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侯爵令嬢の矜持  作者: 結城 洋乃
番外編:第二王子の葛藤
4/9

一話

本編に対するカーレル王子視点のお話です。

本編で書ききれなかった設定をちょこちょこ補足しつつ書いてみようかなと思います。本編より過去から始まります。

私――カーレル・フォーレントには幼い頃に親に決められた婚約者がいる。


彼女の名はルイーズ。クレイトン侯爵家の令嬢で、夫妻からも一つ年上の兄からも惜しみない愛情を注がれて育った娘だ。責任感が強く、聡明で優しいその人柄は誰からも愛され、尊敬の眼差しを注がれる。正しく彼女は、未来の王子妃に相応しい女性だった。


対する私はフォーレント王国の第ニ王子として生まれた。年の離れた兄と、二つ年下の双子の妹と弟。当然、第一王位継承権者は兄のアドルフだ。兄は幼い私から見ても極めて優秀で、将来を嘱望されている人物だった。私は将来、兄の補佐をする官吏になるのだと信じて疑わなかった。


その展望が崩れたのは、兄が13歳で私が8歳の時。兄が突然朝食の席で、両親と私に大切な話があると言い出した。食堂では人目がある為、私達は両親の部屋の応接スペースに移動して話す事になった。


部屋に入り、両親に向かい合う形で私と兄が並んでソファに腰かける。付いてきたメイド達が人数分の紅茶を用意してテーブルに置くと、静かに頭を下げて退出していった。最後に扉が閉まる音を合図に、皆の視線が兄に集中すると、彼がおもむろに話し始める。


「実は、私には想い人がいるのです。」

「ほう?それは本当か?」

「まあまあ!どちらのお嬢さんなの?」


今までどんな令嬢との見合い話も断ってばかりだった兄の発言に、目を輝かせる両親。特に母は興味津々といった様子で両手を胸の前に組んで身を乗り出した。もちろん私も少なからず関心はあった。


「ただ、彼女は我が国の方ではありません。」

「他国の者という事か?」

「はい、我が国の東隣に位置するルーディス王国の第一王女、サリア姫です。」


まだ幼い私でも国の位置関係や主要な産業くらいは押さえていた。ルーディス王国と言えば、我が国の半分程度の国土しかないが、豊富な鉱物資源を持つ鉱業国家だ。


「サリア姫と言えば、昨年我が国で開催した5ヵ国会議の際にルーディス王が連れてきていたな。確かお前が城の庭園を案内したのだったか。」


父が記憶を辿るように言うと、兄が頷いた。


「はい。あの折りに私も初めて彼女にお会いしました。」

「でもあの後は会う機会もなかったでしょう?」

「お互いに気が合ったので、こっそりと文でやり取りしていたのですよ。ご存じの通り、私は諸外国の方々とも積極的に文通しておりましたので、特に目立たなかったのかもしれませんが。」


首を傾げた母に、そう言って柔らかく微笑む兄。いつも優しく強い人だったが、サリア姫の事を話す兄は今まで見たどの瞬間よりも優しい表情をしていた。しかし、それを聞いた父は少し難しい表情を浮かべる。


「だが、確かあの王家は今、直系の男性王族がいないのではなかったか?」

「…はい。それ故のご相談です。」

「お前、まさか…。」


父がはっとしたように兄を見る。


「はい。大変申し上げ難いのですが…、私はルーディス王国のサリア姫のところへ婿入りしたいと考えております。」

「馬鹿な事を…!お前は王太子なのだぞ!」


普段は面白い事好きの大らかな父でも、さすがに第一王子の婿入りには異を唱えた。珍しい父の怒鳴り声に私の身体がビクリと震える。しかし、兄は一歩も引かなかった。


「存じております。ですが、私はもう、彼女以外の女性は考えられない。」


父から目を逸らす事なく、兄がはっきりと告げる。決して曲げるつもりはないとその瞳が物語っていた。父にもそれが分かったのだろう、やり場のない感情を押さえ込むように拳を握りしめ、ソファの肘置きに叩き付けた。誰も何も言えず、しばしの沈黙が部屋に下りる。その中で最初に動いたのは母だった。怒りに震える父の手に、母はそっと自分の手を重ねると、兄に向けて口を開く。


「…アドルフ。貴方が本当にサリア姫を愛しているのなら、私は反対しないわ。」

「母上…。」


兄が申し訳なさそうに眉を下げる。兄とて分かっているのだ、自分の行動が、本来許されない事だという事くらい。誰よりも優秀な人なのだから。そんな兄を見て一つ頷くと、次いで母は父に視線を向けた。


「ねえ、あなた。この子が我儘を言うのなんて、初めての事よ。」

「だが…。」

「それに、そこまで想える相手ができるなんて幸せな事よ。私は母として、応援してあげたいわ。」


寂しさと嬉しさの入り混じった表情を浮かべた母の言葉に、父は黙り込んだ。






正式に兄が王太子を退く事が決定されたのはそれから一月後の事だった。廃太子の儀と同時に私の立太子の儀が執り行われ、私は正式に王太子となったのだ。


式の後、私の部屋を訪れた兄は、神妙な面持ちで深く頭を下げた。


「カーレル。お前には重荷を背負わせてしまう事になってすまない。」

「…いいえ、お気になさらず。兄上、どうかお幸せになってください。」


その言葉に嘘はなかった。尊敬する兄には幸せになって欲しかったし、王太子となった事にも不満はない。ただ、思いがけず降りかかった重責に戸惑っていたのは事実だった。


それからの私はと言えば、生活に大きな変化はなかった。元々兄に何かあった時の為に、兄と同じ帝王学を含めたカリキュラムで学んでいたし、剣術や魔術も一流の師を付けて学んでいたからだ。強いて言えば、兄の一件でそれなりに思う所があったのだろう、9歳になる頃には両親から度々婚約の話を持ってこられるようになった。


相手として挙がってくるのは勿論国内の高位貴族の娘達だ。私が王太子になった途端、それまでは兄に宛てて送られていたものが手のひらを返したように私宛になった。しかし、元々兄に向けた縁談である。如何せん年齢層が高めだ。結局今の公爵家の中には釣り合いの取れる娘がいなかった為、侯爵や伯爵の家柄の者が候補となった。


幼い私には正直よく分からない話だったし、結局婚約者の選定は両親に任せる事にした。兄の一件以降、私は両親をこれ以上悲しませるような事はしたくないと強く思っていたし、二人の事を心から信頼していたので、政治的な都合だけを優先して、私にとってよくない相手を選ぶ事はないと信じていた。


そうしてその中から選ばれたのがルイーズだった。彼女は財務大臣である老公爵の推薦でもあったそうだ。彼女の父侯爵は大臣補佐として働いており、その実直な働きぶりは周囲からも高く評価されていた。両親もその男の事は知っていたらしく、彼の娘ならばと思ったそうだ。


その後はトントン拍子に話が進み、顔合わせの為に彼女が王城を訪れる事になった。姿絵は前もって見ていたが、大体が実物より良く描かれているものだ。私はあまり真に受けない事にしていた。


「どうした?カーレル。緊張しているのか?」

「…いえ、そのような事は。」


客人を応接室で待っていると、隣に座っていた父が問いかけてきたが、私は表情を変えずに答える。ただ、茶会や何やらで出会う同年代の令嬢の反応を思い出して、浮かない気分にはなっていた。ああいう令嬢だったら面倒だな、と感じる辺り、私は若干女性不振になっていたのかもしれない。


しばらく経って、コンコンと部屋の扉がノックされた。


「クレイトン侯とご令嬢がご到着です。」

「分かった、通すがよい。」


衛兵が客人の来訪を告げると、父がすぐに入室許可を出す。衛兵はそれに従って扉を開けると、後ろに控えていた客人に中へ入るよう促した。私と父が立ち上がると、彼らは入り口の前で深く頭を下げる。


「失礼致します。」

「よい、堅苦しいのはなしだ。これから縁を結ぼうという間柄なのだからな。」

「は、はい。恐縮です。」


父の言葉にクレイトン侯爵が顔を上げ、次いで令嬢も顔を上げた。不意に侯爵の隣に立つ彼女と目が合う。しかしその瞳には、茶会で会う令嬢達のような、憧れや好奇心、媚びるような色は一切なく、ただ私という人間を見定めようとする、意思の強さだけが感じられた。


「ご紹介させていただきます。こちらが娘のルイーズでございます。」

「お初にお目にかかります。ルイーズ・クレイトンでございます。」


父親の紹介を受け、彼女がドレスの端を摘まんで、膝を折る。その所作の一つ一つには気品が漂っており、その姿の美しさたるや、姿絵の比ではなかった。


「うむ。よくぞ参ってくれた。私がフォーレント国王のアベルだ。これが息子の第二王子、カーレルだ。」

「…カーレル・フォーレントと申します。以後、お見知りおきを。」


それが、私とルイーズの出会いだった。






それから私達は度々王城と侯爵邸で交流した。数回も会えば、彼女が非常に聡明で責任感の強い性格である事はすぐに分かったし、私はすぐに彼女を気に入った。あまり同年代の人間と親しく接する機会がなかった為、初めのうちは自分の感情を表現するのが苦手だった私だが、いつも彼女はその真意に気付いてくれた。突然降りかかった王太子の重責に戸惑っていた私の心情すらも推し量り、気遣ってくれる彼女に対し、私が心を許していくのは自然な事だった。


10歳になった頃だったか、彼女は妙に精霊の伝承に興味を持ち、王城の書庫でもそれらの本を読み耽るようになった。まあこのくらいの年頃の女性はそういったものが好きなのだろうと特に何も言わなかったのだが、しばらく経ってもその熱が冷める様子はなかった。精霊伝承の色濃く残る地方など、一部王家が立ち入りを禁止している区域にも自ら視察に行きたいと言う程に、彼女は精霊という存在に強い関心を抱いているようだった。


13歳を迎えると、私達は学園に進学した。学園での生活は慌ただしく、特に私やルイーズは生徒会にも入る事になってしまい、なかなか以前のようにゆっくり会う事ができなくなっていった。私は卒業後は父の補佐として国政にも参加しなくてはならない為、その勉強や準備もしなければならず、結局寮にはほとんど帰らずに城と学園を往復する生活になっていた。


ルイーズになかなか会えない事を詫びると、彼女からは魔術の研究に打ち込んでいるから気にしなくていいという答えが返ってきた。そっけない返事に一抹の寂しさを感じつつも、私達はそれぞれの生活を送っていた。どうせこんな生活も卒業までの辛抱だ。卒業したら私達は結婚する事になっているのだから。

――私はそう思っていた。













そうして月日は流れ、私達の学園生活も残すところあと半年という頃。


「…は?今なんと?」

「だから、もうすぐ二人は学園を卒業するでしょう?婚姻を結ぶ前に、ルイーズちゃんの王子妃教育の成果を見せてもらわないといけないのよ。」


王城に帰省したある日の晩餐。母に言われた言葉に私は困惑を隠せなかった。ちなみに母は彼女の事を『ルイーズちゃん』と呼んでいる。本人曰く、親愛の証だそうだ。


「成果…と言われても、ルイーズは教育係からの課題は全てこなしていると思うのですが。」

「それは分かっているわよ。でもそういう事じゃなくて。」


そう言って母は、自らも経験した王子妃教育の成果――卒業試験について話し始めたのだった。






翌日、学園に戻った私は悶々と昨日の母の話を考えていた。


『彼女が何らかの危機に陥った時の考え方、立ち回り方…総合的な心の強さを見る必要があるのよ』


確かに、今後彼女が王族の一員となれば、貴族の時とは全く異なる生活になる。しかも第二王子の妃とはいえ、私の妻という事は次期王妃なのだ。国内外の様々な軋轢にも晒されるだろう。彼女がそれらに上手く立ち回る事ができるのか、王族に連なる者として相応しい行動を取れるのかを見極めるのは国の為に必要な事かもしれない。


「ルイーズが落第になる事なんて、ありえないと思うのだがな…。」


とはいえ、王家のしきたりとあらば、彼女にもクリアしてもらうほかない。王族の婚姻は、民のそれとは違う。国の未来がかかっているからこそ、それほどに厳しいという事なのだ。


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