プロローグ(5)vsバーベキューの主役
「双葉ちゃん。アイスフィールドの魔石に魔力を込めてもらえますか?」
道すがら、サヤさんが魔石を渡しながら、ふうちゃんに言った。
ふうちゃんが魔石に魔力を流している。
「何に使うの? アイスフィールドって、名前からすると場の温度を下げる魔法だよね?」
「絞めたコカトリスを冷やしながら運ぶために使うんです!」
「なるほど」
ふうちゃんからこの上なく明快な回答が帰ってきたぞ。要はポータブル冷蔵庫ってことだ。結構、気温高いもんな。
「まず、家畜化されたコカトリスを見てから行きましょうか。野生のものとはサイズが違いますが、本質は同じです。事前に戦う相手の情報を集めることは、生きる上で非常に重要です」
サヤさんが言った。
俺たちは、教会の近場にあるハンバーガーショップの契約農場にやってきた。お昼に食べたあのハンバーガーショップの裏庭だ。
コカトリスは、お腹のあたりから尻尾にかけて鱗が生えている、蛇のしっぽを持つ鶏だった。養鶏場みたいな雰囲気だ。
大きさは普通の鶏サイズだった。全然、驚異には見えない。サヤさんは一体何を見せたいんだろう? と、コカトリスの尻尾を触りながら油断していたら、くちばしで手をつつかれた。
「痛てッ!」
結構痛い。くちばしは皮膚を突き破り、血が出てきた。
「ヒール!」
ふうちゃんがすかさず、回復魔法をかけてくれた。
「目に注目してください」と、サヤさんが言う。
コカトリスが瞬きをするごとに目に膜がかかるのがわかる。ワニなんかが水に入るときにかかるアレだ。瞬膜。
「野生種のコカトリスは、龍鱗に近い強度の瞬膜を持っています。傷つけずに獲物を狩るときは、目を狙うのが定石なんですが、コカトリスの瞬膜は矢を弾いてしまうのです」
「野生のもののサイズって、どれくらいですか?」
「全高2mはあります」
熊みたいなポーズを取りながら、ふうちゃんが言った。2mって、ダチョウかよ。鶏とダチョウじゃ、サイズがぜんぜん違うだろ!
ただまあ、同期のペリーは時間を止められるらしいし、俺もできるし、余裕かな?
「リンゾーさん。あなたもやっぱり、何かを助けて転生してきたのですか?」
俺の視線に気づいたのか、金髪碧眼のイケメン同期、ペリーが話しかけてきた。
「同期だし、タメ口でいいよ? ペリー。俺は、『子供を助けて』だよ」
「私は、『溺れた猫を助けて』です。間抜けな理由だと、軽蔑しますか?」
「しないさ。結果が悪かっただけで、行いは別に間違ってないだろう」
「ファーメリア様は、何かを守って死んだ人に声をかけてるのでしょうか?」
「かもな。戻ってきたら、もうひとりの転生者のアシュリーにも聞いてみるか」
話しながら街を出ると草原が見えてきた。自然、気が引き締まる。
「国内には、そんなに強い魔物はいないから大丈夫ですよ」
魔石の魔力充填がおわったのか、ふうちゃんが手を握ってきた。見渡す限り草原だ。
日が暮れてきたな。
「コカトリス、すぐに見つかってくれるといいなぁ」
「見つけました! 距離800RU。10時の方角です」
早いな!
サヤさんが弓を手に持ちながら言った。トルコ弓のような湾曲した弓だ。
しかし、800RUって、800m以上だろ? よく見えるなー。
「作戦は、リンゾー君とペリー君が前衛で時間止め係。瞬膜が掛かっていないときに時間を止めてください。
他の皆は、ペリー君の射程10RUとリンゾー君の射程3RUに入らないように。
フィオちゃんは、コカトリスの鉤爪を、壁を作る土魔法アースガードでブロックする係。双葉ちゃんは、回復係。
私が弓矢でコカトリスの目を貫き、一撃で仕留めます」
「おう!」
「作戦はわかったのですが、相手に気づかれずに近づけますか?」
ペリーが疑問を口にした。
「コカトリスは比較的警戒心の少ない魔物なので、大丈夫ですよ。草むらに隠れて近づき、餌を使って誘引します」
さあ、作戦決行だ!
俺たちは、草むらに隠れながら、コカトリスの方へ近づいていく。コカトリスはのんびりと、石の集まったあたりをついばんでいる。ミミズのようなものがいるのかな? コカトリスにだいぶ近づいたぞ。もう、俺でも視認できる。
たしかに、蛇の尾のついた、ダチョウサイズの鶏だ。サヤさんが腰のポシェットから餌のペレットを取り出し、封を切った。
ある程度近づいたとはいえ、まだ100mはありそうだ。こんなに距離が離れてるのに、匂いって届くのか?
「いっとき、私は、コカトリスを主食にしてたことがありましてね。奴らの食の好みは知り尽くしてるんですよ。コカトリスを狙い撃ちにする、サヤ特製、新作ペレットです。さぁさぁ、近づいていらっしゃいな!」
効果はてきめんだった。すごい勢いで、コカトリスが駆けてくる。時速70kmはありそうだ。やっぱりダチョウじゃん!
ペリーが時間を止めて、サヤさんが矢を放つ。矢は目から頭蓋に入りコカトリスの脳を瞬時に破壊した。
2羽までは同じ方法で倒せたんだけど、最後の3羽目は、少し勝手が違った。
他のコカトリスの血の匂いに反応したのか、興奮し、餌のペレットに釣られずに、前衛の俺たちの方を攻撃してきたのだ。
やばい! いままですんなり倒せてたから、完全に油断してた!
まず、コカトリスが、くちばしでペリーを攻撃する。
フィオが手はず通りに、アースガードでくちばしを防ぐ! 土の障壁が粉々になるが、攻撃は防げた。続いて右の鉤爪で攻撃してくるのも、アースガードで防ぐ!
コカトリスがくちばしで俺を攻撃してきた。フィオがアースガードを使う。さらに左の鉤爪でコカトリスが攻撃してくる!
流れるような連続攻撃だ! 戦いに慣れていない俺は、避けるどころか動くことすらままならない。
「魔力切れです!」、フィオが叫ぶ!
鉤爪が迫ってくるッ!
時間を止めて避けたいけど、今はコカトリスの瞬膜が閉じている。
「時空魔法『停止』!」
瞬膜が閉じているっていうのに、俺を守るためにペリーが時空魔法を発動した。失態には違いないけど、ペリーっていいやつだなと思った。
ふうちゃんは回復魔法を使えるのだ。俺の怪我を無視して仕事をこなすこともできたはずだ。
サヤさんが矢を射ると、ペリーの射程10RUで矢が静止した。
残念だけど、この矢は当たらない。瞬膜に弾かれてしまう。
足元を見ると、コカトリスの左の鉤爪は、アースガードでガードされていた。とっさにふうちゃんが魔法を使ったのだろう。
戦闘経験不足。コンビネーションの未熟さによる、ちぐはぐな対応だ。
反省は後でいい! 今はできることをやらないと!
ペリーの時空魔法『停止』は、持続時間約10秒。より上位の魔法「事象魔法『停止』」を持っている俺には効かない。
今、この場で動けるのは、ペリーと俺だけだ。あまりグズグズしている暇はない。俺は手刀に、事象魔法『崩壊』の力を載せコカトリスの首を切り落とした。切り飛ばした部分が粒子状に変わり、サラサラと空中に溶けていく。
命を奪うことに伴う罪悪感を消し去るように、俺は、自分の心に理屈を並べ立てた。
俺は、昼間に、家畜化されたコカトリスを食べている。俺たちは、生き物を殺して生きている。今更じゃないか。
時間停止が解けると、ドウっとコカトリスが倒れた。首と胴体から血が溢れてくる。俺の手には血がついていなかった。
ペリーとサヤさんが、すぐに血抜きし、手際よく内蔵を傷つけないように取り出している。
解体か。俺も覚えないとな。
こうして、はじめての戦闘は、弱い魔物もあなどれないこと。最後まで気を抜かないこと。仲間とのコンビネーションの大切さ。戦闘訓練の必要性など。さまざまな教訓を残して終了した。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
~夜~
明かりを取るための、キャンプファイヤーのように積み上げられた火と、周囲を明るく照らす、光魔法を放つ魔石が眩しい。
バーベキューが始まった!
調理してるのは、先輩いたもんのマクベスさん。
そこに調味料を手提げ袋4個分、山ほど持ってきたのが、同期いたもんのアシュリーとロバート。
何を作るのか見ていると、先輩の一人が、「異国情緒あふれる、このかほりはッ!」とか言っている。
マクベスさんが皿を持ってドヤ顔で語りかけてきた。
「どうだ! 新人。カレーライスを作れるのは、アジア人だけじゃないんだ」
そう言い、出してきたのは、バターチキンカレーだ。なんてこった。カシューナッツペーストの入った本格派だと……。ふうちゃんがいるから、辛さを控えめにしたのかもしれない。マイルドでめちゃくちゃ美味かった。
皆、楽しくカレーを楽しんでいる。
「やっぱり、キャンプといえばカレーだよね! って、バーベキューじゃなかったんかい、ビリー!」
「マクベスのやつが、新入りに本物のカレーを食わしてやるって聞かなくてな。すまんすまん」
いたもんのボスのもぎりマン、ビリーにツッコミを入れた。
続いて、出てきたのは、フライド・コカトリス。
「いや、それはまじで、昼食べたやつだよ! しかしフライか。よく火力足りたな」
「竈を組めば造作も無いことだ。さあ、食せ。揚げたては美味だぞ」
清々しいまでのドヤ顔だ。
「たしかに揚げたてのほうがうまいけど、あっ、マスタードあります? うん、うまい」
「それは、いらないですー!」
ふうちゃん、容赦ないな。
料理を食べていると、先輩いたもんのイシュカさんが演舞を見せてくれた。振動拳というらしい。
足を踏み込むと、地面が揺れ、拳を突き出すと衝撃波が拳の周囲に渦巻く。魔法と一体の格闘術。この世界には、こんなスキルもあるのか。流れるような所作が美しい。
バーベキューも佳境に差し掛かる。俺はマクベスさんのところにいき、食材を見せてもらった。まだ肉は大量に余っている。炭、みりん、醤油、砂糖、長ネギ。これは、アレが作れるんじゃないだろうか?
マクベスさんに許可をもらって、俺はネギマを作り始めた。
香ばしい炭の匂いと焦げたタレの匂い、水分が減って旨味が凝縮された肉とネギ。周囲を支配するうまそうな気配。
ふうちゃんと二人で食べようと思ってたのに、皆が集まってきちまった。うおー、手が足りない。
ふうちゃんが横について手伝ってくれた。
「ありがとう、ふうちゃん。本当は、フライド・コカトリスに飽きたふうちゃん用に焼いてたんだけどな」
「まかせてください! お料理は得意です!」
「焼くだけだけどね」
ふうちゃんと二人で、ガンガン焼き鳥を焼くが、焼いた側から焼き鳥が持っていかれてしまう。
大好評すぎて焼くのが間に合わない。
「えっ? おかわり? いいけど食べたら手伝ってくれよなペリー!」
「ロバートさん焼けました! アシュリー様の分もありますよ!」
「ボク、この味好きだな」
演舞を見せてくれたイシュカさんが焼き鳥を6本、皿にとった。ちなみにイシュカさんはボクっ子だが巨乳だ。巨乳美少女だ。
「本当ですか? イシュカさん。どうぞ持っていってください」
「ブリジットの分もいい?」
歌姫、ブリジットさんか。
「どーぞどーぞ!」
「焼けました!」
身長2mはあろうかという大男ヘンリーが、ガシッと焼き鳥を掴む。
「食欲をそそる炭と醤油の焦げたかほりッ!」
「ヘンリーさんやめて! 鉤爪みたいに手から8本の焼き鳥生やして遊ばないで!」
「これは焼き鳥か? サヤやマリンたちの分ももらっていくか」
ビリーもヘンリーに負けじと、ごっそり焼き鳥をとった。
「おい! ペリー、フィオ、イチャイチャしてないで手伝え。アシュリーとロバートも頼む。この先輩たち容赦ないぞ」
俺達は仲間とワイワイやりながら、バーべキューを楽しんだのだった。
ちなみに、アシュリーは「犬を助けて」転生したんだそうだ。
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。