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第8回

そういえば、小説家になろうへの更新を忘れていました。申し訳ありません。

ハーメルンを主として投稿しているので今後も投稿が滞るかもしれませんがご容赦ください。

 春の陽気が差し始めていたが、肌寒い風が顔を撫でる。僕は殆ど袖を通したことのない紺の制服と帽子をかぶり卒業式に臨んでいた。


講堂には碁盤の目のように学生がきれいに並び、張り詰めた空気が漂っていた。教官の言葉一つで静まり返った講堂に革靴の音が鳴り響く。学長が壇に上がり、教官が証書の受け渡しを行い、すぐにアンリの名前が呼ばれた。アンリは序列1位、つまり総代として騎士科の代表として卒業証書を受けとる大役を任されていた。制服のフラワーホールには白い花を挿し、膝下まであるタイトスカートを履いた脚が壇についた階段に進んでいった。怜悧で厳かな面持ちをし、学長に向き合いゆっくりと礼をした。ブロンズの後ろ髪が少し乱れる。前髪はいつものように少し錆びた髪留めがつけられていた。


僕はアンリが卒業式の代表になると聞き、新しい髪留めにしたらどう?と言ったが、


「私はこれが気に入ってるの」


と聞かなかった。新しいのを買ってあげるとも言ったがアンリは頑なにあの髪留めを一日も欠かさずつけていた。


いや、ある日誰かがいたずらでアンリの髪留めを隠したことがあった。


 


当人はちょっとしたいたずらのつもりだったのだろうが...


アンリは最初慌てふためいていた。


「ユウ!髪留めがないの!ユウがくれた髪留めが!」


「何かと思ったら髪留めか。そんなのまた買えばいいじゃないか」


僕はなんとなしに言うと、アンリは激昂し、


「あの髪留めじゃないとダメなの!」


と大きな声を出して僕は目を丸くした。アンリがこんなにも怒ることはそうそうなかったからだ。僕はアンリと共に髪留めを探すことにした。放課後の特訓中に落としたのではないかと校庭の芝生に膝をついて探したし、アンリの部屋に入ったが見つからなかった。夕方諦めかけていた頃にある学生が他の学生に背中を押されおずおずとアンリのもとにやってきた。アンリの髪留めを隠していた犯人だった。アンリは焦点の合っていない目をして髪留めを受け取った。前髪を留めるわけでもなくただ手のひらにのった髪留めを見つめていた。怒っているようにも悲しんでいるようにも取れる表情だった。アンリはただ一言


「あなた、だったのね」


と呟くとゆっくり寮へと引き揚げていった。


それからアンリは剣術実践で執拗にその犯人を完膚なきまでに叩きのめしていた。アンリらしくもない騎士道精神が見られないラフな剣だった。


学生は自信を喪失し、一か月も経たないうちに自主退学してしまった。


 


 思い出に耽ていると、アンリは証書を受け取り終え、隊列の前へと戻っていた。「直れ」の声がかかり、学生たちは脚を少し広げた。僕も遅れ気味に直れの姿勢に入った。学長が「学生諸君」と訓示を述べていた。


訓示の中で「これからは冒険者として王国の為、人々の為...」という言葉が耳に入っていった。僕はこれから冒険者になるのだ。子どもの頃であれば手放しで喜んだはずだろうが、今の僕は青春の文字が流砂となり飛散していくそんなセンチメンタルを抱えていた。


講堂の小窓から見える木の幹には固く結ばれたような蕾が開花の時を待ち眠っていた。


 僕はその頃冒険者になるか帰郷して家業を継ごうか悩んでいた。リリアンヌに代わり、アンリから剣術や勉強を見てもらっていたがその後の成績もあまり芳しくなく序列42位で終わった。養成学校では卒業後に冒険者の資格を与えられるが、ギルドに入り依頼を貰って生計を立てられる冒険者はほんの一握りだけである。なので殆どの場合学生は卒業後、実家の家業を継ぐまでのモラトリアムな動機で入るか、僕やアンリのように冒険者を志して養成学校に入るも、成績不良で冒険者の道を諦めることが多い。僕の父も冒険者であるが、本業は農夫で農閑期に出稼ぎとしてギルドから仕事を貰い近場へ魔物の退治に出向くことがあったくらいだ。冬に村へ帰省した時、父が「学校を出たらどうするんだ」と酒を飲みながら聞いてきたが僕は何も答えられなかった。僕の成績で冒険者として生活をしていける自信はなかったし、とはいえ農夫になることもまだ考えていなかった。


父はタンブラーに口をつけた。


「隣の町にお前と同い年くらいの娘さんがいるそうだ。その娘を嫁に貰ってうちの畑を継ぐことも頭に入れておいて欲しい」


僕は「少し考えさせてほしい」と言うと、父は「ゆっくり考えてくれ」と言いその後は黙って酒を呑んでいた。


あれから暫く経つが、僕は進退を決められずにいた。いつの間にか式は終わっており、何の感情も生み出せないまま講堂を後にした。門に続く道には学生が続き、涙を流すものや肩を組んで冒険者としての夢を語り合う者、背を丸くしてトボトボと歩くものなど様々だった。雑踏の中で後ろから肩を叩かれた。振り向くと、アンリが笑顔で証書を抱えて立っていた。


「ユウ、私たち冒険者になれたね...」


僕はうん、と首肯した。アンリは留めた前髪を撫で、


「ねぇユウ憶えている?子どもの頃、村の西の森へ冒険をした時のこと...あの時ユウが仲間のしるしにこれをくれたのよ。だから私どんなに辛くても冒険者になるために努力してきた。一緒にユウと冒険がしたくて...」


アンリは優しく微笑んだ。僕は胸が苦しくなる感覚を覚えながら苦笑を浮かべた。アンリがずっと昔のことを忘れずに冒険者になりたい一心で序列1位まで上り詰めたのは友人としてとても嬉しかった。一方で去年アンリが序列1位になり遠い存在になっていくような感覚が再び戻ってきた。彼女なら先輩の冒険者を抜いて立派な賞金稼ぎになることは間違いないことだが、僕は冒険者として生きていけるほどのスキルもノウハウもない。アンリはだんだんと僕の知らないアンリへと変わっていくことなのだろう。


アンリは怪訝な顔をして、「どうしたの?ユウ」と顔を近づけた。


「はは。僕は村へ帰るかもしれない...父さんが隣の村の娘と結婚して家業を継いでくれって。まぁ僕は序列も中くらいだし、父さんのように冬に冒険が出来たらなって...」


僕は自分に言い聞かせるように自虐気味に話した。アンリは俯いて深刻な顔をしていたが、前を向き直し


「そんなのダメよ。ユウ」


と諭すように言った。


「だって、ユウも大人たちから聞いた旅の話みたいに色んな国を旅してみたかったのでしょう?だから都まで学校に通ってきたんじゃないの!この二年間を無駄にしていいの?」


僕は何も言えずただ下を向いていた。すると、アンリは「じゃあ」と何かを提案してこようとした。


「私とパーティーを組みましょう」


僕はへ?と間抜けな声を出してしまった。


「でも、アンリはセブンスターに行くんだろう。僕と組合[ギルド]が違うのに組めるはずがないじゃないか」


「ああ。その話なら断ったわ。」


僕は唖然とした。セブンスターといえば王国の組合の中でも五本の指に入る名門であり、上級の冒険者しか入る資格のない冒険者なら誰しもが憧れるギルドの一つである。養成学校の序列で言えば10位以内でも入れるかどうかという所で、アンリは類稀なる天稟の剣捌きを買われ在学中からスカウトがかけられていた。


僕は当然セブンスターに入るものだと思っていた。幼馴染が入るとなればたとい僕が冒険者として活躍せずとも十分誇れることだ。しかし、この目の前にいる少女は千載一遇の機会をいとも簡単に逃がしたのだった。


「いいのよ。私のような若輩者があんな組合ところに行っても嫉妬を買うだけだし、初級冒険者はフォーシードに入ることが決まりなのだから。ユウもそうでしょう?」


フォーシードは養成学校を卒業した駆け出しの冒険者が初め入る組合の一つだ。


「うん。登録はフォーシードでするけどさ...」


「じゃあ、善は急げね。早速パーティーの登録へ行きましょう!」


アンリが僕の手を取り、引っ張るように連れ出そうとしたが僕は「ちょっと待ってよ」と止めた。


「なによユウ」


「パーティーと言っても二人だけではどうしようもないじゃないか。あと1人か2人はいないと」


「大丈夫よ。もう一人は既に声を掛けているわ」


アンリは組んだままの手を再び引っ張りどこかへと連れていこうとした。アンリの手は絹のように柔らかく温かった。冬の寒さを残した冷たい空気の纏われた肌にほのかな陽が当たったようなぬくもりを覚えながら無邪気に走るアンリに引っ張られ、僕は走った。


 


 石畳の道をあちらこちらへと走り、たどり着いたのは組合であった。入り口の前には先ほどまで卒業式に参列していた制服姿の学生だった者たちが列をなしていた。窓からはコーヒースタンドで冒険者が酒やコーヒーを嗜んでいる姿を視認できた。上階は普通の住まいなのか窓を開けて婦人が洗濯物を干していた。


「ここは組合じゃないか。」


「ここで待っているはずなのだけど........あ、いたわ。ジョー!」


アンリの視線の向こうにはジョーの姿があった。ジョーは僕たちよりも1期後輩だが、闘技大会で準優勝であったことや剣術が認められ早期卒業を果たしたのだった。アンリも早期卒業が出来たのだが、神学をもっと学びたいということで2年満期で今日卒業をした。窮屈そうに頑健な体に制服と帽子を身に着け、軽く手をあげた。ボディラインが制服越しから分かるほど上腕がはち切れそうになっており、太股のあたりも座ったら破けてしまうのではないかと心配するほどぴっちりしていた。ジョーは僕たちの方に近づくと


「アンリ、俺はまだパーティーに入るなんて言っていないからな」


と開口一番アンリに抗議した。


「俺は女がリーダーのパーティーなんざ入る気はないからな」


アンリはジョーの弁を不思議そうな顔で聞いていた。


「どうして?だって私はジョーよりも強いのだから当然でしょ?」


「何を!闘技大会の時はあんな卑怯な手がなかったら俺が勝ってたんだ」


「闘いに卑怯もへったくれもないわよ。勝てばいいのだから...魔物は突然襲ってくるのよ。それくらい対処できなければ話にならないわ」


アンリは涼しい顔で淡々と語った。ジョーは何も言い返せず何故か僕を睨みながら唸っていた。僕は何も言ってはいない。


ジョーはアンリに指をさし、


「よし!じゃあ、決闘だ!表の広場でお前が勝ったらパーティーでもなんでも入ってやる。でも俺が勝ったらお前が俺のパーティーに入れよ。」


「もし、ジョーが勝ったらユウもそっちに入れるの?」


「ん?そこの男はいらん。欲しいのはお前だけだ」


ジョーの言葉にアンリは眉間に皺を寄せた。


「そう....じゃあ、負けるわけにはいかないわね」


アンリから余裕の表情は消え、神妙な面持ちでジョーを見据えていた。僕はアンリの間に入った。


「アンリ、別に戦わなくてもジョーのパーティーに入れば...」


「ユウは黙ってて」


殺気だった目で僕を見て低い声で言い放った。こうなったアンリは止められない。


アンリは負けず嫌いなので自分よりも格下のジョー(実力で言えば僕より断然強いが)の傘下に加わるのはプライドが許さなかったのだろう。子どもの頃からアンリは年上であろうが自分よりも弱い相手を子分に従えていたほど実力至上主義者だ。それに彼女は仲間思いだから僕が冒険者を諦めることに最後まで反対してくれている。申し訳なさもあるが、これだけの実力のある新米冒険者に目を掛けられるのは嬉しくないわけがなく、子どもの頃から抱き続けている冒険者になる夢への想いに再び火が付こうとしていた。


「じゃあ、移動しようぜ」とジョーが後ろを向き歩いていく。僕とアンリはジョーの大きな背中についていった。


 


「大丈夫だよ」


 


一緒に歩いているアンリが僕に言葉を掛けた。僕は何も反応せず機械的に足を動かしていた。


 


「ユウは絶対に離さないから...」


 


卒業式から1時間が経ち、昼の陽が真上に上がり組合の建物がある通りには大きな陰が差していた。家と家の間から生ぬるい風が吹き込み、冷涼な空気に満たされていた。

閲覧ありがとうございました。

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