5.元・魔法少女という生き物
短めです。
ヒーローを待つのは趣味じゃない。
変なプライドがあるとかでもなく、ただ単に経験上信用に値しないと感じているゆえなのだが――かといって放置するのも問題だ。このまま怪人が作り出した意味不明な空間に留まり続けるのは、身の安全的にも時間的にもいただけない。
「契約者が話を聞かないのはいつものことじゃが、契約者の力業が通用しなかったのも初めてなのじゃ」
しぶといトカゲ精霊が、いつの間にか美羽の横で浮遊していた。
美羽はそれに視線を向けることもなく、
「で? 解析は終わったの?」
「のじゃ?」
「とぼけないで。契約精霊の仕事は、怪人の解析……ペアごとにそれぞれのスタンスはあれど、契約精霊が情報を取得し、魔法少女がそれをもとに倒す――って形はどこも同じでしょ」
「そうじゃが……なぜお主はそれを」
「あぁそういうのいいから」
過去の詮索とか、そういう無駄なことは要らないのだ。
きっと、魔法少女・三上亜子の物語には必要のない情報だろうし。
「……、あらかたの解析は終了しておる。能力は特殊空間の構築で間違いないじゃろう。主な用途は監禁じゃろうな。解放の条件を設定することにより、強力な封印効果を付与しているようじゃ。上限はあるじゃろうが……」
「解放の条件は?」
「条件は――精霊の力を使うまでもない。というか魔道関係に深くなくともわかるのじゃ」
トカゲ精霊がひらりと浮遊し、白い壁のある一点まで行く。
風景が白一色のために気づきにくかったが、何やら紙が貼ってあった。
そこには綺麗な明朝体で、こう書かれている。
「『己の最も後悔している事象を世界に示せ』……ね」
「恐らくこれに怪人の欲望が反映されているのじゃ」
人の後悔する姿を眺めて愉悦に浸るのが趣味なのか、或いは人の弱点を知ること自体が目的なのか。まさかトラウマを克服させて成長を促す、などといったありがた迷惑なことを考えているわけではあるまい。
まぁ、どうでもいい。
怪人の能力が何を元にしていたかなんて、さして重要ではない。
「後悔、か」
沢山の後悔をしてきた。
それは普通の人がするようなありふれたものも、それ以外のちょっと変わったことも、沢山。
その中で、何が一番、佐伯美羽にとって大きな後悔だったか――。
「――あの子の正体に、気づけなかったこと」
「……のじゃ?」
呟いた、直後のことだった。
いつの間にか、一人の少女が部屋の中心に立っていた。
「……なんじゃ? 怪人……?」
警戒を露わにしたままのトカゲ精霊の問いに、しかし銀髪金眼の少女は答えない。
だが、美羽はその正体を知っていた。
その人物が誰か、知っていた。
けれど。
「趣味が悪いね、ほんとに」
魔力を熾す。
現役魔法少女・三上亜子が行ったような大規模な殲滅魔法ではない。あれほど無駄の多い魔法は使わないし、大量の魔力も必要ない。
ただただ効率を求めた、魔法らしくない魔法――。
「効く人には滅茶苦茶効果的だと思うけど、私とは相性が悪いよ」
煩わしい埃を払うような、雑な動作だった。
刹那――ボッという音とともに、壁が吹き飛んだ。
暴風。――それが銀髪金眼の少女を飲み込み、背後の壁ごと消し飛ばしたのである。
「な、んじゃ……?」
状況を上手く飲み込めないトカゲ精霊を無視して、美羽は壁の外側に見えた人影に指先を向ける。
「爆ぜろ」
呪文は、一言。
抵抗をする間もなかった。
空気を吹き込まれた風船を思わせる形で、一瞬で膨らんだ怪人が破裂する。
肉片が周囲に飛び散り、血の雨が降る――その様子を遠目に眺めながら、美羽はただ溜息を一つ零した。
「ホントマジ勘弁してほしい、戦いとかそういうの……」
「た、戦いとかそういうレベルじゃなかったんじゃが……ってちょっとまて人間、今のは魔法――」
「気のせいじゃないかな?」
満面の笑み。
たぶん、キラキラエフェクトを四方に放つくらいの、綺麗な微笑み。鏡見てないからわからないけど。
「いや明らかに術式が精霊融合式の――」
「気のせいだよね?」
「……、の、のじゃ」
「気のせいだよ」
「き、気のせいだったのじゃ」
トカゲは目が悪いからね、仕方ないね。
そういうことにしておいた。
――ともあれ。
怪人の消滅に伴い、空気に溶けるようにして崩れていく壁を尻目に、美羽は呟く。
「さて。女子中学生をお持ち帰りするのと、この場に放置しておくの……どっちの方が健全かな?」
「契約者が起きるまで付いていて欲しいのじゃ……」
「トカゲが有意義なことを提供してくれるなら良いよ」
「……。例えば?」
「愉快な悲鳴とか」
「翼を握るのはやめるのじゃ!?」
路傍に寝かせておくのもまずいので、ひっそりと人払いの魔法を使いつつ、美羽の膝を枕にして亜子を寝かせることにした。
「早く起きてくれぇええ契約者ぁぁぁあああああ――ッ! ちぬ、我死んじゃうッ!」
翼を握ってぶんぶん振り回すと面白い声を上げるトカゲのお人形で遊びながら、美羽は眠り姫を待った。
◆ ◆ ◆
「……、よもや、こんなところであの方の姿を見ることになるとはな」
指定範囲にいる人間を閉鎖空間に取り込む怪異――常人では外部から観測することは不可能なのだが、魔道に深く通ずる存在や不条理を魂に宿す怪物は別だ。
そのバケモノは、己が変異させた怪人の初陣の様子を眺めながら、誰に聞かせるでもなく独りごちる。
「あの方の残滓を追ってきた甲斐があったというものだ。あのヒーローどもは結局ハズレであったが――結果的に大きく近づけた。ならば良い」
全ては、終末のために。
敵対する者の名を与えられたそのバケモノは、その名の通り人を破滅に導くために行動していた。
ただし。
「――ああ、神よ」
その名は人が勝手につけたものであって、必ずしも名が示す存在と同一の思考回路をしているわけではない。
「その威に従い、人の世を終わらせましょう」
本編に登場しなかったので簡単な怪人の能力解説をば。二度と登場しないけど。
【閉鎖空間:後悔対峙】……閉鎖空間を作り出し、一定範囲の人間を取り込む。指定条件を満たさなければ脱出できない。条件は『後悔と対峙し、克服すること』。後悔の基となったものと強制的に対峙することで絶望・狂乱する人間の姿を眺めることが好きな怪人の欲望が反映された能力。後悔をすでに乗り越えている人間や、開き直っている人間とは相性が悪い。