大霊祭(1)急転直下、天空龍の怒り
<詐術の魔王視点>
コルベスト王国の西に接する、ナギール共和国、飛龍の谷にて。
「詐術の魔王様。では、我々はこれで失礼させていただきます」
私の前に、魔物の群れ、凡そ50体が跪いている。
闇の魔王の眷属たちだ。格下とはいえ、礼を尽くさねばなるまい。
「闇の魔王様に、感謝をお伝え下さい。私と部下たちだけでは、さすがに1524体もの飛龍を支配下に置くのは不可能でした」
「はっ。確かにお伝えいたします!」
代表のものがそう言うと、50体の魔物たちが姿を消した。流石に闇の魔王の眷属といったところか? 姿を隠すのがうまい。
「さて。飛龍1524体。下級龍とはいえ、ブレスを吐き龍鱗に鎧われる本物の龍。1国を滅ぼしてなお、お釣りが来る戦力です。果たして、どこまでうまくいくかな? コルベストも、ファーメルも滅びるのが理想だが、そこまでうまくは、いかないか? 勇者連合が黒神の聖骸を運び出す陽動と増援部隊の寸断ぐらいはこなしてほしいものですが、さて」
後ろを見やるとずらりと並んだ飛龍の群れ。彼らには、『自分の卵がコルベストとファーメルの人間に盗まれた』という強烈な暗示が掛けられている。事前に十分に用意をし、幾重にも洗脳魔法を施した。計画実行前に、魔法が解かれる可能性は、考えなくていいだろう。
オスもメスも関係なく、怒り狂っている。今にも飛び出していきそうなほどで、御するのが本当に大変だ。彼らの役目は陽動と蹂躙。ブレスで敵が滅びるならそれもよし、だ。
天空龍――全高2.5m、全長5m、重量1.2tの小型の龍。銃を弾く龍鱗に鎧われ、射程約50mの灼熱のブレスを持つ。最高速は亜音速に達し、姿を消し羽音を隠すことができる。龍騎の勇者が乗騎としているのもこの龍である。
レベル46。ワイバーンと大差ないランクの下級龍だが、人間に、こんな化物が倒せるものか。それが1500体以上である。
「詐術の魔王様。使徒級の強さを持つという、異端審問官はいかがいたしましょうか?」
部下の一人が言った。
使徒級の力を持つ異端審問官か。与太話の可能性も考えられるが、情報の出どころは、剣の勇者だという。中級龍退治の実績もある。潰せるなら、多少の龍の被害は覚悟しても、潰しておくべきか。
1.飛龍をけしかけ、コルベストを潰し援軍を出せなくする。
2.飛龍をけしかけ、ファーメル教国に大損害を与える。
3.飛龍を陽動とし、黒神の聖骸を勇者連合が奪取するサポートをする。
4.飛龍による被害の責任を龍騎の勇者に押し付け、龍騎の勇者をファーメル教国に処分させる。
5.コルベストを潰すついでに、ファーメルの使徒級異端審問官を殺す。
「ふむ。そうですね。一石五鳥を狙ってみますか。せっかく準備に時間をかけたのだから」
「使徒殺しの方の根回しは如何様にいたしましょうか?」
「なに。彼らは、教会の諜報部にはたらきかけて、龍騎の勇者の情報を集めています。龍騎の勇者の情報を流せば食らいついてくるでしょう。バロン、あなたに頼んでもよろしいですか?」
「はっ。ご命令承りました!」
「くれぐれも足がつかないように。お金を使っていいので、いつものように複数人、縦構造で人員を噛ませてください」
「御意!」
「さあ! 一気に局面が変わりますよ。台風の渦の中心で、右往左往する敵を見るのは、楽しいものですねぇ。せっかくのラブレスの大霊祭。私達も、私達なりのやり方で楽しみましょう」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
コルベスト西端。ナギール共和国との国境付近にある、プタンペンの村に、俺とふうちゃんは来ていた。
今日は、3年に一度の大霊祭。人類を守り裏切られ、滅ぼされた旧ラブレス帝国。
大霊祭は、そのラブレスの民たちを祀る慰霊のお祭である。
午後からは、俺たち、異端審問官も警備に駆り出されるので、午前中は、担当するポイントを見て回る予定だ。
俺たちの担当地域で、『龍騎の勇者を見た』という目撃情報があったらしいから、自然、気は引き締まる。
考えてみれば、隣国のナギール共和国には、飛龍の巣があるのだから、龍騎の勇者が、このあたりに拠点を持つことは考えにくい話ではない。
今日こそは、龍騎の勇者を捕まえてやるぞ!
ひとつ、気合を入れ直した。
俺たちの担当地域は道端に、すすきのような草がボーボーと生えている感じの場所だった。
建物が少なく、風通しが良いせいか、町中よりは風が心地よく感じる。尤も気温は、ふうちゃんのおかげで常に適温に保たれているのだが……。
「ザ・田舎って感じだな」
「りんぞーさま。食堂がありますよ。よっていきましょう!」
そういえば、昼ごはん、まだだったな。思い出したら急に腹が減ってきたぞ。
木の扉を引いて中にはいると、中は意外と広かった。ちなみに片手は、ふうちゃんと繋がれている。最近では、手をつなぐのが当たり前になってしまった。
恐るべし、エアコン魔法!
「おうおう、兄ちゃん。かわいい女連れてんな! 俺にもわけてくれよ!」
テンプレきたー!
話しかけてきたのは、モヒカン頭の世紀末風大男だった。
いままでも、ファーメル教国やコルベスト王都で絡まれることはあったのだが、絡まれ方が違っていた。
『双葉様とお前なんかが、釣り合うものかよ!』とか、『双葉様が、お許しされているからって調子づきやがって!』とか、『巫女様から手を離せ! 下賤』とかそんなふうに絡まれていたのだ。
ふうちゃんの名前も、隣国の果てまでは届いていないらしいな。
「おう。何、考え込んでんだ? 兄ちゃん! 痛い目にあいたくなかったら、その女の子をわけてくれよ、ぐ…具体的には、口とおっぱいとあそ……ぶろぁっつ!!」
制裁完了! 軽く腹パンしてやった。
かなり手加減したから、怪我はしてないと思うけど、如何せん、身体強化魔法LV5パッシブが常時自動発動している関係で、俺の腕力はオーク並なのだ。……大丈夫、だよね?
「あッッ!! あうっ、あー!」
モヒカン頭の大男は、青い顔してうずくまってる。
「な……、なんてパンチしてやがる。も……、漏れちまったよ!」
知るかよ!
ツーンと硫黄臭が立ち込める。ケツを抑えてトイレに内股ダッシュで駆け込む男。
だめだ、ふうちゃんへのフォローの言葉が見当たらない。
「違う店に行こうか?」
「はい」
俺もふうちゃんもテンション、だだ下がりである。
「いらっしゃいませー!」
近くにある、マニュアル対応命といった感じのバーガーショップに入った。こういう店はどこの国でもだいたい同じ注文方法だから助かる。
「デミタウロスバーガーセット、ドリンクはトレアロティーで」
「フライドりんごパイと3倍濃縮ヨーグルト、ソースはビルベリーで」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「今日は私が奢りますね?」
ふうちゃんがサラッと大銅貨を2枚出そうとする。
「いいよ。割り勘で」
「いつも日本で奢ってもらってますから」
「ふうちゃんは、『日本円』を持ってないんだから、しょうがないじゃんか。気にしなくていいよ」
「奢らせてください。たまには奢ってみたいんです」
「そこまでいうなら、ありがたく奢ってもらおうか」
「おまかせください!」
ぽふっと、ふうちゃんが胸を叩くと、ぷるんと胸が揺れた。
会計を済ませ、トレイを運び席に着く。今日は、メニューを選ぶ必要がないので、対面に座っている。
やっぱりかわいいよな。ふうちゃん。あと何年かしたら、すごい美人になるんだろうな。エミリーさんっぽくなるのかな。いや、待て、エミリーさんいくつだよ。永遠の17歳か?
ふうちゃんがスプーンでヨーグルトを掬う。とろりとしたヨーグルトが、ふうちゃんの口に……。
「りんぞーさま」
「うん。どうした?」
「食べてるところを、じっと見られると食べづらいです」
やべぇ。見とれてた。
食事を済ませ、外に出ると想像を絶する光景が広がっていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
上空前方、ナギール共和国側に、巨大な黒い雲があり、それがどんどんどんどん広がっていく。身体強化魔法LV6アクティブを発動し、目を凝らすと、上空にいるのは、数え切れないほどの龍だ、ということがわかった。
それがコルベストに向かってきていた。空気を震わすほどの、怒りの咆哮をあげながら。
「ふうちゃん。あれ龍だ!」
「何匹ぐらいいるんでしょう?」
「1000以上だと思う。 どうするのが最善だと思う?」
天空龍は隠密性と機動性で有名な龍だ。それがはっきり姿を表し、威嚇の咆哮をあげながら飛んでいる。狙いは十中八九コルベストだ。この国を滅ぼすつもりかよ!
このままだと、あと5分とかからず接敵する。
誘導して、人々を逃がすにしても、軍を呼び集めるにしても、時間が足りない!
絶望的な結果しか想定できない!
大勢の命を飲み込まんとする『巨大な死』は、もう、すぐそこまで来ていた。
・用語解説
身体強化魔法――人間が強力な魔物と戦うために編み出した
基礎魔法。LV5でオーク、LV7でオーガ並の
身体能力になる。レベル8以上の保有者は、
確認されていない。




