよぉ♡」
レイヴァルハルトは飄々とした態度で上品に手を叩きながら笑う。
「……君が、この事件を企てた首謀者?」
「何をおっしゃいます、私にはとてもとても……愉快で楽しい殺戮劇を用意するなら、人類滅亡っ!! それ以上に叶えたい夢が、私にないとでも? やるならぁ、もっと大胆な自殺劇を提示するでしょう!! 例えばぁ……爆撃を持った少年少女を転落死させて他の一般人の方々を爆死させる、とかぁ♡」
「……最低だね」
「なぁ~にをおっしゃいますぅ? アナタ様にはその世界線も知っているでしょう? 葬眼は、一人の人間を滅ぼすことだけが特徴なのではない。イフを殺すのが、葬眼の役割なのですから♡」
「……なんのことかわからないかな」
「知っていておいて、その反応……ツンデレですねぇ♡ いいえぇ? アナタの場合、ツンしゅん♡属性ってことでしょーか♡」
そそられる、そう発言した時の狂気は黒い仮面にある赤い瞳が怖いぐらいに歪んでいた。
耶衣子は寒気を覚えつつ、冷静さを保つため口角をわざと上げる。
「私が殺す自殺志願者は、人生を諦めた者。人生を捨てたい者。誰かを犠牲にする自殺志願者じゃない」
「はーっはっはっはっは!! 貴女様と私共がしていること!! 何の差異があると!? 全然一緒でしょう!? 自分が満たされる殺しか、他人が満たされる殺しか、ただそれだけの御伽噺でしょう!! あぁ、あぁ、あぁああ……なんっっっ、っと愛らしぃい……♡」
棘を覚えるしたり顔の笑みに耶衣子は心の籠ってない笑顔を見せるも、異形はスンっとした顔、というよりも声でさっきまでのふざけた態度と一変していた。
「……この程度の絶望を貴方たち人類が耐えなくてどうします? 我々の渇望は世界に要求された至高の芸術品に等しい願望そのもの。この切望が満たされない結末なんて世界が滅亡し正しい正史と刻まれなくては我慢ならないっ……世界が滅ぶことこそが、正しい結末なのですよぉ」
「気持ち悪いね、君は」
「お褒めのお言葉、感謝いたします……まぁ、アナタ様は世界を傍観する女神気取りのようなので、ちょーっと貴女の助手様を弄ったりしましたがぁ、いい余興だったでしょおう?」
「……まさか、それも君が?」
「回答を拒否しまぁす♡」
耶衣子は男の首を狩ろうとナイフを構える。
「……一遍死のうか?」
「あぁん♡ 待ってくださぁい♡ そんなつーれーなーいっ♡」
ツン、っと異形は耶衣子の頬を人差し指で突く。
抵抗しないのではない、したくてもできないが正論だ。
「……君を殺すのは私だよ」
「あぁ、愛の告白ですねぇ♡ 嬉しいですよぉ♡ まぁ? 今回の犠牲者はまだいるので、探してみてくださぁい♡」
「……は?」
「きゃぁああああああああああああああああああああ!!」
「!?」
蜜祈の悲鳴が聞こえ、ナイフに入れる力が入る。
レイヴァルハルトの目は怪しく喜々として歪んだ。
「では、これにて失礼しますねぇ♡ ……バァーイ♡」
「っ、待て!!」
耶衣子はナイフを振りかざすがレイヴァルハルトは黒い鴉の羽となって消え去った。
「……急がないとっ」
蜜祈の元へ、耶衣子は駆け出した。




