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噛み合う歯車

 麻薬密売人。


 世に天職というものがあるのなら、俺のは、まさにソレだ。

 捜査に来た警察(サツ)に、麻薬の気持ちよさをとうとうと説き、『一服だけ』といって火を付ける。

 やがて虚ろな目で、もっともっとと、ねだってくる警察をみて、俺は世界の全てをこの手に入れたかのような気分に酔いしれるのだ。


 一人のサツから同僚へ。同僚から後輩、そして上司へ。

 警察を完全に掌握した俺に、怖いものなどなかった。


 金も女も自由になった。


「お薬をください。お願いです。なんでもします。跪けと言うなら跪きます。靴の裏を舐めろと言うなら舐めます。お願いですからぁ」


 麻薬を求め足元に縋り付く、風呂屋に売り飛ばした美少女(かねづる)を蹴飛ばし、夜道を歩く。ネオンの光がうっとうしい。客引きに精を出す看板娘共は、全て俺の客だ。


「君は、本当に『気持ちいい』ってことを知ってるか?」


 いたいけな少年に、前途ある若者に、麻薬を売るときはワクワクした。

 ああ、この子の人生をメチャクチャにできるのか!、そう思うと俺の心の奥底がじっとりと熱を帯びた。


 真面目に生きているものが馬鹿を見る世界で、他人の不幸だけが俺の心を慰めてくれた。

 俺にとって他人は、金蔓であり、快楽であり、人生の破滅を見せてくれる演者だった。


 麻薬密売人は俺にとって実に天職だった。俺は世界の中心だった。俺は世界の頂点だった。


 ……だから、それゆえにわからない。なぜ、こんなことになったのか?


 気がつけば、俺がいたのは、足元すらおぼつかない真っ白の空間だった。


「やあ。君は()から来た人だね。私の名は、グランデール。君らの世界で言うところの神のようなものさ」


 グランデールと名乗るソイツは、光のローブのようなものを纏い、圧倒的な神々しさを醸し出していた。

 どんな宗教画でもこうはいくまい。光がまるでグランデールの周りを踊っているかのようだった。


 年齢に意味はない。見た目に意味はない。ひと目でそう確信できた。

 そう、グランデールと名乗るソイツは、さんざん俺がくいものにしてきた、あどけない少年の姿をしていたのだ。


「神? どういうことだ? 俺は死んだのか?」


 俺は自分の体をみまわしてみる。別段変わったところはない。


「残念だけど君はついさっき亡くなった。君が麻薬漬けにして、さんざん楽しんで飽きて風呂屋に沈めた、いたいけな少女が、麻薬欲しさに君を襲ったのさ」


 全く残念そうな素振りをせずに、グサッと言いながら、包丁で俺を刺すような仕草をして目の前の少年がくすくすと笑った。


 ちくしょうッ! ちくしょうッ! ちくしょうッ! あのアマか?

 巫山戯(ふざけ)た話だが、なぜだか俺には、それが真実だと確信できた。ストンと妙に腑に落ちた。


「くそっ! 俺にはやりたいことが山ほどあったのに……。裏社会の頂点に立っていたというのに! 頼む、俺を生き返らせてくれ。死ぬのはゴメンだ! 頼むッ! このとおり!」


 こいつが神の力を持つというのなら! 拝み倒すのは(やぶさ)かではない!


「ふむ……。君。人生を赤ん坊からやり直す気はあるかい?」


 グランデールはなにかを思案するような口調で俺にそう尋ねてきた。


「赤ん坊からでもいい! やり直させてくれ! 俺から楽しみを奪わないでくれッ!」

「ちょうど今、亜神霊の座が一つ空いていてね。精神を支配するチートな力を持つ神の身体と、何の力も持たない人間の体、どちらか一つを君にあげようと思うが、どっちがいい?」


 考えるまでもなかった。チートな神の身体に決まっているッ!


「神の身体を!」

「ふふふ。いいだろう。君に『精神の支配者』たる亜神霊ヴァーミリオンガーブの身体を与えよう。ただし、今日から君は私の眷属だ。逆らうことは許さないよ?」


 その日、俺は魔神グランデールの使徒となり、神の身体を賜った。


 精神を支配する力。麻薬の完全上位互換とも言うべき神の力。

 グランデールから俺に与えられた力の説明を受け、俺は心底奮い立った。


 赤子からやり直す人生。……そして、()()54年だ。

 実に54年もの間、俺は辛酸を嘗め続けてきた。……


 ちりちりちりちりと、目の奥がうずく。

 別に怪我をしているわけではない。


 この身体からだに生まれいづる前から肉体に染みついていた幻覚いたみだ。

 (にく)き龍神の『崩壊』という忌々しいスキルで、傷つけられた幻覚いたみだ。


 グランデールめ、神の肉体をやると言いながら、こんな出来損ないの身体をよこしおって……。

 痛みにのたうち回る俺をクスクス笑う、グランデールの子供のような笑顔を思い出す。


 くそっ! 時折痛みが走るだけでなく、力も十分に引き出せはしない。なんて不自由な身体だッ。

 赤神ヴァーミリオンガーブが持っていたという魂を汚染する能力。50年以上特訓したが、俺が引き出せたのは結局、催眠能力どまりだった。


 忌々しいッ!

 俺を無能と罵る輩め!

 俺の痛がる姿を見て、あざ笑う輩め!


 神霊が世界に直接手を下せぬ以上、亜神霊の体を持つ俺は、世界最強のはずだった。

 世界すらも、手に入れる器のはずだったッ!


 だというのに、身体が俺になじまぬせいで、力不足と(さげす)まれる始末。

 

 忌々しい。忌々しい。

 俺は世界の頂点に立つ男のはずだ。

 魔王も勇者も女神も金も女も、全て俺に跪くべきだ!


 肉体から沸き立つ怒りに打ち震えていると、まるで怒りに呼応でもするかのようにブルブルブルと、テレパスオーブが震えだした。


 光の色は鉛色。

 ふぅ……。落ち着け。


 冷静にならなくては。

 この色は、龍伯ドラクルのカーショウ。油断のできない相手だ。

 いつもどおりの口調で……落ち着いて。

 付け入る隙を与えないようにしなくては。


「……、どうしました? 伯爵」

「そちらの状況はどうだ? 我が軍は既に最初の街を飲み込んだ。兵も今や3万9千の軍勢だ」

「こちらも『闇の』から、陽動開始の連絡が入ってきたところです。奴は殺人狂故に異端審問官共を聖都の西端に集めてくれるでしょう」

「双方ともに作戦に着手したというわけか」


 ただの定時連絡であったか……。

 早々に切り上げよう。


「……、連絡は以上ですかねぇ?」

「まあ待て。帝都に浸透している我が部下エマーソンが面白い報告をしてきてな。お前に教えておいたほうが良いと思ったのだ」

「ほう?」


「赤神ヴァーミリオンガーブと相打ちになった龍神だが、転生者としてこの世界に再臨しているぞ。お前と同様にな」

「なんですと? 本当に、『かの龍神』が? 確証は?」


 50余年付き合ってきた俺の幻覚痛。忌々しい痛みの原因がこの世界にいると!?


「食いついてきたな」

「当然です。私にとっては、この身を傷物にした憎き敵だ」


「その転生者は生前の龍神と全く同じスキルを持ち、ソイツの妹だった龍神が今も兄と慕っているらしい」

「ほほう」

「そして、面白いことに、ソイツはファーメル教国の異端審問官なのだそうだ」

「使徒級の……。そういうことか! 今まで俺の邪魔をしてくれたのは、いや私の邪魔をしていたのは、ソイツということかよ!」

「聞いてよかったろう?」


「一つ借りができましたな。伯爵。その者の名を伺っても?」

「リンゾーというらしい」

「ふふふふふ。伯爵。どうもありがとうございます。大変価値ある情報でした」

「なに、気にするな」


 おのれ、リンゾー! 覚悟しろ! 貴様は俺が八つ裂きにしてやる。二度と転生できぬようにな!

 憎き龍神の肉体に転生したことを後悔するがいい!


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 搭乗者……確認。

 起動シーケンスを開始します。


 ツイスター機関:正常……重力波、亜光速に到達しました。……モード:無限出力……オプティマイザー:EVE……魔力ブースター:正常……冷却システム:正常……重力制御装置:正常……火器管制装置:正常。


 各部が自動チェックされ、コンソールに明かりが灯っていく……。

 ……、システムオールグリーン。


「バーナード。いけるか?」

「おう。たった今、起動が完了したよ」

「ベル。『ファントム』を動かすけど大丈夫?」

「んー。ベクトル操作もちゃんと起動してるよー」

「よし、じゃあ行こうか?」


 エンジンもモーターもないので、ゴレコンの起動音は至って静かだ。

 機体内にセットされたテレパスオーブを通じ、バーナードの声がまるで直ぐ側にいるかのように入ってくる。


「カイヅカ地方まで、結構かかるだろ? 自動操縦オートパイロットを使おうか?」

「ああ。飛行モードで行こう」


 ゴレコンは、もともと使い魔のゴーレムがベースだから、例外なく自動操縦機能がついている。簡単な命令は自動実行できるのだ。


 よーしいくぜ! 俺とバーナードはカイヅカ遺跡を目指して飛び立った。


 ゴォオオオオオ!


 流石に遮音されていても、推進音は入ってくるな。

 みるみる地上が遠ざかり、雲の高さを越えた。しかし、自動操縦のナビの精度がどの程度かわからない。行き過ぎても困るし、もう少し低空飛行したほうがいいかな?


 俺の『ランサーギア・ファントム』は、当たり前のように空が飛べるが……。

 ちらっとバーナードの方を見やる。


 バーナードの『ニードルピニオン』は、スキーのジャンパーのようなかなりの前傾姿勢になっていて、『スラスターで無理やり飛ばしてます』といった感じの態勢だ。


「バーナード。この速度辛くないか?」

「ああ、ありがとうリンゾー。大丈夫だ。重力制御装置があるから、ローラーコースターよりはいくらかマシさ」

「辛くなったら言えよな」

「おう!」


 声を聞いている感じ、今のところは大丈夫そうだな。

 俺たちが乗っているのは、ゴレコンのしかも飛行タイプだ。高速馬車とはまったくもって速度が違う。日が暮れる頃には目的地に着くだろう。


 邪魔が入ったりしなければ……だけどな。

読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。

とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、

レビュー等いただけるとうれしいです。


活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、

興味のある方はどうぞ。

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