★少女の見た戦争(後編)
対面に陣を張りながらも接触すること無く睨み合っていた眼前の敵陣が俄に活気づいてきた。
「ギャース! ギャース! ギャース!」
ゴブリンたちが恐怖を払い自らを鼓舞するように声をあげる。
さっき、聖都西側奥から立ち上った黒煙が、狼煙代わりになったのかもしれない。
ついに戦端がひらかれた。
ドドドド、と大勢が走る音が振動を伴い、怒号があがる。
陣の左翼では、長大な棍棒を横薙ぎに一閃する『赤壁』と身の丈ほどの大剣を軽々しく振り回す茜さんを先頭に、ハンターたちが斧を持つゴブリン・トルーパーたちと衝突する。
竜巻のように大勢のゴブリンが巻き込まれ吹き飛ぶ。身体強化魔法の色が見たことのないものになっている。これが特級ハンターの実力か。
感心するまもなく、上空から矢の風切り音が、けたたましい音を立てた。
敵弓兵、ゴブリン・トルーパーの斉射する5000の矢が雨あられのように、装備の薄い自陣左翼側に降り注ぐ。
ハンター達の悲鳴があがった。風に煽られて、血しぶきが煙のように舞う。
濃密な鉄の匂いとドブのような生理的嫌悪感を覚えるかすかな匂いがここまで漂ってくる。鼻が痺れそう。
味方500のハーフエルフたちが負けじと側面グラナの森から応射する。
射程や命中精度は、樹上に陣取る味方ハーフエルフのほうが圧倒的に上。だが数が10倍も違う。敵弓兵を殺しきるまでに、何人が犠牲になるだろうか?
敵対するゴブリン・トルーパーは、『弓・長槍・斧・剣』それぞれ共通の装備を揃えた訓練されたゴブリンの軍だ。普段小さな群れで暮らすゴブリンが統制された軍をなす。それは、この新大陸では考えにくいことだ。
召喚の勇者の『力』。それはきっと世界に不幸をもたらす。
ハンターたちが孤立しないように陣を組み直している。
そうこうするうちに第二射が、敵弓兵、ゴブリン・トルーパーから発射された。
狙いは再度左翼のハンターたちだ。装備の薄いところを徹底して狙ってくる作戦らしい。
左翼から悲鳴があがる。無理に矢を引き抜いて喉元から血を吹き出すもの、胸元に複数本の矢を受けたもの、一瞬で大勢の命が奪われた。
回復魔法の光があちこちで点滅する。忙しそうに回復魔法使いが走り回っている。
この状況で総崩れにならないハンターの練度はなかなかのものだ。
かろうじて致命傷を避け、命を永らえたものも、石に躓き血に滑り、戦場に倒れ込んでしまえば後続に踏まれ二次的に命を落とすことも少なくない。
すでに何人の命が失われてしまっただろう。考えるとズキリと胸が痛む。
ガァーン、と銃声が戦場にこだまする。スカーレットさん達の遊撃隊が、敵ボス級と戦闘を始めたらしい。
できるだけ早く召喚の勇者を倒す! それが私にできる最善だ。
私は剣装備のゴブリン・トルーパーの群れに突進した!
剣対剣。剣なら私の独壇場だ。
踏み込んで正面の敵に抜刀。逆袈裟斬りに切り上げてから、左の敵を袈裟斬り、右の敵を横薙ぎ、正面の敵を唐竹割りとバッサバッサと切り飛ばす。
「うぉぉおおお!」
斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!
一気に突っ込む!
距離のある敵、密集する敵には雷霆で消し炭になってもらう。
さっきの弓矢のお返しだ!
「雷霆ッ!」
最大出力。
戦場に50を優に超える巨大な雷槌が降り注いだ。
肉の焦げた匂いが周囲に漂う。
ゴブリン・トルーパーだけでなく、レッサーヴァンパイアもある程度巻き込めた。
強烈な閃光と雷鳴で、周りの者達がみんな怯む。周囲の動きが数秒止まった。
チャンスだ! そのまま雷を纏う剣で眼前のヴァンパイアを両断すると、回復するまもなく炎が起こり、黒炭になる。
不意をついて切りかかってきたゴブリンと鍔迫り合いの形になる。
刀身がふれあい、瞬時にゴブリンが黒焦げになった。
私と剣を合わせた敵は感電する。剣の勇者の剣は防御不能だ。
斬る! 斬る! 斬る! そして、もう一発雷霆だ!
剣を持つゴブリン・トルーパーの練度は思ったよりも低いようね。もう私が一人で大半を平らげてしまった。
中央では長槍を持つゴブリン・トルーパーとフルプレートアーマーと大盾を持つ教会騎士団が一進一退の攻防を繰り広げている。
すでに乱戦の様相だ。
ふと、目に見慣れた姿が飛び込んできた。
あれは、教会騎士団・副団長のミハイルさん? 尻餅をつき、5体のゴブリン・トルーパーに囲まれ長槍を突きつけられている。
助けないと! ミハイルさんが死んだら双葉が悲しむ。
父にお弁当を届けに来た双葉がミハイルさんと話をしていた様子を思い出す。
『停止』を使うが間に合わない。眼前でゴブリンの槍にめった刺しにされて、ミハイルさんが命を落とした。
悔しい!
一葉さんは無事だろうか? どうかご無事で。
焦りと不安がジリジリ募る。
悔しさと憎しみで一心不乱に剣を振るう。
斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!
疲労で腕が上がりにくくなってきた。
行き交う矢と矢、叫び声と血しぶき。
サヤさん率いる味方弓兵の援護射撃で、ついに敵弓兵が瓦解した。弓兵はパニックになり我先にと戦場から逃げ出そうとする。
リーダーがやられたか? あるいは、射程が違うためか?
いずれにしても今が好機だ。
敵陣深くに切り込んだ!
目の前にはトゥルーヴァンパイア! 文字通り一騎当千の力を持つ強敵。
冷静に時間を止めて切り飛ばす。
変身して剣をかわそうとするヴァンパイアを雷で焼き殺す。
随分多くの敵を殺した。
魔力がもう空っぽだ。
召喚の勇者が見えた。このまま一息に決着を!
そのとき、召喚の勇者を護るように、目の前に全高3mほどの巨大な狐が現れた。尾の数は5。
あちこちに銃創が見られる。
遠距離から、スカーレットとロバートが交互に銃を撃ち、狐を苛立たせている。
いくぞ!
踏み込んだ私の目の前に雷槌が落ちる。
敵も雷槌使いか!?
ええい、構うか!
一気に突っ込むと、狐が雷槌を撃つ兆候が見えた。
瞬時に、『極』を反転させ敵の雷槌を弾く。
この狐速いッ!
雷槌が効かないと見るや、疾風のような速度で猛然と5尾の狐が襲いかかってきた。
斬撃は通る。一瞬で白い狐の毛並みが赤く染まっていく。倒せない相手ではないが、どういう原理か時間が経つと狐の体力が回復していくようだ。
時折、尾が光っている。
尾を切ってみるか?
斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!
ギャー! という狐の叫びが戦場に響き渡った。
「妾が悪かったぁ! ゆ……許してくりゃれ?」
狐がしゃべった!?
尾を失い半死半生の狐が、傷だらけの童女の姿に変身する。
子供に化けて同情を引く作戦か? その手に乗るか! 賢しいことを!
びゅうッ ズドドッ
痛いッ!
時間を止めるだけの余裕がなかった。
右手・右肩と左太ももに矢が刺さった。喋りだした狐の童女に気を取られてしまった。
戦場にわずかに残った弓を持つゴブリン・トルーパーが私の隙を狙っていたのか。
油断した。師匠の言っていた通りの展開になった。
ロバートとスカーレットが応射し、私を狙う敵弓兵が倒れた。
ぽた、ぽた、ぽた、と血が落ちる。
童女の姿の狐がニヤリと笑った。
このままじゃ動きづらい。
バキッ!
矢を抜かず、左手で握り、へし折る。激痛が走るが今は気にしている場合じゃない。
ベキッ! ボキッ!
もしも矢を引き抜けば、血が吹き出て最悪失血死までありうる。
一刻も早く戦闘を終わらせて、双葉の父を護るのだ。
こんなところで目的を果たせず死ぬのは絶対にゴメンだ。
どこぞから飛来する矢を左手に持った刀で切り落とす!
身体を真っ赤に染めながら平然と動く私に驚いたのか? 童女が驚愕の表情を浮かべ慌てて再び狐の姿に戻って体当たりを試みてきた。
向かってきてくれるなら、対処は容易い。
正直体力が限界近かったのでありがたい。
相手から距離感がわからないように構えを八相に切り替える。
間合いに入った!
狐の額に突きを入れ、そのまま脳天を切り裂いた。
ドウっと、命を失った狐が地面にその巨体を横たえる。
「きゅーちゃんッ! お前! よくも! よくもきゅーちゃんを! 許さないぞ! 召喚! 来いよ軍勢! チッ、遠いか!? もう一回だ! 召喚! 来いよ軍勢!」
サーッと空が暗くなっていく……。
上は見ない。
血にぬめる足元に滑らぬように。
一歩一歩大地を踏みしめ距離を詰め、召喚の勇者の前に立つ。
「あははははは! お前達、もうおしまいだよ! きゅーちゃんの仇だ。ふふふふ。僕が何を呼び出したと思う? 上を見ろぉっ」
召喚の勇者が、何事か喚いているがどうでもいい。
ザンッ。
召喚の勇者の体が真っ二つになる。
「問答無用」
私は戦闘の元凶たる召喚の勇者を切り捨てた。
周囲でパニックになる敵たちの叫び、嘆き声が聞こえてくる。グラナの森目指して敵が敗走していく。あとは騎士団がなんとかするだろう。
徐々に視界が暗くなっていく……。




