愛屋及烏.11
「世界から、抹消…………って、ブログにはあったけど」
「そのままの意味だよ、世界からその人を社会の歴史からも人々の記憶からもすべて消える。例外で覚えている人もいるけれど、君がそれに該当するとは思えないんだ……まあ、昨日は少し触れたと思ったけど、気づかなかったんだね」
俺は口に手を当てながら、蜜祈と耶衣子さんの言った二つの言葉を必死で脳内で整理する。
確かに、最初は抹消してくれるというのは殺すという意味でと俺は思った。
だって、抹消と言うのは暗殺者にこの記事を消される的なそういう意味が含まれた言葉だと思ったからだ。しかし、目の前のあのピンク頭はその人の存在そのものを消す、と抜かしたのだ。
つまりだ、つまり、それって――――――?
「どうやって、消すんですか」
「…………知りたい?」
耶衣子さんは、目隠しにそっと触れる。
目隠しの裏に少し指に入れるものだから最初は外すのかと思ったら、彼女は別に目隠しを取るというわけではなかった。
……外すわけじゃないなら、わざわざそんな素振りしなくてもいいのにな。
「もし、これを外して君を見てしまえば君はこの世界から消える――――――私の師からこの目は葬眼と呼ばれていたよ」
「そうがん?」
双眼鏡とかの双眼、でもないよな。じゃあ、蒼顔? いや蒼い眼だから、蒼眼とか?
見たわけじゃないから、どうなのかなんてわかんないけど漢字的に考えたらそうだよな。
…………でもそれだと、あんま捻ってる感じはしないな。
「うん、君風に言うなら私の視界に入った生物は全て葬る死の眼、と言ったところかな」
俺はその言葉を聞いて耶衣子さんの前まで無言で歩く。
蜜祈は間に割って入ることはしなかった、怒られるかもしれないからとでも思っているのだろうか。けれど、俺が彼女に数センチまで近づくと声を荒げた。
「おい、終末屋様にそれ以上近づくな、何かする気なら――――――!!」
「蜜祈ちゃん、ダメだよ」
「……っでも」
「いい子だから、ね」
耶衣子さんは蜜祈と会話をしている最中でも俺を真っ直ぐ見つめる。
目隠しをしているはずなのに、その瞳はなぜだか優し気に思えた。
「どうしたの」
俺は耶衣子さんの左手首を掴む。
乱暴だったかもしれないけど、そんな些細なことにかまけていられなかった。
「お前……!!」
ピンク頭の殺気なんざどうだっていい。
俺は少しでも、この人に殺してもらえる確率が増えるなら、どんなことだってするんだ。
「……もしかして、今の話を聞いて余計殺されたくなった?」
「ああ、そうだよ。でもアンタが条件を出すってんなら俺だって出していいだろ」
「どういう意味かな?」
耶衣子さんは冷静に俺に聞き返す。
っは、そういうとこもむかつくんだよ。
でも、これを言ったらどんな反応するか、見せてくれよ。
「――――――最近出てる食人事件の犯人、アンタのところまで連れてこれたら俺を殺してくれよ」
「は!? お前何言って……!!」
「それは、どういう意味かな」
「アンタはある警察にリーズニングキラーって呼ばれてるんだろ、確か意味は推理殺しだったよな」
「……どうやって調べたの?」
よし、食い付いた。
待ってたんだよ、だから数日前に、あの警察官の人に聞いたんだから。
まさか耶衣子さんのことを調べようとしている警察官だとは思わなかったけど。
俺は内心で思いっきり、よっしゃ、とガッツポーズをした。
「警察官の人も、いじめられてるんですって学生が言えば多少は話に乗ってくれるだろ? 特に、自分が調べている事件に関してのことなら、なおさらさ」
「ああ、彼に聞いたんだ。君……この前とは大違いだね」
「ガキだからってなめんじゃねえよ、まだお勉強中の学生だからって思考を回せる頭はあるんだ」
「っけ、何カッコつけてんだが……」
ピク、と思わずピンク頭の暴言に感情が流されそうになったが口角を上げて口の中で舌を噛み、無理やり抑える。
「……っ、それで耶衣子さん。どうですか? 貴方は自分を追ってるその警察官は、消せるんだったら消したいんじゃないですか?」
「…………君は勘違いしてるね、殺し屋が一番近いとは言ったけど私の本性は殺人鬼だよ」
………は? 何言ってんだこの人。
「いやいや、貴方は立派な終末屋っていう殺し屋でしょう? なんか、その、快楽殺人鬼にでもできるーとかって貴方は言ったじゃないですか」
「じゃあ君は、依頼者からのお金が自分の銀行に振り込まれたりすると言う意味で言えば殺し屋だと君は思うだけで、趣向がたまたま合致した相手を殺したくなるという衝動に駆られるのは殺人鬼だとは思わないの?」
「それは……」
「慈善活動で人殺しをする人がこの世にいるとしたら聖人と狂人でしょう?、昔の英雄と同一視されては困るんだよ」
「別に英雄とかだとは思ってませんよ。耶衣子さんの容姿はどう見てもダークヒロインだと思います」
「あはは、そんな例えを言われたのは初めてだよ」
耶衣子さんの言っていることは否定しがたい。
俺には聖人とか狂人とかはよくわからないけど。
でも彼女の恰好はどちかと言えばそうなる、というだけだ。
「じゃあ、その条件を飲もうか」
「……本当に?」
俺は思わず、彼女の言葉に見開く。
てっきり俺は拒否して家に帰って、自分で自殺する方法を探すしかないと思っていたからだ。
「私は基本的に嘘はつかないよ、面白い話も聞けたしね」
「っしゃ!」
俺はその場で思いっきりガッツポーズした。
よし、これで耶衣子さんに俺を殺してもらえる! 明日からがんばるぞ!!
「待ってください、終末屋様。アタシが食人事件の犯人を捕まえます!!」
「はぁ!? お前俺の話聞いてたのか!?」
「っは、三下ド三流以下のなめくじみたいにじめじめした陰キャ野郎は黙ってろ!! 終末屋様、アタシが犯人を捕まえてきたらソイツはアタシが殺します!! 終末屋様の手を煩わせるまでもありません!!」
「は!?」
ピンク頭は唐突に耶衣子に条件の提案をしてきた。
何言ってんだコイツ。というか、お前は関係ねえだろ!!
耶衣子さんは人差し指を立ててにっこりと笑う。
「うん。じゃあ、もし連れてこられなかったら蜜祈ちゃんが君を殺すってことでいいかな」
「は!? なんで!?」
「失敗した時の条件に付いては、何も言ってなかったでしょう? 頑張って」
「……くそぉ!!」
俺はその床に拳を叩きつける。
緻密に計算していたはずの計画書に穴を見つけられてしまった気分だ。
「っは、馬鹿丸出しじゃん、ウケる」
ピンク頭はこれでもかとゲス顔で嘲笑してくる。
俺の中でプチン、と頭の耐忍袋の緒が切れる音が鳴った。
「勝手に条件追加させてんじゃねえよストーカーピンク!!」
「は!? カラーの色名みたいに言ってんじゃねえよ、このくそなスカラベ!!」
「はぁ? それ虫だろ!?」
「っは、色の名前にもあるんだよバーカ。お前の知性に合わせて言ってやったんだろ。そんなことも気づけないんだぁ? 本当に頭弱いじゃん、ザーコザーコ!!」
「ああ!? んだとてめえ!!」
「なんだよ!!」
「それ以上喧嘩するなら出禁にするよ、二人とも。今夜だってわかってるよね」
「「だってこいつが!!」」
俺とピンク頭は互いに指を差した。
耶衣子さんにそれぞれ自分が正しいと主張するが、耶衣子さんは俺たちよりも大人だった。
「同じ言葉が一緒のタイミングで出るくらい仲良くなったのなら、早く家に帰りなさい。二人とも学生なんだから」
「は? ピンク頭学生なんですか?」
「うん、蜜祈ちゃんは大学一年生だよ。君は……」
「俺は高校一年です」
「じゃあ、一年生繋がりで仲良くできるよね?」
「は? なんでこんな女となんかと仲良くなんて、それにどうせ俺は死――――」
「はい! 終末屋様! 今から帰ります!!」
ピンク頭は満面の笑みで、俺の右腕に腕組んできた。
急になんだ? ぐいぐい引っ張ってくる。
「それじゃ! 終末屋様!! ほら行くぞっ」
「って、お、おい!! ちょっと待っ――――――」
そして耶衣子さんはにっこりと微笑んだの見ながら、俺はピンク頭に無理矢理廃墟から外へと連れて行かれた。




