★トゥーロ警備隊最後の夜
あとで一章の最後に持っていこうかな? と思ってます。
えっ? 麟三よりも主人公っぽい? 彼らもまた主人公ですからねー。
時は少し遡る。
ファーメル教国の南方、貧民の埋葬される共同墓地より更に南に、トゥーロという自治権を与えられた者たちの住まう小さな村がある。
人口およそ300人のその村には、『神獣エトナ』を祀る、『ジギント』とよばれる銀髪、赤紫色の瞳の人間そっくりの亜人種が、ひっそりと暮らしていた。
これは、ファーメル教国中に精強として知られた『トゥーロ警備隊』の最後の物語である。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
夜。
物見櫓から村の周囲の様子を見回す。
……、異常なし。続けて、頼りない月の明かりの中、林や草むらに目を凝らす。今の所、危険な魔物はいないようだ。
狭い物見櫓の中、振り返ると幼馴染の少女と手が触れた。あまり意識したことはないはずなのに、彼女と接触し、少しドキドキしてきたことに、戸惑いを覚える。
「トゥーロの警備隊も、とうとう僕ら年少組二人だけになっちゃったな」
心の奥底に生じた気恥ずかしさをごまかすために、僕は隣の少女に話しかけた。
物心ついた頃からずっと一緒にいるからアレだけど、月に照らされた彼女の横顔は見慣れた僕でも息を呑むほどに美しい。ほんの僅かに声が上ずるが、彼女は気づかない。いや、たとえ気づいていたとしても、気付かないふりをしてくれる。
「警備中に魔物に襲われて、命を落とした人が立て続けに出たからね」
「皆が警備隊をやめて警備隊がいなくなれば、外敵に命を無条件で差し出すようなものなのにな。口では、『魔物なんて敵じゃない』みたいな強そうなことを言っていたのに、『犠牲者が出たから警備隊をやめます』だなんて、とんだ腰抜けだよ」
「しかたないよ。生贄を求めるエトナに対しても、外敵の脅威に対しても、村の人たちは立ち向かおうとしない。警備隊をやめた人たちだけを責めるわけにはいかないわ」
声音は、思いの外優しい。
「エトナに歯向かった村長一家が惨殺されたのをみて、村の人たちは牙を抜かれたんだろうな」
ちょっと苛ついていたこともあり、反射的に無神経な話をしてしまったことに後悔の念が生じるが、彼女はあまり気にしていないようでホッとする。
「勇気を振り絞って立ちあがる人は、こんなにも少ないものなのかしら……」
「子供は若者になる前に生贄として消えていく。働き盛りの大人は、警備中に命を落とす。血気盛んな若者というのがこの村にはいないんだ。トゥーロ村はもうダメだよ」
諦め半分の気持ちから、そんな悪態が僕の口をついて出てくる。
「そんな言葉は聞きたくないわ。ミナト。立ち上がる人がいないなら、私たちでエトナを倒しましょうよ?」
「そりゃあ、エトナは、レンちゃんの敵で、姉さんの敵だ。僕は最後までレンちゃんと戦うよ? だけど、たとえエトナを倒せたとしても、この村はもう駄目だよ。生贄として差し出したものが多すぎた。レオニス様も殺された。ユズハ姉さんも生贄になった。エミリー先生も戻らない。この村は優秀な人たちとともに、誇りまでエトナに差し出しちまった。もう村にはほとんど老人しかいない。僕たちが守るものなんてもう……」
「それ以上は駄目よ。ミナト。結果は同じかもしれない。でも私は、あとに続く人たちに希望を残したい。やっとエトナを倒せる可能性がゼロじゃなくなったのよ。勝算が僅かでもあるのなら、私は神にも抗ってみせる」
レンちゃんの両親が、そうしたようにか……。
村長一家が惨殺された日、まだ幼かった村長の娘はエトナに生贄として生かされた。15歳の誕生日にエトナの生贄になるという呪いをかけられて……。
エトナの誤算は、その幼い村長の娘が非常に強い意志を秘めていたことだろう。『恐怖を克服し、絶望することなく強者に立ち向かう』、そんな強い意志を。
そう、僕の幼馴染は、誰よりも芯が強かった。村の書庫から古代語で書かれた禁書を見つけだし、寝る間も惜しんで解き明かして、人類には使えないと言われた『事象魔法』を手に入れてしまった。
だけど……、それでもまだ足りない。
トゥーロ村出身のエミリー先生が、ファーメル教国の枢機卿になり異端審問官制度を作って、自治権のある村に戦力を派遣できるよう法整備などをしてくれているけれど、時間が足りない。
エトナを倒すなら、レンちゃんが15歳の誕生日を迎える前に、やらないといけないんだ……。
もう時間が残り少なかった。
「ミナト。渡りのワイバーンがトゥーロ村に向かってくるわ」
「相変わらず、レンちゃんの索敵範囲はすごいな。僕には何も感じ取れないや」
「撃退するわ。手伝って!」
「うん!」
ワイバーンというのは下級龍だ。餌の都合で渡り鳥のように、夏と冬で住む場所を変える。赤龍などの中級龍よりはずっと薄いがヒドラ革などよりは厚い龍鱗と強大な鉤爪を持っている。放置すれば、人的被害はもちろんのこと牧場の家畜が全滅し、村の存続が危うくなる。
たとえトゥーロがいずれ滅びる村だとしても、僕たちがいる限り今じゃない。
僕たちは急いで街道へ向かった。道すがら対策を取るためワイバーンの数を確認する。
「レンちゃん。数は?」
「12。ありがとうミナト。私一人で十分だったわ」
過去形?!
街道沿いにワイバーンの死骸が転がっている。月明かりを頼りにその数を数える、……その数12。
「うそだろ?」
ワイバーンの亡骸が動き出し、下からそのワイバーンを貪る、赤い軍服をまとったボロボロの魔物が一体現れた。
身長5mぐらいか? 魔物が身体強化の光を放っているために、服の質感まではっきりと伝わってくる。身体強化魔法のレベルは少なく見積もって5以上。あんな光の色は見たことがない。
エミリー先生からラーニングした力、『鑑定』を発動し、敵の正体を探ろう。
オーバーロード。エミリー。鑑定。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
赤神 ヴァーミリオンガーブ
LV なし
種族 亜神霊
ステータス 混乱・フィールド破損
事象魔法――使用不能
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
あれは、赤神ヴァーミリオンガーブか。超大物だ。魔神グランデールの眷属たる亜神霊の一柱。ひどい傷を負っており、神族の持つ威圧感のようなものは微塵もなかった。つまり、それだけ弱っている。
「レンちゃん。これ、どういう状況?」
「近くに傷だらけの赤神がいたから、確率を操作してワイバーンの群れと衝突させたの。あとは、私たちがあの赤神を倒せば一石二鳥。あいつに勝てれば、きっといい経験になる。おそらく神獣エトナにも届くわ」
「亜神霊たる赤神に手を出すの? 本気?」
「あの傷を見て。ミナト。息も絶え絶え。力を取り戻そうとワイバーンに食らいついているけれど、そんなことで回復するほどアレは生易しい傷じゃない。赤神も傷が治らないからパニックになっているの。チャンスだわ」
「だけど、『事象魔法』以上しか効かない赤神に、僕の攻撃が通るのかな? レンちゃんの力だって、攻撃向きじゃないだろう?」
「あいつの傷は、自動修復していない……。傷はポッカリと空いている穴。となると、おそらくあれは、事象魔法『崩壊』でつけられた傷でしょう。ねえ、ミナト。最近龍神が一柱滅んだのは知ってるでしょう? 十中八九あの赤神が龍神と相打ちになったのよ。殆どの攻撃を無効化する防御のバリアも、穴の空いた部分には及んでいない。目の大穴を狙えば、直接弱点の脳を叩ける。勝算はあるわ」
「わかった。レンちゃんを信じるよ。どうすればいい?」
「ミナト。レオニス父様のテレポートとエミリー先生の圧縮をオーバーロードして!」
「縮退を使うのか。わかったよ。オーバーロード、レオニス。テレポート。オーバーロード、エミリー。圧縮」
「融合。……縮退」
僕の右手の平の上で時空が渦を巻いている。周辺の光を飲み込み、渦巻く真っ黒の玉のように見える。
『縮退』は時空魔法の中では最強クラスの攻撃とはいえ、普通は亜神霊クラスには、バリアで無効化される。効いてくれるといいんだけれど……。
「『事象発現』、――不可知」
レンちゃんの事象魔法によるサポートだ。
赤神はこちらに気づいていない。レンちゃんが、「赤神がこちらに気付かない」という可能性を引き当てたのだ。この機会を生かさない手はない。
僕は息を殺し、赤神の死角に回り込み、忍び足でテレポートの射程まで距離を詰める。
今だ! ヴァーミリオンガーブめ、次元の狭間に叩き込んでやる!
近づきすぎた!? ヴァーミリオンガーブがこちらに気づき、指先から膨大な量の魔力弾を発射してくる。
だが、僕は、レンちゃんの力を信じて、突き進むのみだ!
「『事象発現』、――ジャマー」
魔力弾は僕に当たらず、逸らされた。かなり便利そうな能力だ。すかさずラーニングしておく。
「『事象発現』、――必中」
次の一撃はかならず当たる!
「いくぞ! テレポート、続けて縮退!」
捉えた! 右拳に縮退を載せ、穴の空いた赤神の左目に流し込む!
黒渦が赤神の眼窩から脳みそに到達した!
バスンッ!
赤神の頭が、渦を巻き一瞬でネジ切れた!
まずい、立ちくらみがする。膨大な魔力が体中に流れ込んできた。急激なレベル上昇に体がついて行かないのだ。目が回る。すこぶる気分が悪い。立っていられない。
「……て。起きて、ミナト!」
レンちゃんの声だ。
「うーん。レンちゃん、おはよ」
「おはようじゃないわ。ミナト。魔力酔い、もう治った?」
「魔力酔い? これが魔力酔いか。僕は魔力の多さだけが自慢だからな。魔力酔いなんて初体験だよ」
魔力の総量が急激に拡張される際、乗り物酔いのように気分が悪くなる現象、それが魔力酔いだ。戦闘中に起きると隙だらけになるため、僕は魔力酔いを防ぐべく、魔力拡張の訓練を怠る日はなかった。
「ミナトの力は魔力消費が激しいものね?」
「そう。だから、いつも相当鍛えてるんだよ。まったく。魔力酔いするようじゃ命がいくつあっても足りないよ」
「亜神霊を倒したんだもの。さすがに責められないわ」
そういえば、とレンちゃんを見つめる。
「レンちゃんは平気そうだな」
「私はさっき神霊にプロモートしたからね」
「はい?」
神霊? プロモート? 何だそれは?
「赤神を倒したときに、流れ込む魔力を使って神霊に進化する確率を引き当てたの。これが不死身のエトナに勝つための、ただ一つの道筋だったのよ」
「よくわかんないけど……確率操作って、ひどいチートスキルだよね」
「まあ、私の前で、『起こり得ることは必ず起こる』からね」
かくして、僕の幼馴染レンちゃんは神霊になった。
エトナ? 瞬殺だったよ、瞬殺。
僕も多少手伝ったけど神霊と神獣では、文字通り『強さの桁』が違う。
だけど、村人たちは、僕たちがエトナを倒したことを喜ばなかった。
エトナに子供を差し出したものは、他の親の子供が差し出されなくなったことに、嫉妬と憎しみの心を抱く。そして、「なぜ、もっと早く倒さなかった!」と僕たちを責めた。
子供が生贄にならずにすんだものは、他の村人の手前、喜びを噛み殺して、自分たちも被害者の振りをした。「お前らがよけいなことをしたから凶作になる」と僕らを罵る。
そう、結局の所、僕たちが『村を追放される』という形で、トゥーロの警備隊は全滅したのだった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
洞穴の中、打ち捨てられていたエトナの生贄になったユズハ姉さんの骨を集めて埋葬し、警備隊として命を落とした両親の墓に手を合わせる。
登る朝日の光を浴びて、僕らはしばし別れを惜んだ。
「西の方には、庶民が学べる学校があるらしいの……」
別れ際、レンちゃんは西に行き、学校に通いたいと言っていた。
無一文でも、コネもツテもなくても、それでもレンちゃんならば、どうにでもなるんだろう。
というか、無敵の神霊になったっていうのに、庶民向きの学校に通いたいだなんて中身は相変わらずレンちゃんなんだよな。そう思うと思わず笑いがこみ上げてきた。
「なによ。ミナト。そんな顔して。餞別に、私の力を教えてあげようと思ったけど教えてあげない」
ぷいっとレンちゃんが形の良い唇を尖らせて顔を背ける。頬に赤みがさしたその表情はとっても魅惑的だ。少し別れが惜しくなる。
「さすがに『普遍魔法』になっちゃった『事象発現(起こり得ることは必ず起こる)』は、覚えられないよ」
「そう。それは残念ね」
どよんと一瞬で落ち込んだ顔になる。
本当に残念そうだね。
「まあ、ヴァーミリオンガーブとの戦闘中にいくつかラーニングさせてもらったよ」
「時々は、私の力をロードして、私のことを思い出してね?」
「ああ。いろいろありがとね。レンちゃん。僕は、ハンターになるためにコルベストへ行くよ」
「ミナトは『豪炎業火』に憧れてたものね」
そう、コルベストには『豪炎業火』と呼ばれる新進気鋭の凄腕のハンターがいるらしい。
いつか、その人のように一級のハンターになって、生贄だのなんのと、世に理不尽を振りまく神獣共を討滅してやるんだ。
「じゃあ僕は行くよ」
「また、必ず会おうね? ミナト」
「ああ、またね、カレン」
僕は、いつか彼女と再会することを約束して、村を出た。
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




