悪役令嬢志望(2)悪役令嬢は屈しない
<アンナ・アナポーラ 視点>
「マザー。侵入者です。数4。入り口の守衛が倒されました。まっすぐここへ向かってきます」
ソファに座る私の足をマッサージしながら、1号が言った。
1号。それは転生後に初めてできた下僕。私に付き従う執事のような立場の子。唯一信頼の置ける子だ。
カツ……、カツ……、カツ。
階段をのぼってくる足音がする。余裕が感じられるゆっくりした足取り。敗北なんて微塵も考えていなさそうね。
なればこそ、付け入る隙もある。
「支配領域に入った。1号。索敵はもういいわ」
1号が戦闘態勢に入る。孤児院の最高傑作にして、この私に、最もふさわしいサポーター。1号、――ジョンが、周辺の風の流れを寸断した。
私も、最強無敵のチート、月夜臭をいつでも噴出できるよう魔力を溜める。
賊は、全員女か。目的は復讐? 金目? まあいい。もうすでに射程内だ。
階段を登りきり、女たちが姿を表した。
銃を構えた長身の女、メイスを持った山のような僧服の女、自分の身長ほどある巨大な大剣を担いだ女、小柄なローブの女。
全員赤髪とくれば、こいつらの正体は一つ。特級ハンター、スカーレットバレット。
なるほど。慢心するのはそういうわけか。
国においては並ぶものなく、大陸にその名を轟かせる世界有数の特級ハンター。
彼らを動かすには、莫大な資金が必要なはず。
襲撃の理由から、『金目の線』が消えた。うちの孤児院を襲うのに特級ハンターなんて雇った日には、大赤字だ。怨恨に違いない。
お家取り潰しになった男爵家か? それとも、不倫がバレ、奥方に刺された伯爵様か?
どうせ、依頼人の言葉を真に受けて私を悪役に仕立て、正義の鉄槌でも下すつもりなのでしょう? レベル差、数十のイージーオペレーションとでも、思っているのでしょう?
悪いけど、返り討ちよ?
私はそんなに甘い女じゃないの。
スカーレットが何事かを発言するよりも早く、私は月夜臭を発動する。会話するとでも思った? スカーレットが驚愕に目を見開いている。支配したあとで、ゆっくり吐かせたほうが賢いでしょう?
私の前で、嘘なんて一言だって許さないわ。
魔女風の女、――紅といったかしら? 大慌てで風魔法を発動しようとしているけれど。残念ね。私は自分の弱点をとうの昔に把握している。対策済みよ。
風魔法が発動しないことに、紅はパニックになっている。ああー、笑える! 強者が絶望する表情は最高だわ。
「待ってくれ! 勝手に侵入したことは謝罪する。話を聞いてくれ」
紅が叫ぶ!
ふふふ。まるで、高い身分。圧倒的な資金を持つ王子様が世間知らずの悪役令嬢の私に、跪いて、復縁を懇願してくるようだわ。
私よりずっとレベルが高い? ずっと戦闘経験が多い? ずっと魔力が高い? ずっと戦闘力が高い? お金持ち? 美人? イケメン? 高身分? だから何?
それで? この私が屈するとでも?
悪役令嬢は屈しない!
不利な局面こそが、私を輝かせるのよ!
「くう。きさま……。用件を聞きもせずにこんな真似を」
「黙れ! そして、動くな!」
「……」
「侵入者風情が薄汚い口を開くな」
大剣士に『支配の力』が通った。続けて、スカーレットが。赤壁が動かなくなる。
やっぱり、薬と一緒で、図体が大きいと効きづらくなるのね。
賊を退治するつもりが、まさか最強の護衛を手に入れることになるとはね。今日はなんてツイてるのかしら!
「皆、暫く辛抱して。必ず助ける」
ものすごく小さな声で、蚊の泣くような小さな声で、最も体重が軽いはずの紅が、何事かをつぶやいたような気がした。
「紅? 今なにか言った?」
「……」
「まさかね」
まあいい。支配の力を通して、命令を発動させてしまおう!
「お前たち4人に命じるッ! 今から私の護衛を勤めろ。私に害なすものを殺せ。私の側20RUから離れるな。私の命令に絶対服従しろ。わかったら、裸になって四つん這いになれ!」
精神防御の宝具なんかを、隠し持っていると厄介だからね。
スカーレットバレットの4人が、武装を解除し、いそいそと服を脱ぎ、跪いて真っ裸で犬畜生のように四つん這いになった。
意識は残してあるので、彼女らの顔が、恥辱に真っ赤に染まっている。
強者を屈服させるのは本当に楽しいわ!
1号! 宝具を隠していないか、股ぐらに顔を突っ込んで確認して頂戴!
スカーレットバレットの4人の表情が、恐怖に歪む。
ああー! 楽しい。好きでもない男に蹂躙される経験なんてないでしょう?
せいぜい悔しがるといい。お前たちは主役じゃないの。死にゆくチート魔女の役を、しっかりと演じきるのね。
こいつらに、早速、どブス、マリー――雇い主についての情報を話してもらおう。チート魔女の魔法は、もう解けているのだから……。
さて、今からこの私――悪役令嬢の、楽しい楽しい反撃の時間よ。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
ファーメル教国、ファーメル大聖堂。異端審問官専用ロビーにて。
ロビーには、ビリー、ヘンリーさん、イシュカさん、俺、ふうちゃんが集まっている。
全員が円卓につくと、おもむろにビリーが語りだした。
「今回は、コルベストからの依頼だ。コルベストのスラムで、孤児の死体が見つかったらしい」
今日はコルベスト産のコーヒー豆かな。酸味がある。
「スラムで孤児の遺体って、そりゃあ、かわいそうだとは思うが、日常の出来事じゃないのか?」
ヘンリーが困惑した表情でビリーに聞いた。
「それが、性器が切り取られた少年の遺体で、そんな例がもう、十件以上起こってるとしてもか?」
俺含め、全員が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。そりゃあそうだ。ろくでもない敵に決まってる。
「ボク、気分が悪くなってきたよ」
イシュカさん、俺もです。
「はじめは、コルベストの衛兵たちも、スラムでの出来事ということで黙認していたんだが、数が多くてな。教会に調査の依頼が来た」
「孤児院が事件に関係しているってことかい?」
「ああ。諜報部の調べでは、孤児院は黒だそうだ」
「孤児院の院長は、『女帝』と呼ばれる辣腕で、貴族を通じて、『金儲け』をしているらしい」
「奴隷のように孤児を売買してるってことか?」
「まさか! そんなことをしたら、すぐにバレちまうだろう?」
ヘンリーさんが俺とビリーを交互に見た。
「孤児院は、孤児をスパイに仕立てている……。『金儲け』は、脅迫によって、というわけですね? 内通に失敗したり、命令違反したりする孤児を『処分』しているというわけですか? 見せしめに酷いことをして……」
ふうちゃんの握りしめられた手が震えている。静かな声のトーンに秘められた感情は、激怒だ。
「『金儲け』が成功を収めている以上、孤児院には、スパイを育成するための『なにか』があるということだ。女帝が召還者であることから、諜報部は、女帝を、『洗脳』系の力を持つ勇者と推定している」
「洗脳かよ。対策は?」
「お前たちには、精神防御強化の護符を持っていってもらう。とはいえ、絶対の耐性を持っている、とまでは言えないので、有効射程の見極めは怠るな」
「『女帝』が、私設軍などを持っている可能性は?」
「ない。というか流石に軍を持っているなら、異端審問官の手に負えん。その場合は、教会騎士団を動かすよ」
「せいぜいハンターを護衛に雇っているってところか?」
「そうだ」
ハンターだって、ピンきりだろうけどな。
「では、健闘を祈る」
「おう!」
俺たちは、装備を整えコルベスタへ向かった。
ジョン(1号)LV12
格闘LV4
空間魔法LV6
索敵LV2
所有スキル
索敵(索敵)
空間安定、空間切断、空間圧縮、縮地(空間魔法)
身体強化魔法(パッシブLV3)
支配領域100RU
・用語解説
ハンターの等級――特級(大陸に名が轟くレベル)
一級(国で数パーティーしかいない)
二級(ギルドトップクラス)
三級(ベテラン)
四級(一般的)
五級(なりたて)




