宇宙戦艦アトロポス
九翼の天使に曳航されるように、ファントムはゆっくりと飛行する。
お互い出せる速度を計りかねているせいだろう。飛行速度はかなりのんびりとしたものだ。
そうだ、今のうちにふうちゃんに連絡しないと……。
「ファントム、自動操縦だ。先行する天使を追尾しろ」
「了解」
ファントムを自動操縦モードに切り替える。
テレパスオーブを起動してと。……ん。つながった。
「ふうちゃん。どうもありがとう。うまくことが運んだよ」
「お疲れさまです。りんぞーさま。先程、邪神様からも『依頼の達成』を確認したって連絡がありました!」
「そうか! よかった! やっぱりあれがアメノムラクモだったんだな。アイツは天軍の剣なんて呼んでたが……。カレン様もなんで日本風の呼び名で伝えたんだか……」
「たぶん、一言でわかるように伝えるためだと思いますよ? 邪神様は示唆的な話し方をするかたなんです」
「示唆的ねぇ」
「あとは会談ですね」
「そうだね。うまくまとまるように頑張るよ」
「協力できることがあったら言ってくださいね」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
ふうちゃんと通信を終えた。ファントムは飛び続けている。
夜の帳が落ちる頃、やがて空中にうかぶ巨大な建造物が見えてきた。
でかい。マジで、でかい。ズームしないと端が見えない。
ヴィジョン!
全長2436RU
えーと、2.6kmか。護衛艦の10倍はあるぞ!?
闇の中にあって、夜を感じさせない不夜城。
煌々とひかり、無数のドローンに守られるその威容。
ああ、これが鳥船。サリミドの空中戦艦か。
その真の名を、宇宙戦艦アトロポス。
まさかこんなのを目の当たりにするとは……。
巨大な砲塔がいくつも並び、対空砲がハリネズミのように展開されている。
船を覆うエネルギーフィールドだろうか、時折中空に緑色に光る半透明のハニカム構造が浮かんでは、消える。
砲身はレールガンか? 大型の細長いレール状の砲身がズラッと並んでいる姿は恐ろしい。あきらかに俺達とは技術レベルが違うようだ。
ミサイルポッドのようなものも見える。
はっきりと分かった。まちがいなく帝国は手加減されている。
ゴレコンでは、この化け物に歯が立たない。
ミスリルの盾を抜けないガトリング砲で、この艦の装甲にダメージが入るわけない。
ああ、そして、これは誘導なしに近づくのはとても無理だ。とんでもない数の火砲があるうえ、上空には砲を持つドローンが多数睨みを効かせている。この監視、火砲をくぐり抜けるのは不可能だ。そう理解した。
戦艦に近づくと、ドローンの格納デッキだろう――、滑走路を思わせる空間が非常になめらかに口を開いた。
ありがたいことに、歓迎されているらしい。一切の皮肉なしにそう思えた。
空いている場所にファントムを着陸させる。
流石に緊張するぜ。
「なぁ、ベル。どうしたらいいと思う? ファントムを待機状態にするの、結構怖いんだが」
「降りようが降りまいが、今のところ私達を傷つけられるのは、そこの天使だけだよ? 周辺にいる騎士や隠れてるゴーレムはせいぜいレベル60ってところだね。心配しなくていいと思うよ」
「交渉が決裂したらどうなるだろうな?」
「私だったらそのまま帰すけど?」
「うーん」
ズラッと整列した、美しい白亜の鎧兜に身を包んだ女騎士達が一斉に敬礼する。一糸乱れぬ行動に相当な練度を感じる。そして、天井や壁の向こうから覗く光学迷彩を展開した蜘蛛型のドローン。うまく隠れたものだ。ベルの『隠れてるゴーレム』って指摘がなければ気付かなかったぜ? しかし、レベル60って、ドラゴン並みじゃん。めっちゃ高いんだが? ベルの基準だとこれが無視できるレベルになるのか……。
いやいや、何考えてるんだ。俺は交渉に来たのだ。怖がってる場合じゃねぇ。
「おにいちゃん、いくよ?」
あかん。ボーッとしてたら、ベルに手を引かれてしまった。これはかっこ悪い。
「ま、まかせろ!」
自分が何言ってるのかわからなくなってきた。
「緊張しなくても大丈夫だよ。おにいちゃんは私が護るから」
ちくしょう、ベルにくすくす笑われたじゃねーか。
気を取り直し、ハッチを開けファントムから発生する重力場に誘導されて外に降りた。震えはもう止まっていた。
あたりを見回してみる。昼のような明るさだ。
九翼の天使はもういない。
展開した格納庫周りが閉じていくが、周りは常に自然な光量を保っている。
光度を維持する仕組みがあるようだ。
電気でも魔法でもない。いや、電気なのか?
壁が、天井が、床が、必要なぶんだけ発光している。ランプのようなものは見当たらない。
「ここから案内を引き継ぎます。戦術班ヴァルキリーロード隊、隊長イザナミです」
「俺はリンゾー。こっちはベルだ。よろしく」
整列していた女騎士の一人が前に出て軽く握手する。
ん? イザナミ? 偶然かな?
「その名前は?」
「偉大なる造物主様に賜った重要な名前です」
名前への侮辱は許さない。そんな気迫を感じる声音だ。
「日本という名に聞き覚えはあったりするか?」
「存じ上げません」
「偶然か。変な質問をして悪かった」
「構いません。では艦内を案内いたします」
俺たちは軍人然としたイザナミに案内されるままに、透明なカプセルに乗り込んだ。
これで艦内を移動するわけか。
カプセルの中にはソファしかない。ふかふかだ。
「これ、どうやって動かすんだ?」
「ここに触れて目的地を念じます」
フッとイザナミが手をかざすと、カプセルの中心に球体の像が浮かびあがった。
「皆さんはお座りください」
イザナミが球体に触れ椅子に座る。
すると、バビュンと信じられない加速をし、カプセルが動き出した。目の前から他のカプセルが等速で突っ込んでくる。それをお互い示し合わせたかのように、くるりっと相互に半円を描いて相手を回避する。そんな状況が続く。
自動操縦。恐らくカプセルどうしが相互に通信しあい、状況ごとに適切な回避マニューバが選択される、そんな感じ。この技術があれば信号とかいらないな。
「しかし……。とんでもない機動をしてるのにほとんど揺れないぞ」
「重力制御技術は、そちらの文明にもあると聞き及んでおりますが?」
「こんな精度じゃないよ」
ファントムは全く揺れないが、あれは例外中の例外だ。
「そんなに感動するほどかなぁ?」
「ベルから見ればそうだろうな」
医療区画、人工肉製造区画、植物のある広場、居住区画を通り抜け、物々しい扉を何枚か抜けるとブリーフィングルームに着いた。
この艦のドアは開くとどこかに格納されて、元から通路だったかのように消失する。
扉が開く、がこんな不適切な表現になるドアがあるなんて思わなかった。
「イザナミさん。艦の説明どうもありがとう。これは、もう船というより街だな」
「宇宙戦艦は、どれも単艦で持続的に活動することができます。長い航路を旅するものなので当然の設備です」
別に誇るふうでもなく、イザナミがいった。
ブリーフィングルームに付くと楕円形のテーブルの片側に天使が7人座っていた。めっちゃシュールな光景だ。どの天使も相応に美しい。九翼の天使が向かって一番右にいた。その隣の男がこいつらのリーダーか。同い年ぐらいかな? 黒目で金髪だ。ただし、ナチュラルなブロンドではなく、髪染めてますって感じの金髪だ。地毛は黒だな。長髪を後ろで軽く縛っている。
さあ、今から停戦のための交渉だ。集中しないとな。
「ふう。緊張のせいか喉が渇くな」
「席についてくれ。挨拶の前にお茶を用意させよう。やってくれ」
イザナミが急須を持ってきた。えっ? 隊長がお茶汲みやるの? ん? 急須?
お茶だよ。日本茶だよ。めっちゃ良いお茶だよ。色が明るくて水に厚みがある。
ベルの湯呑にもお茶が注がれていく……。
まぁ、ベルは飲まないだろうが……。
「どうした? お茶を見るのは初めてか?」
「いただきます。甘い。コクが深い。かぶせた葉っぱの匂いがする。玉露みたいだな」
「なんだと……?」
「え? 玉露みたいっていったんだが?」
男が俺の目を覗き込んでくる。男にそんなに熱心に見つめられても嬉しくないんだが?
「俺は、この艦の艦長をやっている『目黒徹』だ。皆にはメテオルと呼ばれている」
なんでもない自己紹介に、何故か周囲がざわついた。
「俺は、リンゾー。こっちはベルだ」
「リンゾーさん。本名を聞いてもいいか?」
ん? 目黒徹っていったか? この人、もしかして日本人か?
「俺は、楠木麟三……です。目黒さん。日本っていう名に聞き覚えは?」
「ある。あるよ。楠木くん」
なん……だと!? 本当に、まさかの日本人!
久しぶりに名字で呼ばれた。感動的なシチュエーションのはずなのに……。
「なんか、名字で呼ばれると違和感を感じる自分がいる! リンゾーって呼んでください」
「じゃあ、俺のこともメテオルと呼んでくれ。もうそっちが馴染んでしまった」
メテオルさんがジョッキのように、湯呑を差し出してきた。
「うぇーい!」
なぜか、メテオルさんと玉露で乾杯。ベルを含め周囲はポカーンとしている。ベルのこんな表情は初めてみた。
この会談。うまく行きそうな気がする!
うまいこと話をまとめてみせるぜ!
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




