1話 出会い
初投稿
魔族との最終決戦に打ち勝ち、繁栄を極める帝都イェルヒース。平和が訪れて久しいレミシア帝国の帝都を守る騎士団の中に一人の男がいる。
古の神ゼロスの名を持つこの男は大層な名前の割には大した活躍は一度もした事がない。何処にでもいる普通の男であった。
そんな男が今、騎士団幹部の証、聖騎士の称号を持つジョバンニ・スフォルツィエの元に召集されていた。
「はぁ……さる貴人の護衛ですか……?」
「そうだ。出発は明朝の6時、お前を含めた数名で馬車に乗った対象を北のヴァーンデン王国の首都カーバムまで護送する」
「ヴァーンデンのカーバムまで⁉︎それはまた結構な長旅で。もしかして重大な任務なのでは」
「騎士の任務に重いも軽いもない、受けた任務は全て等しく命を賭して果たすべきものと思え、さぁ今すぐ準備をしてこい」
(そんなこと言っても、俺が所属してる支部の零細騎士団の主な任務は聖騎士様とは違って、落し物相談とかペット探しとかだしなぁ……)
「あの」
「なんだ他に何かあるのか」
ジョバンニは既に書類を手に持ち忙しそうにしている。ゼロスの方を見た彼の目は歴戦の強者の威厳が纏ってあり、彼の寡黙さも相まって、ゼロスは一瞬身を引く。
「ひっ、い、いえ!ひ、ではありません。すいません!……ただ、何故、自分の様な若輩者にわざわざ声が掛かったのかと……」
ジョバンニは書類から目を離したまま黙って彼を睨んでいる。
「申し訳ございません!上層部の賢明なご判断に一兵卒が楯突くような……」
「……選ばれたからだ。選ぶだけの力を持った存在からな。今言えるのはここまでだ」
期待していなかった返答にゼロスは少し驚き立ち竦む。そしてすぐ正気に戻って、急いで部屋から立ち去る。
「失礼しました!」
ゼロスは部屋のドアを始め勢いに任せて閉めようとしたが途中でハッとしてゆっくりと静かにドアを閉める。ジョバンニは静寂が訪れた部屋に取り残され手を組み一人呟く。
「ひ……ヒ族か……全くもって忌々しい事柄だ……」
ゼロスは市場に出かけて意気揚々と旅の支度を始める。まず向かったのは自分の所属する騎士団支部。そこに預けていた自分の財産を引き出すためだ。
受付の女性はゼロスの嬉しそうな顔を見るなり眉をひそめる。
「げっ、ゼロスさん。どうしたんですか?その顔は、騎士団を追放されて遂に気が狂ったんですか?」
「なっ、違うわい!なんで騎士団を追放される話になってんだ」
近くに座って談笑していた他の騎士達はゼロスを笑う。
「なんでってそりゃ、お前みたいな昼行灯をわざわざ聖騎士様がお呼び立てするって事は追放くらいしかないだろ」
いつもは役立たずだの足手まといだの言われようと言われるがままのゼロスだが今日は違う。
「ふん、分かってないな。俺は今日、ジョバンニ様から直々に護衛の任務を承ったんだ」
「夢でも見たんじゃないか、それか自分が惨めすぎて遂に嘘までつくようになったか」
ゼロスは反撃とばかりに懐からジョバンニに貰った命令書を取り出す。
「これでも信じられないか?」
その場に居た騎士はその紙を見て静まり返る。
「本当だ。聖騎士様のサイン付きだ……」
静まり返った部屋に騎士団支部隊長が入ってくる。
「おうおう、どうした?お前ら、そんなに静まり返って」
「これはこれは隊長、まぁかくかくしかじか、騎士としての心がけがなってない皆んなに俺の騎士としての名誉を証明してみた訳です」
隊長は紙を見て話を理解する。
「ああ?護衛の任務か。良かったな。それはそうと皆、久しぶりに魔物の討伐の依頼が入ったぞ」
騎士達はその言葉を聞いて盛り上がる。魔物の討伐は騎士としての腕の見せ所だからだ。彼らはすっかりゼロスのことを忘れて来たるべき戦いについて話し合っている。
「お前は……まぁ参加出来ないわな。護衛、頑張れよ。おい、コイツの金サッサと下ろしてやれ」
隊長はゼロスの肩を叩いて奥に立ち去る。ゼロスは受付で袋に入った金を受け取る。
「はい、全部で311ゴールド」
「あぁ。まぁ、これだけあれば十分か……」
「護衛も立派な仕事でしょ、頑張りなよ」
「当然だ。任務こなして、先に出世して見返してやる」
ゼロスは盛り上がる部屋の中をトボトボと歩いて出て行く。それを見る受付嬢。
「バカな人。偉い人にたまたま選ばれたからって自分まで偉い気になっちゃって……」
「ぶえっくしょん」
翌朝、ゼロスはまだ暗い中帝都の北門の横の城壁を背に毛布にくるまって座っていた。先日の夜、一行に眠りにつけなかった彼は寝るのを諦め、北門で夜を明かそうと考えたのだ。
(なに、これから護衛の旅に出るんだから野宿にて夜を明かすことも多くあるだろう)
冷えた夜風から身を守る為ゼロスは毛布を強く握りしめる。
(俺は騎士団で一番強くなって、一番偉くなって、それで今まで俺をばかにして来た奴全員見返してやるんだ。俺は役立たずなんかじゃないんだって)
彼は何度か眠りについては寝心地の悪さに目をさます一連の行為を繰り返す。最後に悪夢のようなボンヤリとした不快を感じさせる眠りから覚めた時、彼は周辺の空気が生あたたくなっているのを感じた。
虚ろな目を開けた時、ゼロスは自分がなお夢の中にいるのだと錯覚した。住居の一階を優に超える体躯、夜明け前の薄明かりに赤く燃えるように光る鱗、風になびく翼と長い首、煌々と光る黄金の瞳。それは本来なら、人の多く集まる帝都には絶対に存在しないはずの獣。
「……龍だ……初めて見た」
彼は呆然とする。目を擦り、頬をつねっては痛がってみせる。
「夢じゃないんだ……」
彼の胸は高鳴る。それは新しい何かの始まりを感じてのことだった。実際、普通の魔物と違って賢く強い龍は人々の間で高貴の証として良い印象を持たれていたし、新しい旅に出る彼にとってその勇壮に聳え立つ薄暗い光は希望を抱かせるものであった。
しかし、龍がこちらを見たときゼロスの心は夢から現実に戻される。龍がおぞましい声で鳴く。ゼロスは咄嗟に立ち上がり、壁際に沿って逃げだす。龍の口から吐き出される火球。城壁に当たった火球が飛び散った後には石が溶けて丸いクレーターのような跡が残る。
「冗談じゃねえ、なんでこんな化け物がここに居るんだ」
遠くへ逃げようとする彼を龍が火球を吐きながら重い足取りで追いかける。幸い足はそんなに早くないと言いたいところだが、しばらく離れたところで龍は羽ばたき強風を起こす。ゼロスの体は飛ばされ近くにあった建物に打ち付けられる。
打ち所が悪く脚を抱えうずくまるゼロス。龍は空を飛び間近まで迫ってくる。龍が彼の方をじっと見る。彼の心は死への恐怖でいっぱいだったがそんな中であることに気づいた。
「なんで……泣いてるんだよ……」
龍は止まって天に向かって大声でなく。
「なんでそんなに悲しそうな声で鳴くんだよ!俺だって、何が何だか分かんねえよ!俺はこんなところで……死にたくない!」
彼は無理矢理、治癒魔法を自分にかける。しかし、初級魔法ですら満足に扱えない彼の魔法は不完全で一瞬強烈な痛みを引き起こす。それでも魔法はかろうじて成功し彼は立ち上がって再び走って逃げる。
「この先、街区じゃないか……」
ゼロスは立ち止まって振り返る。龍がゆっくりとこちらに向かってくる。
「ああ、うんざりだ!俺は騎士だ。こんな時は龍と戦って人々を守らないといけないってのに、俺には戦う力もない!もう全部が嫌だ……死にたくない」
弱気な言葉、それと裏腹に彼は自らの右手を見て何かを決心した様に龍を見つめる。彼は今度は唯一扱える光魔法「フラッシュ」を唱える。辺りを白い光が包む。それはただの目くらましに過ぎないが、龍にはある変化が起きる。ゼロスはに龍の姿が光に包まれその中にうっすら人影のようなものを見て、その後しばらく龍の動きが止まる。
「これだ……!この龍は光に弱いんだ!でもあの人影は一体なんなんだ!?」
夜明けは近い。彼は龍が意識を取り戻して進もうとするたびに魔法を唱える。繰り返すほどに人影は濃くなってゆく。そのうち微かに声も聞こえ始める。
「すみ……ま……せん」
「すみません?なんなんだこの龍は?人間なのか?……うぅっ!」
再び魔法を唱えようとした彼の頭に鋭い痛みが走る。
「魔素中毒か!さっき無理矢理、治癒魔法を使ったせいで、思ったよりも早く……クソ!」
魔素中毒は人が本来持つ魔力量の限界を超えて魔法を使うとなる状態で、その状態で魔法を使おうとすると、心身に異常をきたすようになる。ゼロスが何も出来ないでいると、龍を包む光は剥がれ少女の声は消える。龍は今までで一番大きい声で叫ぶ。全身が燃えるように赤く光る龍。その光が無数の粒となって龍の大きく開けられた口の前でゆっくりと収束する。
「もう……ダメだ。後少しだったのに」
ゼロスは泣く。日はまだ低く空はようやく青くなり始めるところだった。収束しきった光の粒から高熱の光線がゼロスの方に向かって打ち出される。とても目は開けていられないほどの明るさだ。
(結局何もできなかった。何も知ることなく、何一つ成せやしなかった……)
凄まじい光と衝撃波の中、ゼロスはハッとする。いつの間にか目の前に一人の女騎士が棒立ちして居た。
光線は斜め上に方向を変え吹き飛び消滅した。静寂の中、女騎士は言う。
「あれ、私また何かしちゃったかしら?」
たなびく金の髪、あかりに照らされた横顔は整っていて気品を感じさせた。
「光がチカチカして、とんでもない雄叫びが聞こえたもんだからちょっと駆け足できたんだけど……あの龍は何です?あなたは一人で戦っていたのですか?……まあいいか」
女騎士はゼロスの頭に軽く手を置く。
「私が来たからにはもう大丈夫。……開けへファイストスの門。我が身に還れ真装エクスカリバー……!」
彼女の右手からは刃の周りの空気を青白く発光させる長剣が現れる。
「あそこにいる龍を倒せばいいんでしょ?」
彼女は剣を上段に構える。ゼロスは彼女を慌てて止める。
「少し待ってくれ!後少しで朝日が」
「朝日?」
ゼロスを横目で見て眉をひそめる女騎士。その間についに朝日が龍の体に射して、龍の体は光を放つ。
「な、なにあれ、またさっきみたいな攻撃してくるんじゃ……ん?……人影?」
龍の身体は光となった後にやがて光は渦を巻いて消え、その場には少し汚れた服を着たただ一人の少女だけが横たわっていた。ゼロスは少女に駆け寄る。少女にはうっすらとだが意識があるようだ。
「おい!大丈夫か?」
「……ん……ううん……」
「なあお前何者なんだ。お前は人なのか?それとも……もしかして魔族なのか?」
少女は上半身を起き上がらせる。そして薄く目を開けてゼロスを直視した。瞳は澄み切った金色をしていた。
「ヒト……魔族……分からないよ。わたしは……エゼルレッタ……それがわたしの名前」