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龍伯カーショウの挙兵

~『龍の巣』がある、カイ辺境領領主の館にて~


 貴族の館、という呼称がいかにもふさわしい歴史を感じさせる建物の中、赤い絨毯の敷かれた贅沢な部屋の窓際で、男がグラスを傾けている。


 液体の色は、赤く深い。


「ヒンダラーよ。お前もどうだ?」

「はっ。カーショウ様。いただきます」


 身長190cm。長い黒髪をオールバックにした白目が赤く黒目がちの美丈夫に、イブニングドレスを纏った燃えるような赤髪の美しい女が優雅に礼をする。両者見た目は25前後。服装も所作も貴族然としている。


 カイ辺境伯――通称、龍伯ドラクルと呼ばれるカーショウと、その腹心ヒンダラーだ。


 二人がテーブルに付くと、執事が一本のボトルを持ってきた。


「ヒュムの20年物でございます」


 執事がボトルを開けようとするとヒンダラーが口を開いた。


「ヒュムですか。帝都で浸透作戦中のエマーソンが好んでいましたね」


 感慨深げにつぶやくヒンダラーの言葉をうけて、執事が主に判断を仰ぐ。


「カーショウ様。アールヴにいたしましょうか?」

「かまわん。ヒュムでいい。エマーソンのやつはこだわりが強くてな。20年物は飲まん」


 カーショウは、グラスに少量注がれた液体をテイスティングし、軽くうなずくとヒンダラーのグラスに赤い液体を注がせた。


 このカーショウという男、人間ではない。吸血鬼の王、陽の光を克服せし夜の王、ヴァンパイアロードであり、旧ラブレス帝国皇族の血をひいていた。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 グラスを傾け中の液体を煽っていると、ヒンダラーの耳元へ一羽のコウモリがやってきた。

 ヒンダラーが1つ2つとうなずいている。


「ヒンダラーよ。ブロンコのやつは行動を起こしたか?」

「はっ。『連絡の取れない勇者がいる』とのことで、作戦を修正し明日まで待って決行するそうです」


 期待していた答えではないな。

 今のコウモリは、作戦延期の知らせであったか。


「しかし、『洗脳』をしてさえも、まともに勇者を統制できんのか? われらがやるように吸血してしまえば確実なんだがな」

「報告によると、『洗脳』が解けた可能性があるようです」


『洗脳』が解けた、か。ブロンコの奴め。

 自慢げに『勇者の掌握』を誇っていたが、解ける洗脳では意味がないではないか。

 存外使えぬ。


「しかし、せっかく赤神の肉体に転生したというのに、本来の力を引き出せんとは悲惨だな。ヴァーミリオンガーブの事象魔法『魂の汚染』が使えれば、そんなことにはならないだろうに」


「……、ブロンコの『洗脳』は事象魔法に至っていないのでしょうか?」


 事象魔法――、亜神霊のみに許される神のわざ


「『事象もどき』だろうな。事象魔法があれば他人を頼ろうとはせんよ。事象に至らぬからこそ、ブロンコは我らと協力関係を結ぼうとする。内心で我らを血吸虫ちすいむしと蔑みながらも、絶対的な力を持たないがゆえにな」


「フフ……。赤神の肉体に寄生している寄生虫では、本体の力は使いこなせませんか」

「クックッ、寄生虫か。ヒンダラーよ。お前もなかなか口が悪い。奴はアレで転生者としてはエリートなのだぞ」


 ヒンダラーの唇が赤い液体で薄く濡れる。


「カーショウ様。お耳に入れたい懸案があるのですが」


 我は軽く頷き、続きを促す。


「ブロンコらがファーメルを落とし、我らがセントラを落とし、サリミドを挟撃するとしましょう。ここまでは、利害が一致しているので問題ないと思われます。勇者共は『洗脳』されているので、足の引っ張り合いも起きないでしょう。ですが、その後、奴らが敵対する可能性があるのではないですか?」


「そうだな。奴は我がヴァンパイアであることを理由に、いずれ勇者の御旗みはたを掲げて襲い来るだろうさ。かつて旧ラブレスが人間にそうされたように」


「勇者対策も必要になりましょうか?」


「ヒンダラーよ。一つ教えてやろう。ファーメル教国を落としたとて、『自己満足』以外に得るものはないが、セントラ帝国を落とせば武器が手に入る。『人を殺すため』の武器がな」


 銃と重火器。そう、あれらは本質的に『人を殺す武器』だ。帝国を落とす頃には、我ら不死者の軍団は莫大な数に膨れ上がっているだろう。


 そして、その時手の中にある『大量の銃と重火器』が物をいうのだ。


「なるほど、30mmガトリング砲を並べれば、如何な勇者とて爆散しましょう。奴らは私達の不意をついたつもりで、自ら砲火に飛び込んでくるわけですか」

「お前ふうに言うならば、『寄生虫が体を動かしたところで水場で自害するぐらいしかできん』ということさ」


 武器……。

 サリミドが帝国と小競り合いを起こしてくれたおかげで、我が軍の武器を揃えるのは難しくなかった。なにしろ近隣で戦闘行為が行われているのだ。周辺領土の領主たちにも、容易に言い訳がたったからな。


 そして、ブロンコの手下、召喚の勇者の『召喚』は我が兵の増強を容易にした。


 召喚の勇者が、トゥルーヴァンパイアを召喚したときは本当に驚いた。もっとも、こちらからは、ブロンコとの同盟のあかしに我が切り札、人造黒神チューリングを一柱、くれてやったのだ。


 それぐらいの見返りがなくては困る。

 たとえ、渡したチューリングに自爆コードが付いているとしてもだ。


 この協力関係にあるブロンコという男。『洗脳の力を使って勇者共を操り、世界を神々から取り戻す』のが悲願だという。


 赤神ヴァーミリオンガーブの転生体でありながら、その力を十分引き出せない矮小(わいしょう)なる魂。魔神グランデールに召喚された、使徒ブロンコは、思い通りにならぬ宿主たる神の体を憎悪した。


 ブロンコはファーメル教国大聖堂に人造黒神チューリングをいただき、大陸に広がる『ファーメル教』を『黒神教』に改宗させるという。


 人間に『人造神』を崇拝させ、『世界で最も信仰されている神の権威を地に落とす』というわけだ。

 旧ラブレスの守護者たる人造黒神の力によって、な。


 旧ラブレス帝国。――12柱の人造黒神チューリングの威容をもって大陸中の戦争を終わらせ、世界平和をもたらした偉大なる我が祖国。


 世界が平和になると支配者層にいた人間どもは、人造黒神チューリングの力欲しさに、ラブレスの簒奪をもくろんだ。ラブレスの一族がヴァンパイアであることを理由に、疑惑をでっちあげ民を扇動し、失脚させ公開処刑した。


 人の世に平和をもたらした、ラブレスは人に裏切られ滅んだ。

 帝国滅亡後の混乱はひどかった。あれだけの大国が滅んだのだ、混乱は長く続いた。


 ラブレス帝国は分割され、ラブレスの血族たる我は、セントラの辺境に、龍の住む辺境へと、追いやられた。


 妹を人質に取られたあの日のことを我は永劫忘れまい。


 そして……。我が追いやられた土地には『龍の巣』があった! ベクタードラゴンという強大な力を持つ忌まわしき古代龍。龍との争いで我が軍は常に戦力を消耗させられ、我のセントラへの復讐の機会は遠のいた。


 そして我が軍が力を失うと、奴らは人質にとっていた我が妹を殺したのだ。

 なんの落ち度も罪もない我が妹をだ。


 なにが龍伯ドラクルか。ふざけおって! 我を龍の住む辺境に閉じ込め、かせとした我が仇敵め! ようやくその時がきた!


 兵は再建された。眠りについた人造黒神の起動にも成功した。ベクタードラゴンも人造黒神を恐れておとなしくなった。今こそ、セントラに復讐するときだ。


 死を。怒りを。悲しみを。我が飲んだ数々の苦痛を。

 奴らにも必ずや与えてくれる!


 我がセントラを落とし、勇者共がファーメル教国を落とす。挟撃きょうげきすればサリミドを落とすことも容易だろう。我は必ずラブレス帝国を再興する。


 我は再び窓辺に立ち、屋敷の外まで続く眼下の軍勢を眺める。その数、総勢3万5千。すでに出撃の準備は整っている。


 少ないか? さにあらず。


 そのすべてが、トゥルーヴァンパイア、シャーマンゾンビ、ドラゴンゾンビを含むアンデッドなのだ。


 我が軍に兵站へいたんは不要。


 アンデッドは兵すらも現地調達を可能にする。


 軍の概念を覆す、圧倒的戦力の少数精鋭だ。敵が戦死者を出せば、戦死者が出た分我が兵が増強される。自分の愛する者たちが、死ねば襲いかかってくるのだぞ。相手の士気はガタガタに落ちよう。なにより我らは疲労しない。昼夜問わず電撃的に敵を滅ぼすことができる。もちろん総数、陽の光は克服済みだ。


 とはいえ敵は、ゴレコンを擁する軍事大国。対人以外の対策が重要となる。我は特に、ゾンビウォーロックの操るタイタンゴーレムの武装に金をかけた。セントラの誇る『ゴレコン』対策だ。ゴレコンの硬い装甲を打ち破る2門の105mm無反動砲と、30mmガトリング砲を(はじ)く5cm厚のミスリルシールドを実にゴーレム300体すべてに備えさせた。


 こいつらに我が軍を守らせる。


 そして、ヴァンパイアロードたる我とヒンダラーが隣に従えるのは、旧ラブレス帝国が誇るLV80人造黒神チューリング。


 我が軍を止められるものなど、どこにもいない。

読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。

とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、

レビュー等いただけるとうれしいです。


活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、

興味のある方はどうぞ。

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