愛屋及烏.9
「しゅ、終末屋様……!」
ピンク頭はひどく驚いた顔で、耶衣子さんを見る。
耶衣子さんは目隠しで隠れた瞳が、鋭くピンク頭を睨んでいるように見えた。
「その子は私の知り合いなの蜜祈ちゃん、あまり乱暴はしないで」
「で、でもコイツは終末屋様の神聖なる行いを汚そうとした男なんだよ!? そんな男に情けをかけるの!?」
「情けってわけじゃないよ。彼は学生なんだから、君のように多感なんだってことを私は言いたいの。それに私にそこまで心酔するなって言ったはずだよ」
「…………っ!!」
キッと涙目で俺を睨むピンク頭は俺から離れようとしたない。
耶衣子さんは、呆れが詰まった冷めた声で俺に聞いた。
「――――大丈夫? 君」
耶衣子さんはピンク頭を無視して俺に手を差し出す。
「は、はい。ありがとう、ございます」
「終末屋様! こいつにそんなことしなくても……!」
「君に聞いてないよ。いいから離れなさい。彼が起き上がれないでしょう」
「…………、っ、いい気になるなよ。クソ野郎」
「こら」
横目でちらっと睨まれたピンク頭は渋々立ち上がる。
俺は彼女の手を掴んで立ち上がった。
「それで? 君はまたどうして新宿に? もしかして、自分じゃなくて別の誰かを殺してなんてお願いなら私は絶対にしないけど」
俺は起き上がったと同時に彼女の話そうとする手を強く掴んだ。
耶衣子さんの言葉で俺はあの後少し冷静になれた。
だから、今、こういえばきっと彼女は頷いてくれるかもしれないという期待を込めた言葉を彼女に投げた。
「……何?」
「俺に、貴方の手伝いをさせてください」
「は!? お前、何様だ!!」
ピンク頭がそう叫ぶのを無視して、耶衣子さんは俺に問いかける。
「何が目的かな」
「ちょっとした下心って奴です。俺、耶衣子さんに惚れたんです」
「お前……!! 唐突に何を言い出す気!?」
ピンク女は猫が不機嫌で毛が逆立つ時とよく似た表情を俺に向けた。
俺を襲ったという意味では少し恐怖心があるが、どっちかというとさっきから無視されてたり怒られている馬鹿女にざまぁと笑ってやれる心の余裕くらいは自然とできていた。
でも、襲われたことは根に持ってるので、ちょっと挑発でもしてやろう。
「さっきからキャンキャンうるせぇよ、ピンク頭。話が進まないだろ」
「なんだと……!?」
ピンク頭はカッターナイフをチキチキと出すのを見た耶衣子さんは俺たちに注意した。
「やめなさい、二人とも。小さい子供の喧嘩より劣る真似をこんな時間にするものじゃないよ」
「だ、だって終末屋様! コイツが……!!」
「蜜祈ちゃんもさっきから挑発しない。謝らないなら二度と口を利かないよ。もちろん、君もね」
「は!? なんで俺まで……」
ていうか、いきなり襲ってきたやつに謝るとか理解できん。
俺を殺そうとしていたみたいだったし、謝ってもらわないといけないのはこっちのはずなのに。
……納得いかない。
「君は、私にお願いをしたいから会いに来たんだろう? だったら、お願いをする立場の人間がそんな風に我儘を通せるのかな」
「…………ごめんなさい」
「ほら、蜜祈ちゃんもだよ」
「……っ、襲ったことは、悪かった……でも、終末屋様の聖地で缶コーヒーを捨てるなよ。もしまたやったら絶対殺すから」
またピンク頭は睨んできた。
……缶コーヒーを捨てたことに関しては、確かに俺も悪いところは、あったかも、しれない。
非常に不愉快で納得しようがないけど、その点については俺は何も言えないからな。
「わかったよ」
「ふん。これでいいんでしょ、終末屋様」
うわ、やっぱ感じ悪。むかつくなこの女。
渋々、俺とピンク頭は互いに謝ったのを見て耶衣子さんはピンク頭に注意した。
「初対面でもあるんだから、あんまり喧嘩腰は駄目だよ蜜祈ちゃん」
「で、でも……!」
「返事は?」
「……はい」
耶衣子はそれを見て、ふぅと息を吐いて俺の顔をじっと見てくる。
「……でもそのお願いは無理だよ、君に私の手伝いなんて絶対にできない」
「どうしてですか」
「…………ここは一応人目に入られれば終わりだから、着いてきてほしい。説明はそこからするよ」
夜に沈められた街並みの中で、白いライトが点々と輝くのに空に浮かぶ星は霞んでいた。
見慣れた薄汚い光景をただ踏み抜いていく。
……もう、見ることがなくなるかもしれないという期待を込めた目で俺はこの夜景にほくそ笑んだ。




