催眠解けて目を覚ます
「なぁ、ベル。遠方視ってどんな魔法なの?」
「おにいちゃん。唐突にどうしたの?」
「ふうちゃんが最近覚えたらしくてさ、どんな魔法なのかな? って思ってな」
「『軍師山頂に散る』ってドラマで、山の上で軍師の黒兵衛が戦況を見るのに使ってたやつだよ」
「何? そのドラマ」
ベルがバッグからゴソゴソと魔石を取り出し、壁に映し出した。
「持ち歩いてんのかい!」
キュルキュルキュルっと映像が早送りにされている。このドラマ用のビューオーブ、きっちり早送り機能とか付いてるのな。
中の情報用魔術回路を差し替えれば色々なドラマが見れるし、結構よく出来てるぞ。
ドラマが通常速度で再生される――。
「……出ました! 彼我戦力差5000対300。このままだと包囲されます!」
「包囲殲滅陣だと!? 9割の確率で負けてしまうじゃないか! 突破口は……、遠方視! 正面だ! 総員に伝令! 総力を集中して正面に特攻!」
「急げよ! そのまま全速力で逃げろ!」
おー! 『遠方視』って前方に画面状に情報が投影される、デジタル望遠鏡みたいな感じなのね。
距離やサイズも把握できて便利そうだ。
「でも、いちいち高いところにあがらないとダメってことだと、使い勝手は微妙っぽいな」
「双葉は空を飛べるんだから、使い勝手は問題ないと思うよ」
「ああ、そうか。ふうちゃん空飛べたな」
ベルに人間に対する興味をもってもらおうと思って、ドラマ用のビューオーブを買ったんだけど、これ、俺も見たほうがいいかもしれないな。知らない知識がつまってるぞ。
ベルと一緒にドラマを見ているとギルマスがやってきた。
そう、ここはギルド長室。今から『神託』されたことをギルマスに伝えるのだ。さっきテレパスオーブで話した折、ふうちゃんが『受付レベルでの対応は無理だ』って言ってたから、受付で話さず、直接ギルド長室に通してもらったんだよな。
「待たせてすまないね。悪いが職員は席を外してくれ。護衛の君たちもだ!」
パンパンとギルマスが手をたたくと、護衛とお茶菓子を運んできた職員が部屋の外へ出た。
「早速だが報告を頼む。ボーナーソイルドラゴンの骨が納入されている以上、大事が起こったとは考えにくいが……」
ギルマスが顎をさすりながら話を促してきた。
「まず、調査結果だけどあの遺跡には魔王がいた。魔王が使う催眠魔法で、遺跡に近づくハンターは森の外に追い返されちまうんだ。だから、昇格試験の達成率が落ちている」
「冗談……、ではないようだな。しかし、魔王か。俄には信じられんな。魔王があんな打ち捨てられた遺跡で何をしていると言うんだ。それに、新大陸にも幾柱かの魔王の存在が確認されているが、催眠の能力を持った魔王の話は聞かないな」
「アルシェと名乗っていたぞ。ベルが言うには催眠のエキスパートだそうだ」
ちらっとベルの方を見やる。ベルはドラマの続きを見ているようだ。
「旧大陸の魔王、夢魔アルシェか。大物だな。魔王でありながら大神霊の封印の役割を果たしているという封印の巫女だ」
「遺跡に近づいたら、そのアルシェと戦闘になった」
「なんだと!? 馬鹿な!? 魔王と戦闘したというのか? 君を疑うわけじゃないが、あまりに大事だ。立会人を呼んでも構わないか?」
「証人みたいなもんか? いいよ」
立会人か。別に嘘をつく気なんて、ないんだけどな。
しばらく待っていると、教会関係者と思われる人が二人、ギルド長室に入ってきた。
ベルがソファーで寝っ転がってドラマを見てるが、勘弁してもらおう。
あっ、教会の人、ベルを見て露骨に顔をしかめたな。
「その子のことは気にしないでください」
とりあえず牽制しておこう。
ギルマスも気にしていたようで呆れ顔だ。やれやれと言った感じで首を振りお手上げのポーズをする。
ちくしょう。やれやれは、実はこっちなんだぜ? ベルが本気で暴れたら止められないからな。
ときに、知らないほうが幸せなことってあるよな。
「では神父様。訴上官様。立会をお願いします」
「うむ。私は、ファーメル教、帝国本部司祭のポンペイロだ」
「ファーメル教、帝国本部筆頭訴上官カイエンと申します。会議中は、真偽のオーブを使用させていただきます。真偽のオーブは、法の女神ファーメリア様の普遍魔法とリンクしており、判定を誤ることはありません。この場での嘘は罪になるので不用意な発言は避けてください」
ふーん。普遍魔法とリンクしてるって、プロファイルオーブのようなもんか?
二人が、どかっとソファーに腰を下ろす。
結構いいローブを着てるな。もちろん法王様とか枢機卿とかと比べると質素だけれど、帝都の教会を訪れたときは、こんなに華美なローブを着ている人は見なかった。
神父様はもとより、訴上官もお偉いさんなんだろうな。
「訴上官を見るのは初めてかい?」
ギルマスが聞いてきた。ちょっとジロジロ見すぎたかな?
「はじめてだな」
「珍しいな。ファーメル教を『国教』としている国には、訴上官は必ず置かれている。裁判の前に調書を取るのが彼らの仕事だ。また、今回のように重大事の会議のときにはこうして証人として、立会を頼んだりするのさ」
「知らなかった」
「ふん。恥を知れ! 無知な田舎者め。帝都に住むものなら、帝国全土の筆頭訴上官の顔ぐらい覚えておくものだ」
なんで、そんなに喧嘩腰なんだ? いくら偉い人だからって、知らないって言われたぐらいで怒んなよ。だいたい、俺、帝都に住んでねーし。
「訴上官といえば、国宝である真偽のオーブを扱う重大な役職。貴族とて逆らえないのです。覚えておいて損はないですぞ?」
「そういうことだ。ハンターなら知っておいて損はない」
ああ、常識なのか。じゃあ知らないことで侮られても、仕方ないな。
ちらっと神父様がベルを見た。露骨に苛立っている顔だ。『俺たち偉いんだぜ』ってプレゼンしてる横で、『我関せず』で女の子がソファーに寝そべってドラマを見てるんだから立場がないよな。ベルから注意をそらさないと……。
「ファーメル教を国教とする国で、訴上官が必ず置かれてるって言っても、ファーメル教国では訴上官なんて見なかったけどな」
「当然だ。教国には、司祭と訴上官の権限を併せ持つ異端審問官様がいらっしゃる。無知な田舎者でも、さすがに、異端審問官という言葉は聞いたことがあるだろう?」
「あはははは。異端審問官を知らぬものとか、それは流石に失礼ですぞ」
神父様まで笑ってるよ。苛ついてきたぞ!
「ああ。なるほど。あんたら二人揃って、ようやくいたもん相当か?」
「無礼な! 警備兵入れ! こいつらを牢へ連れて行きなさい。『教会侮辱罪』だ。ギルマス! 聞きましたな? 見ましたな! あなたが証人ですぞ」
ギルマスも渋い顔をしてるな。
実際、ベルが傍若無人に振る舞ってることもあって、かばえないって感じか……。
ああ、兵士が入ってきた。
兵士に触られるのはまずいよな。ベルのことだ。問答無用で『反射』するだろう?
トラブルになるのは目に見えている。しょうがない。切り札を切ろう。
カバンからプロファイルオーブを取り出し、訴上官につきつけた。
「あんた、偉い人だろう? 当然ファーメル教のお偉いさんなら知ってるよな? 異端審問官だけが携帯を許されるプロファイルオーブだ。俺は別にファーメル教を侮辱しようとは思ってない。むしろ、無礼なのは、そっちかもしれないぜ?」
「お、おま……いや、あなた様は?」
「俺は、ファーメル教国の異端審問官、通称『赤龍殺し』だよ。聞いたことないか?」
「し、失礼いたしましたぁ!」
あーあ。舐められるのも気分よくないけど、こういうのも嫌だよなぁ。
なんでコイツラって、手のひらを返すと跪いてくるんだ。
「まさかエル・ドラドのリンゾー様が、ファーメル教国の『赤龍殺し』様とは思いませんでした」
「様はやめてくれ。ギルマス。立場ってもんがあるだろう。今までの話し方でいいよ」
「そうですか。恩に着ま、……恩に着る」
さっと神父様が、訴上官の前で左手を水平に上げた。
「異端審問官様! 度重なる失礼をお許しください。真偽のオーブの使用を取り下げさせていただきます!」
「取り下げなくていいよ。嘘をつく気もないし。なあベル? 別にいいよな?」
「いいけど、おにいちゃんには私の加護があるから、そんなしょぼいオーブは効かないよ?」
「そんな馬鹿な。帝国の国宝なんですが……」
訴上官の顔色がすこぶる悪い。
ごめんな訴上官。ベルは見た目より数万倍ヤベー奴なんだ。
「リンゾー。一つ教えてほしい。その少女がファーメル教国の誇る上級精霊レミンなのか?」
「違うよ。ベルは召喚された精霊じゃない。ベルの正体なら、ギルドの掲示板に討伐クエストが出てるだろ? 辺境領のベクタードラゴンだ」
「なんと恐ろしいことだ。人化の法を会得した最強クラスの古代種のドラゴンを従魔として従えているというのですか!?」
「ぶー。あんな獣と一緒にすんなー! おにいちゃんは私の正体知ってるでしょ? いくらなんでもあんまりだよ!」
「え? 帝国の辺境領に出るベクタードラゴンってベルのことじゃないの?」
「違うよ! ベクタードラゴンは、ちゃんとあそこに5匹ぐらいいるよ! 等倍反射しかできない半端物を私と一緒にすんなー!」
「なんだってー!」
おもむろにベルがソファーの上に立ち上がり、神気を全開にした。
部屋の中だっていうのに、後光がさしている。
ああ、なんて神々しいんだろう。光の精霊がベルの周りを踊っているようだ。
いかん。俺まで跪きたくなってきた……。
「私は龍神ベルティアナ。女神ファーメリアの眷属だよ。おにいちゃんのアホー!」
「嘘だろ? 初耳だぞ。ベルって、ファーメリア様の娘なの?」
「ま、まさか、龍神様を従魔にされているなんて……」
訴上官が気絶してる。神父様も泡を吹いてる。ギルマスが失禁してる。
部屋の外に出ると、護衛たちが倒れていた。
階下のギルドメンバー達も強烈な神気に当てられて皆一様に気絶している。
大惨事だよ……。
どうしてくれんの、これ?
――、2時間後、ようやく会議が再開された。
どっと疲れたぜ……。
もう、ベルの方を見ようとするものはいない。恐れ多すぎて目が合わせられないようだ。ギルマスも神父様も俺の一挙手一投足に全力で注目している。
ああ、なんか俺が魔王になったような気分じゃん?
訴上官は部屋の隅っこで体育座りをしてガクガク震えている。
「……つまり、龍骨回収のさなか、魔王と交戦して、大神霊ユスラ・ハル様から神託を受けたとそういうわけかい?」
「まあ、そうだな。なんでもカイヅカ遺跡は、霊廟を隠すためのカモフラージュで、霊廟には大神霊の眷属が封印されているらしいぞ。封印が解けると禍が起きるから、人間を遺跡に近づけるなってさ」
「なるほど。その情報たしかに受け取った。……、たった今、エル・ドラドよりもたらされた情報は、国家存続に関わる情報と判断する。私、パンダモンはギルドマスターとして、ここに非常事態の成立を宣言する」
ギルマスが芝居がかった大げさな口調で、いきなり宣言をしだした!?
「この司祭ポンペイロ、法に則り、非常事態の宣言がなされたことを承認しますぞ」
「では早速。非常事態特例法により、エル・ドラドを一級ハンターとすることとする!」
なんだ、なんだ?
「司祭ポンペイロ、エル・ドラドが一級ハンターに足る資質を持つことを保証いたしますぞ」
「エル・ドラドが一級ハンターとなったこと並びに帝国第一級ハンターからもたらされたカイヅカ遺跡に関する神託の内容を、直ちに皇帝陛下に上奏するものとする。司祭様、ご同行よろしくお願いいたします!」
「わかりましたぞ!」
えーと。俺たち、一級ハンターに任命されたのか?
慌ただしく、ギルマスと神父さんが部屋を飛び出していく……。
――、帝国の対応は素早かった。
その日のうちに、帝国中のハンターギルドからカイヅカ遺跡方面のクエストが消え、カイヅカ遺跡周辺のクエスト発行には、皇帝陛下直々の許可が必要となった。
そうして、俺とベルには帝国一級市民の地位が与えられ、一級ハンター用のギルド証が手渡された。
一級ハンターの影響力って、凄ぇえ!
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
とっとと続き書け等、思われた方は、評価、ブクマ、コメント、
レビュー等いただけるとうれしいです。
活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




