114・12年ぶりのニッキ水
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
114・12年ぶりのニッキ水
一年延ばしにしてきたのがいつの間にか六年、数えて24歳になってしまった。
車窓から見えるナナカマドの実の赤が際立ち、ダケカンバの黄葉さえ目に痛く――もう、とっくに期限は過ぎている――と責められているような気さえする。
甲府の駅に下りてロータリーに出ると、まるで昨日の今日という感じで穴山さんが立っていた。
「お迎えにまいりました、お嬢様」
「……ご苦労です」
ほんとは「お嬢様なんて止してください」と言いたかったんだけど、無駄だと分かっているので止した。
抗えば、穴山さんは礼をもって「そうはまいりません」から始まってしばらくは喋ることになり、その話の内容は、ロータリーに居る地元の人や観光客の耳に留まり、場合によっては写真や動画に撮られかねない。
わたしは、ちょっとしたこだわりで学校の制服を着ている。制服姿で撮られては、このネットの時代、検索に掛ける方法はいくらでもある。どこをどう経巡って惣堀高校と特定されてしまうか知れない。内外の関係者に見られたら、すぐに松井須磨と知れてしまう。
それだけは避けなければならない。
数日後、無事に大阪に帰ることになっても。このまま死ぬまで田舎に留め置かれることになるとしても……。
「穴山さん、ちっとも変わりませんね」
ロータリーから車が出て、五分もすると沈黙に耐えられなくなり、自分から声をかけた。
「嬉しゅうございます、ひょっとしたらお屋敷まで口をきいていただけないのではないかと心配いたしておりました」
「穴山さんには何もありません。大お祖母様にもありません、ただ、この身体にも流れている松井家の血が疎ましいだけなんです」
「……それは、この穴山が嫌いと言われるよりも辛うございますね……お嬢様は、お心に留まるような殿方はおいでではなかったのですか」
あ、と思った。
穴山さん、家令としては踏み込み過ぎた物言いだ。
穴山さんは、大お祖母様に会わざるを得ないわたしを哀れに思ってくれているんだ。松井家の宿命に呑み込まれそうな、哀れな高校八年生のわたしを。
「クーラーボックスにニッキ水が入っております」
「え、ニッキ水!?」
甲府の街も、いま向かっている山梨の自然が目にも心にも痛いわたし。そんなわたしでも子供のころに馴染んだ飲み物、それももう飲めないと諦めていたそれを見せられると心が弾んでしまう。
「もう作っているメーカーも少のうございましてね」
「そうでしょ、わたしも十年以上前に田舎で飲んで以来だもの」
「それが、お嬢様、そのニッキ水は大阪で作っているんでございますよ」
「え、あ、ほんと」
ボトルという今風が似合わない瓶の側面には大阪は都島区の住所があった。
「不器用なものですから、お嬢様のウェルカムに、こういうものしか思いつきませんで」
「ありがとう、穴山さん」
わたしは、シナモンの香り高いニッキ水を口に含んだ。
12年ぶりの大お祖母さまとの再会にカチカチになっていく肩の凝りが、ほんの少しだけ解れていく……。
☆彡 主な登場人物とあれこれ
小山内啓介 演劇部部長
沢村千歳 車いすの一年生
沢村留美 千歳の姉
ミリー 交換留学生 渡辺家に下宿
松井須磨 停学6年目の留年生
瀬戸内美春 生徒会副会長
ミッキー・ドナルド サンフランシスコの高校生
シンディ― サンフランシスコの高校生
生徒たち セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
先生たち 姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
惣堀商店街 ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)




