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第2回

先日ノーベル文学賞を受賞したカズオイシグロの「日の名残り」を読んだ。英国紳士に仕えた執事が小旅行の間で第二次大戦以前から戦後までの思い出を語るものでとても読みやすかった。

イギリス文学と言えばトリストラムシャンディを読んでおきたい。日本のイギリス文学研究でも関心の多い作品であるから。

ユウは木の下に座り込み、小休憩をとる。腰に着けた革袋から干し肉を取り出し、噛みちぎった。普段は塩辛いと感じる干し肉も逃げ回っていたからか身体が塩分を求め美味しく感じる。四方を見回しても森の終わりを認めることはできなかった。

この森は1週間程前にアンリ達と越えて、目印として木に紐を括り付けていたのだが、その紐もはじめは視認できたが今ここまでは全く見ていない。途中で冒険者にでも会えば道を聞くこともできるのだが、冒険者の群れどころか生気を感じることはなかった。しかし、こんなところで飢え死にするわけにはいかない。僕は重い腰を上げて立ち上がる。そして地面に落ちている木の枝をひょいと持ち垂直にした。木の枝はバランスを保つことが出来ず、簡単に倒れてしまう。僕から見て斜め左に

「コンパスを持っていけばよかったな」

ユウは後悔の言葉を吐露しながら木の枝の指した方向へ足を向けた。

アンリはよく道に迷うと木の枝を倒してそれを頼りに歩いていた。ジョーは「おいおい。そんな勘で行こうとするなよ、一旦地図でも見て確かめようぜ」と真っ当な助言を口にする。僕も馬からコンパスを取り出して方位を確かめる。しかし、アンリは「うるさいわね。私のこれは一度も外したことがないんだから」といい目の前にあった木を大根を切るようにスパッと斬りおとし無理やり道を作ってずんずんと歩いて行った。よくこんなパーティでやっていけたものだと思われるだろうが、アンリのいうとおりアンリの道占いは外れたことがないのだ。例えば、後ろに戻るように出てきた時には道をそのまま戻ると正規の道に出たことがあるし、逆に道の無さそうなところをアンリが拓いて歩いていくと実はショートカットしていたなんてこともあった。道に迷うと毎度アンリとジョーの口喧嘩と、僕が方角を確かめてアンリの当てずっぽうが正しいことを確かめ再び馬の背に載ったバッグに戻すのが当たり前になっていた。

アンリの勘は子供の頃から冴えている。西の森へ冒険したあの日も


 アンリと僕だけになり、鬱蒼とした森を歩いていくが歩いても歩いても風景が変わる様子はなかった。鳥の声や虫の羽音なども聞こえず、バキッと木の枝が折れる声だけが響いていた。

静かすぎて少し不気味な雰囲気を出しているが、アンリは出自不明の自信を背負って草木を木刀で薙ぎ払いながら進んでいる。僕は怖くなったが、声にも出せずアンリの後ろをついていく。

アンリは僕にポツリと「どうしてお母さんは分かってくれないんだろう」と語り始めた。僕は左の足裏の痛みを我慢しながら聞き入っていた。


「いつも怒ってばかりのね。お母さんが泣いたの『どうして女の子らしくしていられないの』って、でも私は女だし遊びだってユウ達と十分相手ができるから女の子らしくっていうのが分からない

アンリは相手できても僕たちは束になってもアンリの相手にならないと思ったが、容喙せずに続きを聞く。

「だから分からないって言ったの。そしたらお母さん膝をついて泣いちゃって...ユウ、あんたは分かる?」

「お花を摘むとか、上の子について遊ぶとか...」

「花なんて摘んで何が楽しいのかしら。花は動かないじゃない..虫や蛇は動くからそれを取る方が面白いのに。それにあいつら私よりも弱いんだもの、ほんとこの村の男は腰抜けばっかりね」

アンリは年上の男相手も泣かせる。僕や子分がいじめられてるといつも助けてくれるのはアンリだ。男としては情けないと頭を悩ますことがあるのだが、アンリにもアンリなりの悩みがあるようだった。

「それは僕もかい?」

「え?ユウはチャンバラにも付き合ってくれるし、あいつらと違って今もこうして冒険をしているもの。ユウのお父さんは『男のくせに』なんて言ってたけど私はユウのことちゃんとした男友達だと思ってるわ」

アンリのことだから「そうよ」とでも答えるかと思えば意外な答えが返ってきた。ただ友達であることを認められただけだが、まるで王様から勲章を与えられたような優越感があった。

僕はアンリとは逆にチャンバラやかけっこが本当に苦手だった。友達に付き合っては目に見える劣等感を抱えることが多かった。父や母も僕の不甲斐なさには諦観的に捉えていて、他の家では兵士に育てるため騎士道などを教えているようだが両親は農夫として継がせようと思っているようだった。私は学校が終わると農作業を手伝わされることが多い。遊ぶことの楽しさも見いだせなかったので少しずつ友達と遊ぶことも減っていたが僕の友人関係がパラパラと崩れなかったのはアンリがいたからだろう...

「....アンリにも女の子らしさがあるよ。面倒見はいいし、優しいし」

安易なおべっかを使ってしまい、肝を冷やしたがアンリは肯定も否定もせず緑の魔物に立ち向かっていた。

歩き始めて何時間経つだろうか、足裏の痛みが本格的になってきた。つま先が地面につくときつま先の付け根に痛みが走る。地面から魔女が僕の生命力を吸い取っているような感覚を覚えた。木の根が飛び出た凸凹した地表を跨いだりして、下を向きながら歩いていると、「ユウ!」とアンリが声を上げた。

「ほら!光が見えてきた!私の勘は正しいのよ」

アンリは振り向いて喜ぶ。僕に向けて正当性を主張してきた。まるで自分に言い聞かせるように

アンリは走り出した。待って、と僕も駆け出す。ガス灯の光に集まる羽虫のように僕たちは森の先に見える白い輝きに向かって走った。足の痛みなんて消し飛んだ。頬に葉っぱがこすれてチクチクしたがそんなことも気にならなかった。いつか聞いた魔女の棲む森を冒険者が攻略する話を思い出す、アンリもきっと同じ気分だろう。あの子分たちが足先を返したことがよりストーリー性を加速させた。


僕たちは遂に森を抜けたんだ!これからが冒険のはじまりなんだ


僕は胸を躍らせ森を颯爽と駆け抜けた。遂に森を抜けるとアンリが立ち尽くしていた。

アンリの目線を辿っていくと、そこには大きな林檎の木が生えていた。

僕たちの頭上のはるか上まで枝を伸ばし、幹はごつごつとしていて複雑に枝が分かれていた。リンゴは僕たちが食べるようなものよりもずいぶん大きく一個だけでアップルパイが幾ら作れるだろうか。そんな林檎が大きな木の下に垂れ下がっているものだから風が吹くと枝が折れるのではないかというほど大きく揺れる。

森の先にある洞窟を目指していたアンリもしばらく言葉を発することなくこの林檎の木を見入っていた。僕は林檎の木を見てふと、

「エデンの園に迷い込んだようだ」と呟いた。

教会で聞いた知恵の実の話、寓話にでも出てくるような林檎の木を見て人類が追放させられた楽園にアンリと僕はたどり着いたような気がした。

「楽園....楽園よね。私達大発見をしたのよね!」

アンリは僕の両手を握りグルグルと回って喜ぶ。僕も「そうだよ楽園だよ」と一緒にはしゃぐ

「これが私達の初めての冒険。そしてこれは私達だけの秘密、いい?」

「うん。誰にも言わないよ」

「家族にもよ」

釘をさすアンリにもちろんだよと返す。アンリは手を放し、麻のズボンの腰に着けていた革袋を外して僕に差し出す。

「冒険者の仲間のしるし。受け取って」

早速革袋のベルトを腰に巻き付ける。仲間のしるしということは僕も交換をしなければいけないだろう。僕は何かあげられるものがあっただろうか。

ユウは思い出したようにポケットから髪留めを取り出した。

「こんなものしか持ってないんだけど、栞に使ってたんだ。お母さんの髪留めだからアンリには似合うか分からないけど」

アンリは「お母さんが買ってくるものより嬉しい...ありがとう」とブロンズ色の前髪をとめる。普段髪を乱しながら男と混じって遊ぶアンリとは違い、普通の女の子のような可憐さがあった。


「アンリ、洞窟はどっちだろう」

「もういいわ」

林檎の大木を後にした僕たちは目的の洞窟へと目指そうと思ったが、アンリはもう十分のようだ。僕もあの幻想的な風景を見た後に洞窟の中でそれ以上のダイナミズムを感じられる自信もなかった。僕はアンリの言う通り村へ戻ることに賛成した。

正規の道を見つけるのはそう難しくはなかった。アンリは迷うことなく進み数分も経たないうちに道に出た。

僕はアンリの隣を一緒に歩く。ずっと従者のように後ろをついていたが、同じ冒険者として肩を並べて道を歩く。アンリも疲れたのか振り回していた木刀を下げて歩いていた。だいぶ日も落ちてきて影がさしてくるようになった。夕暮れぐらいには森を抜けてしまいたい。

道に迷った時の緊張感は消え、僕たちはただ道なりに戻るところだった、茂みの方からガサガサと音がした。音の出所を見てみると大きな黒い影が見えた。

胸騒ぎがした。残念ながらその予感は的中してしまう。熊だ-それも2mくらいはある大きな熊だった。僕と熊の間には間合いと言えるような距離ももはやなかった。熊は僕たちに気付き、近づいてくる。

僕はアンリを見る。

アンリはがくがくと震えていた。目の焦点もあっていない。僕も足の震えが止まらない、しかしアンリを守らないといけない使命感に駆られた。僕は”アンリ後ろに下がって”と小声で伝える。ハッとアンリは意識を覚醒させ「だ、大丈夫」と木刀を構えた。

木刀に反応したのか熊は威嚇を始めた。アンリは少しのけぞった。

いけない、、刺激を与えてしまったようだ。熊はアンリや僕に敵意を見せていることは明らかだった。黒々とした熊は鋭い爪でアンリの木刀を弾いた。

急いで僕はアンリの手を引っ張り身体でアンリを受け止める。間一髪のところで熊の攻撃を回避することが出来た。しかし、アンリの右手には真っ赤な血が流れていた。生まれたばかりの子羊のように僕の胸の中で震えている。目には光るものを見ることができた。

男相手でも勝つアンリがこんなに怯えているのは初めて見る。母親に怒られているときでもここまで弱々しくはなかった。

熊のギンギンと光る瞳は僕をとらえていた。50cmほどしか隔たりがない..

僕は腕でアンリを頭を抱きかかえて伏せる。父が熊に襲われたときの処置を教えてくれたことがある。離れているなら背を向けずに逃げろ、もう近くにいるなら伏せて頭と首を守れと。

アンリにおぶさるようにアンリの体を覆い隠す。もう自分のことなんて頭が回らなかった。既にアンリの手をケガさせたことは自分の失態だと悔やんでいる。これ以上アンリに傷をつけさせないために...

しかし、熊は立ち去る気配がない。あの長い爪であばらや脇腹を引っかかれ頭を凶器のような歯で嚙まれるだろう。そんな時はどうすればいいと父は言っていただろうか..

 僕はふと思い出した。この冒険に出かける前に父に手渡されたものを、

「アンリ..アンリ大丈夫かい?」

アンリは声も出せない様子で首だけ動かした。

「ズボンのポケットから笛を出して。そして思い切り吹いて」

アンリは首肯し、ズボンをもぞもぞと探る。僕は熊に注意を払っていた。興奮しているのか唸り声をあげていた。いつ襲い掛かってもおかしくない状況だった。

アンリは笛を取り出し、口に含む。


ピッーーーーーーーーーー

甲高い笛の音が森に響く。それは少し離れた村にも十分聞き通るくらいの音だった。

木々からは鳥が当惑したように飛び去りバサバサという羽根音とキーキーと抗議の声を発していた。熊も笛の音に驚いたのか、ビクッと一瞬怯えた様子だった。


『頭を押さえろ!』

男の声から遠くから聞こえ空いた手で頭を守りながら左上でアンリをきつく抱きしめると、次の瞬間銃弾の音が鳴り響いた。


ダンッダンッ


二発銃弾が放たれる。ヒットしたのか熊が苦しみの声を発する。熊は僕たちの下から離れる注意は銃にうつったようだ。僕はアンリに声を掛ける。今度は「ありがとう」と返ってきた。

僕は自然に「今日のアンリは女の子らしかったよ」と場違いなことを吐いていた。ハッと僕は口を塞いだが、アンリは形容しようのない顔をしていた。気がつけば村の大人たちが次々とやってきた。その中に父もおり、手には剣を持っていた。熊は立ち上がると大人たちよりも大きな体で腕を大きく動かしクローを掛けてきた。

大人たちは大勢で矢や銃で対抗する。矢は熊の眉間に突き刺さり悶絶する。

父が刀をおおきく振りかぶって熊の首を一刀両断する。ずっしりした首は鉄球が落ちたような音とともに地面に転がる。


『剣の腕は落ちていないようだな』

『お前もな』

普段の農夫として働く父とは違う、日曜に聞く冒険譚に出てくる冒険者のような父はとてもかっこよくみえた。大人たちのやり取りはまるで小説でも読んでいるようだった。

父が伏せた僕の下に駆け寄る。

「けがはないか?」

「うん。でも...アンリが」

僕は立ち上がり、アンリを立たせる。アンリの右手には血が流れていた。父はアンリの手を掴んでしばらく見た。すると「大したことは無い。しっかり処置すれば傷は残らない」と言った。父は僕を見た。怒られると思ったが僕の頭に手を置いて「よく頑張った」と褒めた。

村に帰ると、アンリの母は泣いていた。そしてどれだけ心配していたかをアンリにコンコンと説教していた。流石にアンリも堪えたのか「ごめんなさい」と涙を流し抱きついていた。

父は母に今日のことを言わなかったようだ。なんだかバツの悪い気分だ。怒られないのはそれはそれで怖いものだ。夕食の後、父が外の空気でも吸わないかと誘った。

「冒険者に興味があるのか」

父は静かに聞いた。僕はうん、と返すとそうかとまた黙った。

「お父さんは...騎士だったの」

「数十年前の話だけどな」と父は返した。

「あのさ.....僕に剣を教えてください。僕冒険者になりたい。今日は迷惑かけたけど、でも新しいことを発見することがこんなに面白いことなんだって気づいたんだ」

父は沈黙を守ったまま家に戻ろうとした。僕は少し残念に思ったが、仕方がないと思った。

「農作業」

「え?」

「うちの手伝いが終わったら一時間だけ教えてやる。まぁユウのやる気次第だがな」

僕はうん!と強くうなづいた。

 その後、僕は父から農作業の後剣を学んだ。アンリも母親をなんとか説得して一緒に手ほどきを受けた。ブロンズの髪にはいつかあげた髪留めをしていた。アンリはグングンと成長し、15歳になる少し前には父を負かすほどになっていた。

15歳になり、僕とアンリは都にある冒険者の養成学校へ通うことになるのだが、それはまたの機会にしておこう...


「光だ」

森を走ること40分程だろうか、目の前には白い光が見えてきた。僕は速度を変えること無く走り抜ける。腰に着けた-アンリに貰った革袋がゆさゆさと揺れ、中に入った食料などがスクランブルする。今の僕は冒険に胸躍らせることもなく、生死をかけたサバイバルな状況に置かれている。魔王の国に近いこの地帯の魔物相手に僕は太刀打ちできない。

僕は逃げ惑うしかできなかった。

まるで命乞いをするように光に向けて走り抜ける。その先には、大きな林檎の木..


ではなく大きな洋館が場違いに聳えていた。

次回は回想よりも現時間軸中心になる予定です。

なる?保証はできかねます


明日の更新は難しいかもしれません

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