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第一回

小説家になろう、というとファンタジーという勝手なイメージがあったので頑張って書いてみました。普段は恋愛ものしか書かないのですが...

木の折れる音がした。

 

 振り向くこともなく男は走り続ける。首には汗が流れ、肩で息をしている。胸は粘土でも詰まっているかのように苦しくなり、脛には針が刺さったような痛みが走る。鬱蒼とした森には終わりが見えず、男はわけもわからずただ獣道をかき分け進んでいく。

 

アンリ達に見つかったら終わりだ

 

 カシャカシャ、と金属の擦れる音だけが木霊する。鎧が重い。しかし、魔物がうじゃうじゃと現れるこの森で鎧を脱ぎ捨て逃げるのは自殺行為に等しい。シャツが汗でへばりついて気持ちが悪かった。髪も脂汗の匂いがし、痒みがする。頭を掻くと爪の先に豚の脂身のようなものがへばりついていた。風呂に入ったのはいつが最後だっただろうか。

たしか、「あの日」の前日に川へ立ち寄った時だろうか。

 久しぶりの清流でジョーがはしゃいでいたことを思い出す。ジョーは僕一人が入れそうな重苦しい鎧を河原に脱ぎ捨てまるで北洋の山脈を見上げたような肉体を露わにしていた。エレナは洗濯物をしていて、アンリは川の水を掬い口に受け入れていた。水は日光を浴びてきらきらと光り、まるで透明な宝石でも口に摂取していたようだった。

 僕の姿を見つけたのかアンリは「ユウ、こっちきなよ。前の泉よりも美味しいのよ」と誘う。鎧を脱ぎシャツとハーフパンツだけになった僕はアンリの下に駆け寄った。アンリに勧められるがまま水を掬い口に含む。鉄分をあまり感じず、樹木の清涼感が後から鼻に通り抜けた。

「ね?美味しいでしょ」

「うん。アンリが気に行ったのなら飲み水として汲むよ。貯蓄しているのはどうする」

「いいわ、捨ててちょうだい。あんな鉄くさいの飲めないわ」

 僕は馬の背に乗ったバッグから水筒を持ってきた。キャップを開け水筒を反転させる。やや赤がかった水がぼとぼとと河原の石を潤していた。川の水で濯ぎ、川の流れに沿って水が吸い込まれていった。

 川を見回すととジョーとアンリがはしゃいでいた。水飛沫が飛び、川には波紋が生まれていた。下着姿のアンリも上半身裸のジョーは水浸しになり、声をあげていた。魔王の国に近づくほどに戦況が厳しくなり、パーティにも軋轢が生じ始めていた中で束の間の休息になっていたことを記憶する。

 僕は今一人だ。この薄暗い森にはジョーもエレナもアンリもいない。僕一人だけ。簡潔に言えば僕は脱落したのだ。先ほど軋轢が生じ始めていたといったが、その原因のほとんどいや原因そのものは僕にあった。繁茂する木々が「この落伍者が」と嘲るように風に揺らいでいた。

 そういえばアンリ、そして僕が冒険者を志すこととなったきっかけは森の中だった。

 僕の故郷は都から遠く離れた小さな農村だった。小高い山に囲まれた盆地で、見渡す限りジャガイモ畑が広がり小さな川のそばには村で一番高い風車小屋が大きな羽を回している。そんな緩やかに時間の流れる村で僕とアンリは育った。

 この村の大人たちはかつて東の国を旅していた冒険者だったようだ。僕たちは日曜になると村に唯一ある教会で牧師の説教を聞き、その後大人たちから旅の話、東の国で見たものや起きたことを聞いていた。炎に包まれた谷に遭った話や死の湖を一艘の船で渡った話、東の国には黄金でできた城があったなど今思えば脚色じみた冒険譚であるが子どもたちは目を輝かせながらその冒険話を毎週楽しみに聞いていた。

 ある日、感化されて山を冒険してみようとアンリが言ってきた。

 アンリは女の子だが、いつも男子に交じって木刀をふるってチャンバラごっこをやっていた。それも男子をいつも泣かして歩いており、遂には村でガキ大将として君臨するほどだった。僕も無理やりアンリにチャンバラの相手をさせられおでこや腕に青あざを負わせられ泣いて帰ったことがある。夜、僕が母の作ったジャガイモと白菜の入ったシチューとライ麦パンを食べているとき、アンリのお母さんがアンリを連れてすみません、と謝りに来た。アンリの母親が謝りに来るのは日常茶飯事で村の一風景のようなものとなっていた。アンリも謝り慣れているのか「ユウ、ごめんなさい」と紐を引っ張ると喋る人形のように歯の浮いた謝罪を口から吐き出す。僕は首肯し、許した。これは僕が単に寛大な性格だとか、優しいのではなく許さなかったら後が怖いから、ただそれだけなのだ。同じくチャンバラごっこでボコボコにされた男の子がアンリに謝罪も何度もさせたことがあった。女にさんざんにやられたことが許せなかったのだろう、何度アンリが泣いて謝っても「許さない!」と言ったらしい。そしたらどうなったか。

次の日アンリはその男の子を子分たちと一緒にシバいたのだという。子どもながら残酷なことをすると思った。こんな私刑がアンリの母の耳に届かないわけもなく、アンリは自宅のそばに生えているリンゴの木に縛り付けられていた。それも一晩だけではない、二日にわたって縛られていたのだった。さすがのアンリも大べそをかいて「ごめんなさいもうしないから」と大声をあげて泣いていた。その声は僕の家からもかすかに聞こえた。眠るころには静かになっていたが。

 そんなこともあり、僕は明日あざを増やしたくないためこんな無感情な謝罪で簡単に許してしまった。うちの父が酒を飲みながら「謝る必要はないですよ奥さん。こいつは本ばっかり読んでるんだからたまには外で遊んで生傷付けられた方がいいんですよ」と話していた。アンリは帰り際、

「ユウ、またチャンバラの相手してね....今度は手加減するから」

と全く反省の色が見えないことを口にして母親にひっぱたかれていた。

 

 そんなアンリから冒険をしようという言葉が出るのは驚くに値しないことな訳で、いつか言い出すとは予感していた。

「ユウも気になるでしょ!森を抜けた洞窟の中。きっとお宝が隠れてるのよ」

村の西にある森の奥は崖になっており、洞窟が掘られている。おそらくそのことを言っているのだろう

「アンリ、危ないよ。お父さんが森には子どもだけで入っちゃいけないって」

「すぐ戻るから大丈夫よ。いつもの時間に戻ってくればバレないでしょ?ちょっと夜になったら一緒にユウのうちに謝りにいってあげるから、さ」

僕は反対したが、アンリに押し切られてアンリと僕と村の子供3人を連れて西の森へ行くことになった。僕は反対したものの多少の冒険への憧れがあった。教会で大人たちが話す東の国への旅、魔女が棲む森を進んでいた時の話を思い出す。樹や蔓が化け物になって冒険者を襲い、冒険者や黒魔法師がそれに立ち向かう勇気溢れる話を。そんな話を聞いてアンリだけでなく、僕も旅に出ていろんなものを目にしたい、それをみんなに教えたいと思っていた。

それに西の森なら村からそんなに遠くないし、5人もいるんだ何とかなるだろう。僕はまだ見ぬ冒険に胸を弾ませながら眠りについた。

 お弁当を持ち、森の入り口へと向かった。母にはアンリとピクニックをすると伝えたらサンドウィッチを持たせてくれた。眠い顔をしてパンを齧っていた父が僕に笛を手渡してきた。僕はこれはなんだと聞くと「何かあったら吹きなさい」と言ってきた。まるで僕たちが冒険に行くことを知っているような口ぶりだった。問いただせば母に止められると思ったので黙って笛を受け取った。

森に着くとアンリ達は既に待っているようだった。アンリは木刀を持って仁王立ちしていた、子分たちも木刀を持っていた。

「お待たせ」

「ユウあんた武器も何も持ってきてないの?」

「だってピクニックに木刀なんて必要ないし」

僕がそう言うとアンリは長い溜息をついて「チャンバラごっこをするとでも言えばよかったじゃない」と呆れていた。たしかにアンリとピクニックなのだ。その理由で全然通ったではないかなんで思いつかなかったのだろうか。僕はごめん、と謝罪する。

「ま、いいわ行きましょう。お昼までには洞窟に着きたいわね」

土が露出した道を進んでいく。アンリは木刀を振り回しながら鼻歌を謡いながら先頭に立って道先案内を買って出る。その後ろを木刀を持った子分2人が、一番後ろにサンドウィッチの入ったバケットを持つ僕が歩く。アンリにもう一人の子分は?と聞くと

「知らない。怖気づいたんじゃない?まぁ明日ちょっと〆てやらないと」

アンリはさらりと怖いことを言い放った。子分たちは自分はちゃんと来てよかったと胸をなでおろしていたように感じた。僕もアンリを咎めるでもその子分を庇うわけでもなく沈黙を守った。

 真っ直ぐの道が続いていくと、背の低い草が生える草むらに道は変わっていた。地図もないのでどれだけ進んだのかもよく分からない。ただアンリが進む通りに従っているだけだ。空を飛ぶ鳥は奇声を上げながら蒼穹を闊歩していた。目の前には蛾がひらひらと森を漂っていた。アンリは一閃し、蛾を割いた。蛾は音もなく弱々しく落ちていき、アンリの靴底に埋もれる。しばらく歩いていると、二つの道が現れた。もちろん標識のようなものもない。しかし、アンリは迷う仕草を全く見せず右の道を選んだ。きれいに切りそろえられたブロンズの髪をなびかせながらずんずんと進んでいく。

「アンリ、道が分かるのかい?」

「全然」

「じゃあなんでこの道を選んだの?」

「なんとなくよ」

僕はその言葉を聞いて不安になった。もしかするとこの森に迷いこんでしまうのではないかと不安になった。僕の不安は的中し、数十分も経つと道なき道を手探りで歩いていた。僕たちよりも背の高い木が迫るように囲んでいた。胸を張って行軍していた子分たちも迷ったことに気が付いたのかビクビク怯えながら歩いている。アンリはそんな僕たちをよそ目に出てきた蛇を木刀で突き刺し、尻尾を持って蛇の死体をブンブンと振り回していた。どうすればそんな胆力が付くのだろうか些か疑問である。

 子分の一人が「姐さんもうやめましょうよ」と言った。アンリは何言ってるのよ、と却下した。それを機に子分2人は泣きながら「やめましょう」「戻りましょうよ」とアンリに懇願する。アンリはそれを無視して歩き続けていた。僕も特に口は出さなかった。今更戻っても変えられる保証があるとは到底思えなかったからだ。方向的には洞窟に向かっているので崖についてそれから考えた方がよかろうと思ったのだ。

 子分たちが説得すること10分くらいだろうかアンリが急に足を止め僕たちの方へ向き返った。アンリは怖い顔をしていた。子分たちの顔は真っ青になり、僕も心臓が飛び出るような畏怖を覚えた。

「そんなに帰りたいなら勝手に帰りなさい。私はこのまま続けるから」

アンリは低い声で言い放った。子分たちは動かないまま立ち尽くしていた。僕はアンリに睨まれ「僕は....残るよ。アンリを1人にできないし」と反射的に答えた。本当は走ってでも帰りたいが、アンリの眼には殺気を感じたし、なにより彼女を残して帰ることなんてできなかった。

僕の返答に満足したのかアンリは「そう。大丈夫、何かあったら私がユウを守ってあげるから」と笑ってみせた。木と同化した子分たちは自分で答えを出すこともできず、アンリに

「やる気が無いなら帰れよ。要らないのよあんたみたいなの」

と冷たくあしらわれた。彼らはトボトボと来た道を戻っていった。

 子分が帰ったところで遭難していることには変わりなかった。しかし、それをアンリに注意すれば彼女は一人でも先に進みそうだったのでただ後ろをついていった。お昼なのかお腹が空いてきた。僕はアンリに昼食を提案した。アンリはそうね、と足を止めた。倒木の株に座りサンドウィッチを頬張る。たまごとレタスのサンドウィッチだった。

「魔女の棲む森へ彷徨ったみたい」とアンリが呟いた。魔女の棲む森か...樹や植物が化け物になって襲う森、アンリの目にはこの木々がそう見えるのだろうか。強がっているが、終わりの見えない獣道にアンリも恐怖を覚えていたのだ。僕はアンリを元気付けた

「そうだよ。魔女の棲む森なんだ!ここを越えれば魔女の財宝に行き着くはずさ。一緒に目指そう!」

アンリは顔を上げ、うん!と力強く頷いた。そして僕たちは再び歩みを続けた。

ヤンデレファンの皆様、ごめんなさい。まだヤンデレでません。

アンリとユウの子どもの頃の回想は一回目で完結させようとも考えたのですが思いの外長くなったので切りました。

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