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まもりたかったもの

 ボス――ビリー・バーンスタインは、反ファーメル同盟の狙いを『3つ』と予想しました。

すなわち、『大聖堂・政府要人・欠損回復能力者』です。


 私と双葉ちゃんはヒューイの背に乗り、遠方視(ヴィジョン)と千里眼を使って、ターゲットの周囲に勇者が現れるのを見張ります。


 すぐに不審な動きをする者が見つかりました。


「欠損回復能力者」――『聖女』ブリジットさんを尾行する人物です。


 ブリジットさんは法王様や枢機卿を守るため、避難場所へ向かっています。

 早めに尾行者を倒さないとまずい。


 暗殺の勇者、クロウ・クラキ。おそらく元同郷人であろう私は、彼を見間違えたりしません。小柄で黒目黒髪のこの男、とても危険な人物なのです。


 なにしろ、世界をゲームのように考え、面白半分に人を殺します。「スコアがどうだ」とかいいながら、何の感慨もなく人を殺す最低の男です。いつも二人組で行動していた、殺人狂の片割れ。


「双葉ちゃん。暗殺の勇者を見つけました!」


 正直に言って怖い。

 恐怖と緊張で喉がカラカラです。


 ブリジットさんを遠くから護衛しているサヤさんが、屋根の上を伝って移動していきます。サヤさんはハーフエルフだと聞いていますが、なんて身軽なんでしょうか。


 グルゥ!


 ふいに、ヒューイが語りかけてきました。

「血が見える」、彼の鳴き声、込められた感情を龍会話スキルで翻訳するとこんなところでしょうか。


「……血?」


 ヒューイが首を北西に向けました。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 聖都北西で騒ぎが起こっているようです。

 旋風のように血しぶきがあがり、人が倒れていきます。


「ルナさん! あそこでおろしてください!」


 双葉ちゃんが声をあげました。


 あれは、影の勇者ハイドですね……。暗殺の勇者と並んで会いたくない勇者トップツー、殺人狂のもう一人です。


「あれは、人の皮を剥いで、『剥製を作るのが趣味』の殺人鬼ですよ。先輩たちに任せたほうが良くないですか?」

「私がいきます。あの人は野放しにできません」


 双葉ちゃんの瞳は強い意志をたたえていました。彼女も覚悟を持つ『いたもん』なのです。


「双葉ちゃん……。上空から援護します」

「あの敵は私一人で大丈夫です。ルナさんは、ブリジットさんを守ってあげて!」

「わかりました。ご武運を!」


 そう言われては仕方ありません。年少者とは言え、双葉ちゃんの強さは、数日行動をともにして、よくわかっていますから。


 ヒューイが音もなく地面に降り立ち、双葉ちゃんをおろして上昇します。


 双葉ちゃんが影の勇者と接触を果たしました。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 ルナさんにお願いをして、ヒューイの背から降りると、そこは地獄絵図でした。

 金属のような匂いが生暖かい湿度をもって立ち込めています。


 どうみても区画内に生存者はいません。死者二十余名。大人も子供も首を切られ戦利品のように並べられています。

 私は恐怖と怒りを理性で押し留めながら、目の前の男にプロファイルオーブをかざします。


 ああ、あんな子供まで! なんて酷い!

 爆発の勇者と戦ったときのことが思いおこされます。


 ……ッ! 心の中で激情が沸きあがりました。

 死罪を示す、「赤」であって欲しい……。


『他人の罪を望む自分』に嫌悪の念を覚えますが、私は心底そう思いました。


 オーブの色は赤。


 恥ずかしいことですが、私は安堵しました。

 頬を伝う熱い涙は、悲しいからじゃありません。


 一つ深呼吸をしましょう。


 難しいですが、感情を抑えないといけませんね。感情にまかせて敵討ちなんかをしたら、私は彼らと同じになってしまいます。


 これはそう、ここで確実に危険人物を葬れるための、安堵の涙なのです。


「今の光は、プロファイルオーブか? おまえ、異端審問官か。対応が速いな」

「遅いですよ……。死者を出してしまいましたから」


 前を向きましょう。失われた命は、元には戻りません。


「戦闘を始める前に、もっと殺しを楽しみたかったんだがな」

「そんなことは、私が許しません」


 涙を飲み込み、敵を睨みつけます。


「ひゅー。おっかないねぇ。しかし、かわいいお嬢ちゃんだな。泣いてる顔もかわいいなんて相当だぜ? お前はなるべく傷をつけずに殺してやるよ」

「私を剥製にするために、ですか? 吐き気がしますね」


「知ってるのか? 俺の趣味を……。勉強熱心だねぇ。おっと、その軽蔑的な目、たまらねぇな。くり抜いて舐め回して、ハエがたかりシワシワになるまで飾ってやろう」


「……」


「このゲーム本当に良く出来てるよな。人を捌くと法医学の解剖の授業のとおりに臓物が入ってるんだぜ? 腐敗の進み方も本物通りだ。何というリアリティ! だが、だからこそ俺は、永遠を求めちまうんだ。永遠に残る剥製が欲しい! 美しく腐敗しない剥製が欲しい! 雑魚に『力』を与えても、ハーレムを作るぐらいしか脳がねぇ。だがそんなものは時間の経過で無価値になっちまう! 俺の欲しいものは違うぞ! 全ての生き物を剥製に変えてやる! 聞いているか? 大神霊! オレの強欲こそが神の座にふさわしい!」


「無駄口はそこまでにしてください。『輪廻』を待っている魂は大勢いるんですから」

「くっくっ。『魂』か。さすが聖都の中ボス。宗教的だ。『魂』など、人に想念を起こさせるだけのただの『励起トリガー』だろうが!」


 もういいでしょう。私は重力場を一方向に指向させます。


 私の重力場が影のように伸び、影の勇者ハイドを拘束しました。ハイドの体が土にめり込んでいきます……。


「ぐっ! か……体が! このアマ、いきなり!」


 影の勇者、『ハイド・ハンセン』がうずくまりました。動けないようです。

 たかが、重力を8倍にしただけじゃないですか。


 こんなに人を殺した悪魔が、8倍程度の重力で動けなくなるっていうんですか?


「ば……、ばかな! オレの影が。影魔法が出せねぇ!」


 重力は次元さえ越えて作用します。影の世界だろうと同じことです。

 意識を集中させ、重力の発生源をハイドの肺のあたりに固定し倍率を上げていきます、……9倍……10倍……11倍!


 重力の中心が心臓なら、即死になるのでしょう。


 でも、そんなことはさせません。自分のやったことを後悔してもらいます。


 ……、身体強化魔法の防壁を突破したようです。

 肋骨がガクンと垂れ下がり、ハイドの肺が重みを増したことがわかります。


「カフュオッ……」


 体中の血管を浮き上がらせ、真っ赤な顔をして、愕然とした表情を見せるハイド。

 もはや、指一本さえ動かせないのでしょう。


 12倍……13倍……14倍……15倍……。


 身体強化魔法があろうと、そろそろ限界かもしれません。皮膚が真っ赤です。


 16倍……17倍……18倍……。


「カフッ……カフッ……カッ……カッ……コホォ」


 横隔膜の動きが止まりました……。


 ハイドは、必死に口を開きますが、肺はもう広がりません。

 唇が青紫色に変色し、唾液が泡立ち口から垂れていきます。

 皮膚がどす黒く変色していきます。


 肺から最後の酸素を絞り出し、ハイドは死に至りました。


 どうしましょう? 涙が止まりません。


 ふと、子供の頃、エミリーお母様が言っていた言葉を思い出します。


「辛く困難なときは、迷わず信頼できる人を頼りなさい。そして、寄り添ってくれる人を大切にしなさい」


 私は震える手でテレパスオーブに手を伸ばしました。

 ただ、りんぞーさまの声が聞きたかったのです。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 朝食を取ろうと手を洗っていると、ふうちゃんから、テレパスオーブで連絡が入った。


「りんぞーさま」


 押し殺した声だが、聞き落とすはずもない、ふうちゃん泣いてるんじゃないか?


「ベル。ふうちゃんのところに転移できるか?」

「できるよー」

「頼む。今すぐ転移してくれ、ふうちゃんの様子がおかしい」


 ワープゲート!


 視界がひらけると目の前にふうちゃんがいた。


「りんぞーさま……、来てくれました」


 ふうちゃんがいきなり抱きついてきた。状況に少し戸惑うが、泣き出すふうちゃんをきつく抱きしめた。


 周囲をドブの中を流れる湿った金属のようなにおいが立ち込めている。


「勇者を、……とめられませんでした。犠牲者がでちゃいました。……ごめんなさい」


 周りを見回すとおぼろげながら読めてきた。

 ここで大勢の人が亡くなったのだ。


 そして……、勇者か。

 バーナードの言っていた、反ファーメル同盟がついに動き出したのだ。


 首の切られた哀れな遺体のなかに、内出血で肌全体が青紫に変色した死体が一つ。

 これが勇者だろう。ふうちゃんは立派に役目を果たしたのだ。


 もしかしたら、この勇者も洗脳されているだけだったのだろうか?

 しかし、いずれにしても、反ファーメル同盟は、許さねぇ。


 やつらは一線を越えた。ふうちゃんを泣かせたのだ。

 首魁は俺の手で、叩き潰してやる。


 一刻も早くサリミドの件を片付けて、ファーメル教国へもどるぞ!

 だが、今は遺品を集めて、亡くなった方たちを埋葬しないとな。


「ふうちゃん。後は俺がやる。少し休んでてよ」

「りんぞーさまに、そんなことはさせられません」


 黙っていたベルが声をあげた。


「かわいい妹分のためだからね。ここは私がやるよ。転移で遺品を集めるのもブレスで死者を弔うのも龍神たる私なら簡単なことなんだから」

「ベル様」

「お姉ちゃんを頼りなさい。少し離れててね」


 ベルが龍化する。白銀色で圧倒的なオーラを持つ龍神が目の前に顕現した。

 それだけで、おぞましい周囲の空気が浄化されていくようだ。


 瞬時に遺品の山が現れる。


 続いて一瞬で遺体が広場に集められ、美しい龍神の放つ白い炎が、分け隔てなくあらゆる死者を弔った。

読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。

とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、

レビュー等いただけるとうれしいです。


活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、

興味のある方はどうぞ。

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