愛屋及烏.10
俺は耶衣子さんに連れられて、彼女の拠点でもある廃墟までやって来た。
耶衣子さんが先に階段に上がっていくと背後で目で威嚇してくるピンク頭に物申したくなったから、はっきり声に出して言ってやった。
「挑発は無しだって耶衣子さんに言われたろピンク頭。そんなこともわかんねえの?」
「っは、精子吐き出すだけしか能がない低能猿が吠えんじゃねえよ、程度が知れる」
ピンク頭は悪役にしか見えねえ笑みで嘲笑してきた。
俺の学校のいじめっ子の女子よりも口が悪い。
「お、お前が先に襲い掛かって来たんだろうが」
「先に終末屋様の領域でゴミ捨てたのはお前だろうが、ざけてんじゃねえよ屑ゴミ野郎。マナーってもんを知らないからやったんだろ。さっきにちゃんと謝んなかっただろ。ごめんなさいって」
「は!? 悪いって言ったじゃねえか」
「謝罪の言葉をきちんと言うって言う社会のルール習わなかったわけ? そんなんだからカッコ悪い生き方しかできねえんだよクソガキ」
「は!? ふざけんなよ!! 女だからって、なんでも言っていいわけじゃねえんだぞ」
コイツ、口わっるぅ!! なんか腹立ってきた。
遠慮のない目の前の女が、どうしようもなくむかつく。
「口開くな。お前の吐く息で終末屋様の神域が汚されんだよ汚物が。ああ、気づくこともできないくらいの知性も理性もないか。それは残念。アタシの配慮不足だわ」
「むかつくわ本気で、どっからそんな語彙だしてくんだよ」
「お前より人生経験豊富なだけだよ、そんな一般常識に頭を回れるほどの技量も磨いてないのな」
「………てめぇ!!」
俺は腹が立ったけど、女性を殴るのはいけないと祖父母の教えがあったからか殴ることはできなかった。そういう意味で、理性がある男だとは思わないのかコイツは。
ピンク頭は俺の胸に直接人差し指を差した。
「アタシの前で少しでもてめえの汚ねぇ精子をあの方の前で吐き捨ててみろ、首切り落とすだけの安楽死よりも重い拷問してやる。来世なんて言うようなお優しい夢なんて、願えないほどのな」
どこのハードボイルド系の作品に登場しそうな言い回し詩やがんだコイツ。ど、どうしよう、屑ゴミ野郎と言われて以降から、反論しようにもあまりの罵倒の秀逸さに動揺してうまく言えねえ。
って、言ってるばっかの頭弱い奴のフリすっかぼけ!!
「それにな、アタシの名前は守随蜜祈だ。覚えろ陰キャ」
「ならお前も覚えとけ。俺は居神献世だ、名前の意味は――――」
「どうせ終末屋様に言ったあのくだらない長い口上はもういいよ。どんだけ自分の名前に酔ってんの?」
「……っは? あの時、アンタあの場所にいなかったろ!?」
コイツみたいな目立つピンク頭なんてあの場所にいたらすぐにわかる。
あの時も今も夜だけど、街灯の明かりでわずかに見えるのだから気づかないはずがない。
ピンク頭、いや、蜜祈ははぁと溜息を洩らしつつ、階段を三段目くらいに上がると俺に向かって背を見せながら宣言した。
「たまたまそうなったからって調子に乗んな、お前みたいに自分の名前ってヤツに誇りがある奴らばっかりじゃないだよ――――――そういうの、ウザイだけだから」
蜜祈はそう言うと、耶衣子さんの元まで歩いていく。
俺は舌打ちをして、階段の壁に思いっきり拳で叩いた。
「くそ―――――――!!」
俺は、怒りを抑えきれず壁にぶつけた手が赤くなったのを見て、少し冷静になる。
そして、俺も蜜祈の後を追って急ぎ足で階段を駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
「来たね」
「…………っす」
耶衣子さんの澄んだ声が廃墟内に響く。
ああ、あのピンク頭の言ったことがむかついてうまく返事ができなかった。
耶衣子さんは俺から見て中央の真ん中に立って、蜜祈は柱に背中を預けて、パーカーのポケットに両手を突っ込んでいる。
「…………何があったのかは聞かないよ、君がもう少し落ち着いてから話は聞かせてもらうけど、構わないかな?」
「そうしてもらえると、ありがたいです」
「……っは、ビビリ」
「――――――っ!!」
コイツ、いっぺんぶん殴ってやろうか。
「蜜祈ちゃん、怒るよ」
「………………今回はアタシは悪くないです。ソイツ、ちゃんと謝ってないんで」
ふん、と顔を逸らす蜜祈にさっきよりも強く拳を握る。
理性で何とか鎮めさせてはいるが、もしこの場で耶衣子さんがいなかったら、下の階にいた時のように口論どころではない状況になっていただろう。
俺は無理やり怒りを鎮めさせるため、無理やり笑顔を作る。
「あ、あの……それで耶衣子さん。どうして俺、耶衣子さんの手伝いができないんでしょうか」
「単純なことだよ、君は絶対に覚えられないからだ」
「…………はい?」
ん? 今なんて言った? 絶対に覚えられない?
いやいや、いやいや。
……やってみないとわからないじゃないか。
「俺、勉強は得意ですよ? 手順とか説明してくれれば……」
「君がどれほど学習しようと努めても、無理なものは無理なんだ」
は?
俺は笑みを作り、耶衣子さんに質問する。
「じゃあ、なんでソイツは耶衣子さんの側に?」
「この子は私の信者、崇拝者という言い方の方が好きなようだけどね。まあ、もしくは世間一般的にストーカーと言われる社会不適合者なんだ」
「…………?」
は?
つまり、どういうことだ?
俺は頭を押さえて、別の質問を彼女にした。
「耶衣子さんは、終末屋って名乗って、暗殺者的なことをしているわけじゃないですか」
「暗殺者になった覚えはないな。それに携わっているなら、私は世界のスパイになってまうから」
は? え? どういう意味?
ブログにあった証言者の情報を推察して言った言葉が、外れているだと?
違う、だと?
「じゃあ、どっちかと言ったら殺し屋……なんですか?」
「うん、それが一番近いね……まあ、でも一部の警察の人からは私を殺人鬼と呼ぶ人もいるよ」
は? は? は? ……は?
「俺と会った時の、アイツみたいに、ですか?」
「うん」
目が見えなくても、彼女の苦笑を浮かべ告げられる。
俺は頭を抱えた。
「嘘言うなよ、だってネットの記事には……ブログが消されるかもしれないって書き込みをしている人がいたんだぞ?」
どう考えても、世界的な殺し屋とかヒットマンとか、そう思うだろ?
終末屋だとか、そんな職業めいた名称は通り名のような物だと思うだろ。
だって実際そんな職業どんなフィクション作品にないんだし。
「当たり前じゃん、その子の言ってることは正しいよ。だって終末屋様が殺すのは――――――その人の存在そのものなんだから」
――――――――――は?




