愛屋及烏.15
「目が覚めた? 献世君」
「……耶衣子さん」
僕は目を開けると、そこはいつもの廃墟の天井だった。
どういうことだ? 僕は、僕はいったい何を――――――?
しかも、周りを見ればどうやら耶衣子さんがよく来る廃墟のようだけど。
なぜだろう、僕の本来の性格じゃない口調で蜜祈さんに攻撃的な口調で言ってしまっていたような……まるで、いつもの僕じゃなく、他の誰かに操られたような。
「献世君を起こすのには骨が折れたよ、中々起きてくれないんだもの」
「なんで、僕…さっきまで、耶衣子さんの部屋にいたんじゃ……? うっ……」
ズキリ、と頭が痛んで僕は自分の額に触れる。
いや、そもそも夢だったような気がする。
だって、僕と耶衣子さんと出会った時とまったく違う記憶が自分の脳に混在している気がする……これは一体どういうことだ?
「うん、思い出せないのも普通だよね。君は、操られていたんだよ」
「え?」
「そうでしょう? ――――――蜜祈ちゃん」
唸り声をあげている少女の声が聞こえる。
そこには露出の多い、サキュバスにはふさわしい格好をした守随蜜祈がそこにいた。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで? なんで、アタシの術を破ったの!? 終末屋様!!」
耶衣子さんは僕に確認するように視線を寄越すと、僕は無言で頷いて彼女から離れた。
彼女は立ち上がると、自前のナイフをそっと愛おし気に撫でる。
「このナイフは、私の師匠からもらったものでね。私の血を使った一級品だ。だから、どんな魔法も魔術も、これに切られたモノはどんな存在だろうと殺すことができる」
「そんなの、そんなの不可能だよ!! 人間に、神秘の存在に戦えると思ってるの!?」
「私は異常者だ――――なら君程度、殺せないはずないだろう?」
「っ、死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ピンク頭、いや、サキュバスは黒い影の刃を耶衣子さんに飛ばしてくる。
耶衣子さんは飛び掛かってくる斬撃を、ナイフを持って一つ一つ消滅させる。
初めから存在しなかったように一瞬で消えていく。
「さぁ、終わりだよ」
「っぐ!!」
耶衣子さんはサキュバスの背後に回り、彼女の首にナイフを突き立てる。
「君は神秘の存在の一つ、夢魔の先祖返りのようだけど……本当の夢魔の力とはほど遠いね」
「な、なんでそんなこと……!!」
「私の質問に答えてくれるなら、殺さない。けど、隠したり黙るなら殺すよ」
「……っ!! わかった、話す、話すから!!」
蜜祈は、耶衣子さんの脅しに負けて、彼女自身の口から情報を収集することにした。
「どうして献世君に幻術を?」
「――――それは、」
耶衣子さんに問いただされた蜜祈さんはゆっくりと説明を開始した。
「鴉殺しが、アタシのダチを返してほしかったら、協力しろって……」
「鴉殺し?」
「ニュースは献世君は見たし、一度鴉殺しにでは出会っているはずだよ」
「……一部分は、本当のことってことですか」
献世は顎に手を当てて、頭の思考回路を回し始める。
さっきまでの幻術の自分と、本来の僕の記憶に齟齬が少し生じている気がする。
……おそらく、蜜祈さんはお兄さんの記憶の追体験を、させた可能性がある、のだろうか。
僕の気持ちを察してか、耶衣子さんに視線を向けると彼女は小さく頷く。
「同時に今回の殺人鬼である鴉殺しと共犯だったわけね」
「……ちょっと待ってください」
脳内整理するために献世は額に手を当てる。
まず、僕の状況を整理しよう。
最初に、僕と耶衣子さんとの最初の出会いの時の記憶が高校生になっていたこと。
一人称も俺になっており、気が付けばなぜか蜜祈さんもいる状況だった。罵倒合戦をしていたような光景を覚えているけど、僕はあんな毒舌を言わない。
おそらくそれは蜜祈さんのお兄さんのやり取りだと推測する。
坂口さんがこの廃墟に連れてこさせたことがないから、そこはおそらく耶衣子さんが俺を覚醒させるための誘導……と思うべきだろう。だって今坂口さんは周囲を見てもいないわけだし。
……どうやら、蜜祈さんのお兄さんは爪が甘い人のようだ。幻術にしては、一部一部の記憶をすり替えているけど、リアル感があったのは蜜祈さんが夢魔の先祖返りだから、と理由付けできるだろう。
……怪異の存在の先祖返りって中々に恐ろしいな。教訓になったけどさ。
「……耶衣子さん、確認をしてもいいですか」
「何?」
「僕は何日間寝ていたんですか?」
「半日だよ。鴉殺しの犠牲者は二十五人。全員学生で、現在進行形で犠牲者は出続けている」
「……僕は、蜜祈さんに殺されかけていたのを耶衣子さんが助けてくれた、ってことでいいんですよね?」
「うん、そうなるね」
「蜜祈さんを拘束していないのは?」
「君の幻術を解く為には、彼女を殺してしまったら君は一生夢の中にいたことになったけど?」
「……ありがとうございます、耶衣子さん」
「どういたしまして……そろそろ襲われる前の記憶は戻ってきてる?」
「……はい」
思い出してきた。最近ニュースで殺人事件が起きており近場にカラスの死体がある、という情報を知って、耶衣子さんの家にやってきて情報交換して、耶衣子さんが買い物をしてくると言って外に出て、耶衣子さんが戻って来るのを待っていた時に蜜祈さんが現れて俺を洗脳された、って流れ……で、いいんだよな。
俺は耶衣子さんに確認するために彼女に声をかける。
「耶衣子さん、俺は夢遊病の気があったんでしょうか」
「操られてたって言ったでしょ? ナイフで君の洗脳を切ったから問題ないよ。殺されかけてたところを、助けてあげたんだから、感謝してほしいかな」
……だとしても、一部一部の記憶に実際のあったことと違うことを混じらせて洗脳されるのはたまった物じゃないな。
「それじゃあ、知り合いの拷問師に拷問してもらうおうか。私の助手に手を出したこと……後悔してもらうよ」
「ッヒ! ……っ」
「……それはやりすぎじゃないですか」
耶衣子さんも助手の俺を心配してくれている、と受け取っていいだろう。
彼女の心配を素直に享受しつつも、俺は蜜祈にはっきりと言ってやった。
「殺されかけてた人がよく言うね」
「……君も耶衣子さんに殺されたくてこういうことをしたっていうなら、今回の件は特別何も言うつもりはないよ」
「献世君、いいの?」
「後で思いっきり罰を味わってもらいますのでそのつもりで。絶対に許す気はないので安心してください」
「そ、それ許してないじゃん!」
蜜祈はそういうと、サキュバスの姿ではなく人間としての守随蜜祈となった。
「……じゃあ、蜜祈さんの過去を話してくれたら、考えてあげてもいいんじゃないですか? 耶衣子さん」
「それもそうだね……それ次第では、情状酌量の余地はあるかもしれないね」
「……わかった! わかったからっ」




