★少女の見た戦争(前編)
ジーン、と膝下からつま先まで痺れが走った。
足が痛い。
フローリングの床の間の上で正座なんてするもんじゃない。
せめて畳の上でさせて欲しい。そんな文句をかき消すように、獅子威しの音がカポーンと鳴った。
何度目の獅子威しだろう? もう今日は、飽きるほど聞いた。
チラと薄目を開けて師匠を見る。ああ、師匠が私を見てる。じっと見てる。
仕方ないじゃない? ファーメル教国は第二の故郷とも言うべき国だし、そこが有象無象共に蹂躙されようとしてたら助けに行くのは普通のことだと思う。
私は剣の勇者。
師匠の厳しい修行にも耐えてきた。今やそれだけの力はあるはず。
だっていうのに、なんで師匠は怒っているのだろう?
『いろは、そこに座りなさい』なんて言われて、もう一時間だよ? いや、一時間は誇張にしても30分ぐらいは経ってるはず。せめて何か話して欲しい。話してくれないと何を反省したらいいかさえわかんないんだから。
よし、覚悟は決まった。直接聞こう!
「あの、師匠ぉ?」
「意外と根性のない。『戦争に加担する』などと、だいそれたことを言うあなたがたかが25分の正座で音をあげるのですか?」
怒ってるよ。やっぱりすごく怒ってる。人殺しに高柳一刀流の技を使うなんて、みたいなこと? そんなバカな。今更師匠はそんなことでは怒らないはず。人間同士で争うなってこと? いや相手は召喚で出てきた有象無象だ。そんな奴らにこの地の人達が殺されるより、同じ転生者の有象無象である私が片付けたほうが正しいはず。
なんでだろう? なんで師匠は怒ってるんだろう?
「いろは。あなたは戦争を甘く見ています。乱戦になれば有象無象の攻撃をもらうこともあるでしょう? その時あなたは生き延びられますか?」
ああ、師匠は私を心配してくれているんだ。でも、それは流石に過保護なんじゃないだろうか? だって、私は『転移』も『時間停止』も使える剣の勇者だよ? あのときの赤龍だって、今なら私一人できっと倒せる。王級纏雷を使えば軍勢相手でもどうにかなるはず。相手が鉄製の剣や鎧を身に着けているならなおのことだ。
「師匠。私の支配領域は700RUに及びます。私が有象無象から攻撃を受ける場面が想像できません」
「攻撃を受けることがない、と私の前でそれを言いますか?」
師匠が腰の刀に手をかけた。
ずるい。師匠を引き合いに出すのはずるい。師匠の不可視にして『無音の剣』なんて避けられるわけないじゃない?
「師匠は剣聖じゃないですか? そんなの例外ですよ、例外。それとも扶桑から剣聖が敵として召喚されてくるとでもおっしゃられるのですか?」
ふぅ。とあからさまに落胆したように師匠がため息をつく。
間違ったことは言ってないもん。そりゃあ、師匠には勝てないよ? でも、『召喚』の勇者とはいえ、そんなに強い兵が召喚できるものなの? 私は無理だと思う。だってそんなに強い者を喚んだら制御できずに自分が殺される確率がでてくるもの。
例え喚ぶことが可能だとしても、喚ばない筈!
「不満そうな表情ですね。敵わないものをすべて例外にするつもりですか? いろは。射程700RUを超える超一流の弓使いは? 射程1000RUを超えるガトリング砲は?」
「『転移』があれば対処可能です」
「それが甘いのです。乱戦になったらタイムラグのある『転移』なんて使っている暇はありませんよ?」
その場合は、『停止』で時間を止めてから『転移』するもん。言ったら反論されそうだから黙っているけど!
「その場合は、『停止』で時間を止めてから『転移』すればいい。などと考えてはいないでしょうね? いろは」
やめてー、師匠。読心術を使うのやめてー。
なんて答えようか、と迷ったが正直に答えることにした。
「考えてますけどぉ」
「ますけどぉ、じゃありません。あなたは一度にどれだけの動作ができます?」
「その言い方はずるいです。師匠じゃあるまいし、普通は一つしかできませんよ?」
「ね? 人にはできることとできないことがある。戦争に加担するなんて言わず、戦争は専門の教会騎士団に任せて、いろはは住民の避難誘導に努めなさい」
「ね? じゃないです。その教会騎士団の中に守りたい人がいるから戦いたいんです」
なんてったって教会騎士団には、大親友の双葉の父がいるのだから。
双葉と初めて出会った日。それは、転移して初めてのゴブリン退治の日だった。転生者をよく思わない町の鍛冶屋に粗悪品の剣を掴まされ、剣が折れて大ピンチに陥った私を強力な魔法で助けてくれた十に満たない歳の女の子。それが双葉との出会いだった。日本での思い出話をせがむあの子と隣国まで刀を買いに行ったっけ。あの日から私と双葉は年齢を超えた大親友だ。私は双葉の悲しむ顔を見たくない。
「誰を守るか。それは生き残るために大事な要素なのですよ。いろは。目標は具体的にもちなさい。街の人を守るじゃなく、その中の誰を守るか。具体的なイメージが、いざというときの粘り強さにつながるのです。それは戦争で生き残るために絶対に必要なことですよ」
師匠の目は真剣だ。おそらくこれが師匠が伝えたかったことなんだ。
「心に刻みます、師匠!」
「よろしい。いろは。戦争に参加することを認めます」
「ありがとうございます」
ふう。本当にありがとうございます師匠。このやり取りで私の心構えが少し変わった気がします。
「それでは、刀を見せなさい。その刀、おそらく次の王級纏雷には耐えられませんよ?」
「えっ? そんな……」
師匠に刀を渡す。そう、この刀こそが、双葉と一緒にはるばる隣国の刀屋まで買いに行った思い出の刀なのだ。
「ほら、この罅。小さいですが深い。芯鉄まで達しています。だいぶ無茶な戦闘をしましたね?」
赤龍と打ち合ったときのダメージがここまで深かったなんて。
「どうしましょう。これでは対多戦闘はとても無理です」
「いろは。この刀を譲りましょう」
師匠が床の間に飾ってある非常に美しい刀を取り出した。鞘や鍔、柄のあしらいが繊細で見事だ。きっと名のある刀匠の打った業物に違いない。
「師匠。この刀は?」
「私の兄弟子が私の『王級』昇級祝に打ってくれた刀です」
「師匠の兄弟子!?」
「ああ。古今無双の鍛冶師にして、当世最強の剣聖です」
ああ。なんてこと。剣聖が剣聖のために打った刀? そんなの凄いに決まってる!
「さあ。抜いてみなさい」
「ぬ……ふ、んんっ。うぐぅ。師匠ぉ。この刀、抜けません!」
「ふふ。情けない声ですね、いろは。その刀は抜くためには王級以上の『心纏』が必要なのですよ。私も同じように兄弟子に笑われました」
「意地悪です!」
今のは主に師匠に対する抗議だ。兄弟子さんにやられたなら注意してくれたっていいのに。
心纏を行うと、刀はあっけなく、びっくりするほど簡単に抜けた。
「なんて美しい刀身。『新月無明 景綱』。それがこの刀の銘ですか?」
「ええ。いろはの『王級』昇格祝です」
「ありがとうございます。師匠!」
思い出の刀は、あとで刀身を詰めて脇差に打ち直してもらおう。
「兄弟子の刀を戦場に放置したりするのは許さない。必ず生きて帰ってくるんだよ? いろは」
「はい。必ずや!」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
すーっと思い切り息を吸い込んだ。
気温は適温。だけど、慣れ親しんだグラナ街道の空気が、いつもより少し冷たく感じる。
怯えるな! と自分の心に活を入れ、身体強化魔法LV5アクティブを発動する。
全身の細胞が目を覚ましていくような感覚が体中を駆け抜ける。
さあ、やろう!
「心に雷鳴を纏い、体に雷光を纏い、技に稲妻を纏う」
王級纏雷!
雷槌が全身を一周し、するりと刀が抜ける。
刀身が歓喜を表現するかのようにバチバチと紫電を放つ。
左奥の陣営は、近隣国のハンター連中か。数4500。装備がバラバラだ。あの巨大な山のような女性は『赤壁』か。特級ハンターたるスカーレットバレットも力を貸してくれたらしい。
中央に陣取るのは、双葉の父が指揮する教会騎士団。数8000。街に被害を出さないのはもちろんのこと、私は双葉のお父さんも守りたい。
『いたもん』のサヤさんがハーフエルフの一団500人を率いて遠距離攻撃にあたり、ロブくんとスカーレットさん、そしてアシュリーさんが敵ボス級の遊撃にあたってくれるらしい。
私は速攻で敵『召喚の勇者』を切り捨てる役目だ。
召喚で呼び出された家族も愛も知らないような有象無象に、親友の家族をやらせるものか!
敵は、LV15 ゴブリン・トルーパー 弓4500・長槍5000・斧2000・剣3000
LV24 レッサーヴァンパイア 5000
LV38 トゥルーヴァンパイア 500
LV45 神獣九尾 1
LV18 召喚の勇者 1
約20000の軍勢だ。これに対し味方はおよそ13000。よく揃ったと言いたいところだけれど、練度的にレッサーヴァンパイア以上に対抗できるものは限られてくるでしょうね。よくもまあこんな化け物を従えられたものだ。
やっぱり、狙いは速攻。転移と停止を駆使して、私が敵陣に飛び込まないといけない。
いくぞ!




