前編
初投稿です。
勢いだけで書いているので、なんちゃって設定ばかりですが、どうぞよろしくお願いします。
「クレイトン侯爵家令嬢――ルイーズ・クレイトン!君のシェリル嬢へのこれまでの行い、もはや看過する事はできない!よって君との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
スポットライトに照らされたダンスホール前方の壇上。
そこに毅然と立ち、高らかにそう宣言したのは、私の婚約者であり、この国の第二王子であるカーレル・フォーレント殿下だった。
今は学園の卒業パーティも終盤に差し掛かるという頃。
おもむろに壇上に登り、「皆に聞いてもらいたい事がある」と告げた殿下に、卒業生の面々が何事かと視線を向けた中での出来事だった。発せられた穏やかでない内容に、皆が困惑の眼差しで私と殿下を交互に見ているのが分かる。
そして、そんな彼から一歩下がった位置で両手を組み、肩を震わせながらこちらを見つめる可憐な令嬢が一人と、その後ろでこちらを睨み付けている青年が二人。
私は彼らの姿を無言で見上げ、諦めの感情と共にそっと瞳を伏せた。
…ああ。
やはり運命は、変えられなかったのね。
この光景を見たくなくて。
この言葉を聞きたくなくて。
ずっと努力してきたつもりだった。
カーレル殿下とも、しっかりとした信頼関係を築いてきたつもりだったのに。
脳裏を過るのは、穏やかで優しかった、二人で過ごした時間。
たわいもない話をして笑いあった、幼い頃の記憶。
…いつからだったのかしら。
彼女――シェリル男爵令嬢が現れた当初は、何も変化はなかった。殿下は彼女の事など全く気にしていなかったし、私の事を慈しんでくれていた。
だからきっと、大丈夫だろうと。このまま私が自分を見失う事さえなければ、きっとこんな未来は訪れないと。
――信じて、いたのに。
小さく息を吐いて気持ちを落ち着けると、再び瞳を開いて彼らを見上げる。その先に、殿下に見えないように薄く笑みを浮かべるシェリルの姿が映った。
唐突だが、この私――ルイーズ・クレイトンは前世の記憶持ちだ。前世の私は小説やゲームが大好きな女子大生だった。
死んだ瞬間の事ははっきり覚えていないけれど、通学途中で事故に巻き込まれたのだと思う。大学以降の記憶はないし、病気をしていた記憶もないからだ。
…まあ、そんな前世の死因はこの際どうでもいい。
とにかく私はその前世で、この世界の事を知っていたのだ。
それは『君は僕の唯一』というゲームの世界。ヒロインである令嬢が見目麗しい攻略対象の青年達の心の傷を癒していき、身分差を乗り越えて最後には結ばれるという王道の乙女ゲームだ。
その中でも最も人気が高かったのが、第二王子カーレルとのストーリー。攻略対象とのストーリーを進めるには障害がつきものだが、このカーレルとのストーリーではこれまた王道というか、ライバルキャラが登場する。
それこそが、ルイーズ・クレイトン侯爵令嬢。
つまり、今の私だ。
筆頭侯爵家であるクレイトン家に生まれたルイーズは、カーレルと同い年という事もあり、幼い内から婚約を結ぶ事が決まっていた。お互いの意志はそこにはなかったが、婚約を結んでからは互いに王宮と侯爵邸を行き来し、それなりの交流をしてきた。
ルイーズは責任感が強く、聡明で、両親や王家の期待も正しく理解していた。だからこそ、カーレルのよき妻、ひいてはよき王子妃になれるよう、常に努力をしてきた令嬢なのだ。そんな彼女は、完璧な淑女としてヒロインの前に立ちはだかる。
礼儀作法も身分の別も弁えないヒロインに対し、ルイーズは厳しくそれを正そうとする。しかし、そうすればするほど、落ち込み、涙するヒロインにカーレルが惹かれてしまうのだ。ルイーズのような完璧さよりも、ヒロインの持つ脆さや儚さ、そして包み込むような優しさに。
そんな婚約者の姿を見てしまっては、さすがのルイーズも嫉妬を禁じ得ない。更にヒロインへの指導を厳しくするが、それは逆効果にしかならず。やがてヒロインさえいなければと考えるようになり、ヒロインを階段から突き落とすという事件を起こしてしまう。
幸い事件は未遂に終わったが、それを知ったカーレルにより、最後の学園卒業パーティで彼女は婚約を破棄され、彼はヒロインと婚約を結ぶのだ。ルイーズはヒロインへの嫉妬からいじめを行ったとして断罪され、侯爵家から勘当される。
…というところで本編は終了だ。
まあカーレルルートは、カーレル自身が金髪碧眼の王子という女子の憧れど真ん中だった為、人気があったわけだが、こうしてルイーズの身になってみると、酷い話だ。元々は貴族社会の規範を教えるという、実にまともな思考回路を持っていただけの常識人ではないか。それでなぜ彼女が家から勘当されて路頭に迷わなければならないのか。
王子が浮気心を起こしたのが全ての元凶だろうに。
そんな理不尽な運命を知ってしまった私は、何とかそれを回避すべく、ありとあらゆる努力をしてきた。学問・魔術の習得は勿論、淑女としてのマナー、ダンスのレッスン、王子との良好な関係作り、そしていざという時の為の人脈作りもだ。
「ルイーズ、何か申し開きはあるか?」
幾分落ち着いた声で殿下が問う。私は過去の逡巡を終え、真っ直ぐに彼の顔を見上げた。
「はい。」
私の澱みない声に、周囲が少しざわつく。それでも私は殿下から目を逸らす事なく、一歩前に出て続けた。
「まず、殿下。私との婚約を破棄したいとおっしゃるのでしたら、それは構いません。勿論、陛下や私の両親の了承を取っていただきますが。」
婚約破棄の了承をまず宣言する。その内容に殿下を含め、皆が目を丸くした。
「君は…破棄を受け入れると?」
「はい。ですが、まだお話は途中です。」
「…続けよ。」
信じられないという顔をしながら、殿下はとりあえず先を促す。私は少し意外に思いながらも一つ咳払いをし、続けた。
「殿下が私との婚約を破棄し、そちらのシェリル様と婚約を結ぶとおっしゃるなら、私はそれを受け入れましょう。ですが私は…クレイトン侯爵家の名にかけて、冤罪を受け入れる気は毛頭ございませんわ。」
「何?」
そう、私は婚約破棄は受け入れてもいいと思ってきた。殿下がそれを選ばれるのなら、甘んじて受けようと。
でも、冤罪だけは絶対にごめんだ。勘当も、お家取りつぶしも、処刑も、全部お断り。平民に降格くらいならいいかしらと一瞬考えた時期もあったけれど、私は家族が大切だ。彼らにまで汚名を着せる訳にはいかない。だからこの場で殿下達の言い分に従う気はない。
私は強い意思を込めた瞳を殿下に向ける。
「『シェリル嬢へのこれまでの行い』と殿下はおっしゃいましたね。私が一体彼女に何をしたというのでしょう?婚約破棄を言い渡される程の罪を犯したと、そうおっしゃるのですわよね?」
「…しらを切るつもりか?」
「いいえ。覚えがないので伺っているまでですわ。勿論証拠があっておっしゃっているのでしょう?」
私の言葉に、殿下の後ろに控えていた青年――確か宰相の息子であるグレンが進み出る。彼もまた殿下と同じく、こちらを蔑むように見下ろしていた。
「ならば私が話しましょう。シェリル嬢に対し、貴女は数々の暴言を吐いていますね。」
「いつの事ですか?どなたがそれを聞いていたのでしょう?」
「一度や二度ではありません。休憩時間や放課後、貴女がことあるごとにシェリル嬢を捕まえて、暴言を口にしていたと報告が上がっています。」
眼鏡を片手で押し上げながら、グレンが私を睨みつけた。それでも私は怯む事なく彼の瞳を見据えて続ける。
「では一例で構いませんわ。いつ、どんな事を私が彼女に言ったと?」
「…3日前、昼の休憩時間に『下級貴族風情が、殿下に直接声をかけるな』と。」
グレンが不愉快そうにそう述べるが、私は内心ため息を吐いた。
…安っぽいセリフね。
もう少しましな作り話をしてもらわないと、こちらの品位まで下がってしまうわ…。
「…そう。3日前。それは確かですか?」
「ええ。彼女の友人がそう認めています。」
グレンの言葉に私は再度ため息を吐く。
…証人が友人?その時点で証拠能力なんてないでしょうに。そんな事にも気づかない者が次期宰相候補とは…。
この国の将来を案じながら私は口を開く。
「3日前といえば、私は資料室で魔術教科の先生と資料整理をしておりましたわ。ちょうど昼休み中ずっとでしたわね。そのまま先生と午後の魔術授業に向かいましたから、先生にご確認いただければ分かると思いますが?」
「何だと?」
『先生』という証人を持ち出した私に、グレンが顔色を変えた。
「ずっと資料室にいた私に、なぜ彼女を罵る事ができるのでしょうか?」
「そ、んなはずは…。」
「そんなの嘘よ!私は本当にルイーズ様に…!」
今まで黙っていたシェリルが慌てたように叫ぶ。その声にグレンがはっとして表情を取り繕った。
「…一時的に部屋を抜け出す事くらいできたでしょう。」
「抜け出していないのは確認していただければ分かりますわ。それで、他には?」
「昨日、彼女は貴女に階段から突き落とされました。」
またも周りがざわついた。さすがに傷害沙汰となればそうなるかもしれない。
とはいえ…。
「突き落とされた時に、犯人の顔をご覧になったのですか?」
「ああ。そうだな?シェリル嬢。」
グレンの代わりに問いかけたのは殿下だった。いつの間にかシェリルは殿下の腕にしがみつく形で寄り添っていた。
「そうです。私、突き飛ばされた時にとっさに手すりに手を伸ばして、それで振り返ったらルイーズ様が…。」
「…そうか。もういい。」
震えながら涙を浮かべるシェリルに、そっと殿下が静止をかける。それは愛しい者への気遣いのようにも見えたが、どこかよそよそしさを感じさせた。私はその違和感に内心首を傾げながらも、彼女の証言に対し口を挟んだ。
「…なるほど。突き飛ばされたけれど、手すりを掴む事ができたから無傷だったわけですか。」
「なんだその言い方は!怪我をしなかったからいいという問題じゃないんだぞ!」
後ろでずっと私を睨んでいた青年――ザキ・ブライトンが叫ぶ。確か代々騎士の家系のブライトン子爵家の二男坊で、次期騎士団長候補という噂の男だ。彼もまたシナリオ通りにシェリルの取り巻きに成り下がっていたとは。
「…そんな事は申しておりませんわ。ですが、本人の証言だけで犯人と決め付けるのは些か早計ではありませんか?」
「しかし、貴女が無実だという証拠もないでしょう?」
グレンが眼鏡をクイッと上げるしぐさをして私を見下ろす。
…ああ、不愉快だわ。とても。
早く切り上げて帰りたいと、切に思う。だけど、この愚か者達を放置して帰るわけにはいかない。仮にもまだ王子殿下の婚約者という立場にいる者として、この場を収めずに去る事は許されない。
「…左様ですか。分かりましたわ。そこまでおっしゃるなら、私が自分の無実を証明いたしましょう。」