シーフード三昧!
「りんぞーさま。もう少し右です」
「……こうか?」
海中でファントムの向きを変える。
「そのまま直進してください」
「OK!」
目の前にティタノカリスの頭部があった。
討伐証明部位のハサミは両方とも健在だ。
あぶねぇ。ほとんどなにも考えずに殴っちまったからな。
爆散したティタノカリスだが、胴体の部分が弾け飛んだだけで胸から上と尻尾の部分は無事らしい。
本当に良かった。
しかし、すごい生命力だな。まだ、めちゃくちゃにハサミを振り回している。
しっぽは、しっぽで別の方向へと泳いでいく。
ちょっと子供には見せられない絵面だぞこれ。
「アイスフィールド!」
ふうちゃんが魔法を発動した。
ハサミを振り回す頭部の正面に回り込むように位置取りしつつ、しばらく待つ。
……何分経ったかな。これ、戦場では使えないな。
やがて、ティタノカリスの動きが停止し、大蝦蛄の周囲の見え方が変わった。
どうやらティタノカリスの周辺が凍っているらしい。
空気がないから、氷が透明なのだ。
「なあ、ふうちゃん。陸に引きずり出してから凍らせたほうが効率が良くないか?」
「水のほうが、空気よりも熱伝導率が高いんですよ」
「水中のほうが効率がいいってことか。それにしても、ファントム越しに狙った場所だけ凍らせることができるんだな」
「双葉の支配力の強さと、支配領域の大きさなら余裕だろうね」
「そういえばさ。ベル。さっき、支配領域の話のときにふうちゃんがオレの転生に関わってるような言い方をしてたけど、どういうことなんだ?」
「双葉は、いつかおにいちゃんに会えるって信じ続けてたからね。知ってる? おにいちゃん。世界を変えたいって思う人はある程度の人数いるけれど、本当に世界を変えられるのは、心の底から世界は変えられるって信じ続けられる人だけなんだよ?」
「わかったような、わからないような話だな。じゃあ何か。世界をゲームだと本気で信じている人がいたら、世界はゲームのように変わるのか?」
「支配領域の強さや大きさ、その人数によるけどね」
肯定か……。
「まじかよ?」
「支配領域は重なるから、おにいちゃんの転生の理由が必ずしも双葉の思惑だけってわけじゃないだろうけどね。ファーメリア母様も異端審問官を欲しがってたし……。でも、おにいちゃんがこの世界で初めてあったのは双葉でしょ? なら双葉の思惑が強く働いてることは確かだよ」
「わー。もう、その話はやめにしましょうよ。しっぽがどっかにいっちゃいます!」
ふうちゃんの顔が真っ赤になってる。
かわいい。
「りんぞーさま……」
「ふうちゃん」
なんとなく見つめ合ってしまった。
「こらー。私の前でイチャイチャすんなー!」
……まあいいか。オレの転生にふうちゃんの意志が働いてるとしても。
いたもんの仲間たちと暮らす毎日。いつも側にいてくれるふうちゃんとベル。
この世界も悪くはないからな。
「さあ、りんぞーさま。次はしっぽです!」
照れを隠すように、いつもより調子を外したうわずった声で、ふうちゃんが叫んだ。
「よし、いくか」
「アイスフィールド!」
暫く待つと、しっぽが凍り、動かなくなった。
ティタノカリスがふうちゃんの無限格納に収納された。
わざわざ凍らせたのは、生きたものを無限格納に入れられないからだ。多分。
まさか、寿司ネタにするつもりじゃないよな?
「この尻尾、何人分のお寿司になるでしょう?」
「やっぱ、食うつもりなのか? それ」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
帝都に戻ると、ティタノカリスが討伐されたことで、帝国ギルド主催の大宴会が始まった。
さっきから、帝国の商人やギルドのハンターたちがひっきりなしに挨拶に来てる。
「あれが、海運会社の救世主エル・ドラドか。将来は特級ハンター間違いなしだぞ!」
「ああ、私達のパーティーもいつか、あんなふうに称賛されるハンターになりたいわ!」
ふうちゃんはニコニコ対応してるが、ベルのやつはブチギレそうだな。
オレも少し疲れたぞ……。
「リンゾーさん。以後お見知りおきを」
「どうもー」
……ようやく、挨拶の人の波が切れた。
食事がひっきりなしにテーブルに運ばれていく。
ティタノカリスの尾の寿司。フライ。蝦蛄味噌を使った料理。シーフード三昧だ。
オレたちも、奥の個室でひっそり食事しよう。
料理が運ばれてきたな。
さあ、食べますか。
「りんぞーさま。ティタノカリスの尾のお寿司、あんまり美味しくないです。日本で食べたエビのお寿司ほうがプリッとしてました」
「そうだねー。海老というより蝦蛄の味だな。ふうちゃんは蝦蛄を食べたことなかったっけ?」
「ないですー」
「おーい。双葉。こっちの料理おいしいよ?」
「蝦蛄味噌のグラタン……かな? これ」
「ほんとに美味しいですー!」
たしかに、それは美味かった。
カニ味噌というより海老味噌に近く、濃厚で甲殻類の出汁がよく出てる。
うまいぞー。
スプーンでグラタンっぽいものを掬っていると……、
……ガチャッと扉が開き、誰か入ってきた。
誰だろ?
……、紅さんか。
珍しい人が来たな。
特級ハンターであるスカーレットバレットのメンバーで、ふうちゃんと互角の転移魔法の使い手だ。
小柄で全身赤ずくめのローブを纏い、象形文字の刻まれた仮面をつけている。
「君たちがティタノカリスを倒したと聞いてね、祝福に来たんだよ。おめでとう。エル・ドラド。私達が避けた依頼をよく達成してくれた」
「ありがとう、紅さん」
「……あれと戦いたくないのはわかるよ。空から攻撃するにしても、海に潜られたらなにもできないし、海中からチクチクやられるのはウザいからね」
珍しいな。
ベルのやつが積極的に話に入ってきた。
いつもは、人間になんて興味ないって感じなんだけどな。
「やあ、ベルティアナ。久しいな」
「久しぶり。クリムゾンロア」
「クリムゾンロア!? 亜神霊のですか?」
「そうだよ。この子は魔神グランデールの眷属。赤神クリムゾンロアだ」
「あらためまして、こんにちは。私は赤神クリムゾンロアだ。双葉ちゃんには恩があるし、そこのベルティアナとは仲良くさせてもらってる。今まで通り、紅と呼んでくれ。一応素性を隠している」
紅さんがマスクを外した。膨大な魔力が溢れ出す。
「この仮面は魔力を抑えるためのものでね。流石に仮面なしだと人外だと気付かれる。私はベルティアナほど隠蔽魔法がうまくなくてね」
燃えるような紅色の髪。紅色の瞳。
整った顔立ちだが、美しさの前に恐怖がくる。
研ぎ澄まされた刃物のような美しさだ。
ベルが本気を出したときのような神聖な雰囲気がある。
「ベルも、魔力を消す隠形がうますぎるって言われて見抜かれてたけどな」
「やりすぎるのがベルティアナの悪いところだ」
「うるさい。クリムゾンロアが甘すぎるんだ」
ベルと対等にやりあってるよ。
「なあ、紅さん。スカーレットバレットはなんであの依頼を受けなかったんだ?」
「そこのベルティアナの言ったとおりだよ。あれだけの大きさ。しかも海にもぐる敵ともなると対処のしようがないんだ。君たちはどうやって、この怪物を倒したんだ?」
「ゴレコンを使って、だよ」
「ゴレコンか。ゴーレムに武装を施した兵器だったな。人間の能力を拡張する程度のものだと思っていたが、載るべきものが載ればティタノカリスを打ち破るほどの恐るべき強さを発揮できるわけか」
「ティタノカリスは、紅さんの目から見ても強いの?」
「ああ強い。強いよ半端でなく。まず、火砲が効かない。魔法ぐらいしか有効打にならないんだ。だが、こうして宴会が行われるぐらい身が残っているんだ。まさか重力ジェットを使ったわけではないんだろ?」
「違います!」
「しかし、オーブと機甲を組み合わせた増幅装置があるとはいえ、よくあれを倒すだけの魔力が出せたものだ。魔力弾の物量押しが通じたのか?」
「いや、水中で殴って決着をつけた」
「……水中で戦ったのか? なんて無茶なことを」
お、テレパスオーブが震えだしたな。この色は、ビリーだ。
たしかゴレコンの訓練を行ってるはずだな。
なんかトラブルかな?
「すまない、通話を優先してくれ。私はこれで失礼させてもらうよ」
「またねー」
「ああ」




