3.ヒーローにオフの日はない
一応言っておくが、佐伯美羽は華の女子高生である。
誰か特定の相手に見せるわけでもないのにバッチリお洒落して、休日にショッピングを楽しむくらいのことは日常である。
決して、一日中画面の向こう側とにらめっこしているような引き籠もりではないのだ。
『――我らが黒獅子のレグルスが、都内のゲームセンターを占拠した鳥怪人を一撃で撃破し――』
『――薔薇十字騎士団副団長ローランド=エルツベルガー率いる部隊が、聖女ルシエの祝福を受け――』
『――県にて出現した謎の怪人の足取りは未だ掴めず、ヒーロー同盟は――』
家電量販店の店頭に設置されたモニターから流れるニュースを聞き流しながら、美羽は苺とクリームが特盛りのクレープを頬張る。
甘ったるいクリームと酸味の主張がやや強めの苺のバランスがちょうど良く、ボリューミーであろうと飽きは来ない。控えめに言って最高だ。カロリー? ちょっと何言ってるのかワカラナイ……。
二日連続して怪人に遭遇し、被害を受けたのだ。戦闘こそしていないが、要所要所でさらなる被害を食い止めている。このくらいの褒美はあってしかるべきなのだ。うん。ちょっと今日は体重計に乗るのやめておこうかな。
と、若干現実逃避をしつつ、至上の甘味を堪能する美羽であったが、聞き覚えのある声が耳に届いて思わず顔を顰めた。
「――すまないね。事情聴取に付き合ってもらって」
「良いよ良いよ、ヒーローとして活躍した結果なんだろ? なら、チームとして助けるのは当たり前だろ。それより、こっちこそごめんな、あの時すぐに助けに行けなくて」
「構わない。そもそもあの怪人の能力で教室には入れなかったのだし、キミ達は外からどうにかしようと奮闘していたのだろう? なら、私は責めることはできない」
「そう言ってくれるとありがたいんだが……やっぱり言わせてくれ。ごめん。そして、さすがだな。一人であんな強力な能力をもつ怪人を倒しただなんて」
片方は昨日の教室で、もう片方は一昨日の猿怪人の事件で耳にした声。
ゴニンジャーの青き何たらのブルーじゃない二口と、ゴニンジャーのリーダーである赤き灼熱(?)の某だ。
彼ら二人の他にも三人ほど一緒に歩いているが、人数から察するにゴニンジャー全員だろうか。男四で女一、戦隊ものの王道である。
「にしても、祐太朗くんは戦い方を変えたの? 倒された怪人の体、刺突痕ばかりだったけど……」
チームの紅一点の少女の問いに、祐太朗と呼ばれた青色が答える。
「うむ……それのことなのだが。私はよく覚えていないのだよ」
ヒーロー同盟での事情聴取のときははぐらかしたがな、と二口は吐き捨てる。
「私はあの怪人の持つ能力の強さを見誤り、腹を裂かれた。そこまでははっきりと覚えているのだ。だが、気づいたときには、私は血の海に沈む怪人を見下ろしていた……」
「なにイキリオタクみたいなこと言ってるのさ」
「む? イキリオタクとは何だ、蓮?」
蛍光ピンクのジャケットが嫌に眩しい少年の煽りに、しかし二口はその言葉が意味することを知らないのか首をかしげる。どうやらゴニンジャーの青色にはオタク知識はないらしい。
今のキミみたいなやつのことさ、と笑うピンク少年。二口は首をかしげるばかりである。
さて。全員同じ学校の生徒だと昨日判明したばかりのヒーローチームの話をいつまでも盗み聞きしているわけにもいくまい。美羽はクレープの最後のひと欠片を口に放り込み、休憩用のベンチから立ち上がる。
本当は最後の一口まで堪能し、しばらく余韻に浸りながらゆっくりしていたかったのだが、仕方あるまい。いや、決してヒーローを見かけると嫌なことが起こりそうだとかそういうことを考えているわけではないのだが。チーム全員が揃ってる時は強大な敵がでてきそうだな、とか直感したわけでもない。ないったらない。
……まぁ、たぶんこの直感は正しいし、なんならもう遅いのだが。
全てヒーローが悪い。決してクレープが美味しすぎてゆっくりしていたことが原因ではない。だってちゃんと(最後だけ)急いだし。
「……む?」
会話に参加せず黙っていたゴニンジャーの一人、金髪の少年が最初に気づいた。
「どうしたんだ、晄大?」
リーダーの問いに、金髪は周囲を見回しながら答える。
「いや……人が減っている気がしてな。さっきまでもっと活気があった気がしたん――」
最後まで言い切ることはなかった。
その前に、事態が動いたからである。
『――さぁ、起きよ、我の新たなる民よ。その怒りを、情熱を、爆発させるのだ。敵対するのだ。その溢れんばかりの憤怒で以て――』
その声は、直接脳内に叩き付けられるようであった。
ファ○チキくださいは? という言葉を吐く間もなかった。
「おお、おおおおおぉおぉおおおぉぉおおおおおおおぉおおおおおおお――ッ!!」
「ぐがががあががあああああああぁぁああぁああがががががあああああ――ッ!!」
獣のごとき咆哮が、ただのショッピングモールを戦場へと塗り替える。
不自然に人が減り、残っていた人間全てが怪人化した。それが今この場で起こったことの全てだ。
わざわざ人払いをして、複数の怪人が一つのヒーローチームを取り囲む。
……いくつもの異常が重なった、本来あり得ないはずの事態だ。あの存在がなければ。
「ぐ!? どういうことなんだこれはッ?」
「馬鹿レッド、とっとと切り替えなさい! あたしたち以外は全員怪人――敵よッ!」
緑の手袋をはめた少女の叱咤に、リーダーがハッとして準備を始める。赤い手袋をはめ、マントを羽織り、赤いマスクを付け――、
「赤き情熱の――」
「やってる場合かッ!」
暢気に名乗りを上げるレッドに跳びかかってきた怪人を、横から緑の少女が槍で薙ぐ。腹を切り裂かれた怪人は絶叫しながら、勢いのまま地を滑っていった。
「なに? 名乗らないのか。若菜……いやグリーンよ、それはヒーローとして恥ずべきことだ」
「現実見なさいアホのコバルト、言ってる間に死ぬわよッ」
「なら名乗りながらボコボコにすれば良いんじゃなーい?」
そう言って飛び出したのは、桃色のマスクで目元を隠した蛍光ピンクTシャツの少年。
「飽くなき淫欲のピンクー!」
それヒーロー側じゃなくて怪人側でしょ。
美羽は物陰に隠れながら独りごちた。
そしてふざけた名乗りと同じくらい、ピンクの戦いは鮮烈であった。
「ヒーロー四十八手――松葉崩しー!!」
相手の左足を掴んで自分から横向きに転がり、相手を勢いよく地に叩き付ける。その凄まじい速度と勢いで尻、背、後頭部を強打された怪人は、天に向かって血を吐いた。
「おい馬鹿やめろそんなの大声で叫ばないでッ」
「ん? グリーン、なんでそんなに顔を赤くしてるんだ?」
「うるさいお子様レッドは淫乱ピンクが何もしないように怪人を全滅させてきなさいッ!」
「え? ピンクの技、凄いのになぁ」
意味がわかってなければ凄いかもね。
というかピンクってそういうピンクかよ。
「くくっ、我もピンクに倣おうではないか。――我は黄金の嵐のゴールド! 欲に溺れた下賤な怪人どもめ、我が黄金の輝きにひれ伏すが良い――ッ!」
黄金のサングラス(見えにくそう)を付けた金髪の少年が、魔力で作られた何かを怪人達に向かってばらまいた。
黄金に煌めく、ジャラジャラとうるさいそれ。
「金貨三千世界ッ!」
つまり銭、お金である。
何も細工をしていなければそのうち魔力が霧散して消えるとはいえ、通貨偽造だろ。
「うわっはははははッ! 気持ちが良いなぁ金の鳴る音は!」
「対して威力ないんだからやめなさいよもうッ!」
……そう。グリーンの言うとおり、ゴールドの金貨ばらまき攻撃は直接的な攻撃力は低く、せいぜい目くらましになる程度であった。
「だが格好良いし優雅だろ?」
「無駄で邪魔でうざったいねー」
「ピンク!? 貴様ならわかってくれると思ったのに……」
ゴールドがその場に崩れ落ちる。戦闘中に何やってんだコイツ。
美羽は呆れながら、密かに体内の魔力を熾した。
ゴールドの背後、そして他の四人の死角で動きを見せた怪人がいたので、目立たないように魔法を使って倒す。数が多いため、討ち漏らしが多いようだ。倒れた振りをして体力を回復している輩を、美羽はゴニンジャーに気づかれないよう静かに魔法で始末する。不意打ちでゴニンジャーがやられたら困るし。
しかし――ゴニンジャーは奮闘しているが、なかなか怪人の数が減らない。
というより、最初に怪人化した人数よりも確実に増えている。他の場所に待機していたのか、それとも新たに怪人になったものがやって来たのかはわからないが、ゴニンジャーが減らすよりも怪人側の供給速度の方が早い。
……ま、確実にあれのせいだよね。
美羽は小さく舌打ちを零した。
ゴニンジャーだけではどうしようもない存在が裏で糸を引いている。それに美羽は気づいている。その存在がどれほど危険なのかも、知っている。
だが、少女は動かない。
今、彼らだけでどうしようもないことだとしても――自分が手を貸せばどうにかなると確信していても、美羽は表舞台に出ることはない。
「裏で手助けをしていながら、何を拘っているのやら」
声の主は、いつの間にか美羽の横に立っていた。
「……、楓?」
「ま、良いわ。今は貴女に無理強いする気はないし」
美羽のクラスメイトで、魔術師としての顔を持つ少女――八重崎楓は、術式が書き込まれたいくつもの札を取り出しながら言う。
「それにしても、貴女はやっぱり持っている人間ね。いえ、愛されていると言うべきかしら」
楓は札を床に滑らせるようにして飛ばし、手際よく各所に配置していく。
「あの子と連絡は取っていないの? 彼女なら、喜んで応じると思うけれど」
「……さあ。どうだろうね。あの子が何を考えているのか、私にはわからないよ」
「嘘。知っていて、諦めているくせに」
最後に起動符に魔力を込めて、楓は表舞台に上がる。
すっかり魔術師として成長してしまった少女に、物陰に取り残された美羽はぽつりと呟いた。
「変わったね、楓は」
返事はない。
代わりに、魔術の炎が怪人どもを焼いた。
「なッ!?」
「なに、なんなのっ?」
「む、援軍か……?」
「えーまだヤリ足りないのにぃ」
「あああああ我が銭が燃えるぅぅううううッ!?」
苦しい状況に訪れた唐突な変化に、ゴニンジャーがそれぞれ声を上げた。
連鎖的に術符が起動し、爆発するように溢れだした炎が次々怪人を呑み込んでいく。怪人達はゴニンジャーを囲んでいたため、楓の放った炎は結果的にゴニンジャーを炎の檻に閉じ込めるような形になってしまったが、ゴニンジャーはこの炎が味方のものだと直感しているようだ。
怪人どもの絶叫が迸る中、炎を割って楓がゴニンジャーの前に立つ。
自分達を助けた少女の姿を目にしたレッドは、ぱっと顔を明るくした。
「あんたがこれをやったのか? ありがとう、助かったぜ」
人が好いヒーローの少年は、唐突に現れた魔術師が味方だと疑っていない。ヒーローはあまり魔術師に良い印象を持っていないことが多いのだが、この少年が純粋無垢なだけだろうか。……いや、他のメンバーも同じように楓に対して警戒心を持っていない様子だ。唯一グリーンだけが一歩引いた感じに見えるが……。
一方、礼を言われた楓は、しかしそれを無視して、
「あなたたち、憤怒の竜に目を付けられたみたいね」
「さ、サンタ……?」
いきなり登場した名前に、レッドが首をひねった。この様子だと、楓の言ったサタンの指す存在はおろか、悪魔の名前であるということすら知らないのかもしれない。そもそも聞き間違えているし。
「それってー、聖書に出てくる悪魔の話ー?」
妙に間延びしたピンクの問いに、けれど楓は肯定も否定もしない。
「まぁ、気にする必要はないわ。これからもいつも通り、怪人どもを退治してちょうだい。その方が、都合が良いもの」
「言われなくても、俺達ヒーローは一般人を守るために、怪人を倒すよ」
力強く宣言するレッド。
「理由はどうだって良いわ。目を引いてくれれば」
「……あなた、あたしたちを何かに利用する気なの?」
ゴニンジャーで唯一警戒心を持っている(ように見える)グリーンの言葉に、やはり楓はまともに取り合わない。楓は何も答えずにゴニンジャーへ背を向けると、魔術符を起動して姿を消してしまった。
◆ ◆ ◆
ゴニンジャーの活躍により、ショッピングモールに出現した大量の怪人達は倒された。
このように大量に怪人が現れ、一つのヒーローチームを狙う事件はレアケースであり、普通であれば大々的に報道されるものであったが、しかし実際には「ショッピングモールに怪人が現れたが、ヒーローの活躍により解決された」というだけの小さなニュースとして流れてしまった。
そのことに対し、ゴニンジャーのグリーンこと四葉若菜はヒーロー同盟に問い合わせたが、返って来たのは「世間的にはそれが真実であり、我々はそう認識すべきである」という歪な回答であった。
ゴニンジャーは一応、ヒーロー全体では強い部類に入ります。今回が異常すぎただけで、普段はもっと活躍しています……チームとしては(一人だと青と金は微妙)。
ちなみに楓もめっちゃ強いわけではありません。事前準備をしっかりしているため、無双できるだけです。……今回も前回も行動が若干遅いのは、事前準備があるからです。一応他にも理由はあるけど。