街の人達を助けるぞ!
夕暮れ時。
目的地まで、あと少し。
乗り物酔いによって速度を出せないバーナードに合わせ、2体のゴレコンが空をゆっくりと飛行する。もっとも、ゆっくりとはいえ複葉機ぐらいのスピードは出ているため、『ファントム』に表示されている目的地までの残り距離は、みるみるうちに減っていく……。
飛び始めてから、何個目かの街が見えてきた。
街の人が皆、道に出ているようだ。お祭りか何か、かな?
いや、違うな。遠目にも街の様子がおかしいように見える。
――、アラート!
火砲で狙われています ――
『ファントム』に搭載された自律行動システムが警告を発した。
自動的に、適切な回避マニューバが選択され『ファントム』が砲弾を回避する。
――、衝撃に注意してください!
遅いよ! 回避行動を取る前に言って欲しいよな。
もっとも、『ファントム』のコックピットは、揺れたりはしない。というか、微動だにしないわけだけれど……。
「おにいちゃん! あの街、襲われてるよ!」
ベルの言葉をうけて、眼下の街を見る。
街が襲われているって?!
街の周りをゴーレムが一定間隔で取り囲んでいた。
その周りを龍の姿の化け物が取り巻いている。組織だった動きだ。
ヴィジョンのズーム機能と『鑑定』で街の中に目を凝らすと、人が人を襲っていた。
いや、人じゃないな。『鑑定』によると、ヴァンパイアが人を襲っていた。
逃げ惑う女の子を組み敷いて、ヴァンパイアが首に牙を突き立てる。
ペットボトルから水をラッパ飲みするように、赤ちゃんを釣り上げて腹に貪り付き干からびるまで血を吸い尽くす。
シワだらけに干からびていく我が子に必死に手を伸ばす母親。
声は届かないが、悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
街の男たちも必死で抵抗を試みているんだが、オーガ並みの膂力を持つヴァンパイアには歯が立たない。
鋭くのびた爪で一撃のもと、手にした武器ごと引き裂かれ、ひとなぎで肉塊に変えられる。
それは、まさしく蹂躙だった。
「バーナード! 街の人達を助けるぞ!」
現場に急降下しようとする俺を、バーナードが止めた。
「待て、リンゾー! それは俺達の仕事じゃない! 街を取り囲んでいる者たちの動きが妙に組織だっている。ただの魔物じゃなく正規の軍かもしれない」
「軍だったら、なんだっていうんだ? 今、まさに目の前で人が襲われてるんだぞ!」
「落ち着け、リンゾー。俺たちは戦争を止めに行く仕事を請け負っている。大勢の人の生死に関わる大仕事だ。それをすっぽかして目の前の街の人を救いに行くつもりか? いっちゃあ悪いが、この街はもう手遅れだ! 下手に介入してみろ、相手が軍なら、あらぬ罪を着せられる可能性だってある!」
俺たちが街を襲ったことにされる、ってことか?
「だからって、見捨てろっていうのかよ! 今、救えるかもしれない人たちが目の前にいるんだぞ!」
「ヴィジョンをサーモグラフに切り替えろ。体温のある人間が何人いる? 手遅れなんだよ、リンゾー」
サーモグラフか。なるほど。あの大勢いる人のほとんどがアンデッドってわけだ。しかし……。
「体温があるやつって、100人近くいるじゃねぇか! 手遅れなんて言うな!」
「リンゾー。目の前のすべての人を救うことはできない! あきらめろ!」
見捨てる? あきらめる? 冗談だろ!? 目の前で家族を失ってる人がいるんだぞ! そんなに物分りがいいのなら、俺は異世界転生なんてしてねぇんだよ!
「バーナード、頼む! 力を貸してくれ! 俺は目の前の人達も、今戦場にいる人達もどっちも救いたいんだ! 時間が惜しい!」
「ったく、しょうがない! 3分もらうぞ、リンゾー。エレジアに話を通す。それまで攻撃はするな、護るだけにしろ、いいな!」
「おう!」
バーナードの言うこともわからないわけじゃない。ゴレコンを使って街の人を傷つけたりしたら、間違いなく重罪になるだろう。
専守防衛、悔しいが今はそれが必要だ!
『ファントム』のシステムを手動操縦に切り替え、降下し、地表に近づいていく。
街を取り巻くゴーレムの肩に2門ずつバズーカーのようなものが見えるな。
さっき攻撃してきたのは、アレか?
ゴーレムの肩についた砲を見ていたときだった。一瞬目の前が真っ白になった。
眩しいッ。マズルフラッシュだ。砲の口が光り、砲弾が発射された!
遅れて、花火のような音がする。
6発……12発……24発。
街の周囲を取り巻くゴーレム達が、街に近づいた俺の『ファントム』をめがけて一斉に火砲を発射してきた!
数、多いって! 回避が追いつかねぇ!!
「ベル、反射をしないで、そらせてくれ!」
「わかった!」
反射をすると、攻撃をしたことになるかもしれないからな。
第2射、第3射の砲撃が次々と飛んでくる……。
あーあ。ドンドンドンドン撃ってきやがって!
ベルがベクトル操作を使っている限り避けなくても当たらないが、つい癖で避けてしまう。
いつもの癖で、思わずゴーレムの懐に飛び込もうかと思っちまうが……。こんなところでゴーレムを相手にしている暇はない。
一人でも多くの人を救わなくっちゃな!
踵を返すとゴーレムを無視して、俺は街の中央の広場に強行着陸した。
『ファントム』の巨体が砂煙を巻き上げ、広場に降り立つ……。
ヴァンパイアも街の人も、数秒間、『ファントム』を見あげていたが、攻撃してこないゴレコンに、街の人たちは警戒心を解いたようだった。
「俺、見たことがあるぞ! あれは帝国のゴレコンだ! 帝国軍が来てくれたんだ!」
街の人が『ファントム』を見ている。
頼むぜ! みんな逃げてくれ!
ヴァンパイアと人間を割り割くように、『ファントム』の腕で壁を作り、人々を誘導する。
最初の一人が意図に気づき、声を上げる!
一団が街を抜け出した!
……だが、後が続かない。
今逃げてくれたのは、ほんの一握りだ。
どうすれば、生存者を救える? くそっ! 拡声魔法のオーブがあれば!
しかし、そんな事を考えている暇はなかった。
ヴァンパイアは、そうやすやすと、逃げ出した人々を見過ごしたりしない。
腕の壁を乗り越え、あるいは回り込み、ヴァンパイアが街の人を襲う。
圧倒的多数の敵から、攻撃せずに数十人の街の人を護る、そんなことができるのか?
「バーナード! まだかよ! 攻撃せずに街の人を護りきるなんて無理だ! 時間の問題だぜ!?」
「リンゾー。攻撃許可が出た! エレジアの部隊がこちらに急行するそうだ。何が起こるかわからん。弾は半分残しておけよ?」
「了解。ありがとうバーナード。しかし、軍隊をそんなに簡単に動かせるもんなのか?」
軍隊を動かすには、会議と書類と金が必要だ。
まして動かすのは、セントラ帝国の虎の子ともいえるゴレコン部隊。自国領内とはいえ、そんなに簡単に動かせるものなのか?
「大丈夫なんだろうな?」
「街を壊せば、補償の問題も出てくる。全権委任状があるとはいえ、口裏合わせは必要になるだろうな!」
「やっぱりかよ!」
口裏合わせか。
必要なら頑張ろう。俺たちのせいでエレジアを軍法会議にかけさせるわけにはいかない。
チラリとバーナードを見やる。せき止められている腕の向こうに大勢ヴァンパイアが集まってきている。
俺が腕をどけるのと同時に、示し合わせたかのように阿吽の呼吸でバーナードが30mmガトリング砲を発射した!
熱を帯びた巨大な薬莢が、煙を上げながら、ガトリング砲から目にも留まらぬ速さで排出されていく。
轟音とともに、街の人を追いかけるヴァンパイアの群れが弾け飛んだ!
血煙が舞っている。
ああ、敵が人外で本当に良かった。トラウマになるぜ、これ。
一瞬で被弾した上半身が消し飛び、下半身が宙を舞う。あとに残るのは舞い上がった血煙だ。
数十秒もしないうちに見える範囲の敵がいなくなる。
街の外へ抜ける道で、街の人たちに追いすがったドラゴンゾンビが腕を振り上げた!
人の目には巨大に見える、恐るべき龍も全高15mを超える『ファントム』から見ればただの獣だ。
いっけぇっ!
砲火一閃! 俺は127mmロングレンジライフルで、ドラゴンゾンビの頭を吹き飛ばした。
そのまま一気に距離を詰め、ドラゴンゾンビを蹴飛ばそうと前蹴りを放つが、ぐにゃりという感触を残し、吹っ飛んだドラゴンゾンビが崩れ落ちた。
龍の生命力は半端じゃない。
首が落ちたって、生きている龍なら振り下ろす手を止めたりはしない。しかし、ドラゴンゾンビはそうではなかった。赤龍と比べたら、ドラゴンゾンビは完全に見かけ倒しだ。
街に着陸した俺たちを始末するため、街なかに入ってきた大盾を構えるゴーレムに、バーナードが30mmを撃ちつける!
まるで、タライに雹でも降り落ちたような金属音が響き、弾丸がどこかへと弾かれていく。
強固な盾だな。30mmガトリング砲は効かないと考えたほうがいい。
『ファントム』内蔵の20mmバルカンじゃあ、牽制にもならないだろう。
「ミスリルの盾か? なんて硬さだ。こりゃあ長期戦になるぞ!」
バーナードの声から、焦りが伝わってくる。
「おにいちゃん。127mmでゴーレムのコアを狙って!」
ゴーレムのコア――、それは、ゴーレムの意思と動力を司る核だ。コアを撃ち抜かれたゴーレムは、たちまち、ただの人形と化す。
「コアって、おいおい、まさかあの分厚い盾ごと、コアを撃ち抜く気か? 無茶だ! ……正気か!?」
通信がオンのままだったようだ。
バーナードから、ツッコミが入る。
「いーや、『ファントム』のベクトル操作なら、いけるよな? ベル」
「特級オーブだと、せいぜい3倍までだけどね。私が操縦桿をにぎればいけるはずだよ」
「なんだって!? 砲弾の貫通力を上げられるってことか? 冗談だろ?」
めちゃくちゃ動揺しているバーナードから目をそらし、ゴーレムのコアに狙いをつける。
「やるぜ! ベル!」
「まかせて!」
狙いはバッチリだ。発射!
撃ち出された砲弾の、外部へと逃げた力が、また、熱量に変わった力が、すべて貫通力に還元される!
ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
一気に6体、ぶち抜いてやったぜ!
『ファントム』のベクトル操作は、ライフルの反動をなくす。また、『重力場』のオーブの効果で、重いものでも軽々と取り回せる。つまり、エアガン感覚で巨大なライフルを撃てるのだ。
攻撃が一段落したことで、銃身に組み込まれたアイスフィールドのオーブによる加熱した銃身の冷却が始まり、銃身が僅かに白煙をあげた。
「バーナード! ヴァンパイアの方を頼む! ゴーレムは俺がやる!」
「任せろ!」
バーナードの30mmガトリング砲が火を吹いた。次々とヴァンパイアを弾き飛ばしていく。
俺も負けてはいられない。『火砲と盾』を持ったゴーレムへの対処は現状、俺にしかできないことだ。やるなら徹底的にやってやる!
『鑑定』でゴーレムのコアをサーチし、127mmロングレンジライフルで、盾ごとゴーレムコアをぶち抜いていく。
砲弾は盾を貫通し、ゴーレムを貫通して見えなくなるまでかっ飛んでいった。
射撃にも慣れてきたぜ! コアを一撃でぶち抜いてやる!
弾倉を変えつつ、コアをぶちぬくこと100回以上!
敵も味方も、誰もが呆然と、その光景を見守っていた。
150を超えるゴーレムが、数分で、ただの人形と化した。
「冗談だろ? リンゾー。おまえら、さすがに規格外すぎるぜ……」
ゴーレムが崩れ落ちる音と、街の人の歓声。そして、バーナードの呆れた声が『ファントム』のコックピット内に小さく響いた。
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




