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穏やかな海の上で


「お、その依頼を受けるのかにゃ?」


 さっきまで、ふうちゃんの試験を行っていた猫獣人の試験官さんが話しかけてきた。


「そのつもりだが……」


 猫獣人のお姉さんの表情は真剣だ。


「その依頼を受けるなら、悪いことは言わない。もう少し待ったほうがいいにゃ」


 親切心から言っているというふうだな。


 悪意は、……感じない。


「どういうことですか?」


 ふうちゃんが聞いた。


「あらためまして自己紹介にゃ。あちしは、ラグ。元はエル・ドラドのみなさんと同じく一級ハンターで、今は海上都市国家ハリハラのギルド長をやってるにゃ」


 なるほど、他国のギルド長だったのか。


「俺は帝都の一級ハンター、エル・ドラドのリンゾーです。こっちはベル」


「よろしくにゃ」


 お互いにペコリと頭を下げた。


「それでラグさん。この依頼、どうして少し待ったほうがいいんだ?」


討伐対象ティタノカリスの出没する海域は、環礁かんしょうというか、穴の無数に空いた『瓦礫がれきの島』のような構造になってるにゃ」


 なるほどな。夢の島みたいな感じか。


「瓦礫の島といえば、『ハリハラ』も元々は瓦礫の島で、『白神と黒神が戦った始まりの地』という意味なんですよね?」


 ふうちゃんから補足が入る。


「そうにゃ。現場はハリハラとほど近い場所なんにゃ。今回の一件、あちしたちはマジで頭を痛めているにゃ。なぜかって? 観光こそがハリハラの基幹きかん産業だからにゃ。あそこにティタノカリスがいすわっていると、観光客が減ってハリハラが干上がっちゃうにゃ」


「それなら、一刻も早くハンターを派遣して退治したほうがいいんじゃないか?」


「うーん。それがにゃ? 実はハンターが出る幕はもうないかもしれないんにゃ。事態を重く見たハリハラ政府が、遂に海軍を動かしたにゃ。英雄ドレスデン中将の指揮する戦艦4。巡洋艦8。駆逐艦11隻からなる大艦隊にゃ」


「相手は神獣1体だろう? 流石に過剰だと思うんだが……。戦争でもする気かよ?」


「りんぞーさま。神獣は1体で国家に匹敵する戦力ですよ? その規模の艦隊でも必ずしも戦力としては十分とは言えません」


「マジかよ。それでも足りないって? そういえば九尾は『いたもん』総掛かりでもきつかったよな」


「ティタノカリスは名前の通り巨大にゃ。そのサイズは実に120RUを超えるにゃ。ちょっとした山のようなサイズにゃ。しかも固い。艦砲射撃にふさわしい相手なんにゃ。とにかくめっちゃ巨大でカッチカチな甲殻類にゃ」


「甲殻類かよ」


「ハァ……、もっとも海軍を出したとしてもどうにもならないかもしれないにゃ」


 ラグさんの表情が暗くなった。


「なにせあの、邪神の使徒が依頼に失敗したんだからにゃ」


「ミナトさんが!? 神獣狩りの一級ハンターってミナトさんのことだったんですね? お怪我は? 大丈夫なんですか?」


「ふうちゃん。知ってる人?」


「ミナトさんになにかあったら、カレン様が黙っていません。ミナトさんはカレン様の幼馴染で、エミリーお母様の昔の教え子なんです」


 へぇ。


「怪我は無かったようにゃ。なんでも船を壊され海の真ん中に叩き落されたそうにゃが、危ないところで奇跡が立て続けに起こって無事に逃げ帰れたらしいにゃ」


「そりゃ、納得の()()だな」


「それで、その話を聞いても受けるのかにゃ? 勝算はあるにゃ?」


「俺たちランサーギアを持ってるんですよ。上空から攻めればなんとかなるんじゃないかなと」


 もっともふうちゃんの手が入った魔改造版だが……。


「ランサーギア!? 実はあちしのギルドでも購入を検討してるんにゃが値段が高すぎて折り合いがつかないにゃ。あれを個人所有してるとは驚きにゃ。実はあちしも帝国に来るときに、プレゼンを兼ねて乗せてもらったんにゃけど、椅子がフカフカですごかったにゃ。とはいえ、あれで神獣に勝てるかと言うと微妙なところにゃ。火力的には、ランサーギアでさえ戦艦一隻相当だからにゃ。たとえ、さっきの重力魔法をオーブで増幅したところで、もともと深海で暮らすティタノカリスには決定打にならないと思うにゃ」


 なるほど。


 甲殻類神獣ティタノカリスの重装甲をどうやってぶち破るか、だな。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 景色を見たがるふうちゃんのために、雲よりも低い高度でファントムを飛ばす。


 海は静かだ。


 穏やかに波がキラめいている。


「りんぞーさま。海です!」


「そうだねー」


「あ、今音速を超えましたよ?」


 ふうちゃんは海に夢中で計器類は全く見ていない。


 なんでわかったんだ?


「ふうちゃん。なんでわかったの?」


「音です。ファントムは空気抵抗が変わっても速度が落ちないように、抵抗に応じてタービン出力が変わるんですよ」


「へぇ」


 全く気づかなかった。


 要は音速を超えると起こる衝撃波に合わせて出力が変わるのか。


 海の向こうに陣形を組んだ船団が見えてきた。身体強化魔法のレベル差でふうちゃんにはまだ見えていないようだ。


 ふうちゃんにも見えるように、遠方視ヴィジョンのオーブを起動するか。


 遠方視ヴィジョンのオーブに魔力を流す。


 モニターに船団の情報がはっきりと映し出された。


 距離4600RU。軍艦だな。戦艦4、巡洋艦8……、聞いていたとおりハリハラの海軍のようだ。ということはその進行方向に……。


 ……いた。


 巣穴から、ヌゥっと全貌を表した島の上に陣取る巨体。


 あれが神獣ティタノカリスか。


「おにいちゃん。カニだよ。カニがいるよ」


「エビ……じゃないでしょうか?」


「シャコ……かな?」


 甲羅干しでもしてるんだろうか?


 接触に少し時間がかかりそうだ。


 銀に虹色のような光沢を持つ頑丈そうな甲殻。分厚い胸殻はカニを思わせる。グローブのような巨大なハサミ。長く殻に覆われた足。足の一本一本を覆うヒレ、そして、うちわのような巨大な尾。


 甲殻類との決定的な違いは、100を数える太いパイプのような触手を海中へと伸ばしていることだろう。


 上空で待機していると神獣と艦隊の距離が近づいてきた。


 距離は、2250……2210……およそ2000RUか。


 ファントムの127mmロングレンジライフルは戦艦の主砲相当らしいから、仮に同じような威力だとすると、そろそろ射程圏内のはずだ。


「おにいちゃん。あの船達、進んでないよ?」


「ほんとです。水しぶきはあがってますが、船が動いてません」


「どういうことだ?」


 艦隊は距離を詰められず、舵を切ることもできないようだ。


 水しぶきがさらに大きくなる。


 おおっ。砲身がわずかに上を向いたぞ。


 船体の側面を相手に向けずに正面を向いたまま、強引にそのまま撃つのか?


 艦隊が主砲を斉射した!


 的と正面を向いており、使える砲門が限られている。着弾するのは数発といったところだろうな。


 砲弾の大半は外れ、『瓦礫の島』の外へとそれていく。


 2発の砲弾が、ティタノカリスに着弾するコースに入った。


 ティタノカリスの目の前に水の壁ができる。


 砲弾は高波にのまれ、反対に艦隊が炎に包まれた。


「何が起こったんだ? なんで船が燃える?」


 助けに入る暇もなかった。


 神獣と艦隊の勝敗は、戦端が開かれると同時に決した。


 艦隊から小型のボートが多数出て避難をはじめている。


 まずは、彼らが逃げられるように神獣の注意を引き付けないとな。

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