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侯爵令嬢の矜持  作者: 結城 洋乃
本編
2/9

中編

思っていたよりたくさんの方に読んでいただけているようで、驚いています。ありがとうございます。

「無実を…証明するだと?」


私の発言にザキやグレン、周囲の生徒達がざわめいたが、私は構わず壇上のシェリルを真っ直ぐに見据える。


「…シェリル様。突き落としたのが私だという発言を、撤回するおつもりはないのですね?」

「え、ええ。」


私の問いかけに、彼女はやや怯みながらも頷いた。


「…分かりました。ならばどちらが真実か、『精霊』に裁定していただきましょう。」

「…は?精霊…?」


気でも触れたのか、と眉を顰めるグレン達を尻目に、私は淡々と召喚の詠唱を始めた。




本来、グレン達の反応は正常なものだ。この世界において、精霊はもはや空想上の存在としてしか認知されていない。誰も見た事がないのだから、それも仕方がないのだろう。だが、精霊は確かに実在するのだ。


ルイーズ・クレイトンの末路を思い出した私は、幼い頃から魔術を精力的に学んできた。元々は、いざという時その力で逃げるなり、その後の生活に役立てるなりしようと思って始めた事だったが、その中で初めて精霊という存在を知った。


この世界のあらゆるものには精霊が宿っており、彼らは通常私達の前に姿を見せる事はないが、いつでも私達を見ているのだという。ゲームの中では特に語られていなかったその内容は、伝説やお伽噺のような代物ではあったが、私に強い関心を抱かせた。もしそんな彼らに協力を仰ぐ事ができたなら、来るべき断罪の日、冤罪を晴らす決定打になりうるのではないかと考えたのだ。


とはいえ、その道程は簡単ではなかった。そもそも精霊を知覚する事もできない人間が、どうやって彼らに助力を仰げばよいのか。私は屋敷中の書物を読み漁り、王城の書庫に入り浸り、魔術教師に手がかりを求め、その伝手を辿りに辿って、ようやく古の召喚魔術の存在を突き止めた。残念ながら現在召喚魔術が使える術師を見つける事まではできなかったが、術師が残した魔術書を手に入れるに至ったのだ。


これにはまあ、殿下の婚約者という立場を多少利用させていただいた事は否定しない。当時はまだ学園入学前だった為、殿下とも良好な関係を築いていたし、なぜそんなに熱心にそんな事を調べているのかと呆れられはしたものの、特に邪魔はされなかった。


それからはひたすらに試行錯誤を重ねた。私の真剣な様子に絆されたのか、最初は適当に流そうとしていた担当の魔術教師も、ここ数年は付きっきりで研究に付き合ってくれた。そうして数えきれない程の失敗を繰り返した私達だったが、先日ついに精霊の召喚に成功したのだ。とはいえ、これはまだ、その担当教師と私の家族しか知らないことなのだけれど。









『…皆を欺きし者に公正なる精霊の裁きを。我が祈りに応え、その尊き御姿を我が前に具現せよ。』


最後の文言の詠唱を終えた瞬間、自分の身体から凄い勢いで魔力が流出していく感覚に襲われた。同時に目を開けていられない程の眩い光が溢れ出し、あっという間にホール中を満たす。周囲の生徒達の中には突然の事に悲鳴を上げる者もいたが、私は既に経験済みの為、ただ自分の魔力を制御しながら静かに光が収まるのを待った。しばらくすると光が収束し、先ほどまでと同じ光景が視界に戻ってくる。

――ただ一つ、明らかに異質な存在が目の前に浮かんでいるのを除いて。


その場にいた全員が何が起きたのかと目を白黒させている中、私は迷わず目の前の存在に礼を取った。


「…突然お呼び立てしてしまい、申し訳ありません。」


私の声に反応してこちらに目を向けたのは、体格に不釣り合いなほどの大きな黒い鎌を持った、老齢の精霊。小人のような容姿に、ふさふさとした髭、小さな丸眼鏡の奥の瞳は優しく細められていた。背丈は小さいが、ふよふよと漂うように浮かんでいる為、視線の高さは私と同じくらいになっている。


『…クレイトンの娘か。なに、構わぬ。

 どうせ暇を持て余しておるからの。

 して、何用じゃ?』

「貴方に裁定をお願いしたいのです。」


私はそう言ってシェリルに視線を向ける。彼女は真っ青な顔をして精霊を凝視していた。


「その前に、殿下。ご紹介いたしますわ。こちらは審判を司る精霊様です。これから、どちらが嘘をついているのか裁定をいただきたいと思いますわ。」

「精霊…?まさか、本当に…?」

「お疑いであれば、精霊様と直接お話しください。」


呆然とする殿下に私は精霊との対話を促す。これを信じてもらえなければ、裁定にも意味がない。私の言葉に殿下はごくりと喉を鳴らして、恐る恐る口を開いた。


「…本当に精霊、なのか?」

『なんじゃ、若造。儂が偽物だとでも申すか?』

「い、いや。しかし…精霊を呼び出すなど、今の魔術師では…。」

『まあそれは儂も同感じゃがの。そこの娘の真摯な呼びかけには応じずにはいられないような何かを感じての。』


思わせぶりな言葉とともに、精霊が一瞬私に視線を向けた。


『とはいえ、儂の姿をこの世界で維持するには魔術師の魔力を相当消費するのでな。あまり長居すると娘の身体に障るぞ。』

「なっ!それを早く言ってくれ!ルイーズ、大丈夫なのか!?」


殿下が血相を変えて私を見る。まさか心配をされるとは思わなかったので、やや驚きながらも私は頷いた。


「は、はい。まだしばらくは。」

「そう、か。ならよかった。」


ほっとしたように息を吐く殿下。私はその様子に首を傾げながらも、気を取り直して精霊とシェリルに向き直る。


「…では、裁定に進みましょう。シェリル様、お先になさいますか?」

「え?」

「精霊様にどちらが嘘をついているか裁定してもらうと言っているのです。」

「さ、裁定…って…?」


怯えた様子で身を引く彼女に私は顔色を変えずに続ける。


「勿論、嘘を言っている者には精霊の裁きが下りますわ。」

「ひっ…!」

「…では、私が先に受けましょう。精霊様。」

『うむ。』


目を閉じて精霊の前に跪くと、首の後ろにひやりとした何かを感じた。直接触れているわけでもないのに、精霊の持つ鎌の刃が突きつけられているのが分かる。嘘と断じられれば即首が飛びそうだ。


『では、申せ。』

「私、ルイーズ・クレイトンは、シェリル・リーズレット様を階段から突き落とすような真似はしておりません。昨日に限らず、これまで一度も。精霊に誓って、これは真実です。」


一音一音丁寧に、はっきりと自身の主張を述べる。


『そなたの主張は理解した。…しばし待つがよい。』


静かに告げると、精霊はそのまま沈黙した。おそらく事の真偽を確かめる為、配下の精霊達と連絡を取っているのだろう。
















『…よかろう。ルイーズ・クレイトン。そなたの言葉に嘘偽りはない。』


しばしの沈黙の後。そんな言葉とともに、精霊の鎌が私の首から離れた。私はほっと息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。壇上を見上げれば、流石に精霊の裁定を否定する術を持たないのか、グレンもザキも戸惑ったように目を見合わせていた。殿下はといえば、何やら難しい表情を浮かべている。


…?何を考え込んでいらっしゃるのかしら?


私は内心首を傾げながらも、ひとまずそのまま殿下の傍で立ち竦んでいたシェリルに視線を向けた。


「さあ、シェリル様。どうぞ。」

「ど、どうして私がそんなものを受けないといけないの!」

「嘘を述べていないのなら、何も恐れる事などありませんわ。精霊様はあくまで中立ですから。」

「わ、私は…!」

「私が貴女を突き落としていない事は精霊様によって証明されました。それでも貴女が自分の言葉に嘘はないと言いたいのなら。精霊様にそれを述べ、裁定を受けなさい。」


言外に、貴女の言葉には何の意味もないと言ってやると、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。


「っ…。」

「できないのなら、自分が嘘を言っていると認める事になりますよ。」


私の言葉にシェリルは唇を噛みしめる。しかし、動く様子は見られない。それはそうだろう。裁定を受ければ、彼女の嘘は即座に露呈するのだから。


「認めますか?」

「…私は、嘘なんて…。」

「どこまでも救えない人ですね…。」


あくまで自身の嘘を認めない彼女に、私はため息を吐く。その瞬間、がくりと体が揺れた。


「…っ!」


…いけない。そろそろ魔力が…。














「もういい、そこまでだ!」


殿下の声が再びその場に響いた。その言葉にシェリルを始め、グレンやザキ、私も驚きの声を上げる。

 

「「「「え?」」」」


だが、殿下は彼らには目もくれず、真っ直ぐに私の方へ駆け下りてきた。そして、私の目の前に立つとその場に跪く。


「ルイーズ。すまなかった。」


そう言って私の手を取り、その両手で壊れ物を扱うかのように包み込んだ。それはシェリルに近づくようになる前の、私を慈しんでくれていた頃の殿下の仕草そのままで。先ほどまでとの変わりように、私はただ呆気にとられるしかない。


「…あの、殿下?」

「君を騙すような真似をして、本当にすまない。許してくれ。」

「え?あの…一体どういう…?」


頭を下げて謝罪の言葉を繰り返す殿下に、私はどうしていいか分からず困惑する。


「陛下や母上の意向とはいえ、大切な君を苦しめるなんて…私は最低だ。」

「陛下?それに母上…とは王妃殿下の事ですか?」


あのお二人が、こんな茶番を?


私はよく分からないながらも、殿下の言葉からその単語を拾い、首を傾げた。しかし、考えている最中も魔力が消費されていき、再び目眩に襲われる。


「っ…。」

「ルイーズ!とにかく、その術を解くんだ。君の体に障る。」

「は、はい。」


傾きかけた私の身体を支えてくれた彼の腕に、頬が熱くなるのを感じながらも、慌てて精霊に向き直り頭を下げる。


「精霊様、ご助力いただきありがとうございました。」

『構わぬ。…若造、もう少しやり方は選べよ。次、儂らの大事な娘を苦しめたらその時は覚えておれ。』

「…肝に銘じよう。」


殿下に何やら忠告をすると、精霊はその場から溶けるように消えていった。


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