どうかされましたマスター?
処女作です。合作です。
痛みの先にあるものは無であった。
四肢を切り落とされ、虚ろな僕の目線の先には、儚くも眩い光に包まれた幼馴染と、直視するだけで狂いそうな程の禍々しいオーラを纏った魔王が佇んでいた。
暫しにらみ合いを続けていた二人だったが、瞬刻、両者剣を構え攻防が始まった。
僕は少し離れた所で事の成り行く様を眺めることしかできずに、芋虫のように体をうねらせ、なんとか目線を彼らの戦いへ向ける。
耳が痛くなる程の甲高い音、そんな音など露知らず、彼らは一切気にせず剣を振っている。
彼女は間一髪攻撃を防いでるのに対し魔王は針の穴を通すように作り出した決死の反撃をこれ見よがしと巧みに捌く。そのような状況ながらも彼女は時折、こちらを見て心配そうな顔をしている。だが、体は既に満身創痍の僕が出来ることは、ただ心の中で祈ることだけだった。
そんな中発展があった。彼女は激闘の最中でもこちらの様子を気にかけてくれていたが、その一瞬の隙を付かれ剣を弾かれた。
宙に舞う長剣、その直後に魔王の剣撃を胸に一太刀受けてしまった。輝いていた光も闇に飲み込まれるように弱々しくなっていく。
魔王の闇の気は彼女の光輝くオーラを飲み込み、歓喜に震えるように、まるでオーラ自体が一つの独立した生物のように蠢いた。
力なく倒れる、その体からは鮮血が脈打つと同時に滲みでていた。
「カ、カルミア……!!」僕は最後の力を振り絞り叫んだ。
だが、その叫びで僕は残る全ての力を使い果たし、事切れた。
意識がまだあると気づいたのは、いつ頃からだろうか。
僕は魔王との戦いで確かに死に、不満ながらも虚無を享受したはずであった。
だが、指が動く。目をきつく閉じる感覚もある。
握りこぶしを作る。目を薄く開けてみる。
体を起こし、辺りをみると、僕は薄暗い空間にいることがわかった。
切り落とされたはずの四肢は何事もなく元に戻っており、何故僕はこうやって生きているのかと疑問に感じながらも、付近の様子を伺うために歩き始めた。
見渡す限りに暗がりのまま、少し歩いてみると、眼前に父と母、そして村の人達が立っていた。
僕は声を震わせながら「ごめんなさい」そう彼らに伝えた。涙を浮かべながら僕は彼らに歩み寄っていくが、その時20人程いた人々の頭が切断され地面へと落ちる。
切断面は血が出るでもなく、首の断面は黒く濁って視認できない。
「人の……頭が落ちてる。」気味が悪かった。
泣いている僕の目の前に現れる生首。
彼らが何者なのか思い出せない。頭の中で彼らに関する様々な情報が削り取られていくような気がした。
一体何を見せられているのか。この情景が僕に何を伝えようとしているのか。
まず浮かぶ問題として、ここは夢の中なのか。それともあの世なのか。
しかし、考えようにも手がかりすらない、答えは出ず、僕は名も忘れた死体から逃げるようにまた歩き出した。
少し歩くとまた人がいた。
巨大なステーキがオススメな酒場のオーナーに鍛冶屋のおじさん、宿屋の看板娘がいた。懐かしい気持ちで駆け寄っていくも、また首を刎ねられ地面へと落ちる。
「まただ……誰だ、これ。」
先ほどと同じ光景と感覚。またも彼らを思い出せない状況である。
だが、先程と違うのは、落ちる生首に対する恐怖感を凌駕する「好奇心」が、僕の中に芽生えて唸っていたということだった。
それからは、歩いては生首、歩いては生首の流れが続くばかりだった。人間以外の生首が落ちているとこもあった。
歩いている内に分かったのは、首が落ちる前はその者の素性や名前がはっきりわかるが、落ちてからはその者のことが何も分からなくなることだけだが「明らかに何かに近づいている」そう考え、
高まる探求心の赴くままに進んでいく。
だが、次に出会った人間は他の者とは少し違った。
少し離れたところに赤髪の女性の後ろ姿があった。彼女は僕にとって大事な人、すぐに駆け寄り名前を呼ぶ。
「カルミア!」
しかしその直後、他の者たちと同様に首は落とされ、肉塊に変わる。
肉塊になってから感じたものでこれまでと明らかに違ったのは、明らかな喪失感だ。
切断されたとき、まるで僕の心すらも傷つけられたような悲しみと、言い様のない絶望感に包まれた。
これまでに経験したどれよりも大きく、僕は膝を折り、地に手をつけ声をあげず嘆いた。「なんで、ここまで心が淋しくなる……」
歩き続けていればこの世界から抜け出せると思っていた。しかし、眼前の女性の死亡は、僕の心に大きな穴をあけ、結果、答えからは遠のくことになった。
度重なる謎に呆れ果て、「永遠に歩いていよう」とやけになって立ち上がった瞬間…
─────
「お、お、おはようございますマスター」
ゆっくりと目を開けるとそこには、白くプルプルとした物体、と、その艶々した物体の表面にボンヤリと映る真っ裸の変人……僕の姿が見えた。
どこから声を発しているのか、そして涙腺があるのだろう、涙を流しながら話しかけてきている。
まるで、何年も会えず、ようやく再開した親子のように泣きながら話しかけてくるのだが、僕はこいつを見たことはない。
「あの、誰かと勘違いしていないかい?僕は君の主人なんかじゃないよ」と言う。
するとこいつは「いいえ、いくら100年経っても、私は決して忘れませんよ。それにマスターを再び蘇らせたのも私ですから。人違いではありません。必ず!」と返事をする。
「100年?蘇らせた?一体なんのことを言っているんだ」
記憶にないことばかり言われ、呆然としていると
「何もおかしい事なんか言っていません、事実を話しているだけですとも。ええ」とまた畳み掛けるように話を続ける。
(ふざけているのか?こいつは)
余りにも現実離れした話を一方的に言われ徐々に溜まっていた怒りが爆発する。「人をからかってそんなに楽しいか?そもそも、お前は誰なんだ!あと、ここはどこなんだ?!お前はさっきから何も語りやしない!
早く俺を家へ……いえ……へ……あれ?」
そこで初めて気づいた自身の異変。
家の形を思い出そうとしても、思い出せない。
周りの風景すら思い出せない。
家族は何人いたのかも。
僕に帰る家なんてあるのだろうか。
家だけではない、僕は僕という存在が何者なのかすらもわからなくなっていた。
公園で遊んでいる子どもですら自分の年齢や名前は分かる、なのに僕は何一つ分からない。
おでこを抑えながら眉間にシワをよせ、考えていると、また声が聞こえる。
「どうかされましたマスター?」
目線を横に向けると、先程よりもだいぶ小柄に、丸くなった白いヤツが尋ねてきている。
僕も体勢を変え、彼に自身のことについて尋ねることにした。不服だが今現在、僕のことは僕よりも、この生意気にぷるぷるしている生物のほうが詳しいのだろう。
「あ、あのさ、僕の名前ってなんなの?」
白いヤツは一瞬驚くような表情を見せたが
「ヴェル・パークス様ですが、それがどうかしましたか?」と答えてくれた。
「それが、自分のことが思い出せないんだ。
それだけじゃない……君のこともわからないし、君の言っていることが何もかもわからないんだ」
すると白いヤツは考えるように止まり、何か思い出したのか、バタバタしながら僕の後ろから一枚の写真と鏡を取り出し僕に渡してくれた。
鏡を見るとそこには黒髪短髪の男がいる。
焦げ茶色の瞳。程よい短さに髪は整えられている。美しく、艶のある肌。
薄紅色の唇は、100年も眠っていたとは思えないほどにその弾力とハリを保っている。
こちらを見ているそれは、まぎれもなく僕の顔なのだろう。
初めて見る僕の顔にピンと来ないが、悪くはないようで少しホッとした。
次に、一緒に渡された写真を見ると、そこには大きなケーキを囲う大勢の老若男女が居て、真ん中には僕と赤髪の少女とがケーキに立てられたロウソクを仲良く消していた。
みんな笑顔だ。
「この僕の隣にいる赤髪の子は誰?
それと、君の名前も。
あと、このケーキの写っている写真には君は写っていないけど、なんで?」
と聞いてみた。
この白い生物は僕に対して馴れ馴れしいが、記憶を無くす前の僕になついていたのなら、誕生日の情景であろうこの写真にこの生物が写っていないのはおかしいのだ。
「私の名前は『プルン』と言います。
その赤髪の方はもう1人のマスター、カルミア様です。
私がいない理由はですね……今は秘密です.......すいません。」
言いたくなさそうな様子だった。表情はわからないが、悲しそうな声をしていたので、深く探るのはやめた。
写真をもう一度見ながら考える。朗報なのは、いくらか話を聞いて分かったこともあったことだ。
写真に写る僕には交遊関係が多そうだが、僕は全て覚えていないこと。
さっき言ってた100年間のブランク
以上のことから、僕は記憶喪失をしているという結果に行き着いた。
そのことを伝えると
「やっぱり、そうですよね……」
と言いながら1枚の赤い布と汚れた靴を取り出した。
年季が入っているようで、かなり古びてボロボロだが、辛うじて破れたりはしていない。
「これを身に付けてください」
と言いながら渡してくれた。
「どこかに行くの?」と聞く。するとプルンは
「外に出て色々見ればなにか思い出すかも知れません」
と元気よく返事をして遺跡の出口に走っていった。
そう言われ僕は布を肩に羽織り靴を履き、後を追うように外に出た。
外は雲ひとつない晴天である。僕達が居たのは小高い丘と崖の上にある洞窟で、眼下に広がる森の先にはきらびやかな海があることから、どうやらここは島のようだ。
森の中からは長閑な小動物の鳴き声が聞こえる。
僕はノスタルジックな気持ちになっていたが、隣にいるプルンはどうもそうではないようで、プルプルしたからだを揺らしながら動揺していた。
「どうかしたの?」と聞くと
「た、大変です。む、村が消えてます!先に行って見てくるのでゆっくり来てください!」
と叫び、1人で崖の下に飛び降りてしまった。崖の下を見ると何事も無かったかのように着地し、森の中へ消えていく。崖の高さから戸惑いもあったが尻を引きずりながら滑り降り、プルンを追った。
森の中は迷路のようであったが、この100年の間につくられたのであろう、簡素な街道があり道には迷わなかった。
少し走るとプルンが跳ねながら進んでいるのが見えた。
少し離れた僕にも聞こえるような荒い呼吸をしていることから、彼は一生懸命進んでいるのだろうが明らかに遅い。
先程まで目を離すと見失うほどの距離だったが、疲れたのかもう隣まで来ている。
「やっと追いついたよ、なんで先に行ったのさ」
「すいません、村が、無くなっていたので……居ても立っても、居られなくてっ……それにしても、マスター速いですねっ……」
プルンは速いと言っているがただの駆け足だ。
プルンは致命的に足が遅い。歩いた僕にでも追いつけない速度である。
「そんなに急いでるなら僕が担ごうか?」「いやいや、マスターである方にそんな事頼めませんよ」
そう言っているがこのままだと日が暮れそうなので無理矢理担ぎあげる。あまり大きくないため軽く、簡単に持ち上がった。
「ひぇえ!だ、ダメですよマスター!僕のことは気になさらず!」
「いや、いいよ。このままの速度なら日が暮れて昇るさ。それなら担ぐほうが速いだろう?」
「そ、それはそうですが」
細々と言い訳がましく喋るプルンを無視して、僕は街道を駆けていった。
森を抜けると原っぱに出た。
プルンの言う村は確かにないが、数箇所不思議な場所もある。周りの草は腰ほど高さなのだがそこだけ草は生えていない。おそらく村の跡地だろう。
「プルンが最後に見た時には村はあったの?」と確認すると「はい」と二つ返事で答える。
「村もありましたし、人も住んでいました。この100年で何処かに引っ越してしまったのでしょうか……」100年の間のことは知らないがプルンの言ったことに対しなにか引っ掛かる。
「思ったんだけど、引っ越すだけなのに故郷を壊して綺麗さっぱりにするのかな?すこし辺りを調べた方がいいのかもしれない」
そう言い僕は探索を始めた。
跡地らしき場所の他にも何かないかと、周りの草を分けて探したが建物のパーツや日常生活といった物はなく、何もかもが消えている。
「おーいプルン、なにか見つかったー?」
「何も見つかりませーん」
プルンは少し離れた場所で探しているが、お互いに何も見つからない。本当にここに村などあったのかと疑いながらも作業をしていると、前の草が少し離れた所で草が揺れた。風かと思ったが明らかに揺れがこちらに近づいて来ている。
恐らくプルンだろう、「プルン、見つかったか?」と聞いてみるが返事はなく、
「ヘヘッ」
と薄汚い返事が返ってきた。
「どうしたんだ?悪いキノコでも食べたか?」
そう言っても帰ってくるのは笑い声。プルンではない。
不気味に思い後ずさりするが、その声は後ろからも聞こえてくる。僕は既に囲まれていた。
正体不明の何かに怯えて立ち竦んでいると、草をわけてその正体が現れる。
身長は草よりもやや低く3頭身で痩せ型、だが最低限の筋肉がついており、指先には短いながらも鋭い爪が生えている。
蛇のような目をしており、尖った耳まで備えており、肌は緑だが体のあちこちはその生物の糞らしきものが付いており、汚く悶えるほどの悪臭がする。
その生物は細い鼻を向けヨダレを垂らしながらこちらによってくる。同じ種類の生物が左右からも現れ完全に退路を塞がれる。
しかし、先ほどまで怯えていた僕はなぜだろうか、逃げるという選択をする意志が無くなっていた。目の前の醜い生物に対する殺意が脳内を駆け巡っている。まるで自分の体の中に強い殺意を持つ何かが暴れて、僕の体を乗っとらんとしているかのようだ。
辛うじて残っている理性で本能的に体は抑えているが、今にも爆発しそうな状態である。プルンを呼ぼうとも思ったが思ったように声が出ない。何か策を生み出そうとしても、頭が働かない。
ただ固まり睨み合いをしていると、左後方の仲間がこちらに小石を投げてきた。
次の瞬間、押さえていた原因不明の殺意が鎖から解き放たれ、僕の体を強引に乗っ取る。
僕ではなくなったその男は、そのひょろりとした軌道を描いて飛ぶ小石を宙で素早く鷲掴みにした。
覚えているのはここまでだった。目の前には木の枝が目に刺さり、動かなくなっている3体の生物と肉片と、震えているプルンがいる。
いつの間にか殺意は消え、強い倦怠感が生まれている。
ひどく怯えている様子で「マ、マスター……?もとに戻りましたか……?」と問いかけてくる。
「変な音がしたので様子を見に来たのですがこのゴブリンを殺したのはマスターですか?」
「ん?何のこと?」
疲れからか、呆けた声が喉から漏れる。
「自分の手を見てください……」
そう言われ見ると、そこにはゴブリンと呼ばれている生物のものであろう体液と、同じ色の液体がびっしりと手についている。「なにっ……これ」気持ち悪かったが驚きはしなかった。恐怖が勝っていたのだ。
「どうやって3匹のゴブリンを退治したのですか?しかも木の枝で、全身ぼろぼろで千切れそうなほどにですよ。」
死体を観察しながらこちらに背を向け、質問をしてくる。
「よく分からない。まただ……また記憶がないんだ。そのゴブリンが襲いかかってきた瞬間から意識がなくて。
手に血が付いているが、僕はやってない。
誰かが助けてくれたのかもしれない.......」
「いや……予想ですが、それはないですね」
「確信があるのか?」
観察が終了したのかこちらを向き直り言った。
「そっくりなんです」
「何が?」
「100年前のマスターが、ゴブリンを退治した時の傷にそっくりなんですよ」