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第9回

真新しい刀は直ぐに赤く染まりあがった。


血が刃を伝い柄の方へと滴ってくる。僕は地面へ血を振り払った。前を見ると狼の群れが目をギラギラとさせながら低く唸っていた。僕は構え直し、狼の目を離さず睨みつけた。


 一匹の狼は間に耐えられず飛び掛かり、僕は狼の首から腹部までを開きのように切り裂くと「キャイーン」という泣かされた犬のような鳴き声を出して血を流して地べたに伏せた。その後、ひ弱い鳴き声と落下音が聞こえてきた。隣でジョーが槍を振り回し、狼をなぎ倒していた。10数匹いた狼たちは一気に減り、残党は尻尾を向けて逃げていった。


「退屈ね」


アンリはつまらない顔をして大剣を肩に担いでいた。


「初心者冒険者が害獣駆除に駆り出されるのは仕方ないけれど全く歯ごたえがない仕事も考え物ね」


「今回のは少し骨が折れたぞ。数が数だしな」


ジョーは額に汗を流し、アンリに言った。僕も同意するように首を振った。


「狼なんて牙が生えた犬みたいなものでしょ?もっと冒険が出来る仕事ないかしらね。半年も郵便の使いや駆除じゃ嫌になるわ」


「仕事を貰えるだけいいじゃないか。僕たちの同期なんてみんな辞めていってるんだし」


 


 ギルドに所属し、冒険者として仕事をはじめてもう6ヶ月が経つ。卒業式の後、アンリに誘われパーティーを組むことになったが卒業式当日にジョーと決闘をすることとなった。組合から広場へと移動をして二人は向かい合った。


「今日は槍を持っていないけれど、それを言い訳に負けを認めないなんてないわよね?」


「馬鹿を言うな。俺は元々剣もやってたんだ。今度こそ勝ってやる」


ジョーは鼻息を荒くしてサーベル刀を抜いた。アンリも礼剣を抜き、片手で刀を持つ。僕は少し離れてその様子を見ていると、なんだなんだとギャラリーが騒がしくなった。街の男は見世物を見るように好奇の目を二人に向けていた。僕の人生を左右するであろう勝負であることなど知らずに。


僕はかつて見た闘技大会のように接戦になることを予想していたのだが、アンリがジョーの間を一気に詰め、金属が交わる音が鳴ると空には金属片が舞っていた。金属片はクルクルと回転して力なく石畳に落ちた。よく見るとそれは刀の先端であった。僕はすぐさまアンリ達の方へ視線を向けた。


アンリが崩れて腰を落としたジョーに剣を突き立てていた。ジョーの手元に持っていたサーベル刀は先端が折れていた。


「剣を捨ててランサーになったあなたが騎士ほんぎょうの私に勝てるわけがないでしょう?」


アンリは冷徹な表情をジョーに向け、「私の勝ちね..」と呟いた。ジョーは反論の弁の一つでもあると思ったが、「ああ、俺の負けだ」と潔く負けを認めた。サーベル刀と礼剣では強度に差があり、サーベル刀で戦っていたジョーは不利であったが彼は剣のことには一切触れずゆっくりと立ち上がって肩をはたった。


「さっきの約束忘れていないわね?」


「ああ、男に二言はない。アンリ、お前のパーティーに入るよ」


ジョーは手をアンリに差し出し、アンリはその手を握った。


僕の周りの野次馬たちはあまりのあっけなさに期待外れだったのか文句をたれながら散り散りになった。見世物ではないのに勝手な連中だ。


僕はアンリ達の熱い握手を見ていると、ジョーが僕の所へ駆け寄ってきた。


「さっきは無礼なことを言っちまったな。すまない、許してくれ」


僕は驚いた。ジョーがこんなに素直に自分の非を認めるとは思っていなかった。


「気にしていないよ。これからよろしく、ジョー」


僕とジョーは強く手を握りあった。


 


 それから僕たちはパーティーを組んで冒険者としてギルドから仕事を貰い、生計を立てていた。アンリやジョーがギルドから期待されていたこともあり、同期に比べれば斡旋される仕事量は多かった。しかし、山間部や危険地帯への荷物の輸送や農村での害獣駆除の仕事がほとんどであった。村へ仕送りが出来るほどには稼いではいたが、これでは冒険者というよりも郵便屋やハンターである。想像していた冒険者とのギャップに耐えられず辞めていく同期をこの半年の間で何人も見てきた。先輩冒険者が隣の国への冒険や遠征をしているのを目の当たりにしていることがなんとか冒険者を続ける糧となっていた。アンリは野心が強いので今の現状に一番納得がいっていないだろう。


「あと何年こんなことをしていればいいのかしら...」


アンリが肩を竦める。


アンリの背後からガサガサと音がした。草陰から残党の狼がアンリに襲い掛かった。僕は「アンリ危ない」と叫ぶと、アンリは顔色一つ変えずに持っていた剣を後ろに突き立て、背後を見ずに狼を突き刺した。狼は血を噴き出して息絶えた。アンリは溜息をついて突き刺さった死体を地面に叩きつけた。


「さて、終わったから帰りましょう。」


「そうだな。組合に報告に行かねぇといけねえからな」


「いや、僕が報告に行くよ。二人は先に帰ってくれてていい」


僕がそういうと、ジョーは「そうか?すまないな」と申し訳なさそうに頭を下げた。


「ユウ、私もついていくわよ?」


「大丈夫だよアンリ。明日も忙しいんだゆっくり休んで」


アンリは「そ、そう」と少し残念そうに刀を鞘に戻して帰路へと向かった。僕も後ろを歩くようにして都へと戻ることにした。


 


 2時間ほど歩いて都へと辿り着いた。足が棒になってしまうほどに歩き、僕の体力は限界に近かった。鎧の下は汗で下着がへばりついて気持ちが悪く、シャツの襟は黄色く変色し、首元から嫌な臭いを放っていた。早く報告を済ませて下宿へ帰りたいと思っていた時、辻通りで辺りを見回している緑の髪の少女がいた。少女は黒い帽子を両手で握って黒い羽織にスカートと黒ずくめの衣装を身に纏っていた。見るからに魔法師のようだ。道に迷っているのか、道を通る人に声を掛けようとするが誰も立ち止まること無く通り過ぎていく。少女は今にも泣きそうな顔をしていた。僕は少女に近づき、声を掛けた。


「道に迷っているの?」


少女は言葉を発さず首肯した。僕は続けて「どこに行きたいの?」と聞いた。


「フォ、フォーシードっていう.....ギルド.....です」


少女はたどたどしい言葉で教えてくれた。その後、別の言語で『うう...プライオン王国の言葉は難しいよ』と喋っていた。確かこの言葉はフロイダ公国のものだった記憶がある。フロイダ公国は友好関係を持った国の一つで人的交流も少なくない。そのため養成学校では公用語であるレイマ語の他にフロイダの言葉も教えている。僕はうろ覚えの言葉で


『僕はフォーシードの冒険者なんだ。これから行くつもりだったから一緒に行こう』


と案内を買って出ると、少女は『ありがとう..』と小さな声で言った。


『僕はユウ。仲間と騎士として小さい仕事を重ねているんだ。君は?』


『エレナ....です』


『君はフロイダ公国から来たのかい?』


『はい。出稼ぎに、ギルドでお世話になろうと思って...』


『そうなんだ。実は僕も遠くの村からやってきたんだ。エレナは魔法師に見えたのだけど』


『私は白魔法を専門にしていて...騎士さんの傷を癒したり回復をしたりすることが仕事です』


僕とエレナと石畳の街を歩きながら彼女のことをいろいろと聞き出した。エレナは伏し目がちに僕の質問に丁寧に答えてくれた。僕は彼女が白魔法使いだということを知り『へぇ凄いね。魔法師なんて初めて見たよ』と言うと、エレナは立ち止まり


『ユウさん、なんだかお疲れのようですね....もし嫌でなければ道案内のお礼に簡単な治癒魔法で疲れを取って差し上げましょうか?』


と控えめに尋ねた。僕は魔法というものを間近にしたことがなかったので、興味があった。僕は目を輝かせて『嫌じゃないよ!エレナがよければ魔法を見せてくれないか!』と喜んだ。エレナは『そんな大したものじゃないですけど...』と僕の胸の前に手をかざし、よく分からない呪文のようなものを唱えた。すると僕の胸のところが熱くなり、エレナの手から黒い靄のようなものが吸い込まれていった。エレナをかざしていた手を引いて、『どうですか?』と僕の方を不安げに見つめてた。どうと言われても先ほどと疲労感に違いはないような気がした。期待外れだなと心の中で少し思ったのだが、脚の軽さに気が付いた。歩くごとに太ももと間接が石のように固まる感覚を覚えていたが、完全に取れており、足裏の痛みも消えていた。


「凄い!今まで歩くのが辛かったんだけど、脚の疲れがとれたよ!足が軽い」


僕はエレナの目の前で足を上げて見せた。つい嬉しくてフロイダの言葉を使うことを忘れてしまった。しかし、エレナは初めて笑って『良かった。私の魔法で喜んでくれて』と両手を合わせた。


 エレナと話しているとあっという間に組合の建物に着いていた。エレナは『ありがとうございました。』と深くお辞儀をして、受付へと向かっていった。僕も仕事の報告をするために組合に入り、中年の男に仕事が済んだことを伝えると「既にアンリさんが来て報告に来ましたよ」と返答があった。男はコーヒースタンドのカウンターに指をさすと、そこには酒を飲むアンリがいた。僕は「アンリ!」と声を掛けた。アンリはこちらに気が付いて、


「ああ、ユウ。遅かったわね。受付に聞いたらまだユウが来ていないというから先に報告を済ませたわ。」


「僕が行くって言ったじゃないか」


「これでもゆっくりしているわ。ユウも一杯どう?」


アンリはウエイターにジンを頼み、僕に勧めた。僕はアンリの隣に腰かけ、グラスに注がれたジンを一気に胃に流し込んだ。喉や胃が焼けるような痺れが僕を襲った。


「さっき、道に迷っていた魔法師を助けていたんだ」


「魔法師?ここら辺では見かけないわね」


アンリはグラスを持ちながらこちらを見つめた。頬がほんのりと赤く染まっているものの僕を見る目はしっかりとこちらを捉えていた。僕は水を頼み、がぶ飲みした。


「うん。フロイダ公国から来たみたい。言葉もまだ拙いみたいでギルドへ行きたいといっていたから案内をしたんだ」


「そう」


アンリはジンを飲み干して、ウエイターに「同じものを」と頼んだ。僕のも頼もうとしていたが、「いや、もういいよ」と制した。


今日の反省などを話していると、僕たちの下に受付の女性がやってきた。


「アンリさん、ユウさんもいらしゃったんですね。よかった」


「どうしたの」


アンリが聞くと、受付嬢は「アンリさんに紹介したい子がいまして」と後ろに誰かを呼んでいた。すると、そこには黒い三角帽を被った黒装束の緑髪の少女が近づいてきた。それは僕が案内をしたエレナだった。エレナも僕に気が付いたのか少し驚いた様子を見せ、その後小さく微笑んで手を脇腹の位置で振った。


「この子はフロイダ公国から来た白魔法師のエレナちゃんです。まだギルドに所属したばかりなのでまだ新しいアンリさんのパーティーに加えてもらえればと思うんですが」


エレナはアンリに向かって小さく頭を下げた。アンリはエレナの目の前に立った。


『私はリーダーのアンリよ。話はユウから聞いたわ。ユウの疲れを癒してくれたみたいね。ありがとう、よろしくね』


アンリは白い歯を見せてエレナに笑いかけて握手を求めた。エレナは「よろしくお願いします!」と片言気味の返事をし、両手でアンリの手を握った。


 


僕たちのパーティーには白魔法師が加わり冒険がまた賑やかとなった。

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