要人さらわる
<龍騎の勇者ルナ・ルミエル視点>
コルベスト王都、コルベスタの喫茶店で、知恵の勇者、銃の勇者、そして、龍騎の勇者である私、
――ルナ・ルミエルが頭を突き合わせて、打ち合わせをおこなっている。
「では、作戦を確認しましょうか。龍騎の。作戦説明をお願いします」
知恵の勇者――ブロンコ・ブランがそう言った。
知恵の勇者は50代半ばで、白髪の長髪を後ろで縛っている。瞳は黒ぐろとしており、その目には強い意志を蓄えている。携帯している杖は、席に着くにあたって、腰にくくりつけていた。
作戦の説明、ね。
「まず、銃の勇者が、盗賊団を無力化し、知恵の勇者が洗脳。催眠術でスケープゴートに仕立て上げる。次に私がターゲットをさらい、知恵の勇者が、ターゲットの記憶を抜く。それから、盗賊団のリーダーが犯行声明とファーメル教国に身代金を要求する。盗賊団が身代金を受け取り次第、銃の勇者がターゲットを射殺し、私の飛竜で、総員撤退」
「オーケーです。それで行きましょう」
「あたしもOKよ。盗賊団をボコにして、ターゲットを射殺して逃げればいいんでしょ」
注文のお茶が運ばれてきた。私はお気に入りのトレアロ茶に口をつける。
ずずーっ。
おいしい。生前よく飲んでいたカモミールティーを思い出す。
「知恵の。記憶を抜きとり廃人にするのに、ターゲットを殺す意味があるのでしょうか?」
疑問点を問いただす。無益な殺生は避けるべきだ。
知恵の勇者はコーヒーを注文したのね。コーヒーが運ばれてきた。
ここのコーヒーは酸っぱくて美味しくないのに……。
「なまじターゲットが生きていると、おせっかいな周囲の人間が『記憶を取り戻さん』と、記憶喪失の対策探しに固執するでしょう? 万に一つ我々にたどり着かれて、それの相手をするのは面倒です。殺してしまえば、スケープゴートが逮捕処刑されて、そこで決着ですよ」
「スケープゴートが逮捕されるのが前提ですか」
「もちろん。そのために身代金は彼らに取らせます」
「身代金は仮の動機を作るため?」
「ええ。ですので要人にしてはやや安く、確実に用意できるぐらいの額に身代金を設定します。無謀な金額にして、交渉を長引かせるわけには行きません。速やかに交渉してパーッと済ませたいですからねぇ」
運ばれてきた飲み物に口をつけ、銃の勇者、――マリア・ミランダが口を開いた。
マリアは金髪をベリーショートにした、青い目で、勝ち気の16歳だ。私と同い年である。ライフルの使い手で、ライフルはケースに入れて背負っている。
「催眠術を行うのに条件はあるの?」
「催眠術を行うには、ある程度相手の心を折っておく必要がありますねぇ」
「要は敵対を考えないところまでボコればいいんでしょ?」
「身も蓋もない言い方ですが、まぁ、そうです」
全員飲み終わったみたいね。
「では、状況を始めましょう」
「おう!」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
<銃の勇者マリア・ミランダ視点>
スケープゴートにする盗賊を決めるため、あたし達はハンターギルドに来ていた。
勇者はハンターではないが、ハンターの依頼を受けることが可能だ。ゆえに誰も怪しまない。あたしたちは難なく資料にありついた。
コルベスタのハンターギルド内、掲示板のとなりに吊るしてあるハンターへの常時依頼の手配書をめくっていると、いくつか要人誘拐が可能そうな盗賊団が見つかった。
8人の幹部からなる大盗賊団、通称、蜘蛛。
盗賊の里をもっているという、アントリア。
少数精鋭、神出鬼没の盗賊団、ローチ。
少人数だが、盗みのエキスパート、マスカレイド。
規模の小さい盗賊が狙い目かな。この近辺だと、そこそこ名が売れていて、規模が小さいのはマスカレイドか。
「知恵の。マスカレイドの現在位置って、わかる?」
「マスカレイドですか。最近、たしか影の。のところに用心棒の依頼が来てましたねぇ」
「用心棒? 影の勇者と戦うことになるの? いやよ。別の盗賊団を探さないと駄目か」
私は、影の勇者、――ハイド・ハンセンの黒髪ドレッドヘアを思い出す。あまちゃんのルナは殺しそのものを避ける。あたしは必要以上の殺しはしない。だけど影の勇者は、あいつは殺人を楽しんでいる。手を組んだとはいえ、できるだけ会いたくない相手だ。
「いや、影の。は、別の盗賊団の依頼を受けていますから、マスカレイドの依頼は、断っているはずですよ」
「そう。よかった。じゃあ、アジトの位置はわかるわけね」
「多分、大丈夫でしょう」
私と知恵の勇者は、龍騎の勇者――ルナ・ルミエルの飛竜に乗りマスカレイドのアジトを目指して飛び立った。
ルナは金髪碧眼でセミロングの女の子だ。胸が大きく背が小さくてかわいらしい。長身でかわいげがないと言われるあたしとは正反対だ。
天空龍という下級の飛龍を使役し、騎乗することができる。天空龍は強さこそワイバーンと大差ないが、羽ばたきの音を消せるなど隠密性に優れ、飛行能力が高い。馬車で行く気のしない距離でも、天空龍ならあっという間だ。
風を切って龍が飛ぶ。景色があっという間に流れていく。身体を通り抜ける風が心地良い。
目の前に洞窟が見えた。
「ここがアジトか。ルナ、ここまででいいわ。ありがとう」
「では、私は誘拐にいってきます」
ルナが悲壮な決意のこもった目でそう言うと、ルナをのせた天空龍は音もなく羽ばたき、上空へと消えていった。
「人一人連れてくるだけだった言うのに、大げさな子ね」
「龍騎の。は少々優しすぎるきらいがありますねぇ」
ガチャリ。あたしはハンドガンのセーフティーロックを解除した。
今回は、殺さずに制圧しないといけないから、体術メインかな。
続けて、身体強化魔法LV5アクティブを発動。強化された五感が、索敵能力を補ってくれる。
洞窟の中には、ざっと20人強か。洞窟前に見張りがいるわね。
洞窟の中から悪臭が漂ってくる。感覚が鋭くなるのも良し悪しね。
死角から見張りに近づき、背後から締め落とす。
もう一人いるか。
戻ってきた見張りも、背後に回って締め、一気に2人を倒す。
知恵の勇者がまたたく間に、見張りを縛り上げた。
身体強化魔法を使うものと使わないものの間には、別の生き物といって差し支えないほどの大きな力の差がある。
転生者と違い、大したスキルも持たない、身体強化魔法も使えない、短剣の切れ味にのみ頼るような烏合の衆――盗賊など、勇者の敵たり得ない。私は奥へドンドン進む。
洞窟は入り口は狭かったが、中は意外と広かった。右に2人、左に3人か。
「ちくしょう! 襲撃だーっ!」
「ハンターか? 数は?」
「一人っ!」
「馬鹿な。どうなっている?」
「勇者だ。勇者が来た!」
「くそっ、異世界人が好き勝手しやがって!」
「好き勝手やってるのは、お前ら盗賊だろッ!」
あたしは一息に間合いを詰めた。上段回し蹴りを側頭部に当て意識を刈り取る。反応などできるものか。
1! 2! 3!
旋風のように3人の周りを回転し、正確にこめかみを蹴りぬいた。3人の膝が落ちた。
「チッ! 死ねっ」
短剣を振りかざした男が剣を振り下ろしてくる。身体を半身に入れて剣を避け、そのまま遠心力を使って、左の掌底を顎に叩き込む。
浅いか?
右の手刀で、盗賊が剣を握る手首を叩き落とし、飛びあがる。
踵落としを脳天に打ち込んだ。
あと1人。
「なんて強さだ。格闘に特化した勇者というのは、こんな人外じみた力をもっているのか」
「誰が格闘に特化してるって? あたしは銃の勇者だ」
ハンドガンの銃口を、前に突きだす。盗賊が両手を上げた。
バンッ……!!
盗賊の手首に結び付けられた暗器を、撃ち飛ばすと同時、――逃げようと体勢を崩した盗賊に蹴りを入れる。
銃声が洞窟内に、こだまする中、この場最後の盗賊が倒れた。
「……、ぁ、んくっ……」
奥の方で嬌声が聞こえる。盗賊の頭が戦利品で楽しんでいるのか?
あたしは、盗賊にさらわれた親友の顔を思い出した。
親友を救出しに行くその日、異端審問官に同行を申し出たあたしは、「私情を挟むな」と捜査から外された。親友は手足の腱を切られ、盗賊になぶられ殺されていた。変わり果てた親友の亡骸を見てあたしは泣きすがった。
あの日、あたしの復讐の機会はファーメル教国によって永遠に奪われたのだ。
唇を噛みしめる。
奥に行くと、腱どころか手足を付け根から切られた3人の女が、15人の盗賊に囲まれていた。
私は、こいつらに無実の罪を着せることを、――こいつらをスケープゴートにすることを、一ミリも悔いることはないだろう。
15人とはいえ、下半身剥き出しの、無手の男たちを制圧するのは簡単だった。
魔法で反撃してくるものも、いるにはいたが、身体強化魔法で加速したあたしには当たらないし、自動回復もある。15人合わせて擦り傷程度。回復魔法を使うまでもなかった。
あたしは、なくなった親友にもそうしたように手足を切られた女たちに、クリーンの魔法をかけた。
回復魔法を使わないのかって? 無理なのだ。部位欠損を治すには最上級の回復魔法、ヒールオールがいる。ヒールオールの使い手は世界中探してもほとんどいないし、いたとしても治療には莫大な報酬が必要になるだろう。残念だが、そこまでしてあげるほど、あたしはお人好しじゃない。
盗賊を外に運び出し、ブロンコと一緒に縛り終える頃、空から天空龍にのったルナが、気絶しているターゲットを抱え、降りてきた。
さすがにあまちゃんのあの子も、アレぐらいのことはこなすか。
ブロンコが洗脳と催眠を開始した。
記憶を操作する知恵の勇者の力は、全く好きになれない。
与えられたのが、こんな力じゃなくてよかった。あたしは、ターゲットから記憶を抜いて廃人にしている知恵の勇者を見てそう思った。
「ありました。黒神の封印の解除術式。やはり、ラブレスの末裔に伝えられていましたねぇ」
ターゲットの利用価値はたった今、ゼロになった。もうターゲットはただの負債だ。
龍騎の勇者LV20 ルナ・ルミエル
龍騎士LV7
勇者LV3
龍使役LV5
ランサーLV5
龍会話、龍使役、龍能力向上(龍使役)
突き、足払い、なぎ払い、絡め取り、
石突き、投擲(ランサー)
千里眼、急降下、突撃、バレルロール、
高機動マニューバ(龍騎士)
ヒール(勇者)
身体強化魔法(LV4パッシブ)
支配領域200RU
銃の勇者LV25 マリア・ミランダ
狙撃LV8
早打ちLV9
勇者LV3
格闘LV5
狙い撃ち、手ぶれ補正、風読み、反動抑制、
夾叉射撃(狙撃)
クイックドロー、リロード高速化、曲射、
未来予測(早打ち)
ヒール(勇者)
身体強化魔法(LV4パッシブ、LV5アクティブ)
支配領域350RU
知恵の勇者LV28 ブロンコ・ブラン
賢者LV5
四属性魔法LV7
生活魔法LV5
勇者LV3
起源魔法LV8
魔力弾、ファイヤーボール、アースランス、アイスジャベリン、
ウインドブレード、ファイヤーウォール、アースガード
(四属性魔法)
先読み、大局観、消費魔力半減、薬生成、
味方能力向上、自動防御(賢者)
催眠術、洗脳、使役(起源魔法)
ヒール(勇者)
火起こし、水生成(生活魔法)
支配領域400RU
・用語解説
ファーメル教国の勇者――光の。剣の。銃の。龍騎の勇者。
その他の勇者は、別の国で召喚された。
黒神――かつて、ラブレス帝国が、創造神の残した破壊神(白神)を
倒すために作り上げた、12柱の人造の亜神。




