表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/87

悪役令嬢志望(3)悪役令嬢は動かない

 コルベスト美上王国(びじょうおうこく)


 大仰(おおぎょう)な名をつけられた、地上の楽園と称されるその国は、大きな闇を孕んでいた。偽善。強制。ダブスタ。束縛。


 独善的なルールで、強く抑圧された者たちの心は醜く歪んだ。


 コルベストの歪みを象徴するかのような、広大な土地にひっそりと佇む(たたず)薄汚れた孤児院と美しい大理石で彩られた白亜の豪邸。


 俺たちは、(くだん)の孤児院の前に集まっていた。見あげた空は、黒い雲で覆われている。


「リンゾー。指揮系統を統一しておきたい。今回のチームのリーダーを引き受けてくれないか?」


 ヘンリーさんが言った。


「実績から言ったら、ヘンリーさんかイシュカさんが妥当なんじゃないか?」


「オレやイシュカは脳筋だから、あまり作戦を考えるのが得意じゃない。その点、お前は土壇場で踏みとどまって切り抜ける強さを持っている」


 イシュカさんを見ると、ストレッチを始めている。


「ヘンリーと同レベル扱いは癪だけど、ボクも同意かな。リンゾー君になら、任せてもいいよ」


「私がりんぞーさまをサポートします!」


(ふうちゃんも乗り気のようだ)


「わかった。引き受けよう。早速作戦だけど、やり合う前に相手の戦力を把握しておきたい。それとなく、『女帝』に会う口実を作ることって、できないかな?」


「異端審問官が容疑者に会うって言ったら、それは逮捕するしかないんじゃないか?」


「事情聴取って名目で、どうかな? 『異端審問官が、スラムで亡くなった孤児の件で、話が聞きたいと言っている』って。いきなりの戦闘だけは、避けられそうな気がするんだけど」


「よし。それでいこう。まず、必要なのは、支配領域の見極めと、能力の情報、護衛の戦闘力の把握だ。俺が適当なタイミングで相手を挑発するから、軽く接触して確認した後、ここに戻って作戦会議だ。合図を出すから、いつでも撤退できるようにしといてくれ」


「おう!」


 各々、身体強化魔法を発動し、戦闘準備を整える。

 敷地内に足を踏み入れると、既に狼男に変身しているヘンリーさんがうめき声をあげた。


「うぉっ!」


「どうした?ヘンリーさん」


 ヘンリーさんが鼻を抑えている。


「この臭い。どこから漏れてきてるんだ? 甘ったるい空気の中に異国情緒あふれるスパイスのかほり。世界中のクミンを集めて、鉛筆の削りカスをトン単位で叩き込んだようなこのかほりは、いったい? 頭がボーッとしてくるぞ」


「かほりって、なんだよ。臭いが『女帝』の力の正体か?」


 笑いながらヘンリーさんに言ったのだが、どうやら笑い事ではないらしい。


「私の周辺を迂回するように空気の流れを作りますので、私のそばから離れないようにしてください」


 ふうちゃんが風魔法を起動した。例の、エアコン魔法の応用だ。本当に便利だな。さしずめ換気モードってところかな?


 守衛に事情を説明し、入場許可をもらい、4人固まって『女帝』のもとへ向かう。


 鎧の置物や、豪華なカーペット。派手なシャンデリア。豪邸の中は、外からの見た目どおり、お金をかけてますってふうだ。『女帝』と思われる肖像画が、踊り場の壁に飾られている。

 絵のとおりなら、深窓の令嬢といった雰囲気で、かなりの美人だな。


 階段をのぼると、広々とした廊下に複数の扉が見える。どの部屋にいるのだろう? ヘンリーさんの顔を見ると、顎で方向を指し示した。相変わらず両手で鼻を抑えている。


(人選ミスっぽいな。この敵、ヘンリーさんの天敵なんじゃないか?)


 廊下を進むと、入り口のところにいる召使いが扉を開けた。


 奥に、豪華なソファで足を組み、側近といった感じの少年に肩を揉まれている少女の姿があった。

 年齢は10代後半ぐらい。ブロンドの長髪で縦ロールにしている。令嬢と言った雰囲気は、作られたものか、天然か。


 少女までの距離はおよそ60RU。赤いカーペットが眩しい、謁見の間といった雰囲気の部屋だ。

 少女は肩を出したAラインの黒いドレスを着ている。


 部屋にいるのは、少女と少年、それから左右に2人ずつ控えるハンター風の護衛。


「りんぞーさま。この部屋、風が動かせません。おそらく時空魔法で、大掛かりな空気の移動を阻害しています。呼吸や会話は可能ですが、風魔法は起動できません」


 ふうちゃんがサラッと、とんでもないことを言う。


「え? なにそれ?」


(逆に、呼吸や会話が不可能になる魔法もあるってことかよ)


 次の瞬間、ムワッと強烈なワキガ臭が周辺に漂った。


(風魔法の阻害は、臭いを風で飛ばすのを防ぐためか)


 ちらりとヘンリーさんの方を見る。悶絶してるかと思ったが、そうでもないようだ。慣れたのか?


 奥に進むと、左右に2人ずつ控えている護衛が、特級ハンター、スカーレットバレットの面々であることがわかった。


(いきなり喧嘩腰で突っ込まなくてよかった!)


 「お初にお目にかかります。私はファーメル教国の異端尋問官のリンゾーと申します。先日、コルベスタのスラムでこの孤児院の子と見られる者の痛ましい遺体が見つかりましてね。そのことで、2・3、お尋ねしたくてまいりました」


 スカーレットバレットの面々が、武器を構えた。

 殺気はないが、いつ飛びかかってきてもおかしくない様相だ。


(スカーレットバレットは、表情と行動がちぐはぐな感じだな。意志はそのままで、体だけ支配下に置かれているのか)


「しらじらしい!」


『女帝』が口を開いた。美しい人だが、性格の悪さがにじみ出ているような声だ。深窓の令嬢と言うより、悪役令嬢だな。


「えっ!?」


 俺はキョトンとした表情を作った。社会人1年めの青年が、「俺、またなにかやっちゃいました?」って顔だ。


 ふうちゃんが左手の甲をつねっている。笑いをこらえているようだ。


「お前、リンゾーと言ったかしら。孤児院に疑いをもって来ているのでしょう? 最近、私の近辺を嗅ぎ回っていた小バエ。教会関係者だったのね」


「さて、なんのことやら」


 俺は、ニッコリと笑ってやった。社会人の表情を取り繕うスキルをなめんなよ。


「私の前で嘘は許さないわ!」


『女帝』が両手をあげると、腋から、強烈な臭いが溢れ出てきた。周囲のものを絶望に叩き落とす強烈なワキガ臭。


「この、スメハラ悪臭令嬢め!」


 思わず言っちまったが、交渉以前の問題っぽいし、仕方ないだろう。臭いんだよ本当に。涙がでるほどに。


「乙女を悪臭呼ばわりするだなんて、最低な男ね。ハラスメントハラスメントもいいところよ。このハラハラ男。お前には、私の(わき)を舐めさせてやるわ!」


(やばい。心が折れそうだ)


 精神防御の護符を両手で握りしめ、心を落ち着ける。


「そこで服を脱いで、四つん這いになりなさい!」


(うそだろ、服に手をかけちまう。気をしっかりもて!)


 ヘンリーさんが片膝を着く。イシュカさんも這いつくばって苦しそうだ。ふうちゃんもうずくまっている。なんてこった。このままじゃ全滅だ!


「クリアブラッド!」


 ふうちゃんが渾身の力を込めて魔法を発動した。だいぶ気分が楽になった。


「私の力が通れば、魔法なんか使えないはず。お前たち、精神防御の宝具を持っているなッ! 護衛たち! こいつらを始末なさい!」


 スカーレットバレットの面々が襲いかかってきた。


『赤壁』、レッドさんのフルスイングのメイスを、ヘンリーさんが受け止める。並の体躯なら吹き飛ばされて当然な重い攻撃を、正面から防いでいる。


 場は膠着し、力比べの様相だ。


 1合! 2合!


 メイスの先端で弾かれて、ヘンリーさんが浮かされた。


 ジリジリとヘンリーさんが後退する。長期戦は不利か。距離は、女帝から20mってところか。


 目を移せば、茜さんの大剣の乱舞をイシュカさんが捌いている。うまく避けては、いるが、どんどんどんどん後ろへと追い込まれていく。女帝から20mぐらい離れたところで、茜さんの猛攻がやんだ。茜さんが構えを取る。攻撃する隙きがなくイシュカさんもまた構えを取って、場が静止した。


(女帝の支配領域は、20RUぐらいとみて間違いないだろう)


 反対側では、紅さんの魔力弾をふうちゃんが同じく魔力弾で相殺している。飛び交う魔力弾の数は50を有に超える。床や壁、天井に傷をつけつつ攻防が続く。二言三言、言葉をかわしているようだ。


 ふと、嫌な気配を感知する。


 身体強化魔法LV6アクティブによって、強化された俺の動体視力が、スカーレットさんの指先の僅かな動きを察知した。


 俺は、事象魔法『停止』を発動して、射線から体をずらす。スカーレットさんが驚愕の表情を浮かべている。


 タンッ!


 遅い。もうそこに俺はいない。


 だけど、こんなトリックじみた回避は何度も通じない。短期戦でやらないと俺には勝ち目がない。


 俺は大声で『撤退』を仲間たちに告げた。


 悔しいけど、スカーレットバレットと俺たちの間には、覆すのが難しい力量差がある。俺一人なら、下剋上を試してみたくもあるけれど、それに仲間の命を賭けるわけにはいかない。


 今ここで、スカーレットバレットと戦うわけにはいかない!


 撤退時、ニヤニヤ笑う女帝と目が合った。


「これに懲りて、二度と来ないでね。負け犬さん達。じゃないと、本当に犬にしちゃうわよ」


『女帝』は、側近の少年を跪かせて背中の上に足を載せている。


 ソファから一歩も動かずに、全く慌てることもせずに、俺たちを野良犬を追い払うように、退けるっていうのか。


(ちくしょう。絶対に、捕まえてやるからな!)


 悪臭の精神的ダメージと、短時間とはいえ張り詰めた戦闘で、ほうほうの体にはなりながらも、4人で無事、外に出ることはできた。


 負けたわけじゃない。これは計画通りだ、と自分に言い聞かせる。


 外は雨が降っていた。

・用語解説

空間魔法――時空魔法の劣化版。4属性魔法を上書きする。

      空間にだけ、作用する魔法。


魔法の序列――魔法には、上下の序列が存在する。上位の魔法は、

       下位の魔法の効果をゼロにし、相手の支配領域を乗っ取る

       ことが可能(これを上書きという)

       基礎魔法(4属性魔法等)<時空魔法<重力魔法<事象魔法<普遍魔法


起源魔法――アウター(地球)の現象に起源を持つ魔法。物理現象を魔法で再現した

      もの。威力は物による。『重力魔法』も広義の意味で『起源魔法』である。

      『普遍魔法』によって定義されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ