とある魔王の密やかな侵略
本当に戦場は気が滅入るわ。
あっちの身体もこっちの身体も、乗っ取るには脳波が微弱すぎる。
今のこの身体も、もう脳波が止まろうとしているわね。
いけない……。『輪廻』が始まってしまう。
ダイブ中止。シンクロ解除。
次の手近な肉体は、アレかな?
召喚の勇者を目撃したものの脳波を、一刻も早く特定しないと。
剣の勇者本人が見つかれば話は早いのだけれど。
……、チッ。ノイズが多いな。
半死半生の生命が、命を振り絞って叫ぶ悲鳴のような波形の脳波。
本当にうるさい。
こんな悲鳴のような脳波だらけの中で、幽かに泣く、剣の勇者の呼び声を特定しなければならないなんて。
……、聞こえない。
悔しいけれど、色々分け与えてしまっている今の私には力が足りない。
他に方法はないか。
やるしかない。
……ハル様。力をお借りします!
コード:a.r.ch.e.発令されました。
システム:αρχη承認。マシン権限によりコードを実行します。……一部権限はすでに委譲されており使用不能です。
うっ。帯域が一気にひらけたぁ! ぎゃー。頭に何かが入ってくるっ。我が力ながらエグすぎる情報量だわ。
あてて。頭痛い。もう嫌だ。
……だけど、見つけたわ。
そこにいたか、剣の勇者!
ダイブ開始。脳波シンクロ。夢渡り。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
人は夢を見ることにより記憶を整理します。
記憶は取捨選択されて自分に都合の良いように編集されるけれど、取捨選択される前に夢に介入すれば主観の入り込まないピュアな情報を集めることができるというわけです。
そう。情報。
情報こそが強者が持ち得る力。
さあ。密やかな侵略を始めましょうか?
思考が二層に別れ、俯瞰する世界の中に、人の視点が映し出されました。
主観視点で、妖狐に向けて剣戟が繰り出されます。
疾いっ!
いやほんとなかなかのものですよ? 雷光が走りまたたく間に妖狐型の神獣がバラバラになって消失した。
この剣戟の主が人間だというのだから、侮れない。
人間の可能性というものはまったく、興味深いものね。
目の前に映し出されている光景は、召喚の勇者が追い詰められ2隻の宇宙戦艦を召喚したシーンかな?
ラケシスとクロトの召喚が、『召喚の勇者の意思』によるものか否か。
私はそれを知らないといけない。
召喚の勇者が『自分の意思によって』呼んだのでなければ……。
「……召喚! 来いよ軍勢! チッ、遠いか!? もう一回だ! 召喚! 来いよ軍勢!」
ああ、やっぱり。
トリニティの召喚は、召喚の勇者の意思ではなかった。
もともと廃棄宇宙とこの世界はつながりやすくはあるのだ。
アトロポスが召喚されたのがその証拠。
世界を正すべきファーメリアは、自分の使徒に都合が良いせいか、このバグに目をつぶっている。
とはいえバグを考慮に入れても、廃棄宇宙から最強のクランが丸ごと呼ばれる確率なんかゼロが何桁あっても足りない。
そう。
つまりは、確率を司るカレンが働き者ということね。
――、シャッ。
剣の勇者が眠るテントの入口が開いたらしい気配がする。
話し声からすると、枕元に女の子を連れた青年がいるわね。
眠っていても声が聞こえる状態。眠りが少し浅くなっている。
ああ。彼とは、一度戦ったことがありますね。たしか、リンゾーくんでしたか。寝ているこの子が心配なんですね。
私が夢の中に居ると目が覚めないから、さっさと次の場所へ行きましょうか。
次の行き先は……。
なるほど、剣の勇者の記憶によれば普段カレンは龍神のアルフリートと一緒に転移門付近の宿屋に泊まっているのね……。
だいぶ遠いけれど私に距離は関係ない。
龍神アルフリート。とりあえずそこに跳びましょうか。
――、夢渡り。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
宿屋の一室。部屋の前で龍神アルフリートが腕組みをしている。
見張りをしている、というのが適切かな?
アルフリートの身体を乗っ取れればカレンとの交渉もだいぶ有利になるけれど……。
『眠っている者』を乗っ取るのは簡単だけれど、『起きている者』――、それも相手が亜神霊ともなれば十分に慎重にやらなければならない。
上手いことアルフリートの五感のどれかに私の存在を伝えなければいけないわね。
じゃあ、まずは耳から。
アルフリートの脳内に足音の幻覚を作りましょう。
足音は軽く体重の少ない人物が、緊張のあまり後ずさりして出したようなイメージで。
――、コツリ。
「誰かそこにいるのか? 今すぐに引き返せ。死にたくなければな」
目を凝らしてますね。
温度すら見るという龍神の目。だけど無駄無駄。私は実際は別大陸の黒曜城にいるんですから。
「でてこないつもりか? ならば帰れ。命のあるうちにな。隠れても無駄だ。龍神は鼻が利く」
今度は鼻ですか。
その自慢の鼻が仇になるんですよ。嗅覚に幻影を送る……と。
「女か? うまく隠れているようだが匂いでわかるぞ」
イメージが具体性を持ちましたね。
頃合いでしょう。そろそろ瞳に私の姿を送ろう。
「何者だ? この龍神アルフリートの前に賊が素直に姿を現すとは驚きだ。覚悟はできているのだろうな?」
姿を現したように、見せかけているだけですけどね?
「私はアルシェ。魔王アルシェですよ。龍神アルフリート」
「魔王アルシェだと!? 馬鹿な。魔王がどうやって気付かれずに転移門をくぐったっていうんだ」
「まぁ、方法は色々ありますが……」
「プラズマブレス!」
数千度は超えているでしょう。灼熱の火球が飛んできました。あーあ。宿がメチャクチャです。ファーメリアじゃあるまいし、カレンでは元通りには直せませんよ?
「乱暴はやめてください。宿の主に迷惑がかかりますよ?」
「チッ、もう一度だ。焼け焦げろッ」
いちいちことわってから技を放つあたり、苛烈な妹と比べるとだいぶ対応がぬるいですね。
実体じゃないから本当は避けなくてもいいんですが、せっかく宿の天井や壁が壊れてくれたので、心を折るために避けまくりましょう。
「くそっ。なんて疾さだ!」
そりゃあ幻影ですから。なんなら、ベルティアナと同じぐらいの速さだって出せるんですよ?
絶望感が伝わってくる。まあ今は本気モードですから、これぐらいはね。
そして絶望は隙を作ります。……、ジャック完了。乗っ取った!
アバター投影開始。私の姿をアルフリートの体にかぶせてと。
龍神アルフリートの乗っ取りに成功しました。
さあ、さあ、人質を手にカレンと交渉といきましょうか?
ドアを開けて、と。
カレンが後ろを向いてますね。
窓の外に面白いものでもあるんですかね?
なにやら、外を見つめてアンニュイな雰囲気を出してますが。
「誰? そこにいるのは」
「誰とは心外ですね。カレン。あなたなら私の来訪を予知しているでしょうに」
「木っ端魔王の訪問なんて気にしてなかったわ」
「そうそう。その反応でいいんです。カレン。一つ教えて下さい。召喚の勇者の召喚に確率操作の介入をしたのはなぜです?」
「魔王のあなたに親切丁寧に答えてあげると思うの?」
「思いますよ。私のこの身体、誰のものだと思います? カレンは自警団の長をすすんでやるぐらい家畜思いじゃないですか?」
「家畜って、嫌なことをいうのね。心理的に揺さぶって心の隙を突くつもり?」
見抜かれている。
人質を取られているというのに心の波は平静、私とは目も合わせないか。
スキルも能力も拮抗している……。
「本当に神霊相手はやりづらいですね。しかたない。『お願いですカレン』。答えてください。それで、答えは?」
「……世界の崩壊を止めるためよ」
「そういう未来が視えたのね?」
「それ以上は教えないわ」
デルタ波が消失した!?
馬鹿な。私が夢の中にいる以上乗っ取った対象が自力で目覚めることはできないはずですが……。
「ふふっ。私を誰だと思っているの?」
アルフリートが覚醒する確率に介入されたか。
無理やり私を夢の中から追放するつもりね。
ぐぬぬ。抗っては見たものの……。
これ以上眠りを深くするとアルフリートを殺してしまうか……。
さすがに真っ向からの主導権の奪い合いでは勝てない。
まぁ、いいでしょう。情報は得ました。
今の所、私達がこれ以上争う必要はないんですよ。カレン。




