騒乱の序曲
肩にファーメル教国の紋章が付いた2機のニードルピニオンが向かい合っている。
全高15メートルの緑のフルプレートアーマーは、鏡面仕上げになるまでに磨き込まれていた。
『新品』って感じがすごくする。
まるでワックスがけした車のようにぬらぬらと輝いている。近くで見れば周囲の景色が映し出されるだろう。
キレイだなぁ。
さすがに大きすぎてちょくちょく洗ったりはできないから、この輝きは『新品ならでは』なのだ。
1機は、髪のような放熱パイプが頭から肩に流れている。長髪の武人といった風体だ。
もう1機は、微細な振動が周囲の空気を震わせて陽炎のようにゆらゆらとして距離感が掴みづらい。
ひと目でわかった。
あれ、搭乗者はヘンリーさんとイシュカさんだ。
どちらの機体も格闘戦仕様で、拳や関節にオプションパーツがついている。
なんでも、格闘戦仕様の機体は、投げられても受け身をうまく取れれば、ダメージの大半を逃がせるような工夫がなされているらしい。
いいなぁ。
俺のファントムも格闘戦仕様にして欲しかったんだけど、もともとランサーギアは指揮官機や要人護送用の機体のために格闘戦自体が想定されていないらしく、そういったオプションはないのだそうだ。
残念だ。
おっ、ヘンリーさんの機体が身体強化魔法の光を放ったぞ!
レベル7だ。髪のような放熱パイプが逆立った。
流石にキラ博士も自重したのか、髪が金色になったりはしないようだ。
ヘンリーさんが掴みかかるが、イシュカさんが手のひらで弾く。
イシュカさんが逆につかもうとするが、ヘンリーさんはすぐに距離をとって掴ませない。
一進一退の攻防が続く。
すごいな。バーナードの機体もかなり洗練された動きをしていたが、この二人は別格だ。
体重の使い方が上手いのだ。
脱力して投げを返すなんてことを、あの巨体で普通にこなす。
もう重心の移動を完璧に把握しているに違いない。
まわりの錬金術師たちがハラハラしながら戦いの行方を見守っている。
反対側では、緑色の全高15mの全身鎧騎士がフルーレのような剣を構え対峙している。
こっちは、マクベス教官とペリーだな。
サーベルのような細剣って、騎士の武器って感じでニードルピニオンにすげぇ似合うな。
剣の腕は互角。
お互い火花が散るような剣の冴えだ。
経験でやや、マクベス教官が上回るか?
途中、ペリー機を守るように土魔法が展開され勝負の均衡が崩れる。
これが複座式の強みだ。フィオが土魔法を発動したのだろう。ここぞとばかりにペリーが時を止め、マクベス教官に完勝した。
さて、俺もそろそろいきますか……。
ファントムの中で、もうベルとふうちゃんが待っているのだ。
――、操縦者:ファーメル教国所属、異端審問官リンゾーと確認。
ファントムから聞き慣れた声が響く。
起動シーケンスを継続します……。
冷却システムグリーン。
重力フィルター安定。
各種放射線検出限界を下回っています。
タービン出力100.1、100.0、100.1。タービン1番から3番、偏差0.5未満。
ツイスター機関、グリーン。GCS(グラビティコントロールシステム)正常。
火器管制システム、グリーン。
ランサーギア・ファントム改 起動します――
ふうちゃんの手により改修されたファントム改が、今産声を上げた。
ふかふか椅子の効果は絶大だな。
副操縦席でふうちゃんがぐっすりと眠っている。
カスタマイズされたゴレコンの引き渡しからこっち、ふうちゃんはずっと徹夜続きだったからな。
ファーメル教国に持ち帰った軍用ゴレコンを研究所で調べたふうちゃんによると、ランサーギアもニードルピニオンもブラックボックスになっている動力機関から放射線が漏れているという。
帝国製の機体も放射線がもれているのかと思ってメテオルさんに連絡をとったところ、帝国の機体には対放射線用のシールドがちゃんとついていたというから確信犯だ。
もっとも、この世界では放射線は発見されていないことになっているから帝国にクレームを付けるわけにはいかないが……。
帝国もメテオルさん側も、頼めば有料で対放射線用のシールドを付けてくれるという。
結局、『いたもん』のみんなで相談した結果、重力ジェット作成時、ふうちゃんが放射線をカットするために作った魔法『重力フィルター』のオーブが備えつけられ、それに伴っていくつかの改修が機体に施されたってわけだ。
そう、ファーメル教国だって技術は他国に負けていないのだ。
「おにいちゃん。飛んでいくの?」
テレポートしないのか? という意味だろう。要人席に座っているベルが聞いてきた。
「ああ。マニュアル操縦で飛んでいくよ。ファントムを大幅に改造したから感触を調整しないとな。それに、徹夜明けのふうちゃんが眠る時間を稼ぎたい」
一瞬で向こうについて、ふうちゃんを叩き起こすようなことはしたくない。
「双葉のためかー。おにいちゃんも隅に置けないねー」
うるさいわ。
目的地の帝国まで数時間。それなりにゆっくり飛ばないといけないな。残りの休暇が半分残っているので、俺たち、『ゴレコンの操縦を習得しなくていいチーム』は冒険者をやって、さらなる外貨を稼ぐつもりだ。
「じゃあ、ドラマの次の話が見られるね?」
ベルはどこかから手に入れたビューオーブをセットしている。
雲がすごい速さで流れていくぜ。
改修されたファントムの操作感はいい感じだ。
最高速は変わらないが、一発だったタービンが三発になり負荷が分散されて安定感を増しているのだ。
OSもそれに合わせて調整されており、すべての動作に余裕がある感じがする。
制動力も跳ね上がり、動作に『間』が取れるようになった。
いろいろ試しながら飛んでいると帝都が見えてきた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「おはようございます」
入国手続を済ませてファントムに戻ってくるとふうちゃんが目を覚ましていた。
「ふうちゃん。おはよう。トレアロティー飲む?」
ふうちゃんに水筒を差し出す。残念だけどお店で飲むものと違い、水筒に入れたトレアロティーは青りんごのような香気が飛んで美味しくはない。
「いただきます。はぁ、……染み渡りますー」
美味しくないはずの水筒入りのトレアロティーをふうちゃんはごくごくと飲み干す。
よっぽどのどが渇いていたのだろう。
「起きるの遅いよ、双葉ぁー。しばらく帝都で待ちぼうけだったんだからね?」
ベルがふうちゃんにクレームを入れた。
いやいや。お前が待ちぼうけだったのは俺が入国手続をしてきたせいで、ふうちゃんのせいじゃないけどな?
なんか前回来たときよりも警備がものものしくって入国手続が大変だった。
「ごめんなさい。ベル様。ここはもう帝都ですか?」
「そうだよー」
「お疲れ様ふうちゃん。ファントム改、まったく違和感なかったよ」
「よかったですー。ところでりんぞーさま。帝都っていつもこんなに警備がすごいんですか?」
ファントムから降り、ただならぬ空気を感じ取ったらしいふうちゃんが聞いてきた。
「いや、一級市民街はゴレコンがあちこちで見張り番をしてるけど、前来たときは二級市民街はもっと自由な感じだったんだが……。街の雰囲気がピリピリしてるな」
厳重な警備に気を取られキョロキョロと周りを見渡しながら、ハンターギルドを目指すと、広場のあたりでいつぞやのドブ沼エビ売りの屋台のおっちゃんと目があった。
「おお、にいちゃん。今日は両手に花だねぇ」
「おっちゃん。ドブ沼エビ売れてるか?」
「にいちゃんのおかげで売れてるよ。ヒドラを退治してくれたハンターさんにも礼を言っといてくれ」
「おう。伝えとくよ」
ヒドラを倒したの、俺なんだけどな。
「ところでおっちゃん。警備が物々しいけど帝都でなんかあったの?」
「詳しいことはわからないが、『エマーソン』とかっていう軍のお偉いさんが誘拐事件を起こしたらしい」
「へー。軍人を追ってるからこんなに警備が物々しいのか」
「そういうこと。ところでにいちゃん。ドブ沼エビどうだい?」
「ああ、そうだな。ドブ沼エビ一匹くれ!」
「まいど!」
ドブ沼エビを1匹買って、カシュカシュかじりながらハンターギルドについた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
カランカラーン。
受付に行こうと思ったら、受付の窓口前で、何やら揉めているパーティーがいる。
聞き耳を立ててみると、こんな会話が聞こえてきた。
「おい、おっさん、今日でお前は追放だ!」
「待ってくれ、ジョバンニ。これはなにかの冗談か?」
「おっさんが足を引っ張ってるから、俺たち『カメレオンの舌』は、三級にあがれないんだよ。おっさんも、うすうすは気付いてるんだろう?」
パーティー脱退の手続きか。
「おにいちゃん。追放ものだよ! 追放ものの現場だよ!」
ベルが俺の服の裾を掴み興奮した様子で俺を見上げてくる。
そうだね。追放ものだね。
最近ベルがハマっているジャンルの物語だ。
のちにおっさんは新たな力に目覚め、反対にこのジョバンニ達『カメレオンの舌』パーティーは落ちぶれていくのだ。
そして、おっさんの真の価値に気づいたとき、落ちぶれたジョバンニ達パーティーが、おっさんにすがりつくのだ。
と思ったが……
「ジョバンニ。勘弁してくれよ。おれ寄生できる先がないと生きていけないよ。俺を保護してくれぇ。おいシェリー。お金いっぱいもってるんだろう? 俺をヒモにしてくれぇ」
「いやよ。ジョバンニ! さっさとこのおっさんクビにしてよ。私、おっさんをクビにしてくれなかったら『カメレオンの舌』を抜けるからね!」
「なあ、聞いたろ? おっさん。パーティーの総意なんだ!」
「いやあん」
……だめだ、このおっさん。主人公補正がねぇ。
「おにいちゃん。このおっさん駄目だよ。ホープレスだよ」
「そんな事言うんじゃありません」
しかし、受付が混んでるな。
ふうちゃんをエル・ドラドの新メンバーとして登録したいんだが、しばらくお茶でも飲んで時間をつぶすか。
「ふうちゃん。なんか飲み物でも飲もうぜ?」
「りんぞーさまのおごりですか?」
「うん。なんでも好きなものを頼んでよ」
「私、メロングラッセがいいです!」
ふうちゃんの目がキラキラしてるな。
「おねーさん。メロングラッセ2つ!」
メロングラッセというのは、メロン味のかき氷にメロンジュースが入った飲み物だ。
夏場はとてもおいしく飲める。
「おにいちゃん。仲間はずれはだめなんだからね!」
……、魔力しか飲み食いできないんじゃなかったのか?
「ベルも飲むの?」
「飲むよ」
「飲めるんかい!」
とりあえず話でもしながら受付が空くのを待つとしよう。




