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物臭娘と魔法使い

落とそうとした魔法使いが落とされた、それだけの話

作者: コバコ

このお話は、拙作『家の前にイケメンが落ちていたので、隣の家に捨ててみた』の補足的なお話となっております。お手数ですが、そちらの作品からご覧ください。


転移魔法による不法侵入・痴漢行為の描写があります。ご注意ください。これらの行為は、不可抗力ではすまされない犯罪ですので、絶対にやめてください。


皆様も魔法のご使用の際はご注意ください。


 

「嫌がっていたのに、どうして結婚する気になったんですか?」

 

 妻になる人に尋ねる勇気が持てたのは、結婚式の当日のことだった。


 彼女はちょっと変わっていて、その思考を予想するのは難しい。下手なことを聞いて「やっぱ結婚するの止めようかな」と考え直されでもしたらと、聞けずに此処まで来てしまった。


 彼女は首を傾げたが、深く考えた素振りもなく答えた。


「好きになったから」


「それは、ありがとうございます。でも、聞きたいのは、何故、とかどこを好きになったとか、そういうので」


「自分でも理由はよくわかんない。今も考えてはみたけど、これといって思いつかないし」


 決意の問い掛けはあっさりと濁された。というか、濁すもなにも本当にわからないのだろう。


 私の顔を見ては首を傾げ、を数回繰り返してから、彼女は準備に呼ばれて部屋を出ていってしまった。


 式の直前に、好きになった理由がわからないなどと言う。なんて女だ。


 なんでこの人を好きになったのか、と自分でも突っ込みたくなる、酷すぎる人が、今日妻になる人なのだった。


 



 カジコとの出会いには、なんのロマンもなかった。


 『呪いをかけられた自分を救ってくれた』という一つの事実からは想像もつかない始まり方だ。


 後世に残ってもいい美談なのに、全く残す気になれない、そんな出会いだった。



 魔女との戦いに挑んだ私達は、あっさりと敗北を喫した。


 優れた魔法の使い手の第二王子殿下、その殿下の護衛の騎士と、強靭な獣人の血を引く剣士、魔術に長け剣も使える聖教会の賢者、そして国一番を自負する魔法使いの私。


 王国より魔女の討伐を任命されたのはこの五名だ。


 何が敗北の原因か、と考えれば、おそらく全員に原因があった。

 討伐のために集められた私達は、殿下とその護衛を除いて仲が良いとは言えず、連携など皆無に等しい関係だった。


 自分さえいれば倒せるだろうと。私も、おそらく他の者も、そんな愚かな考えを持っていたのだ。


 魔女は、気に入った人間の魂を捕らえて、魔石にしてしまう。美しい石となった人間を愛で、蒐集し、気に入らなくなれば砕いて食べてしまう、恐ろしい存在だ。


 逃げ出すことが出来たのは、私達が魔女に気に入られたからだ。


 後からカジコに、「あんたも含め、あいつら皆顔は良いけど、魔女討伐には顔面がいるの?」と聞かれたが、もしかしたら、この人選にはそういう理由があったのかもしれない。


 これまで宝石にされた者は、見目の良い若者、それも男が多かったようなので、討伐に失敗しても、魔女の蒐集品に加わるだけで、殺されることはないとして選ばれたのだろう。すぐに食されることがなくて本当に良かった。


 呪いというものには、必ず解く方法が作られている。そうでなければ成立しない魔術の理というものだ。私は石にされながらも、その方法を模索し、魔術を紡ぎ魔法を編んだ。


 僅かな時間だけ人間に戻ることが出来た瞬間を利用して、仲間たちを逃がした。自分もなんとか逃げ出すことが出来たとき、魔力はほとんど底をついていた。


 呪いを完全に解くことは出来なかったが、最悪の危機を脱することは出来た。


 そうして魔女の力に対抗できる聖女の力を借りようと、最後の力を振り絞って転移の魔法を編んだ、までは良かったのだが、そこで力が尽きた。



 呪いが解けたことで意識を取り戻したときには、見知らぬ女性とベッドのなかにいた。

 驚いて固まった自分だが、さらに悪いことは重なるものだ。


 ……自分の手が、彼女のお尻に触れていた。ちょうど掌が、彼女の下にあったのだ。これに関しては全面的に自分が悪い。しかし、一生言うつもりのない事実でもある。このことは必ず墓場まで持っていくつもりだ……


 かけた魔法は、聖女の近くへと転移するようになってはいたが、細かな場所まで指定したつもりはなかった。まさか女性が眠るベッドのなかに転移するとは想像もしていなかったので、不可抗力だったと言い訳しておこう。


 慌てて手を退かそうとしたとき、彼女から強烈な一撃をもらった。

 寝相が悪かったのか、わざとだったのかは定かではない。今でもあのときやられた肘鉄は忘れられない。かなり良い音がした。気を失うほどの攻撃だったのだから。


 気絶して、再び目が覚めた私と、飛び起きた彼女。お互いを認識した後も、彼女は私を散々に罵った。


 不審者に対するものとしては当然だと思うし、体に触れてしまったという負い目があったせいで反論はしなかったが、よくもまあそんなに邪険に出来るなと感心してしまうほど、嫌がられた。罵られたし、睨まれたし、徹底的に嫌がられた。


 正直に言えば、女性からとられたことのない態度を新鮮に思った自分がいた。自分で言うのもなんだが、女性にうっとりと見つめられることはあっても、害虫を見るような目で見られたのは初めてだった。


 逃げるものを追いかけたくなったり、振り向かないものを振り向かせたいと思うのは、人間の性だ。


 少なくとも私の気持ちは、そこから始まってしまったのだ。


 



 呪いを解く為に散り散りになってしまった仲間とは、すぐに再会出来た。


 カジコに聞いても、居場所以外は知らぬ存ぜぬではあったが、無事に呪いも解けていたようで、全員がカジコの隣の家に滞在していた。隣と言っても数百メートルは離れているが。


 彼らは()()()()()()()()()女性に感謝し、一緒に暮らして、恩返しの為に生活を手助けしていると言う。


 彼らの慕うフェリシア嬢に、聖なる力がないことは一目でわかった。魔力を視ることが出来る自分が、フェリシア嬢には何も感じなかったのだ。


 しかし、殿下を含め、彼らはフェリシア嬢が聖女に相応しいという。呪いを解いてくれたのは、彼女であると。



「倒れていた私を助けてくれたのは、フェリシアだからね」


「フェリシア嬢が殿下を助けてくれたのなら、俺にとってもフェリシア嬢は恩人です」


「オズワルド様…グエンも……倒れている人がいたら助けるのは当然じゃない。私は人として、当たり前のことをしただけだよ?恩人だなんて、そんな」


「フェリシアは謙虚なんだな。俺は、誰かを助けることが出来る心優しいフェリシアこそが、聖女と呼ぶに相応しいと思う。溺れた俺を助けてくれたのも、獣人の俺を差別しないのも、フェリシアが優しい証拠だ」


「リックくん、心優しいだなんて……そんなことないよ。それはリックが優しいから、私もそうしてあげたいの。それに、私は川で倒れていたところを見つけただけで、助けたのはグエンだもの。ね。グエン?」


 人当たりの良い殿下や、女好きな賢者が好意的な態度で接しているのはともかく、殿下を守ること以外には興味のなさそうな護衛騎士が、にこやかに話をしていることには驚かされた。

 人間嫌いで有名だった獣人の剣士が、フェリシア嬢には獣の耳を触らせたということも。


 自分がいない間に一体何があったのかはわからないが、視たところ薬や魔法の類ではなさそうだし、フェリシア嬢に本気で惚れている可能性もあったので、他人の恋路として放っておくことにした。


 フェリシア嬢自身には、聖女の力について聞いたとき曖昧な返答をもらっていた。


「皆は私が聖女だって言うんだけど…私には、そんな大した力はないよ……?でもね、皆のこと、助けたいって思ったの」


 などという、嘘とは言えない内容だ。計算なのかそうでないのか、どちらにせよ大した女性だと思った。



 殿下たちとの相談の結果、王都へは帰らず、人の少ないこの地で、魔女に見つからないうちに修行をすることになった。


 彼らはこのままフェリシア嬢のところにお世話になるというので、私は一人でカジコのところに居候させてもらうことにした。


 フェリシア嬢は、私が何処に滞在するのか気にしている様子だったので、適当に「自分もある村人に助けられたのでその人に恩返しをしてきます」と言って、早々にその場を後にした。



 そしてカジコの家に戻ってみれば、鍵が閉まっていた。魔法で解錠してみたが、開かないように何かで重しまでされていた。


 仕方なく転移の魔法を編んだ。この魔法は短距離でもそこそこの魔力を消費するので、閉め出された程度で使うには勿体なくはあるのだが。家屋を破壊するわけにはいかなかった。


 食事をとりながらそれとなく滞在を伝えれば、それはもう恐ろしく睨まれた。本当に、女性がして良い顔ではなかったし、これが聖女では印象が悪すぎる。聖なる感じが全くしない。


 全く歓迎されていなかったが、それでも、此処を出て隣の家には行きたくなかったので、無理矢理居座ることにした。




 そんなふうに始まった労働を対価とした共同生活は、それなりに上手く回っていた。


 ……椎茸の栽培は、彼女の言う不労所得ではなく立派な労働だと思うし、同居人から滞在費代わりに物を受け取るのも不労所得ではないと思うのだが、何となく黙っていた。じゃあいらないと、あっさり言われそうな気がしたからだ。


 カジコの辛辣な態度は日が経つにつれ少しは和らいだが、本当に少ししか良くならなかった。相変わらず手厳しく、少し距離を縮めたように思って笑いかけても、笑顔は返してくれない。


 私の部屋の長椅子に寝転がって本を読みたい、というのは良いとして、


「間違っても夜這いも不法侵入もしたくないし、謎の結界はそのままでいいよ。長椅子だけちょうだい」


 と言われたときは、少しだけ、そんなに嫌ですか、と言いそうになった。つけ入る隙が長椅子くらいしか見つからなかった。



 嬉しそうに椎茸の原木を見る彼女に、自分の好感度が椎茸以下であることを知って落ち込んだり、火をつけたり水汲みをすれば、「魔法使いは犯罪者っぽいなと思ってるけど、魔法自体は便利でいいね」と言われる始末。


 名前を聞いても教えてくれず、結局、彼女の知り合いのジョアンナさんが呼んでいるのを聞いて名前を知ったのだ。


 もちろん、私の名前が呼ばれることも一度もなかった。


 靡きそうにない態度を新鮮に感じて興味を持ったのに、いざここまで邪険にされ続けると、どうしようもなく悲しくなった。愚かなことだと自分でも思う。


 いつのまにか、彼女に名前を呼ばれたいと思う自分がいて、笑った顔が見たいと思うようになっていた。


 どうにか喜んで欲しくて、一度だけ見ることの出来た笑顔が見たくて、手を出せるぎりぎりを攻めていった結果、いつのまにか洗濯までこなしていた。どうしてこうなった。


 ……けして、下着(せんたくもの)に触れたかったとか、不埒な理由ではない。断じて違う。というか、普通他人の男にこれを洗わせる方がおかしい。洗う方も洗う方だが。


 いくら魔法で綺麗にするのが速いとはいえ、指の先だけでも触れていなければ魔法による洗濯は出来ないのだ。


 そして、洗濯に使っているのはあくまでも物体の時間を巻き戻す類いの魔法であって、本来洗濯などという家事に使うものではない。



「その巻き戻し、かじったあとの林檎にかけたらどうなるの?」


「そのような使い方をしたことがないので。しかし、理論上は元の林檎に戻るはずです」


「じゃあ、飲み込んだ方の林檎はお腹の中から消えるわけ?」


「……どうでしょうか」


「え?あんた国一番とか言わなかった?私が思い付くような程度のこと知らないのに、国で一番?」



 彼女は時々そんな感じのことを言っては、私に新しい視点をもたらした。

 彼女が独特というべきか、私が偏狭というべきか。

 もしも彼女に魔法の才能があれば、希代の存在になったかもしれない……が、彼女なら、せっかく魔法を修得しても奇妙な使い方をしそうだ。簡単に想像出来てしまった。


 色々と実験をしているうちに、とりあえず洗濯に使っている魔法が馬鹿に強化された。

 下着(せんたくもの)を出来るだけ見ないようにしようとしたら、目を閉じながら発動出来るようになり、触れている時間を短くしようとしたら、一瞬で戻せるようになった。



 そうして、家事を手伝い、魔法の修行に励み、魔女を倒す計画を立てたりして過ごすうち、時間はあっという間に、しかし確実に過ぎていった。



 私はもう、カジコを聖女として連れていこうとは思わなくなっていた。


 そもそも、どうして魔女討伐に聖女という存在が必要なのかと言えば、一度敗北を喫した私達の戦力増強に、手っ取り早い方法だったからである。魔女の呪いは、解呪や癒しに特化した聖女がいれば対抗出来るからだ。


 そのために魔女の使う呪いに詳しい聖教会の賢者がいたのだが、前回はこいつが真っ先に石にされたのだ。

 頼りない賢者の代わりに、新しく聖なる力の使い手が必要だったわけだ。


 しかし、その手っ取り早い方法を、私は選びたくなくなっていた。


 たとえどれだけ口が悪く、物臭で、地味な見た目の女性でも、魔女討伐という偉業をなせば、国や聖教会は、必ず彼女を聖女として祭り上げるだろう。


 一度聖女として王都へ行けば、おそらく一生を聖女として暮らすことになる。元には戻してやれないのだ。


 ちょうどよく、隣の家には聖女になれそうな女性がいた。


 あの様子では、殿下たちはフェリシア嬢を連れて行くつもりだろう。

 そのうち、彼女に聖なる力など無いことが露呈すれば、では誰が呪いを解いたのか、という話になる。


 しかしそれは、フェリシア嬢が偽物であると露呈しなければいいのだ。


 私はフェリシア嬢に取引を持ちかけた。聖女のふりをしてくれるなら、秘密が露呈しないように協力すると。

 



「ふーん。アレクくんは、カジコちゃんなんだね」


「……とにかく、()()()()()()()()()()()()()()()以上、あなたにその役をやってもらいたいのです」


「いいよ。私は一度も、自分が聖女だって言ったつもりはないけど。皆だけじゃなく、アレクくんも私を聖女にしてくれるなら、なってあげる。そしたら、これからも皆と仲良く出来るものね?」


「そうでしょうね。私は結構ですが。殿下たちには、守護符を作っておきますので、祈りを込めた、とでも言って渡してやれば気がすむでしょう。聖女としての力は、魔女を倒す際に失われたということにしましょう」


「ふふ、私のためにどうもありがとう。でも、残念だなあ。あーむかつく。昔から、ちょっと私が気になった人は、カジコちゃんとか他の子にちょっかいかけるんだ。私の方が可愛いのに。どうして私の気になる人たちは、他の人にばかり向くのかな?」


「貴女には四人もいるでしょう?」


「…そうね。だから、別にいいんだけど。カジコちゃんのこと、精々頑張ってね。あの子、アレクくんが頑張らないと、何とも思ってくれなさそうだもの」


「……そうですね。面倒だと言われないかどうか」


「言いそう。貴族だし、国で一番の魔法使いでしょう?聖女の立場は、カジコちゃんには必要ないのかな?まあ、私がもらうからには、返さないけどね」



 フェリシア嬢は、とても強かな女性だった。

 カジコとは別の意味で聖女らしくなかったが、このくらい強い女性の方が、きっと王都で上手くやっていけるだろう。


 お陰でカジコは聖女にならずにすんだ。

 フェリシア嬢は何となく感づいているようだが、私も彼女もわざわざ確認するようなことはしていない。つまり、誰もカジコが聖女であるとは知らないのだ。




 別れ際、どこかさびしげな空気を滲ませたカジコに、私は緩む頬を隠しきれなかった。


 魔女討伐をなし、必ず戻ってこようと胸に誓った。











 宝石に彩られた美しい衣裳に身を包む、恐ろしいほどの美女が私達を待ち受けていた。


「戻ってくるなんて、お利口さんね?」


 にこりと微笑まれると、背筋が凍りつくような錯覚を起こす。


「でも、その女はなあに?殺してもいいおもちゃかしら?気が利くわねえ。綺麗な見た目だし、食べてあげましょうか」



 フェリシア嬢に向けられる殺意に、四人が激しく反応した。

 どうせいなくてもかわらないので、連れてこないという選択肢もあったのだが、自分が守る、と言い張って戦いに同行させたのは彼らだ。


 フェリシア嬢に限らず、敵が私達を殺そうとするのは当たり前のことなのだが、何故怒りを露にするのか。


 戦いは、前回の流れを踏みなおすようなものだった。

 斬りかかったところをあっさりとかわされる。魔法を放ったそばから無効化され、時に反射される。このままでは前回と同じことになるだろう。


 詰まらなさそうな顔で、魔女が手元の宝石を弄ぶ。

 それでも、魔女の攻撃が疎かになることはなかった。


 私は、ある程度攻撃を受けたところで、防御の魔法を発動するのを止めた。



「アレクくん……?」


「アレクシス!何をしているんだ?!」


「……誰も彼も、まるで成長していませんね。これで勝てると本当に思っているんですか?」


 剣士や賢者が私を睨む。戦闘中に後ろの私を気にするなんて、せめて敵に向いたままでいてほしいものだ。


「もう一度敗北して石にされるくらいなら、私は降伏します」


「馬鹿なことを!裏切るつもりか?!」


「積極的に元仲間を殺したいとは思いませんが、死にたくないので降伏したいだけですよ。それとも魔女様は、私が殺せば助けてくださいますか?」


 私の言葉に、魔女が口角をつり上げる。


 それを是ととり、私は仲間のなかでも一番仲の悪い賢者を相手に魔法を発動した。やるならこいつからだと決めていたのだ。



「リファン!!」


「何をしやがる!仲間を、リファンを石にするなんて……!!」


 金色の石が音を立てて地面に落ちた。いつも私を見下したような目で見ていた、賢者の瞳と同じ色の石だ。



「まあ!あなたもその魔法が使えるの?人を魔石にする魔法。人間の魂を捕まえて、弄ぶことの出来る魔法!素敵ね、美しいわ。やはり、食べるなら美しい者でなければ……!」


「………では、他の全員分を差し上げたら、私のことは石にせずにいてくださいますか?」


「美しいものになりたくないの?」


「私は今でも充分美しいでしょう?魔女様も、とてもお美しい」


「ふふ。素敵ね、いいわあ。本当はあなたのような人こそ、食べてあげたいのだけれど……勿体ないわね」


「食べられたくはないので、精々勿体なく、価値ある存在でいましょう」


「アレクシス………どうして」


「自分本意な生き方が羨ましくなったんですよ。自由に、好きに生きるのは楽しいだろうと。好きになった人に自由に愛を囁けるように。ですから、彼には必要な犠牲になってもらいました」



 私は石になった賢者をつまみ上げると、美しく微笑む魔女の元へ跪き、恭しく差し出してみせた。


「ふふ、まるでプロポーズされているかのようよ。素敵ね」


「それは良かった。予行演習になりましたね」



 私は努めて美しく微笑んで、魔法を発動した。


 うっとりと頬に手を当てる魔女の腕をとると、編み上げておいた魔法を一気に叩き込んだ。


「なにを…………っ、これ、は?」


「ここ最近、洗濯ばかりしていたので、この手の魔法にかけては世界一になったかもしれません」


 洗濯に使っている魔法は、物体の時間を巻き戻す類いの魔法だ。







「巻き戻せるんなら、進めるのは?ちょっとこの魚干物にして」


「進める?干物?」


「一夜干しでお願い。ん?でも、死んだ魚の時間経過は干物じゃなくて、腐るだけか。やっぱやらなくて良い」




 カジコの言葉を思い出す。

 巻き戻しが出来るなら進めることも出来るはずで、そしてそれが出来るなら、進め方を選ぶことも出来るかもしれないと思ったのはそのせいだ。

 そのせいで、こんなに恐ろしい魔法を作り出してしまった。




「ああああなにするのよ……せっかくの、美しい、わたしが………」


 魔女は、極限まで老衰させても生きていた。膨大な魔力によるものか、立つこともままならず、地面に這いつくばっても、それでも意識を保っていた。


「アレクシス………」


「大丈夫です。殺す方法は色々考えましたから」


 勿論方法は一つではなく、考えうる限りのことを考えてきた。面倒なことは徹底的にやりきって、二度目がないように。


 出来ることは全てやる。思いついたもの全て。やるからには徹底的に。不意討ちが卑怯だとか、そんなことはどうでも良い。今の私なら形振り構わず戦うことが出来た。


 そうして、いくつかの策を披露してようやく魔女を殺した。

 きちんと賢者も元に戻してやって、魔女討伐は完了した。


 賢者を石にしたのも巻き戻しの魔法だ。およそ一月前、石だった瞬間まで戻すことで、魔女お得意の魔法を再現したのだ。


 本来は、魔女に対して、同じ魔法を使えるという脅しとして使うはずだったが、予想外に上手くいった。


 石にした賢者には殴りかからんばかりに詰め寄られたが、殿下がとりなしてくださった。「討伐出来たのはアレクシスのおかげだから」と。


 一人で好き勝手に動いた結果だが、倒したことは倒したので、それ以上の文句は出なかった。


 そうして、魔女の討伐に成功したものの、カジコの元へ向かうにはかなりの時間を要した。魔女の討伐よりも後始末に時間をとられた結果だ。

 魔石にされていた人々を元に戻す作業が最も大変だった。

 フェリシア嬢は聖女の力を失ったことになっているので、私がその大半を解決せねばならなかったのだ。こっそりカジコを連れて来ようかと思うほどだった。



 フェリシア嬢は、王都の聖教会にて、魔女討伐に聖なる力を捧げた乙女として、それなりの地位につくことだろう。

 慈善活動などを盛んに行い、民の為に日々働き、聖なる力を失ったとしても、聖女のように心優しいと平民ながら評判らしい。


 殿下や賢者たちが積極的に彼女の素晴らしさを広めているようなので、私が放っておいても、上手くやっていくのだろう。


 彼女が誰を射止めるのか、或いは、誰が彼女を射止めるのか。

 四人と仲良くしたいと言っていた彼女は、今のところ誰とも結ばれていないようだが、今後のことは誰にも分からない。




 時間を魔法で進めたいと思いながらも、真面目に仕事をこなし、ようやく全てが片付いたときには、気づけば半年ほどの時間が流れていた。


 遠い昔のようにも感じる、彼女と過ごした日々を思うだけの時間は終わり、ようやく彼女のところへ会いに行った。


 ああ、ようやく。


 きっと彼女も、私のことを待っていてくれたことだろう。









 ……そう信じていたのに、再会した彼女には、一月をかけて詰めた距離をどこに忘れてきたのか、最初の頃のように邪険にされた。


 魔女との戦いを心配してくれたり、会えなくなった日々を淋しがってくれたり、再会したときには喜んでくれるだろうか、と想像していた自分は盛大に裏切られたわけだ。


 カジコの両親は亡くなっていると思っていたのは、誤解で良かったと心から思うが、腑に落ちないままだ。あの言い方と、あの暮らしぶりでは誰でも誤解するだろうと言いたい。


 予定では、もっと仲良くなってから格好よく行うはずであったことを、カジコの母君のおかげで口にした。勢い余ってのことだが、それでも、言った言葉は本心だ。


 そして、あまりにも断られ続け、泣きそうになったのも本心だ。しかし、泣きそうになっただけで、泣いてはいないし、彼女が言うほど情けなくはなかった、と声を大にして言いたい。


「その顔で、ふふっ、このおろおろっぷり。そのイケメン顔で…ぶふっ。もう、笑わせないでよ」


 けれど、失礼なほど私を笑うカジコに、望んだ形とは違っても、ああ、笑ってくれた、と嬉しく思った自分がいたものだから。反論の機会はないままだ。






 そして、ようやく迎えた結婚式は、カジコの希望がほとんど反映されていない、面倒なものになってしまった。


 いつ見限られないかと冷や冷やしながら、速度重視で準備をし、ようやく今日を迎えた。


 結婚するにあたり、誓いの指輪として持つことになる指輪を見せたとき、見せるなり「え………気持ち悪」と言われたのにはこたえた。


 私が封印されていた紫の魔石を指輪に加工したのだが、カジコ的には駄目だったようだ。私の瞳と同じ色で、出会うきっかけになったものとして、ちょうど良いと思ったのだが。


「酔ってるのか、前からこうだったのか……」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、それでも結局は使ってくれることになったので、よしとしよう。



 挨拶は一度で済ませたいと、招待客はかなりの数になったし、うちの母が張り切ったせいで、婚礼衣装は有名な仕立工房を使った恐ろしく高価なものになった。

 彼女のために作られたそれはとても似合ってはいるのだが、歩き辛そうに裾をつまんだりする様がなんとも虚しい。


「ヒールが歩きづらい」とか、裾の見事な刺繍には目もくれず、「踏みつけそう」とか言う彼女に、なんとも言えない気持ちになった。


 こんな日でも彼女は彼女だ。いつも通り、ちょっと面倒くさそうな態度を隠しもしない。


 結婚しようと思ってくれた理由を尋ねても、明確なことは言ってくれなかった。


 そしてその後、何か思い付いたようだったので期待して聞いてみれば、「しいて言うなら、面白い顔してたから?」などと言われた。本当にとんでもない女である。



「あのさあ。今さら理由を気にしてどうするの?」


 私が落ち込んでいると思ったのか、式の寸前に彼女はさっきの続きを言い出した。


「気にしないわけないでしょう」


「え、じゃあ私がやっぱりやめ」


「やめると言われてももう駄目です」


「というか、面倒くさがりな私が好きでもない男と結婚すると思ってんの?どこが好きかわかんなくても、ちゃんとアレクシスが好きなんだよ」


「は、」


 彼女はそれだけ言うと、さっさと式場への扉を開いて行ってしまったので、私はろくな反応も出来ずに、呆けたまま結婚式に挑むはめになった。



 しかし、始まり方はともかく、幸せな時間であったことは言うまでもなく。





「私の心と、これからの人生の全てをアレクシスに捧げます」


 

 誓いの言葉に、そして、私が誓った言葉に、笑う彼女が目の前にいて。私の名前を呼ぶ。そして、私も彼女の名前を呼ぶ。



 願わくば、この幸せが永遠に続くように。


 祈りを込めて、彼女に誓いのキスをした。


 

前作に引き続き、読んでくださった皆様、評価、感想をくださった皆様、本当にありがとうございます。


前作でアレクシスの頑張りが書けなかったことを補足しようと書いたお話でしたが、皆様からフェリシアちゃんたちが気になると感想をいただき、彼らの出番も少しだけ増えることになりました。


補足話といいつつ、かなり長くなりましたことをお詫び申し上げます。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。こんにちは。感想失礼致します。 塩対応なカジコちゃんとカジコちゃんの為に頑張ってるアレクシスがとっても可愛くて大好きです。
[一言] 転移魔法はやっぱり、気をつけて使わないといけませんねー(*´∇`*) 私も気をつけよっと
[一言] いやあ、続きがありました!アレクさん頑張れ。カジコちゃんの一挙一動に浮き沈みしてください。(^^) 楽しいお話をありがとうございました。
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