忘れ物はないですね、それでは新たなる答えを求めて出航です!
閑話のつもりでお読みください。
小鳥のさえずりで目が覚める。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
僕の目覚めと同時にプルンが顔が目の前に現れる。
「おはよう」
極度の疲労での熟睡により精神的には休むことが出来たが、戦傷と筋肉痛が肉体を蝕む。
冴えない目で辺りを見渡すと大きな木の下にいることが分かった。
一瞬パニックに陥るがじわじわと脳と目が平常に戻り、昨晩の出来事を思い出す。
木の実が沢山ある木を見つけたこと。
少し危険ではあったが、村人が使っていた停泊所に船があると狙いを定めて距離を考えた結果、木の下で一泊すると決めたこと。
途中で寝てしまったが魔法について聞いたこと。
このボーッと何かを考えている時間は何とも言えない幸福を感じる。
だが、そろそろ出航に向けて動き始めなければいけない。
「ねぇプルン、どのくらいで出発するの?」
「そうですね、マスターがご都合がよろしければ今すぐにでも出発したいところですが、どうですか?」
「そうだなぁ……朝ごはん用と、船で食べる用の木の実を取ったら出発しよう」
「承知しました」
赤いリゴの実、橙色のオレの実、紫色の木の実が木に実っているのだが……この紫色の木の実の名前だけが思い出せない。
何だったかと考えプルンに問う。
「プルン、この実の名前はなんて言うんだっけ?」
「それは、ブドの実といいます。マスターの大好物ですが……忘れてしまったのですか?」
「それだ!ド忘れしていたのかな……ありがとう」
悩んだ末に、リゴの実とオレの実を2つずつ、ブドの実を多めに4つ、葉に包んで持っていくことにした。
「では出発しましょうか」
そう言いながら荷物をまとめ、僕らは寝床をあとにした。
道のりはかなり平坦だ、大きな障害物もなく木々が日光を遮ってくれていることにより、十分歩きやすい。
なのに何故住民はこの地を去ってしまったのうだろうか、特別な理由でもあったのだろうか。
「プルン、この島はどんな島だったの?」
「私も深くは知らないので経験でしか話せませんが……特徴としては村人同士が仲のいい印象でした。
村の発展自体は最低限ではありましたが生活に支障はありませんでした。それと年に1回火を囲んで神様に祈りを捧げる『燃天祈祭』という祭りがありまして、遺跡で見せた絵もその時に描かれたものです。
ルートからは少し外れますが日常でも祀るために作られた岩があります、旅を何事も無く済ませるためにお祈りへ行きませんか?」
「プルンは、昔からこの島にいた訳では無いんだね」
「ええ。私はマスターが子どもの頃に遠い場所から来たものですから」
「そうなんだ……。この旅の途中に故郷にも帰れたらいいね、それじゃあその岩の所に行こうか」
「私の故郷...ですか……それでは、行きましょうか!」
故郷のことを話す時、寂しそうな声だった。謎は深まるばかりである。
─────
これまでただ真っ直ぐに変わらない風景を歩いていたが、ここで右へ曲がり少し進むと丸太で作られた階段が現れた。
丸太の大きさは不均等で数箇所折れている木もある、お世辞にも立派な階段とは言えない。
聞いたところによると元々一つしか階段はなく、不便さを補うために村人達が有志で作ったものらしい。
正規の階段は真反対にあり回り込むには時間がかかるらしい。
それでもプルンは僕を心配してか、目の前にある階段を避けようと説得してくれたが何事も経験なので賛同はしなかった。
高さはそこまでではないが思った以上の不安定な足場のせいか中々頂上に到達することが出来ない。
太陽光を遮るものはなく汗は体中から噴き出し、異常に息が上がる。そんな思いをしながらもようやく登り切った。
だが、目に映るのは真っ青な海と空、自然ばかりで人工物は何も無い。
「村の消滅は百歩譲って了承出来ますがここは神様が祀られている場所ですよ?ここも村も第三者によるものに違いないですね。
なら一体誰が何の目的で、そうですオークに違いありません」
これまで以上に焦っている、その証拠に自問自答を繰り返している。
「異常事態なのは十分わかる。ただ焦っていても仕方が無いよ、それを知るために僕達は進むんでしょ」
と撫でながら落ち着かせる。
プルンが緊張を解してくれたように、お互いに心のケアをするのが最高の関係なのではないだろうか。
「申し訳ございません、取り乱してしまいました」
「誰にでもあることだよ、それより形はなくとも祈りは通じると思うよ」
手を合わせ僕は祈る、僕の目的とプルンの目的の達成を。それと一目でいいから神様に会ってみたい、と。
「プルンは何を祈ったの?」
「マスターの健康ですよ」
と恥ずかしそうに目を逸らしながら言う。
「ありがとう、なんだか照れるな」
と言うと謙遜しながら照れ始める。
「私がマスターを思うなんて当然ですよ。さぁ船の位置まで行きましょうか。階段を降りて少し歩いたところですよ」
「早く船を見てみたいから下まで競走しよう。よーいドン。」
「えっ、ちょっと」と止めるプルンに聞く耳を持たずに2段飛ばしをしながら階段を渡った。
─────
磯の香りが近づきその先にお目当てのものを見つける。
小さな砂浜の真ん中には、人が3人乗るのがやっとであろう使い込まれた木製のボートが、波に当たり僅かに揺れている。
船の上には恐らく波をかき分けて進むための平たい木、その中に食べかけの黒ずんだ果物がある。
帆は無く、時折やってくる少し強い波でも、ボートは波に攫われたさそうにその身を飄々と揺らす。
最低限な設備に『本当に大陸へ進めるのだろうか』と『そこまでしてこの島に来た理由』の2つの疑問が思い浮かぶ。
僕が乗っても軋みそうな船だ、果たしてあの巨体を持つオークは本当にこの船に乗って島まで来れたのだろうか。俗にいう「我楽多」に等しい、主無きおんぼろ船をしかめ面で僕は観察する。
「……本当にこのボートで大陸に行けるのかな?」
「経験からいくと、この天候であれば時間はかかりますが……間違いなく行けるはずです。しかも!マスターは一切漕がなくてもいいんです!」
そう自慢げにその身を張る。太陽光でプルンの体が輝く。
「それってもしかして、君一人で漕ぐ気?」
「半分正解で半分不正解ですね。さぁ!私に『分裂』と命令してください!」
言われるままに「分裂」とつぶやくように命ずる。すると何のトリックか、プルンが急に痙攣に似た動きをはじめ、彼の右半身だけがグロテスクにドロリと溶ける。
その溶けた白い物体は、本体から糸を切るように切り離され、直ぐにハリを取り戻す。
顔のくぼみもすぐに表れ、そっくりそのままプルンが2体になってしまった。
「す、すごい……両方とも、プルンなの?」
「どうですか!これが100点満点の答えです!
体と変形できるサイズは小さくなりましたが、性能はそのままです!」
二体が声を合わせて言う。
変わったのは見たところ、大きさだけだ。それ以外に何も変わりはない。
変形できるサイズが小さくなったことで戦闘向きではないかも知れないが、あの便利な能力が倍になったことは色々な応用ができるのではないか、一見すればメリットしかないすごい能力だ。
「えっと……2人になってしまったけど、君達はそれぞれ別の人格があるの?」
「いいえ、私はただのコピーですから同一人物です。
ですが、長期間離れてしまうと別個体になり、元に戻れなくなってしまうのです。
それと本体とコピーは視覚と聴覚を共有できるので、離れた所でも連格が取れるのです!」
とコピーの方のプルンが答える。
「また分裂は本体にしかできない事と命令は別々にできる事と拳サイズ位までは分裂が可能な事を付け加えますね」
と本体のプルンが言う。
「まさか2人のプルンが漕ぐっていうわけじゃないよね?」
「さすがマスター、鋭いですね!」
「あ、そうなんだね」
何か心をくすぐられるものを見せられ、作戦も更に上に行く答えが帰ってくるかと思ったが原始的なものだったので少しガッカリしたが、あの喜んだプルンには言えるはずもなかった。
─────
「よし、これで出発の準備は完了だね」
プルンと荷物の確認を済ませ、さっそく船に向かおうとしたがプルンが海岸沿いの木の近くで僕を呼ぶ。
「マスター、こちらです。最後にあれを持っていきましょう」
プルンが木の上を指し示す。見ると背の高い幹に大きな葉っぱ、黄緑色の木の実が数個ついている。
森で見た木とは明らかに外見が違う。
「あれって確か…」
「何か…記憶があるのですか?」
「あれに対する思い出はわからないけど、名前だけは知っている気がする……コーナツの木だよね、でも何に使うんだい?」
コーナツの木を何に使うのだろうか、あの大きく膨らんだ木の実が目的なのかな。
名前だけ知っていても用途がわからないなんて覚えていないのと一緒じゃないか。なんて中途半端な記憶なんだ。
「他の実同様名前だけですか。なにか法則でもあるのでしょうかね。
ひとつでも思い出して貰いたいので説明しますね。コーナツの木とはこの島だと砂浜にしか生えない変わった木なのです。
あの木から取れる実と葉は私たちの役に立つので、是非いくつか貰っていきましょう!」
と言われるがままに着いて行った。
なるべく低い木を選び、木の根元に行き見上げる。
「それにしても高いねー……登ってとるの?」
並んでいる木の中でも一番低いものを選んだが、それでも木はかなり高い。
オーク2体分といったところだろうか。
「本来はそのやり方ですが、私を長く先端を鋭くすれば手の届かないところも簡単に届いてしまうのです!」
「本当に便利な能力だね」
「それほどでもないですよ」
と照れながら言う。褒められることが好きなのだろう。
プルンを細い棒状に変化させ、行動に移す。
葉は適当に棒を振り回すと、茎が折れて垂れ下がり落ちてきたが、実の狙いが定まらず少し苦戦をしている。
勢いをつけ、何度か振り回すと一発実に命中。
当たり所がよかったのかすぐに落下し、砂浜にめり込んだ。頭に落ちたら大惨事になること間違いないと思う。
身の表面はすごく固く叩くと中から音がする。空洞になっているのだろうか。
「プルン、本当にこれは食べられるの?」
「食べることも出来ますが水分補給として持っていこうと思っております。実際に振ってみてください」
少し疑いながらも振ってみると本当に水の音がした。
あまり水を飲んでいなかった今、これほどありがたいものはない。
「凄いね、試しに飲んでみてもいいかな?」
「それでは私を使って穴を開けそこから飲んでください」
「分かった、穴を開けるように細く鋭くなって」
大雑把な命令でプルンには悪いが早く飲みたい。
自分でも抑えられない程の欲が出ている。
穴からこぼれる果汁と、ほんのりと香る甘い匂いに耐えられず下品だが貪るように啜った。
ぬるく、味も少し甘味があるくらいで美味しいとは言えないが、この場ではこれで十分だ。すぐに最後の一滴まで飲み干してしまった。
僕の飲み姿にプルンは目を丸くしている。
「気に入ってもらえてよかったです。実は先ほどのように水分補給に使えますし、葉っぱは日除けに使えますので持っていきます」
「この2つがなかったら干からびていたかもしれないね……生き返ったよ」
おかわりをしたい気持ちを封じ込め、木の実を3つと葉っぱを4枚持ち船へと戻る。
船に荷物を何往復かして積み込み、プルンと乗り込む。
「忘れ物はないですね、それでは新たなる答えを求めて出航です!」
「おー!」
未知の邂逅への期待を胸に秘め、まるで不安をかき消すように僕は大声を出した。
船は完全に砂浜から離れ僕は太陽に見守られながら初めて島を出る。
ゆっくりと離れていく島を一瞥し、海のほうに視線を移した。
─────
この海は本当に綺麗だ。
海面には小魚が群れを成して動き、そこよりも深いところから大型の魚が、空からは鳥の群れが狙っている。
小魚は群れの形を変えることにより牽制をしているが、食物連鎖の上にいる者達は恐れずに小魚たちを狩る、稀に餌を取り合う瞬間が見られる。
自然界の原則をこんな近くで見ることができて嬉しいが……同じような光景はさっきも見た。
体感だが1時間もたつのに、距離はさほど進んでいない。
プルンはオールを口で咥えながら前に進むように跳ねることによって船を動かしているため話すことが出来ない。
頑張っているようで何よりだが、何度か交代を名乗り出たのだが「マスターは腕を安静にしといてください」の一点張りである。
「あのさ……プルン」と声をかけるが、プルンは僕を未だ気遣っているのか「私の心配は要らないですから、安静にしといてください」と戒めて漕ぐのをやめない。
「漕ぐのは諦めたから聞いて欲しいんだけど、色々聞きたいこともあるし話し相手が欲しいんだけど小さく分裂して貰えないかな」
「申し訳ございません、漕ぐのに夢中で気が周りませんでした」
「いやいやこっちこそ動きを止めてしまってごめんね」
「いえいえ」
と言い手のひらサイズの分身を与えてくれて一回り小さくなったプルンは直ぐに行動を再開した。
口には出さないだけで部族のことが本当に心配なんだろうと見たらわかる。
最初に何を話そうか迷った結果、昨日聞きそびれた魔法について聞くことに決めた。
「昨日途中で寝ちゃったから魔法のことをもう一度教えてくれないかな?」
「昨日はかなり濃い一日でしたからね、分かりました。
基本から話しますと、魔法とは生物が自然の力を思うがままに使うことを言います。
水、火、風、土の四属性があり、水は火に、火は風に、風は土に、土は水に強いのです。
特例ですが、勇者だけが扱える光属性の魔法は、魔族に絶大な効果があるといいます。
対して魔王だけが揮う闇の魔法は反対に、魔族以外のすべての生物の生命を枯らす力を持っています」
小難しい話に早くも後悔し、興味を失いつつある僕に「マスターから聞いたじゃないですか!次は魔石の説明ですよ!」と頬を膨らませて言い、プルンは説明を続ける。
「魔族は体内に魔石と言われる石を持っており、一属性のみ扱うことができます。
人間の魔石は無色透明でそれ自体に力はありませんが、あらゆる魔石に呼応してどんな属性でも使える特徴を持っていますね。
魔法はただ放出するだけでなく、脳内でイメージした形にすることも出来ます。ですが使いすぎると個体差によりますが体を蝕みます。例を出すと昨日のオークですね。奴のようにあまり感情的になっても、侵蝕を進める原因になるのでお気をつけください。」
魔法についてはよく分かったが……しかし勇者と魔王とは一体なんのことなのだろうか。
「勇者と魔王って何?もう少し詳しく教えて貰えないかな」
その問いには特に眉間にシワを作りながら考えている。プルンも悩むことがあるのだろうか。
説明しやすくするためなのだろうか、言葉をよく選んでいるようだ。
「勇者につきましては、古い書物からの引用ですがカルミア様で四代目勇者になります。
代を重ねる毎に魔王を追い詰めたそうですが……カルミア様は魔王との相打ちになったと思われます。
勇者が死ぬと新たに生まれる赤子に力が宿り、出産時に輝いているそうです。
周りからは神の化身と呼ばれ、もてはやされていましたが……私はその称号が彼女自身を、使命に縛り付けてしまっていたように思えますね。
魔王につきましては前述のとおり
闇属性を使うこと。
魔族の長であることマスターを一度殺した張本人であること。
このぐらいしか分かりません」
話を聞く限りではカルミアさんは凄い人なんだな。
「あとその魔王に殺されて僕は100年後に蘇ったんだね。でもどうして僕を蘇らせたの?」
「それはカルミア様にお願いをされたのです」
「カルミアさんが?」
「はい、魔王の手によって死亡したマスターを心配して
『早く村に帰って必ずパークスを復活させなさい。何年経ってもいい、どんな方法でもいい、必ずよ....』と最後の命令をされました。
結果として100年の歳月がかかりましたが……晴れて今回達成することが出来ました。
本当にお二人共の仲が良かったので助けたかったのでしょうね」
自身が死んだ想像なんてできないし、したくもない。
嫌なことが消えるのは嬉しいが、魔王への怒り、恩人への感謝の心、その他の代償が大きすぎる。
しかし、命令の中の『何年経ってでも復活させろ』という指示に疑問を感じる。
死を覚悟している者の言葉だ。プルンが言っていた『相打ち』を先に見越していたからこその発言なのだろうか。
死者を蘇らせるなどという荒唐無稽な計画を咄嗟にするほど焦っていたのか。
しかしそんな状況の中でも僕のことを心配してくれる、なんて優しい女性なんだ。
(カルミアさん、ありがとう)
目を閉じ、空へ向かい手を合わせる。
本当は直接お礼を言いたいが、既に叶わない願いなのが残念だ。
「マスター、何をされているんですか?」
「カルミアさんに感謝を伝えているんだ、プルンもありがとう」
「いえいえ、当然のことです」
と笑顔になりながら言うと、僕に続くように目を閉じ、空へと向いた。
─────
相も変わらず太陽は、身を潜めようとはしない。未だ空の天辺でごうごうと波打つ。
右腕とプルンに写る僕の顔は赤く染まり、何かに当たるだけでも叩かれたような痛みである、左手と両足はコーナツの葉で覆っているため無事だ。
この光は体の水分も大いに奪う、多くの木の実を持ってきたが、各木の実も残り一つずつまで減らしてしまった。。
この青い実だが、名前を急に忘れてしまった、一番好きな実なのに。
味を口の中で思い出せるほどなのに何故なのか、名前だけが頭からぽんと抜ける。
しっかり掴んだものが隙間からするりと落ちるような感覚だ。
「プルン、これの名前ってなんだっけ?」
プルンの前に差し出す。
「ブドの実ですけど」
何かに違和感を持った表情で返答する。
そうだブドの実だ。
その名に何も拒絶することなく脳は受け入れる。だが、直ぐに忘れそうになる。
たった二文字なのに、他の名前は1度で覚えたのにどうしてだろうか。
「それにしても朝も今も『ブドの実』だけ聞いてくるなんて不思議ですね、偶然なのでしょうか」
「確証はないけど偶然とは思えないんだよね。
自分のことは覚えていないけど『写真』や『ボート』といった物は何も言われなくても記憶にあるんだ。
木の実だってそうだ……他の名前は分かるのに、ブドの実だけ黒く塗りつぶされたように忘れさせられてしまう」
「例が少なすぎるので何とも言えませんが、好きなものが関係してくるのでしょうか。あくまで個人的な考察ですけど」
「好きなものを好きと知らないまま見逃すなんて……なんだか嫌だな」
「まあまあ、その答えを解明するために私達は海に出た訳だってマスターが言ってくれたじゃないですか。ゆっくり少しずつ見つけていきましょう。きっと、見つけられますから」
そうだったな。もっとしっかりしないと。
独り言ち、ブドの実を一粒口に放り込む。
甘酸っぱいやさしい刺激が、僕の頭に焼き付いたように思えた。
─────
「マスター後ろを見てください!あれが目的地です!」
言われたままに後ろを振り向くと、遠くて小さいが存在感の塊が海を断ち切るようにそびえ立っていた。
「おーー!あれが大陸か」
島とは比べ物にならない広大な自然に心が高揚する。
あそこには何があるか、どんな危険が眠っているのか、想像を繰り返しても、無知の具現化である霧が正体を隠す。
だがそこにはきっと、光り輝く何かがある。
早く行って確かめたい、船の上は退屈で何をするにも気力が湧かなかったが急にやる気が出てきた。それに知識欲は行動力に繋がることが分かる、壁にぶち当たった時はこの事を思い出そう。
「プルン、やっぱり代わってくれないか?」
プルンには言えないが絶対僕が漕いだ方が早い。
ようやく大陸が見えたのにまだこの速度ではいい加減限界だ。
「何度も言っていますがダメなものはダメです。体を少しでも休めないと、事故があってからでは遅いですよ」
「なら、右手だけでもいいから!それならいいでしょ?」
と言うと、しぶしぶ右手だけ変わってくれた。
「絶対無茶だけはしないでくださいね」
「分かってるって」
二つ返事で答えるとオールを握り感触を確かめる。
「それじゃあ行くね、せーの!」
この興奮をぶつけるように腕を素早く回した。
「速いですって~」
水面に震えた声が走った。