4.魔法少女という生き物
ようやっとまともに主人公が喋った気がする。
前提として。
魔法少女には、パートナーと呼ぶべき契約精霊がいる。
詳しい魔術的原理は省くが、彼、または彼女と融合することにより、魔法少女は『魔法の力』を自在に振るうことができるようになるのだ。この過程を一般に『変身』と呼ぶ。
変身しなければ、魔術方面に無学な魔法少女は無力である。
つまり本来魔法少女は、怪人の脅威に備え、いついかなる時も契約精霊を側に置いておかなければならない。自衛のためにも、一般人を守るためにも。
それを念頭に置いた上で。
道ばたで、デフォルメされたトカゲの人形のようなナマモノを拾った。
「わしはサラマンダー、分類的には精霊じゃっ!」
「霊的生命も精神生命体も魔道生命も、広義的には生命だし」
「むぎーっ! なんて失礼なやつなんじゃ、人間っ」
個として確かな姿を持っている以上、無契約の精霊ではないだろう。力の強い上位精霊であれば他の生物との契約がなくても現世に姿を見せることがあるが、こいつからはそのような強大な力は感じられない。
「わしは精霊じゃ、精霊なのじゃ! 若い人間の女子は、もっとわしを『かわいい!』『賢い!』『偉い!』ってちやほやしてくれるはずなのに……」
それはペット扱いなのでは……?
「むむむ……やはり年増は駄目じゃの」
「おいこら誰が年増だ、こちとらまだ華の十六歳だから」
「十六はおばさんなのじゃ。女子って呼んで良いのはギリギリちゅーがくせいまでなのじゃ」
「……、」
それは魔法少女がキツくない年齢、という話だろうか。やめてくれ戦争が起こる。
実際には『魔法少女』は俗称で、正式名称は『亜種精霊術士』なので、少女であろうがマダムであろうがおっさんであろうが関係ないのだが。
それはそれとしてこのロリコン羽トカゲは処すけど。
「うぎゃーッ!? 翼を引っ張るのはやめるのじゃーッ!」
「引っ張っているんじゃない。千切ろうとしているの」
「ひぃッやややめやめるのじゃーッ!? いだッ、痛い、もげるうッ!?」
やがて痛みから全身を痙攣させ始めたトカゲに飽きた美羽は、翼を引き千切ろうとするのをやめる。
「で? なんであんたは捨てられていたの?」
「まず翼から手を放して欲しいのじゃ……」
「で? なんであんたはゴミになっていたの?」
「……ゴミとして捨てられたわけじゃないのじゃ。そもそも捨てられてないし」
翼だけを捕まれてぷらぷら空中で揺れるトカゲは、遠い目をして語り出す。
「わしの可愛い(重要)契約者は、ちょっとドジなのじゃ。だからわしとはぐれてしまったのじゃ……」
「あんたが迷子ってこと?」
「わしじゃなくて契約者の方が迷子なのじゃ」
なんだその、保護者とはぐれて「お母さんが迷子なの」と言う子供みたいな言い草は。デフォルメ爬虫類がやっても殺意しか湧かないのだが。
と、美羽が沸き上がる衝動のままにトカゲを握りつぶそうとしていた時だった。
「あーっ! いた、サラちゃーんっ!」
幼い少女の声だった。
それが聞こえた途端、手の中で死にかけのヒキガエルような奇声を上げていたトカゲ精霊がパッと顔を明るくした。
「助けてわしの契約者ーっ! 死んじゃう、わしこのままおばさんに握り潰されちゃうーっ!」
「きゃあぁぁああああサラちゃん!? あああああのあのお姉さん、たぶんうちのサラちゃんが百パーセント悪いと思うんですけど、ごめんなさいその子はわたしにとって大切な存在なんですっ。お願いします、どうか見逃してやってくださいぃぃいいいいい――っ!!」
それはそれは綺麗な土下座だった。
見た目中学生くらいの――というか少女が着ている制服が近くの中学校のものなので、中学生で正しいのだろうが――少女に往来の場で土下座されるのは、美羽の外聞が非常にまずいことになる。近くに人の目がないことはわかっているが、それでも精神衛生上よろしくない。
「さすがわしの契約者、わしのために頭を下げることに抵抗がないのじゃ――ぐべッ!?」
少女の誠意に免じて、とりあえず戯れ言をほざくトカゲは放してあげた。その際にちょっと強い力でアスファルトに叩き付けてしまったり、翼を踏んづけてしまったりしたけれど、気のせいである。
「ぐうう、契約者ぁ……あのBBAを契約者のバ火力でぶっ飛ばすのじゃあぁぁぁ……」
「だ、駄目だよサラちゃんっ。こういう時は大体サラちゃんが悪いって、わたし知ってるんだから」
「なんでぇ!?」
ちゃんと契約者に理解されているんだ。よかったね。
美羽は聖母のような微笑みを浮かべた。
「くそっ、あの顔が憎いのじゃ……十六のババアのクセに」
「は? 誰がババアなのかな、トカゲ」
「ごめんなさいごめんなさいうちのサラちゃんが失礼なことを言ってごめんなさいぃ!」
これ以上は契約者の少女がかわいそうなのでやめておくことにした。
というかトカゲにババア呼ばわりされたところで、美羽が世間的に華の女子高生であることに変わりはないのだ。過剰に反応する必要はない。
あと、美羽も魔法少女が中学生までという意見には同意しているし。まぁその思想を誰かに押しつける気はないが。
ともあれ。
「えと、わたし、三上亜子って言いますっ! この子はわたしの契約精霊で、サラちゃんです!」
「サラマンダーなのじゃ。敬うのじゃ」
握りつぶされた痕が若干残っているトカゲ精霊を抱きかかえながら、少女――亜子がぺこりと頭を下げた。トカゲは頭が高いままだったが。
「あの、お姉さんは契約精霊ってわかりますか……?」
「ああうん、魔法少女のパートナーだよね?」
ヒーローや騎士より認知度が低いとはいえ、魔法少女は魔術師ほど隠されなければならない存在でもないので、世間的にもこの程度の情報は知られている。変身の原理とか、魔法の正式名称とかは知られていないが、一般に「魔法少女は、契約精霊の力を借りて変身し、人知れず怪人と戦う」くらいは認識されている。
「ほええ、知られちゃってますか……隠さないといけないんですけど……」
「その割には自分から紹介していたのじゃ」
「だって、ここで嘘を吐くとか、失礼すぎてできないしぃ……」
「まぁ契約精霊の存在は一般に知られてしまっているから良いのじゃ」
「ええ!? サラちゃん最初に言ってたよね、サラちゃんが契約精霊だってことと、わたしが魔法少女だってことは隠さないといけないって!」
「うむ。わしが契約精霊であることがバレると、契約者の存在もバレるしな。それに、契約者が魔法少女であることは、信頼できる協力者以外に知られるべきではないのじゃ。わしら精霊のためにも、契約者たる少女のためにも、な」
トカゲの言っていることは、その存在に反してまともだ。
信頼できる協力者以外に知られるべきではない。――これは正確には、魔術師に己が魔法少女であることを知られてはならない、である。
精霊という存在も、魔法少女という素材も――魔術師にとっては上質な研究材料であるのだから。
やらかしたことに気づいた亜子が、慌てて視線をトカゲから美羽に合わせる。
「あ、あの……今の話、聞こえちゃってました……?」
「うん、バッチリね」
苦笑いで肯定すると、少女は目をぐるぐるさせて、
「あああぁああぁぁあああああああのあのあのあの、あのっ! わたしが魔法少女ってこと、内緒にしてくれませんか!?」
「わし、無理矢理協力者にするってのも手だと思う」
「サラちゃんは黙っててッ!」
最近契約者がわしに遠慮がなくなってるのじゃー、とふてくされるトカゲを無視して、必死に懇願してくる亜子。
さすがにこれを断るほど美羽は鬼畜ではないので、素直に「誰にも言わないよ」と答えておく。
「あ、ありがとうございます! よかったぁ、これでまだ怪人と戦える……」
「……まぁ別に誰かにバレても妖精の国からお迎えが来るわけじゃないんじゃけど」
「え?」
「なんでもないのじゃーあー良かった秘密が守られて。これで妖精の国からお迎えが来て、わしと契約者が離ればなれになるようなことはないのじゃー」
「うんっ! まだまだ一緒に頑張ろうね、サラちゃん!」
「契約者が純粋で可愛いのじゃ。BBAはこれを学ぶべきなのじゃ。ま、時の流れは残酷なのじゃが」
余計なことを言うトカゲに、美羽は密かに殺気をぶつけておく。
いきなり腕の中でぷるぷると震えだした契約精霊に、亜子は可愛らしく首をかしげた。
「やっぱりBBAは怖いのじゃ。ちゅーがくせいまでが天使なのじゃ。だからみんな少女としか契約しないのじゃ……」
世間に知られたら大問題なことをほざくトカゲであったが、彼(彼女?)は腐っても精霊だ。
怪人という脅威に対して、星を守るため、人に手を貸すことを決めた人類側のいち兵器は――その異変に対して、誰よりも早く気づいた。
「む……っ! 契約者、変身するのじゃっ」
「え?」
「早くっ! 怪人の能力が――」
直後のこと、であった。
まるで、世界がまるごと作り替えられたようであった。
色とりどりの世界が、白一色に塗り潰されていく――その異常な風景を諦めの心境で眺めながら、美羽はそっと呟いた。
「なんか最近、ロクなことがないな……」
ヒーローや魔法少女を見かける度に、怪人被害に巻き込まれるのだ。不幸すぎる。
自ら異変に向かっていた頃と同じくらいの遭遇率だなぁ、と美羽は溜息を吐いた。
「う、ええぇぇえぇえ!? ななななななにこれぇ――っ!?」
亜子の悲鳴が、真っ白な壁に反射する。
「ええいうるさいのじゃ! ほい、変身っ!」
「あ、えと、うん――融合術式展開、魔力精霊回路接続開始ッ!」
一瞬だけちらりと美羽の方を見た亜子だったが、すぐさま覚悟を決めて(というか諦めて?)、変身のための術句を口にした。
端から見れば、亜子の体の中にトカゲ精霊が溶けるように入っていった、といった感じ。
ただし、魔力の動きに注視すれば、それはそれは凄まじい高等魔術式の数々を目にすることができる。
まぁ美羽は興味ないが。
「魔法少女・パッションレッド、ここに見参ッ!」
『これいるのじゃ……?』
「いるの、大事なの! 名乗りは何よりも大事って、お兄ちゃんが言ってたんだもん!」
中学の指定制服から赤色が眩しいヒラヒラの魔法少女衣装に一瞬で切り替わった亜子が、魔法のステッキをぶんぶん振り回しながら叫ぶ。ゴニンジャーもそうだったけれど、名乗りが流行っているのだろうか。メディア露出のあるヒーローにとっては重要かもしれないが、表に出にくい魔法少女には関係ないと美羽は思う。
『この白い壁、というか部屋か……これは怪人の能力なのじゃ。いわゆる怪異に巻き込まれたんじゃな』
変身のために亜子の中にいるので、直接精神に話しかけるようにしてトカゲ精霊が言う。ちなみに美羽は魔力との親和性が(異常に)高いので、本来こちらに伝えているわけではないのに聞こえてしまっている。つまり盗聴である。わざとじゃないから犯罪じゃないよホントだよ。
「えと、どういう能力なの、これ……?」
『むー……そこまではさすがに。ただ、予想じゃが、何らかの条件を満たさなければ脱出できない仕様になっているはずじゃ』
つまりあれか、『○○しなければ出られない部屋』ってやつか。
「どうしてわかるの?」
『怪人の能力は、基となった人間の欲望が変貌したものとはいえ、無制限に強力なものが使えるようになるわけではない。強大な能力には、何かしらの条件付けがされているのじゃ。そうでなければ能力として扱えない……世界の基盤にそう記されているからな』
「んんん? えと、つまり、どういうこと?」
『……、とにかく。ただ世界を自分の能力で塗りつぶすことは不可能だから、恐らく何らかの仕掛けがあるはずなんじゃ。それがどのようなものなのかはまだわからないんじゃが、条件を満たさない限り、この訳がわからない監禁状態は抜け出せないのじゃ……』
「そっか。んじゃ、とりあえず――」
亜子はトカゲの話に耳を傾けているようでいて、実はそうでもなかった。
魔法のステッキの先端を白い壁に向けて、膨大な魔力を収束させ始める。
『……ん? 待て契約者、何をする気――』
「最大火力でぶち開ければ良いんだよねっ!」
『わしの話聞いてた!? ねぇッ!!』
聞いてなかったというか、聞き流していたというか――まぁ聞いてもよくわからなかったから流した、が正しいか。
とにもかくにも難しいことが苦手でまっすぐな心を持つ正統派魔法少女は、目の前の不条理に対し、己の全力で以て突破することを決めたようである。
……つまり、考えてもどうせわからないからとりあえず行動しよう! という思考停止ウーマンということなのだが。
「吹き飛べ邪悪ッ! 必殺!! サンライトォォォ――」
『待て待て待つのじゃなに体内魔力全部集めてるのじゃそれ一発撃ったら変身解けちゃうしダメダメ全力全開は文字通り全ての力を使ったら終わりなんじゃだからこそ確実に決められる時じゃなきゃ――』
やはりというべきか、全力全開暴走娘は、己の契約精霊の必死の説得を欠片も聞いていなかった。
「ブレイカァァァァァアアアアアァアアァァアアアアアアアアアア――ッッッ!!」
閃光、次いで灼熱がそこにあった。
あと、周囲の被害を考えるのじゃぁぁ――という悲鳴もあった。
惑星を灼く恒星の陽光が、SF映画にでも出てきそうなレーザー砲もかくやといった様相で放射される。一般人が見たら目が焼けるし、なんなら余波だけで全身が融解するが、魔法少女本人はその変身後の衣装――業界では霊装と呼ぶときもある――が魔法のバリアを常時展開しているので無事である。ちなみに美羽は、話を理解していない亜子の様子を見て嫌な予感がしたので、事前に自分の周囲に魔法障壁を用意しておいた。
そして。
ともすれば世界まるごと溶かしてしまいそうな灼熱が収まった先で。
「ばたんきゅー……あとはまかせたよぉ、さらちゃん……」
「ああああやっぱり変身解けてるし、というか起きるのじゃ契約者ぁ!」
もとの制服姿に戻った亜子がうつ伏せに倒れ、その背の上でトカゲ精霊がキャンキャン喚いていた。
魔法少女の変身には安全装置があり、魔法少女の体内魔力が一定値を下回ると、自動的に変身が解けるようになっている。それは魔法少女と精霊、両名の安全を守るためなのだが……必殺技一回で安全装置が発動するほどに魔力を消費するのはいかがなものだろうか。
……あんまり言いたくないのだけど。
「もしかして亜子ちゃんって、魔法少女としてダメダメなのでは……?」
ゴニンジャーの青色並の残念さを感じる。
いや、性格傾向的に赤色が近い気がするけれども。
「ぬわッ!? 人間、生きていたのじゃッ?」
「おいこらどういう意味かな?」
「違う別に死んでると思ってたわけじゃないのじゃただ契約者の魔法の余波で溶けてると思っただけなのじゃだからぐえええその手を放すのじゃああぁあぁぁあああぁあ――ッ」
それは死んでいると思っていたのと変わらないでしょうが。
とりあえずトカゲ精霊の首を絞め上げておいた。
「しぬ、ちんじゃう……わし、怪人じゃなくて人間に殺されちゃう……!」
気が済んだのでボロ雑巾トカゲをそこらへ投げ捨て、美羽は改めて周囲を見渡した。
白。
その一色のみで埋め尽くされた異常な世界が、美羽を包み込んでいる。
思わず零れた溜息が、誰にも拾われることなく部屋に反響する。
――魔法少女の全力全開の必殺魔法は、通じていなかった。
ただそれだけのことだ。
精霊だって言ってるのに「妖精の国から~」とかほざいている時点で、トカゲ精霊も亜子が信じるとは思っていなかった模様。なお亜子が純粋すぎて信じてしまった。