NPCに命はあるか?
――ようこそ。『輪廻』へ。私はナビゲーターの『グランデール』。
あなたを新たな世界にいざなうものです。あなたは何度目でしょうか? 失礼。まずは、キャラメイクを開始してください。
グランデールと名乗るソイツは、死神のような巨大な鎌を手にしたピエロのような見た目をしていた。
俺が抱いた第一印象は、死を冒涜する道化師だ。
死を予感させながらも、それを茶化すような容貌。
死んで転生するたびにコイツと会うのだとしたら、『輪廻』の制作陣はかなりの悪趣味に違いない。
「質問だが、自分の容姿をそのままゲームで使うことは可能だろうか?」
「可能です。その場合、作品内の平均的ルックスを下回るほどスキルポイントボーナスが付加されます」
「あはははは。ソイツは公平だ。ブサイクに優しいシステムってわけだ。今のままの容姿でいいぜ!」
「……100ポイント加算されました」
「そこまでブサイクじゃないはずだろがぃ!」
「容姿は平均を30ポイント下回っており、足の長さが40ポイント、身長が30ポイントそれぞれ下回っています」
「平均値と比べて、ブサイクでチビで短足だって? そんな情報、知りたくもネーや」
「あなたが『前世』で獲得したポイントは、136です。スキルポイントの振り分けを行ってください」
スキルポイントの振り分けか。そうだな……。
プレイヤー対プレイヤー、早解き、パワーレベリング、それらを考慮に入れるなら暗殺者タイプが望ましい。『世界の中心に赴き他のプレイヤーと競争する』ならそれが最も合理的だろう。
割り振りは、速度とクリティカル率重視、暗殺者タイプ、っと。
「アサシンタイプのスキルに補正が付きました……」
「質問いいか? 転生時に引き継ぐスキルポイントはどうすれば多く得られる?」
「お答えすることはできません」
「イベントボスを最速タイムで倒す……とか?」
カマをかけてみたが、グランデールの表情は変わらない。
というより、ピエロの顔というのは表情が読みにくい。
「NPCを殺すごとにポイントが入ったり……とか?」
グランデールと名乗る、道化じみたソイツは、ピエロのような顔をニィッと歪めた。
それから、何度転生したかは覚えていない。3度めか4度目だったような気がする。
ポイントが貯まって、ゲーム開始時にはただの『暗殺者』だった俺は、今や、『暗殺の勇者』と呼ばれるまでになった。
NPCを殺しまくったり、自分よりレベルが20も上の敵を毒殺したり、いろいろやったなぁ。
生々しいとはいえ、ゲームだからこそ、俺は殺しに夢中になれた。
目的地と思しき、インナーシェルサーバーにもたどり着いた。
ただ、順調か? と問われればそうじゃない。
たしかに、同じ現実を知る仲間と出会えたことは僥倖だった。
しかし、俺のモチベーションは過去最低にまで落ち込んでいた。
今度のサーバーは、いままでとは勝手が違うのだ。
なにせ、情報量が桁違いに多い。モブのようなNPCにさえ、歴史があり、家族があり、家系図までもが用意されている。彼らは人間と同じように生活を営み、食事し、繁殖する。
これは、もう人間と言えるんじゃないのか? こいつらは仮初の命なんかじゃなく、本当に生きている、と言えるんじゃないのか?
そんなことを思うたび、俺のナイフは鈍るのだ。
やれやれ。
今は、目の前の『殺し』に集中しなくては……。
俺は、建物で身を隠しながら、ターゲットである聖女ブリジットを尾行する。
……チッ、二重尾行か。
俺自身、誰かにつけられているな……。
距離は遠いが、誰かから狙われている感覚が確かにある。肌に感じるのは、ドローンなどの無機的な銃口の冷たい感覚ではなく、意思のある生身の人間の隙を逃すまいとする視線だ。
建物の屋上を確認し、スナイパーを想定する。
敵が人型ならば、銃か矢で狙っているならば、ここは死角になるはずだ。もっとも壁に吸い付くように走る多脚ドローンだと手に負えないが。
いや、このサーバー内で、そんなものを備えているのはハイドのいう『サリミドの空中戦艦』ぐらいだろう。そんな物と出くわす確率は低いはず。
数秒隠れて様子を見る。……1……2……3……4。
……来ない、確定だ。敵は人型。スナイパーか弓兵。次に死角に入った瞬間、ブリジットを殺す!
今ッ!
すばやく毒ナイフを抜き、ブリジットを斬りつける。
魔法陣が展開され、精霊が出てくるが遅い!
ザシュッ!
……、わずかに飛んだ赤い飛沫が、白いドレスと石畳を汚す。
当てた! 俺がナイフに塗り込んでいるのは、カスリさえすれば運動能力を奪う即効性の神経毒だ。
このまま首を掻き切ってやる!
次の瞬間、ゴウッと音がし、無警戒だった頭上に風を感じた。
馬鹿な。敵がもうひとりいた? とっさにナイフを空に向けガードするが重い!
投擲用の槍か!?
ぐうっ……、痛ぇえ!
槍が肩を貫通した。
敵の姿が見えない。まずい。痛みで視界がチカチカする。くそったれ!
胸の内ポケットから毒ナイフ取り出し、3本上空に投擲すると、槍を旋回させナイフを弾く少女の姿が見えた。
嘘だろ? あの主体性のない臆病者の小娘が、俺を怖がっていた小娘が、『暗殺の勇者』たる俺の前に姿を現すとは……。
ルナが地面に降り、槍を構えた。
表情を読み解こうと試みるが、平常心のように見える。
「正気か? 片手が使えなければお前が俺に勝てると? 勇者の中の落ちこぼれの『龍騎』が、勇者の中でトップクラスの強さを持つ『暗殺』に勝てると本気でそう思っているのか?」
「……プロファイルオーブは赤。覚悟してください」
「考え直せ。レベル20そこそこのお前が、レベル30に近い俺にかなうわけがないだろうが!」
ブォンッ!
足を切り払うように、槍を薙いで来やがった!
当然避けるが……、くそっ! 時間稼ぎにのらないか。
上下に打ち分ける槍の突きのラッシュだ!
避けるのが精一杯で、止血してる暇がない。
一撃、避けずに受けてみたが、重い。
ナイフで槍を凌ぐのは無理がある。
淡々と詰将棋でもするように逃げ場が塞がれていく。
ちくしょう! もう一掻きでブリジットを殺せるのに……。
下から喉元を突き上げるような軌道の突きだ。
避けづらく、距離感が掴みづらいよう点軌道を心がけ、ルナが次々突いてくる!
うぜぇ。
ナイフで穂先をそらしつつ距離を詰める。長ものの弱点は至近距離だ。
至近距離に入っちまえば、どうとでもなる!
しかし、懐に入ろうとするとルナは槍を回転させ、石突を叩きつけに来る。
石突を払おうとナイフを逆手に持ち替えたときだった。
ビュウッ!
……、あぐっ!
激痛が左足に走った。
下に視線を向けると、矢が太ももを貫いていた。
ミスった。死角から出ちまったか!
敵は、ルナ・ブリジット・精霊・弓使いの4人。ブリジットは毒の効果で動けず、精霊はブリジットの手当をしている。
2対1だが、手負いの今、状況は不利だ。牽制をかまして逃げないと……。
「ヒューイ!」
振り返るやいなや、ドラゴンがブレスを発射してきた。
……冗談だろう? 俺の後ろにはご主人様がいるっていうのに、この糞龍め、まさかブレスを吐くのか。ご主人様が巻き込まれるぞ?
ルナは自分の目の前に到達した炎をまばたき一つせず、優しい顔をして見守っている。
龍は龍で、自分に全幅の信頼を寄せる主を慮って全力で炎を制御している。
たかが、NPCなんだぞ?
龍の庇護者を気取るルナを、俺は心底バカにしていた。
たかがNPC。それも人外と、心を通わせた気になっている馬鹿。
都合よく自分の尺度をNPCに押し付け、理解した気になっている小娘。
それが……。
ああ、俺が心の奥底で、懸念していたことは、これだったんだ。
熱い……。痛い……。涙と鼻水が出てきた。
認めよう。プレイヤーとNPCだってのに、何という信頼。何という絆。人と人外ですらこれなのだ。やっぱりこの世界の人達は生きていた。ああ、NPCに向ける情念など、俺が何度転生しても、ついぞ手に入れなかったものだ。
それが、今、生死を分けるのだ……。
次の『輪廻』では、俺にも手に入れることができるだろうか?
信頼や、絆を……。
意識が遠くなってきた……。
……ハイド、すまない……。
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




