vsベクタードラゴン
――ゴトトン、ゴトトンッ! ゴトトン。ゴトトンッ!
馬車は、宿場町をいくつか越えて、御者と馬とを、何度か変えた。
『高速馬車』と謳うだけあって、その運用は合理的だ。
途中で何台か、ゴレコンが俺たちの乗る馬車を追い抜いていったけれど……。それはまぁ、仕方ないことだ。
あっちは、本当に電車並の速度だからな……。
馬車が草原に差し掛かった頃、ふいに、馬車から接地の衝撃が消えた。
地を噛んで、馬は駆けているのに、馬車は一ミリも前に進まない。
雨雲が急に空を覆うように、空がさっと暗くなった。
まったく……。
こんなにそばに来るまで、気配に気づかなかったっていうのかよ……。
自分の索敵能力の低さが、うらめしくなってくるな。
白銀の美しい龍が、馬車の前に姿を現した。
その姿はたおやかで、知性のある瞳で馬車を見つめている。
馬がへたり込んでしまった。逃げるでもなく、くずおれるように頭を垂れて。
ああ、これはやばいな。
力強さとか、生命力とか、動物的な強さとは決定的に違う。
超高位存在の放つ清冽なプレッシャー。
妖気でも瘴気でもなく、神気とでもいおうか、光が嬉しそうに周辺を踊るような圧倒的な神々しさ。
ファーメリア様ほどじゃないけれど、女神様が比較対象になりうるような荘厳な気配だ。
『ここで倒す』とか、『今倒さないと勝てなくなる』とか、そんなレベルではなく、対峙することすら不敬であるかのような圧倒的プレッシャー。
馬車の乗客は息を潜め、恐怖の中、打ち震えている。
「オレが行くッ! お前たちは馬車の中にいろ!」
バーナード様が馬車の外に飛び出したッ!
ベクタードラゴンは、バーナード様を全く意に介することなく、こっちを見つめている。
俺が動くと目で追ってるな。俺を見てるのか?
このプレッシャーの中で、平然と馬車の外に飛び出すバーナード様の胆力は大したものだ。
きっと、一級ハンターとして、相当な場数を踏んできているのだろう。
負けてられないな!
俺も気合を入れ、外に出た。
「おい! ハンター見習い! ジャマをしてくれるなよ! こいつは一級ハンターたるオレにこそ、ふさわしい獲物だ! 火の精霊アガトよ。その力我に示せ。炎は火に連なりて貪り食らう。第三位階魔法! バーニングフェニックス! 多重展開イィッ!!」
バーナード様は、6発のファイヤーボールを同時に展開した。
ふうちゃんの無詠唱での魔力弾50発同時展開とか、紅さんの瞬間的な相殺とかを見ていると、6発という数は、しょぼく思えるが、自分が魔力弾を使えるようになった今、良くわかる。魔法の同時展開は、精神力をゴッソリすり減らす。6発も同時に展開するなんて、並大抵じゃあない。バーナード様は確かに一流だ。
ファイヤーボールが大きくなり、やがて6羽の鳳凰の形を作る。
「いけ! バーニングフェニックス! 乱舞!!」
火の鳥が、乱舞し、白銀の龍に突っ込んでいった。
煩わしげに振る龍の腕を、かいくぐり、六羽の鳳凰が様々な方向から龍に飛び込んでいく。
……と、鳳凰が、龍の眼前で静止し、巨大なファイヤーボールに戻った。
6発のファイヤーボールは、逆回転で加速しだすと、6本の熱線となり、バーナード様をぶち抜いた。
「ぐっ!! ぎゃぁあああああッ! あぐらぷぼけっ!!」
反射ってレベルじゃないぞ。
一発一発が、3倍ぐらいの威力になって跳ね返っている!
バーナード様の手足がおかしな方向に曲がり、炭化する。
続けて、ベクタードラゴンがバーナード様に向けて、ブレスの発射体勢に入る。
炎がベクタードラゴンの口の中で、一点に集約され、白い光の玉になった。
でたらめな温度だ。あれが当たったら一瞬で蒸発だな。
だが……、赤龍の断続的なブレスよりはマシだろう。俺は射線に飛び入り、雷に崩壊を纏わせた結界で、白い熱球を消し飛ばした。
「ギャオギャオギャオ! ギャオギャオギャオギャオ!」
ベクタードラゴンが興奮しているようだ。まずいな。早くバーナード様を、馬車にいる仲間に引き渡して応急処置してもらわないと……。
バーナード様の手足がボロボロと剥がれ崩れだす。ダメだ。火傷の範囲が広くて、深すぎる!
左腕は、炭になって、跡形もなく完全に崩れ落ちちまった……。
やべぇ! この火傷じゃ、長くは持たないぞ。
隙きを突いて、なんとかバーナード様を馬車へ運ばないと。
サーマルガンなら反射されないか?
大型の魔力弾を作る。イメージは白玉。
瞬間、ベクタードラゴンが転移して、白玉の魔力弾をパクっと食べた。
「嘘だろッ!!」
食うのかよ! しかし、今のはやばかった。ドラゴンが転移するなんて全く考えてなかった。ドラゴンが殺す気なら、俺は今死んでたな。
俺は『停止』を解除し、ドラゴンと距離を取る。
とっさに『停止』を使ったが、ベクタードラゴンには『停止』は効かないようだ。マジでやばい敵だ。
龍がしっぽを振っている。
魔力弾を食うのか?! ならば、やりようはある。
バランスボール大の魔力弾を作り出し、ドラゴンの前に置くと、ドラゴンは餌をもらった子犬のようにおすわりして魔力弾を食べだした。
今のうちにバーナード様を馬車へ連れて行くぞ!
馬車の中にバーナード様を連れていき、馬車を出してもらうことにした。
流石に『崩壊光線』を他人の目の前で使う気はないしな。龍を消し飛ばした結果、魔王認定とかされたら目も当てられない。
「御者さん! 馬車を出して、次の宿場町に向かってくれ! ベクタードラゴンをあの場に留める方法を思いついた!」
「あんたはどうするんだ?」
「次の宿場町から別の馬車に乗るさ。だれか、馬車代を都合してくれると嬉しいんだが」
「私が出しましょう」
商人さんが白金貨を一枚くれた。
「いいのか?」
「そのかわり、帝都についたあかつきには、我がパンダモン商会をご贔屓に」
商人さん(パンダモン)がにやりと笑った。
「そのときはよろしく!」
バーナード様の取り巻きが、潤んだ目で声をつまらせながら言った。
「バーナード様は認めないだろうが、お前はバーナード様の命の恩人だ。死ぬなよ?」
「おう!」
取り巻きの一人がバーナード様に回復魔法を使っている。
もう、バーナード様は大丈夫だろう。
俺は馬車から降りた。
「よお。ドラゴン。うまいか? それ」
尋ねると、ドラゴンはコクンとうなずいた。
なんだよ。本当に人語を解するのかよ。最初から攻撃せずに話しかけてれば、無傷でここを抜けられたんじゃないか?
「魔力弾をもう一つ作ってやる! だから、俺たちを見逃してくれないか?」
「ギャオギャオ! ギャオギャオギャオギャオ!」
「わかんねーよ! 人の言葉を喋れ。魔神グランデールの翻訳魔法も龍の言葉までは訳せないらしいぞ」
龍が少女の姿へと変わっていく……。
こいつも人化の魔法を持ってるのか?
現れたのは、白銀色のロングヘアー、緑色の瞳の美少女だ。
見た目の年齢はふうちゃんと同じか、少し年上ぐらいかな。
ゆったりした衣服の上に、一枚布のワンピースを纏った感じ。つまり、古典絵画の女神のような出で立ちで、体型はわからない。
「亡くなったお兄ちゃんと似てる魔力を感じて調べに来たら、まさか、そっくり同じ魔法を使う男の子がいるとは、思わなかったよ?」
人間の言葉をしゃべった!
「俺と、そっくり同じ魔法を使うやつがいるっていうのかよ」
「私は、龍神ベルティアナ。おにいちゃんは?」
「俺は、リンゾーだ」
龍神だと……!? やべぇ。手のひらが湿ってきた。
冷や汗だ。
ゆ……、友好的にいかないと。
そういえば、ファーメリア様が力をくれたとき、俺の力は『もともとは龍神が持っていた力』だって、いってたっけ……。
「えーと。ベル……さん?」
「ベルでいいよ」
「ベルさん。あの馬車を攻撃しないでくれるか?」
「ベルでいいってば、おにいちゃん。そのかわり、私もリンゾーさんのことを、おにいちゃんって呼ぶから」
「で? 馬車を見逃してくれるか?」
「最初から馬車を攻撃するつもりはなかったよ? さっきはいきなり攻撃されたから、ちょっと仕返ししただけだし。下等な生き物が、生まれついての弱者たる半チクリンな人間が、龍神である私にしょっぱい力を向けてきたから、身の程を知れっていうか、うざいっていうか、カッとなってやったというか、ほんのちょっぴり、イラッと来てやったというか、やつあたっただけだから」
「いきなり攻撃してすまなかった。まず、謝罪を受け取ってくれ」
「羽虫は潰し損ねたけど、おにいちゃんには、攻撃されてないよ?」
「でも、魔力弾を撃とうとした。すまなかった」
「気にしないで! おいしい魔力をもらったから、私としては、むしろちょっぴり恩があるような気がしてるぐらいだよ」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
「なぁ、ベル、でいいんだよな。ベル。俺と仲良くならないか?」
「えっ!? せ……、性的な意味で?」
「違わい!」
「それって、おにいちゃんと契約しないかってこと?」
「そうなるのかな?」
「ベルは魔力弾をいっぱい食べられて美味しい。俺は移動にベルの力を借りられたら嬉しい。どうだろう?」
「それって、さっきの馬車が行っちゃったから?」
「うん。次の宿場町まで歩くのは、よく考えたらしんどい。ほら、龍の背中に乗って移動するとかちょっとかっこいいじゃん。天空龍に乗る龍騎の勇者とか正直憧れる。背中に乗るっていうのは、もしかしたらベルに対して不敬だったりするか?」
「契約者を乗せるのは別に普通のことだよ? 私はおすすめはしないけれども。私は、どっちかといったら、人間形態で手をつなぐ方が良いかな」
「背に乗るのは駄目か。ベルに乗ったら神話の差し絵になるぐらい絵になると思うんだけどな」
「褒めてくれるの? ありがと。馬車なら、私は一瞬で追いつくけれど。というか、帝都まででも、ファーメル教国まででも、私は一瞬でつくけれど。背中に乗るのはオススメしないかな。たぶん、おにいちゃんは、消し飛んじゃうと思うよ?」
「そんなに速いのかよ!」
「ワープゲートって魔法があってね。私は光より速く移動できるんだよ。おにいちゃん」
「魔王からは、逃げられないってやつか」
「魔王からだって、逃げ切ってみせるよ」
ベルが、ニッコリと笑ってる。
お前が魔王だ! と言おうと思ったけど、そんな雰囲気じゃなくなっちまった。
間違いなく、美少女ではあるんだよなぁ。
「私のお腹が減ったときに、あのおいしい魔力の弾をくれるなら、あのモチモチふっくらとした魔力の弾をくれるなら、おにいちゃんと契約するのは、やぶさかじゃないと言うか、むしろ望むところと言うか、本望なんだけれど、おにいちゃんとしては、こんなかわいい妹ができたら嬉しい?」
「そうだな」
ベルが手を伸ばしてくる。
俺はベルの手をとった。
「いいよ? 契約しよう」
「じゃあ、ベルが従魔で、俺がご主人様な?」
「なにそれ、ひどい! ベルが妹で、おにいちゃんがおにいちゃんだよ!」
「召喚獣って、餌を対価にご主人様に付き従うらしいぞ。今のベルの状況にそっくりじゃないか?」
「うーん。獣と一緒か」
「正直なところ、ベルは人間を見下してるだろ? 街とかに連れて行くのが怖いんだよ。従魔なら普通に街に入れてもらえるけど、龍神が街に入ったら大混乱だよ?」
「なるほど。『私を無理やり従魔にして、逆鱗をめくって、ここかー! ここがいいのかー!』とか言ったり、好き勝手しようってわけじゃないんだね?」
「違うって。そこまでゲスじゃないぞ。そんなふうに見下すな。俺はモテなさそうに見えるかもしれないけど、仲のいい女の子だってちゃんといるんだぞ!」
「おにいちゃん。そんな普通の顔なのに?」
「普通っていうなよ! いっそブサイクって言えよ」
「程々に味があっていい感じだと思うよ」
こんにゃろう。
「残念だなあ、ベル。ちょうど今、もっと美味しいイメージの魔力弾の作り方を思いついたんだけどなッ!」
「のったよ、おにいちゃん! もう、私、従魔でいいよ!」
「よっしゃあ! 従魔、ゲットだぜ!」
読んでるぞー。おもしろかった。誤字脱字を見つけた。ここが変だよ。
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活動報告に各話制作時に考えていたことなどがありますので、
興味のある方はどうぞ。




