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第11回

「それで続きは!」

ビアンカは身を乗り出して顔を近づけてくる。

「お嬢様、就寝のお時間でございます」

しかし、メイドが背後から声を掛けた。ビアンカは不満げに椅子に座り直す。時計に目をやると11時を回っていた。紅茶も湯気は消え、熱を完全に失っていた。僕は冷めた紅茶を一口飲む。紅茶とミルクが分離してしまって美味しくない。顔に出ていたのかメイドがお替りを促すが、断った。

「もうこんな時間か。また明日にしよう」

「ええ。これからというのに!」

ビアンカは子どものように駄々をこねるが、僕はメイドに目をやり、「メルさんも寝る時間だと言っているし」とビアンカを宥める。僕もそろそろ眠くなってきた。瞼も重く、身体も左右へ揺れる。

「それもそうね...ユウ、明日また続きを話して頂戴。」

「もちろんだよ」

僕はビアンカに微笑み、メイドに案内されて寝室へと向かった。メイドは蝋燭立てを持ち、火の灯りを頼りに長い廊下を進んでいく。案内された部屋は客人用の寝室だと言うが、クイーンサイズのベッドがある20帖くらいある部屋で、一体ビアンカはどんな部屋で床に就くのか興味が湧いた。メイドは水入れとコップを机に置いて、「おやすみなさいませ」と言うと扉を閉め出ていく。薄暗い部屋でやることもなく、僕は蝋燭の火を一息で消して眠りについた。


 次の朝、朝日で目が覚める。小さな窓からレースカーテン越しに白く温かな光が差していた。一人には大きすぎるベッドを見回す。

そういえば、昨日は洋館に泊まっていたのだと覚醒しきれていない頭を働かせ、ゆっくりと起き上がる。しばらくするとドアからノックがした。

「おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか」

メイドが片手に着替えを持ち、部屋に入ってきた。

「ええ」「それはよかったです。朝食の準備ができました。」

メイドは相変わらず無表情で必要なこと以外は何も話さなかった。メイドから洗濯を終えたシャツとズボンを受け取る。

「着替え終まりましたらお声がけください」といい、メイドはドアを閉めた。

僕は申し訳程度にベッドを直してから着替えを始めた。机の脇にはいつの間にか鎧が置かれていた。磨いてくれたのか土や生傷で汚れていた鎧はピカピカになっていた。

僕はハッとして、腰につけていた革袋を探した。昨日着替えの時に一緒に外して...その後メイドはどこに置いたのだろうか。机の上にもなく、20帖ほどある部屋をあちこち探したが、見当たらなかった。僕はドアを開けて、メイドに尋ねた。

「メルさん、昨日風呂場で預けた革袋はどこですか!」

「...それでしたら着替え終わってからの方がよいかと預かっておりました。申し訳ございません」

「あ、そうでしたか。よかった....部屋になくてどこにやったかなぁって思って」

「それはそうとお客様.......下を穿かれては。」

「.....あ」

そういえば、着替えている途中だった。その後、着替えて朝食の場へと案内された。


ビアンカは朝食に手をつけず待っていてくれていたようだ。

「お目覚めは如何、ユウ」

「お待たせしてすまない。ゆっくり眠ることが出来たよ」

僕は椅子にもたれるように腰かけ朝食をとった。朝食はパンにサラダ、冷製スープと簡素なものだった。ビアンカはパンをちぎって口に運んでいると、「そうだ」と思い出したように話だし、

「お昼は学習の時間なの。冒険の話を聞きたいのだけれど、ごめんなさいね。夕食まで狭い館だけれどゆっくりしていって」

「いや、お構いなく。」

僕はほんの少しだけホッとした。ビアンカが昨晩あれだけ楽しみにしていたのでずっと冒険話をしないといけないのかと憂鬱になっていたが、心配には及ばなかったようだ。僕は一息ついてスープを啜った。とはいえ、一日中何もしないのも忍びない。

食後のお茶を飲み終えると、ビアンカがメイドに車椅子を押され部屋へと戻っていくのを見送ると僕も寝室へと戻った。

やることもなくクイーンベッドに大の字になって寝ていると、シーツを替えにメイドがやってきた。僕は起き上がり、メイドに話しかける。

「何か手伝えることはありますか?」

「はい?」

メイドは怪訝な表情を浮かべた。まぁ客人がそんなことを言えばそうもなるか。

「ただで泊まらせてもらうのも申し訳ないので何か手伝いたいのですが」

「はぁ。しかし、掃除も洗濯も私一人で事足りますし」

「じゃあ、庭の剪定はどうですか?経験があるので軽くはできますよ」

「そんな!お客様にそんなこと....」

「僕のわがままですから。お願いします。」

僕はメイドに深々と頭を下げた。「頭をお上げください!」と言うと、

「分かりました。ですが、ご無理はなさらないでくださいね。ハサミを準備しておきます」

とエプロンの前掛けで手を拭き、外へと向かった。

 改めて庭園を見ると、とても広い。昨日の夕暮れに見た時は気味の悪さが目立ったが、綺麗に手入れをしてあげれば我が国の公園よりも美しい庭園になるのではないだろうか。メイドは僕に剪定ばさみを渡すと、「後の掃除は致しますので」と洋館へと入っていった。

不規則に伸びる枝を切っていく。うちには庭なんてものはなかったが、果物を育てていたのでよく剪定を手伝わされていた。アンリの家にある林檎の木も剪定にいったことがある。

そういえば、アンリは歩みを進めているのだろうか。きっと彼女は僕の知らない場所へと冒険に出ているのだろう。もう僕には関係のないことなのだが。

思えばずっとここにいる訳にもいかない。迎えは永遠に来ないのだ。僕は革袋から丁寧に折られた紙を広げる。角が茶色く汚れ、インクが少し滲んだ手紙―今なら父の伝えたかったことが分かる。冒険が始まって数か月だが、冒険の辛さというものを痛感させられた。僕は逃げ出したが、父も何度も逃げ出そうと思ったことがあるのだろう...それに、

『生きて帰ってきなさい』

この重い言葉に親の優しさのようなものを感じた。ミスリードなのかもしれないが。

勝手な解釈だと自覚しているが、この言葉が逃げてもいいのだと僕には読めた。生きて帰ることが全てだと...僕は手紙を暫く眺めてから再び革袋へとしまった。

 剪定をある程度終えると、軽く昼食を取り午後からは草むしりに励んだ。雑草が長くあちこちに伸びていてずっと気になっていたのだ。昼からはメイドが箒を持ち、下に落ちた枝を掃いている。日差しは強くなり、僕の頭上をじりじりと照らす。首元には汗をかき、僕は首を後ろに回して汗を拭きとる。ずっと屈んだ状態で腰も痛くなってきた。僕は立ち上がり、腰を回した。

「お疲れですか」とメイドが声を掛けてきた。

「ええ。でも楽しいものですね庭を弄るのも。そんな趣味はないもので」

「...ご当主は庭作りを嗜んでおりましたので」

「ご当主というのは」

「お嬢様―ビアンカ様のお父様でございます。」

僕は恐る恐る「ビアンカの父上は今どこに?」と聞くと、メイドは黙り込んで

「申し訳ございません。お答えできません」と静かに答え、「お客様が話したくないことがあるように」と付け加えた。メイドは僕がただの迷い込んだ冒険者ではないことを察しているのだろう。僕は下を向いたまま何も話さなかった。


 草むしりから小1時間、ビアンカがメイドに連れられ洋館のバルコニーへと現れた。バルコニーからビアンカは「ユウ、お茶にしましょう」と声を掛けられ、ズボンで手を無造作に拭き取り階段を駆け上がった。ガーデンテーブルには白いティーセットが用意されていた。

メイドは慣れた手つきでケーキスタンドの下段からサンドウィッチを取り分け、小皿を手前に置いていく。「いただきましょう」とビアンカがティーカップを持ち、口に運ぶ。僕もサンドウィッチを手に取り、はぐはぐと詰め込んだ。

「綺麗になったわね。ずっと手入れが出来ていなかったから...ありがとう。ユウ」

ビアンカは見違えた庭を一瞥して小さく微笑んだ。

「いや、礼には及ばないよビアンカ。泊まらせてもらっているのだから何かしようと思ってね」

「そう?フフッそれならよかったわ。そうだ、昨日の続きを話してくださらない?」

「冒険の話かい?いいけれど、勉強の方は?」

「もう今日の分は済ませたわ。夕食まで暇なの。ね、いいでしょう?」

ビアンカはお菓子をせがむ子どものように目を輝かせて話を聞きたがった。僕も一宿一飯の身である上、断ることもできなかった。

「メルさん、夕食まではどのくらいですか?」

メイドは「4時間ほど」とだけ答えた。4時間もあれば帝国までのことは話すことが出来るだろう。僕はプライオン王国からの旅立ちから先の思い出を辿ることとした。

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