集う力と針の筵
艦長室のモニターに黒い渦が映し出されている。
黒い渦からアトロポスによく似た巨大戦艦がぬうっと現れた。
スピーカーっぽいものは見当たらないが、どこかにあるのだろう。
ふかふかな椅子に腰掛けていると音声が入ってきた。
「艦長。艦影特定しました。モイライ級2番艦ラケシスです」
「わぁっ!」
歓声があがった。
僚艦かな?
「ウルスラ。手を止めるな。荷電粒子砲のチャージを続けろ」
「チャージ。了解!」
静まり返ったぞ。
緩んだ空気が一瞬で引き締まったな。凄い統率力だ。
「メテオル様。ラケシスの超電磁砲4門。アトロポスに指向されています」
「なぜだ……」
「グラビティフィールドの出力は? 今、撃たれたらまずいぞ……」
誰かからつぶやき声が漏れる。
ごくり、と息を飲む音がする。
そんな中、メテオルの声音は冷静だ。
「我が艦が『俺以外の誰か』に乗っ取られている可能性がある。同一型の別の艦の可能性がある。そして、彼らの艦の出現位置に岩山がある可能性がある。……、あの対応が普通なのさ。最もアトロポスの前では回避以外の行動はとらせんがな……、荷電粒子砲を指向させろ!」
「火器管制レーター照射。ターゲットロック!」
「荷電粒子砲、発射準備!」
「よろしいのですか艦長?」
「構わん! 本気であるところを見せてやれ」
「ラケシスが回避行動に移ります!」
「当然だな。同型艦とはいえ、アトロポスの火力は桁違いだ。最大出力なら掠めただけで轟沈もありえる」
「……ラケシス、射線上から退避しました」
「岩山で少し側面を擦ったか。しかし、向こうは損傷軽微なようだ。――サリィ、暗号通信25番、内容は『岩山を避けられてよかったな』だ」
「25番了解! 発信します!……、ラケシスから25番応信。内容は『メテオル君ひどいよー』です」
「ふふ。乗っ取られてもいないようだ」
「艦長。1906。当艦西北西に重力場の異常を感知。ラケシスとの比較から同型艦である可能性が高いものと思われます」
「回避先が安置になるように荷電粒子砲を指向させておけ。あのへんは岩山が多い」
「了解」
「ラケシスのカグヤ様から入電。『協力する』そうです」
「おー怖っ。クロトの乗員も生きた心地がせんだろう。モイライ級2艦から火器管制レーダーを向けられるんだからな」
「艦長。艦影特定しました。モイライ級1番艦クロトです」
「だろうな」
「クロト、緊急回避行動。きれいに岩山を回避したようです。損傷見当たりません」
「クロトの操舵手は優秀だな」
「艦長。ラケシスから暗号番号27で全方位通信を確認。内容は『岩山を避けられてよかったわね』です」
「カグヤめ。俺へのあてつけか?」
「クロトのエイミィ様から全方位通信で応信。内容は『このいらだちをどこに向けたらいいの?』です」
「クロト、ラケシス共に接舷を要請しています」
「接舷を許可する。ドックシステム展開」
「了解! ドックシステム展開」
「グレース。これから俺は針の筵の上を歩くことになる。適当なタイミングで助け舟を出してくれ。今回の愚痴は長そうだ」
「了解」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
しばらく待っていると艦長室の前にカプセルが到着した。
カプセルからメテオルさんたちが降りてきたな。
モニターにロック解除のアラートが現れる。
次の瞬間、壁面に吸い込まれるように、分厚い扉が消えた。
「リンゾーくん。転移してきた艦は僚艦だったよ」
開口一番目、メテオルさんがそう言った。
「そうみたいだな。通信、聞いてたよ」
僚艦と出会えてホッとしたのか、メテオルさんの表情から緊張感が消えている。
「……これで廃棄宇宙へ帰る理由がなくなったな」
「どういうことさ?」
「ラケシスとクロトがあれば、どこでも生存は可能ってことだ」
生存? おいおい。自活可能な艦なのにか?
「このめちゃくちゃ強い艦が、『生きるために』危険を犯して廃棄宇宙に戻りたがっていた、ってことなのか?」
「おかしいかい? リンゾーくん。ちっぽけな軍隊アリが手負いの大型動物を食らうこともあるだろうさ」
「手負いの大型動物って、この艦、そんなに弱ってたのかよ?」
「まあな。見た目よりひどく損傷しているよ」
「ところでメテオルさん。停戦の話だけどさ、状況が変わったみたいだけどのってくれるか?」
「それは問題ないさ。というより、多分裏で俺たちトリニティに対抗するために勝手に停戦交渉がなされるんじゃないか? 彼らからすれば俺たちは侵略者なわけだし」
「敵対されるの前提かよ。裏で手を回されることがわかってるのにほっといていいの?」
「構わないさ。誰もいない地へ艦を移動させれば、誰からも襲われないだろう?」
どうかな? 魅力的な未知の兵器の数々。危険を犯してでも欲しがるやつはいそうだけどな。
お? メテオルさんの腕時計が美しい音色を奏でている。
「すまない。リンゾーくん。機密通信だ。少し外すぞ?」
「どうぞ」
部屋の隅っこで、メテオルさんが左手を左耳にあてて、電話をするように喋りだした。あの腕時計、骨伝導スピーカーみたいになってるのかな?
およそ5分ぐらいだろうか? ベルと戯れているとメテオルさんが戻ってきた。
「サリミドが停戦に応じるそうだ。ファーメル教国の枢機卿立ち会いのもと調印式がひらかれるらしい」
「よかった。使者の役目を果たせたぜ!」
お、テレパスオーブがブルブル言ってる。この色は、依頼者のエレジアさんか。タイミング的に停戦の話かな?
「リンゾー。話は聞いたよ。任務ご苦労だったな」
「ありがとう。戦争にならなくてよかったぜ」
「ああ。だがよかったとも言い切れなくてな」
「なんだよ? 問題でも起きたのか?」
「実は、停戦協定を結ぶ折、サリミド側が条件をつけてきた。『鹵獲したニードルピニオン10機を返還しない事が停戦の条件だ』というんだ。帝国側としてはこれは飲めない」
エレジアさんは、やれやれとでも言いたそうな雰囲気だ。
なんか話がこじれてるじゃんよ。
って、俺のせいか?
「ああ、そのことな。実は俺、空中戦艦のリーダーと仲良くなってさ。ファーメル教国に『空中戦艦が鹵獲したニードルピニオン10機を譲ってもらう』って話になったんだ」
「なんと……。10機の行き先はファーメル教国だったのか? 先に言ってもらってよかった。自爆装置を使うところだったぞ」
エレジアさんの声がオーバーで白々しい。嘘かホントか定かじゃないが、本当に自爆装置が付いていたとしても、とっくに外されていそうではある。メテオルさんが見逃すはずがないよな。『調べた』って言ってたし。
「……、それでだ。ニードルピニオンを帝国に返還してはくれまいか? 帝国本国仕様のニードルピニオンは機密情報の塊なんだ。外部に流出させるわけにはいかない」
「待ってくれ。いま自爆装置を使うって言ってたよな。自爆させていいものだったら、譲ってくれてもいいんじゃないか?」
「うーん。じゃあ、こうしようか? リンゾーに払う成功報酬の金銭分でリンゾーが『輸出仕様』のニードルピニオン10機を購入する。そして鹵獲された帝国本土用ニードルピニオンは帝国に返す。どうだろうか? 内容的には破格の条件だぞ?」
「待ってくれよ、それじゃあ俺が損するじゃんか。機密情報が問題なら、ただ、輸出仕様のものと帝国本土用のニードルピニオンを交換したらいいんじゃないのか?」
「……リンゾー。知っているだろう? ニードルピニオンは高価なんだ。1機ならまだしも10機だぞ? 本来ファーメル教国に売れたかもしれない分が、タダになってしまうのは帝国にとって無視できない損失だ。帝国としては少しでも金を回収したいし、メンツというものがある」
対外的なメンツがあるから、それ以上は譲れないって感じか……。
ベルに間に入ってもらえば無理も通せそうな気がするが、あんまり無理を言って、ファーメル教国と帝国との間に火種を作るのもマズイよな?
「じゃあ、代わりと言っては何だが、それぞれの機体に専用のカスタマイズをしてほしいんだけどいいか?」
「おお。話に乗ってくれるのか?」
「俺の言うカスタマイズをしてくれるならな?」
「いいだろう。全権大使として約束しよう」
「複座式とかもできるか?」
「もちろんだ」
「じゃあさっそく。ヘンリー機、イシュカ機は重装甲の格闘戦仕様。マクベス機は……」
「ちょっと待ってくれ! 10機分は流石に覚えられん。仕様書と外部武器アタッチメントのカタログを渡すから、備考欄に希望するカスタマイズ案を書いて提出してくれ」
「了解。契約書を届けてくれ。サインするから」
「今、空中戦艦に向かっているからそこで渡そう。30分待ってくれ」
「オーケー」
しばらく待っていると、イザナミに連れられて、エレジアさんがやってきた。
エレジアさんは、チラチラとイザナミを見ては警戒している。
緊張感に身を固くしているようだ。
イザナミのレベルは60だっけ? ドラゴン並だもんな。この反応が普通なのだ。
しばらく青くなっていたエレジアさんだが、ソファで寝そべってドラマを見ているベルを見て少し落ち着いたようだ。
ベルだけは本当に、どこに行っても緊張感が無いからな。
席に付き一息つくと、エレジアさんがカバンから契約書を取り出した。
サラサラとエレジアさんが契約書の雛形に必要事項を書き込んでいく。手慣れているな。早い。
契約書の文言は、特に問題ないようだ。
サインをして……と。
エレジアさんに漏れがないか、内容をチェックしてもらっていると、テレパスオーブが震えだした。
この色は、ふうちゃんか。向こうの戦争はどうなったんだろうか?
「りんぞーさま。大変です。いろはさんが目を覚まさないんです!」
テレパスオーブから聞こえるふうちゃんの声は、憔悴しきっていた。




