第10回
エレナがパーティーに加わり数か月が経つ。エレナもここの言葉にだいぶ慣れ、暫く僕が通訳をしていたが今ではそれも不要となった。
僕たちのパーティーは四人となったことで仕事の幅も広がった。何より大きいのは2・2に分かれて仕事が出来るようになったことだ。アンリとジョーは害獣駆除や最近は簡単な魔物討伐を依頼されることも多くなり、僕とエレナは山岳地帯や危険地帯への輸送を続けて行っている。
今日は高山にある村へ物資を運ぶ仕事であった。商人とともに荷車を押して岩肌の見えた斜面を登るのには苦労した。僕とエレナは荷車の後ろを押すが地表の砂が靴を滑らせ踏ん張りがきかず、岩に引っかかった車輪を押し出すのに時間が掛かった。予定よりも2時間ほど遅れてしまったが、物資を届け終え荷車に乗せてもらい、揺られながら都へ戻っていた。石に躓くと、車は大きく揺れ隣に腰かけていたエレナが僕の肩に寄りかかってきた。
「あ、ごめんなさい」
エレナは顔を赤らめ謝る。
「いや、大丈夫だよ」
僕は頬を掻きながら視線を逸らす。道の脇には低木が並び、囲むように聳える山々にはスギやヒノキが生えていた。冬も近く、奥に見える嶺は白くなっていた。木枯らしが吹きこんできて僕は身を丸くする。
「村の人達、喜んでいましたね。」
「うん。あんな山に住んでいるのでは物も手に入らないだろうからね。生活は大変だろうけど土地に愛着があるんだろうな...そういえばエレナはどんな所で育ったんだい?」
「わ、私ですか?私は都の方に住んでいたので、こういう山とか畑を見るとなんだか新鮮なんですよね」
エレナはこちらを見て控えめに笑う。
「そういうものか。僕とかアンリは見慣れているからなんとも思わないけれど」
「ユウさんはアンリさんと幼馴染でしたね」
「うん。これもアンリから貰ったものなんだ。」
僕はエレナに腰に付けた革袋を外して見せ、貰った経緯を話した。
「...とまぁそんなことがあって僕たちは冒険者を目指したんだ。パーティーに誘ってきたのもアンリだしね」
「そうだったんですね。きっとアンリさんはユウさんのこと信頼しているんですね」
「どうしてそう思うんだい?」
僕はエレナの顔を見た。
「話を聞いてて、アンリさんはユウさんになら背中を預けられるからパーティーに誘ったんだなぁって」
エレナの言葉を聞いて、ふとアンリが卒業式の日に言った言葉を思い出した。
『一緒にユウと冒険がしたくて...』
あの頃僕は劣等感を抱きながら彼女の声を聞いていてアンリがどんな気持ちで話していたかなど想像する余裕はなかった。しかし、今思えばアンリの言葉には噓偽りはなかったのかもしれない。アンリは僕を立派な仲間として接してくれている。
視線の先には街が見えてきた。聖堂の鐘楼が建造群の中でも飛び出て目立つ。街に入ると僕たちは報酬を貰い、空の荷車を引く商人の背に頭を下げた。僕は報告をするため組合へと向かいながら2人のことを考えていた。
アンリとジョーはよく喧嘩をしている。この前もアンリが魔物に突っこんでいき、ジョーがそのサポートに入ることになってしまい、ジョーが声を上げていた。勿論アンリは無策で突っ込んだことに謝るはずもなく、それどころか『男のくせに女々しいことを言うわね』とジョーを一蹴した。それにジョーも怒り、喧嘩は組合のコーヒースタンドでも続いた。今日は何もなければよいのだが...
組合に着き、受付に仕事を終えたことを伝えて斡旋料を支払った。コーヒースタンドの方に目を向けるが、アンリ達の姿は見られなかった。受付嬢に聞くと、下宿にいるようだ。何故か受付嬢はニコニコしていた。
何かいいことでもあったのだろうか。
僕とエレナは石畳の通りを歩いて近くにある下宿へたどり着く。ドアを開けると、初老の大家が椅子に座り編み物をしていた。僕たちは軽く会釈をして階段を上がる。ギシギシと木の軋む音が響き、陽のあたりが悪い上階は薄暗かった。埃臭くてむせかえりそうになるのを我慢しながらアンリの住む三階まで上がると、ソファーに腰かけたアンリと机に凭れたジョーの姿があった。
「遅かったわね」
アンリが口を開く。僕は息苦しい空気を換えるため、木枠の窓を開け
「山だったからね。登るのに骨が折れたよ」
と釈明した。エレナも「はい。ごめんなさい」と階段のそばに立って謝る。
「ううん、二人ともお疲れ様。椅子に座って頂戴」
僕たちはソファーに向かってある丸椅子に座る。アンリはソファーから立ち、懐から封筒を取り出し僕たちに見せた。
「実は今日、王宮から勅命が来たの!」
アンリはうわずった声で嬉しそうに話す。僕は「ええ!?」と驚いた。アンリが封筒を裏に向けると王家の紋章が施された青色の印璽―まだ封は切られておらず、ジョーも中身が気になりやきもきしているようだった。
「ユウ達が帰ってくるまで封を開けずにいたの...私たちの仕事と言える初めての任務ですもの」
「!...ジョー済まない。遅れてしまって」
僕はジョーに謝ると「ああ」と口数少なく返事をし、凭れた体を起こして「さぁ早く開けようぜ」とアンリの肩に手を置き封筒を覗いた。
「ええ」
アンリは印璽をめくり、封筒から文書を取り出す。紙には文字を囲うように龍と棘が描かれていた。
「明後日、宮殿に参内すること......どうもこれだけみたいね」
アンリは声に出して読み終えると、溜息をついてソファーに凭れかかった。伸ばされた手から僕は文書を受け取る。どうも召集令だったようだ。任務内容は宮殿にて言い渡されるのであろう。僕は肩に入った力を抜き、ゆっくりとアンリの隣に座る。
「明後日は鎧を着て、それといつもの剣じゃなくて礼剣でね。まぁ...卒業式で使ったサーベル刀でもいいわ」
「アンリに折られてねぇぞ」
「明日買いに行けばいいでしょう」
「今月ギリギリなんだよ!」「知らないわよ。自業自得」「何ぃ」
僕は二人の間に割って入り制する。アンリは呆れたように銀貨をジョーに渡すと、
「ちゃんとした身なりをしてきなさい」
アンリは硬貨の入った麻袋をしまった。「今日はこれでおしまいよ。みんなお疲れ様」と言うと、ジョーとエレナは部屋を出ていった。
「ねぇユウ....」「なんだい?」
僕はアンリと顔を見合わせると優しく微笑んでいた。窓から日差しが漏れてブロンズの髪が明るく光る。
「諦めなくてよかったでしょ?」
僕は力強く頷いた。
「アンリが僕を誘ってくれなかったら、きっと冒険者になることを諦めてたよ。でも、今は自分に自信を持てるようになったよ。エレナも加わって責任を持てるようになったのかもしれない..」
アンリはどこか遠くを眺めるような目をし、
「......あ、ええそうよ。ユウは少し頼りない所があったけれど、今はエレナを任せられる仲間よ」
と前髪を直していた。窓の外から冷たい風が入り、肌寒くなり僕は窓を下げ、ソファに座り直す。
「結構早かったね。もう少し掛かると思っていたけれど」
「そうね。私もよ」
僕とアンリは拳を合わせた。
そして、宮殿参内の日となった。僕は部屋にあった埃のかぶったサーベル刀を昨日取り出し、おろしたてのシャツと鎧を纏って組合に集まった。アンリは白を基調とした甲冑姿、ジョーは鎧に黒いジャケットを羽織るような格好で、エレナは元々礼服なのか初めてであった時と同じような黒づくめの新品の衣装と三角帽を被っていた。全員神妙な面持ちで終始無言のまま王宮の門へと足を運んでいく。
王宮は巨大な塀に囲まれ、街とは堀で隔てられている。堀の水は透きとおって藻や小魚が遠目からでも認めることが出来るほどだ。王宮と堀を渡す橋には警吏が橋の向こうにある大きな門の前に立っていた。
アンリは立ちはだかる警吏に召集令状を見せる。警吏は暫く令状を凝視した後、「入れ」と通用門を開ける。ジョーは小声で「あの大きな門じゃないんだな」と囁く。アンリは「馬鹿ね。あれは王族が用いるものよ」と眉間にしわを寄せた。
門をくぐると3キロほどある道が続いており、はるか遠くには白亜の宮殿が輝いていた。この距離でも大きい宮殿である。ホワイトタイルを挟むように芝生が広がり、大きな池のようなものもあった。広大な宮殿に僕は目を奪われるが、アンリに「あんまりジロジロしちゃダメよ」と注意され、僕は視線を前に向き直す。
歩くこと20分、ようやく宮殿の前に立つ。警吏がついてこい、と案内をする。先頭と最後尾である僕の後ろに挟むように警吏が先導していく。そして、応接間のようなところに通された。
20帖くらいあるような部屋でシャンデリアに金箔や金細工が至る所に散りばめられた内装、ワインレッドの別珍でできたソファと小さなローテーブルが置かれていた。座ることも憚れ、僕たちは立ったまま待っていた。収納棚の上に置かれた時計のぜんまいと針の動く音だけが部屋に響く。
「代表の騎士は直ちに来るように」
警吏が扉を開け、そう言うとまた閉じて部屋は静寂にかえった。アンリはガシャガシャと音を鳴らして、廊下の向こうへと消えた。僕はジョーやエレナと顔を見合わせた。自分達はついていく必要はあったのか―そんな半信半疑な顔を各々浮かべまた視線を赤い絨毯へと落とす。絢爛豪華な部屋も数十分も眺めていれば見飽きるもので、なんだか目がちかちかしてきた。時計を見ると、まだ5分しか経っていない。退屈を紛らわせるものもなく僕は壁に凭れ、目を瞑っていた。
扉の開く音がして、音の先へと僕たちは目を向けた。アンリが帰ってきた。
アンリは険しい顔をし、ゆっくりと口を開いた。
「まぁとんだ厄介な仕事に出くわしたようね...」
「厄介ってどんな仕事だ?」
ジョーがアンリに詰め寄る。僕とエレナもアンリの元へ近寄った。
「......魔王の討伐よ」
僕は一瞬茫然とした。初めは何かの冗談だろうと思ったが、アンリから言葉は続かなかった。王宮からの任務は魔王の討伐....二人とも絶句していた。
「討伐と言っていたけれど、大方敵情視察の面が大きいんじゃないかしら。...これは私の推測でしかないけれど」
「どういうことだい?」
僕が聞くと、アンリは「つまりね」と続け
「本当に魔王を討伐させようと思うなら私たちじゃなくてもっと腕利きのパーティーに依頼するはずでしょう?こんな出来て1年も満たないパーティーに任せるってことは捨て駒がでてもいいような戦争ってことよ...それに王子がそろそろ初陣の歳ですし、どれほどのものか見てこいという所じゃないかしら。最初の指揮が負け戦では市民にしめしがつかないでしょうし」
「なるほどなぁ」
ジョーは手を顎に添え、頷く。
「しかし、ベテランの冒険者を温存させて魔王の討伐に僕たちのような新米を送り続けて戦力を下げてから攻め込むというのも考えられるけど」
「まぁ可能性はなくもないけれど、もし命の危険があれば失敗しましたと報告すればいいのよ」
アンリは簡単に言うが、王国からの任務を「失敗しました」の一言で済ませられるようにはどうにも思えなかった。僕の不安を他所にアンリは涼しい顔をしていた。
扉から貴族のような男が入ってきた。アンリが「大臣」と敬礼する。僕らもアンリにならい、大臣に向かい敬礼した。
「陛下がお前たちに一言申し上げたいそうだ。謁見室に案内する。ただ、そこの魔法師はここに残れ」
大臣がそう言い去ろうとすると、「ちょっと待てよ」とジョーが声を上げた。
「なんでエレナだけは謁見が叶わないんだ!」
「そのものはフロイダ公国の者だろう。陛下に何があるか分からぬ。」
ジョーが何か言おうとすると、アンリが手で制し
「申し訳ございません閣下。このものは口の利き方がなっておりませんので。無礼な振る舞いをお許しください」
と頭を深々と下げた。「まぁよい。ついてきなさい」と大臣は気にも留めず部屋を出た。
「どういうつもりだ!」
ジョーはアンリに食って掛かるが、アンリは冷めた目であしらう
「どうもこうも、ここは宮殿であちらのルールが全てよ。エレナごめんなさいね。」
「あ、いえ。私は気にしていませんから...」
エレナは首を横に振って申し訳なさそうな顔をした。
「待たせてはいけないわ。行きましょう」
僕とアンリとジョーは長い廊下を歩く。王様とお目通りが叶うこととなり、手には汗をかいていた。動悸も速くなっているような気がする。前にいるアンリの足が止まる。大臣が
「私が呼んだら入りなさい」
と申し、他の部屋とは違う重厚な扉の中へと入っていった。扉の半分だけが開かれ、壁の肖像画だけが見える。「入りなさい」と大臣が呼び、アンリに続いて謁見室へと入っていく。赤いカーペットが玉座まで続き、僕たちは大臣のいる数歩手前で立ち止まり、跪く。
「楽にしなさい」
前から低い優しい声が聞こえ、僕はゆっくりと顔をあげた。目の前には立派な顎髭を生やし精悍な顔立ちをした紳士が鎮座していた。
「これからも騎士道に励みなさい」
『はっ』
王様が一言申し上げると、「下がってよい」と大臣に声を掛けられた。僕は緊張で頭が働かないまま部屋を去った。応接間に戻り、エレナを呼んでそのまま宮殿の外に出る。
再び長い門までの道を歩く。その時、アンリの懐に忍んでいた封筒に気が付いた。
「アンリ、その封筒はなんだい?」
アンリは驚いた様子で
「あ、ええ。陛下から預かった親書よ。言い忘れていたけれどこれも任務に入っているのよ」
と答える。
「どなたへのものなのでしょうか」
エレナが聞くとアンリは「教皇様よ」と封筒を奥へと押し込んだ。
「旅の途中で帝国へ立ち寄るから親書を渡すようにと...副任務といったところかしら」
僕は小さく頷いた。そして先ほどから一言も発さないジョーの方を見た。エレナの謁見が認められなかったことからずっと黙ったままだ。僕は何か話しかけようとしたが、彼から放つ覇気に気圧されその機会を得られていない。アンリは意にも介さずずんずんと進んでいく。
「ジョーさん...」
エレナが沈黙を破り、憮然としたジョーに声を掛ける。
「さっきは私のために、ありがとうございました。少し、嬉しかったです...」
「あ、ああ。エレナは大切な仲間だからな。許せなかっただけだ」
ジョーはぶっきらぼうに言い、顔を紅潮させ空を仰いだ。
「そうね。私も納得はいかなかったけれど」
とアンリがフフッと笑った。
「なんだよ。さっきはあっちのルールが全てだとか言ってたのによぉ」
「しょうがないでしょ!あの場は大臣がいたのだから」
アンリとジョーは顔を見合わせ、ふっと笑いあった。喧嘩していてもいつの間にか仲直りしているのがアンリとジョーだ。僕はエレナに同意を求めるように笑いかけた。エレナも二人を見て微笑んだ。
参内から一週間ほどが経ち、遂にプライオン王国を旅立つ日がやってきた。駅には村からやってきたアンリの母がアンリにくどくどと話をしていた。懐かしい光景だ。
「アンリ、あまり無茶はしないでね。こまめに連絡してね」
「ええ。分かっているわ」
「そう言って!あなたは学校の頃には一通も手紙をよこさなかったじゃないの!首席のことだって今聞かされたのだし!村にも一度も帰ってこないで...」
「分かったから落ち着いてお母さん」
さすがのアンリも怒った母相手にはタジタジの様子だ。ジョーやエレナは目を丸くして遠くから様子を見ていた。ようやく説教が終わったのかアンリとアンリの母が抱擁を交わした。アンリの目には涙が視認できた。アンリの落涙は旅の別れを鮮明にさせた。
国境の街まで行く列車が汽笛を鳴らす。アンリは手を振り客車へと向かった。僕はアンリの母の元に駆け寄った。
「父や母は元気ですか」「ええ。息災よ」
僕は伝言を頼み、列車に駆け込もうとした時、「ユウくんちょっと待って」と止められる。手には丸められた手紙が握られていた。
「これお父さんからよ。アンリのことよろしくね」
僕は「はい」と返事をして、手紙を受け取って荷物を纏めた袋に入れ走った。アンリ達は箱席を取っており、僕はアンリの隣に座る。向かい合ってエレナが座り、窓側にはアンリとジョーが座っていた。
列車はゆっくりと動き始め、乗り場を離れていく。改札の向こうにいるアンリの母は段々と小さくなっていく。アンリは窓の外を見るが、駅側ではなく進行方向の前を見据えていた。まるで悲しみを隠すように。
「いよいよだな」「ええ」
ジョーの言葉にアンリが応えるといつもの調子に戻っていた。
「ユウさん、アンリさんのお母さんから受け取ったものは何だったのですか?」
「手紙だけど...開けてみようか」
僕は袋から手紙を取り出し、紐をほどく。汽車に揺られながら文字を目で追っていく。
『ユウへ
お前も遠くの国へ冒険することになると聞き、筆を起こすことにした。
私は19歳の頃に東の国へ冒険に出た。子どもの頃ユウ達に聞かせたことがあったが、話の
ように決して冒険は楽しいことばかりではない。冒険の間に諍いや仲間の死など艱難に呑
まれながら幾多の国を渡った。私は東の国へたどり着いた時、もう冒険はしまいと思った。
あまりにも失うものが多かったからだ。しかし、冒険を通して自分を知ることも多い。
これからお前には様々な苦難が待ち受けているだろうが、お前に伝えておきたい。
仲間は大切にしなさい。修練を怠らないよう。そして、生きて帰って来なさい。
父より』
餞別にしてはやや重い手紙を読み終え、僕はふと車窓を覗く。列車は農村部を走り抜けていた。父はこの手紙で何を伝えたかったのか。冒険への希望と波乱が交錯しながら汽車は黒煙を噴き出して走ってゆく。




